2024/1/1 更待月

 待ち望んでいた大学生活に、俺は満足しているだろうか。

 表面だけをなぞるようなコミュニケーションに辟易する日々。騒げば騒ぐほど、その時間の空虚さに気づいて寒気がする。

 何かをしないと――じゃあ何を。遊んでる場合じゃない――今のうちに遊んどけ。

 小学生のころ、あれだけあった夢は消え失せ――俺は今日も、どこにでもいるつまらねぇ大学生をやっている。

 一人で歩く夜道。夜の価値なんて、がらくたに成り下がった。

 今の俺が帰る場所。

 無駄にだだっ広いあの家とは似ても似つかない、ボロいアパートの狭い部屋。

 一人で暮らすのには慣れている。

 今までと、何も変わらないはずだった。

 でも、働いてお金を稼がないと何もできないし、洗濯物も洗濯機に入れたら畳まれて返ってくるわけじゃない。掃除しないとどんどん部屋が汚くなった。

 ――俺の親、思ったより色々やってくれてたんだ、って。

 まだ、いないよりはましだったのかなって。

 離れて暮らしてはじめて、そう思った。

 親は毎月、仕送りを送ってくれる。しかもかなりの額を。

 それは息子を案じる故の過保護だろうか。あるいは――幼い頃に構えなかった罪滅ぼしのつもりだろうか。

 ……そういうことじゃねぇんだよ。

 いい加減気づけよ。

 俺が本当に欲しかったものに。

 金では買えないものがあることに。

 ……そろそろ、気づいてよ。

 

 色々と思うところがあって、今年の年末年始は実家に帰らなかった。

 仲が良いやつらは、意外と帰省する人が多かった。鍋をやるとか色々誘われたけど急にめんどくさくなって全部断った。

 一人で過ごす正月は、ひどく寒々しい。

 テレビをつけてみてもうっとうしく感じたし、みかんを食べてもただ酸っぱいだけ。

 たくさん着込んでエアコンの温度も上げた。手足がどんどん冷えて、頭だけが熱くなってぼーっとする。

 ……くそ、こんなことなら実家に帰ったほうがましだったかもしれねぇ。

 あの親も大晦日と元日は家にいた。そういえば、祖父母の家には行ったことがない。両親とも出不精で正月らしいことはせず、ずっと家にいた。

 いつも忙しくしているからか手持ちぶさたそうで、リビングでほとんど会話もないままテレビを見ているだけ。

 ……今思うと、そんな時間も心地よかったように思えてくる。

 そう認めてしまうのが悔しくて、この先死んでも帰らねぇぞと決意を固めた。

 いつの間にか年が明ける。

 まだ外は暗かった。

 初詣には行かない。

 願うことなんてないから。

 

 ……大丈夫。

 俺は、一人で生きていける。


 


 これが、自由なのか。

 何を食べても、遅くまで寝ていても、勉強をしなくても……もう何も言われない。

 一人暮らしを始めて、僕は本物の自由を知った。

 最初はその解放感にうち震えていた。

 やりたいことが何でもできる。

 自分自身で生き方を決められる。

 だけど、いざ大学生活が始まって――自分が空っぽだと気づいてしまった。

 どんなサークルや部活を見ても、心が動かない。仲良くなりたい人もいない。

 やりたいことなんて、自分の意志なんて――もう、とっくに失われていた。

 母親のせいだと言うのは容易い。

 でもそれは、真剣に向き合うことをせず、言われるがままになっていた僕の責任でもある。

 ――遠くに行ってしまいたい。

 誰も追いつけないようなスピードで。

 そんな思いを胸に、僕は普通二輪免許を取った。

 高校までの貯金と、バイト代をつぎ込んで中古のバイクを買った。

 初めて、自分で決めて成し遂げたことだった。

 鋭い風を、直接体に受ける感覚。

 何よりも速くなったように錯覚する。

 この手を離せば、いつ命を失うかわからない。

 そのスリルに胸が高鳴った。

 

 お盆も正月も、実家には帰らなかった。

 この自由を手放したくないから――この虚無を、自由と呼ぶのかはわからないけど。

 初めて年越しの瞬間まで起きていた。夜ふかしも板についてきてしまっている。

 早朝になってカフェインで目を覚ましたあと、バイクを走らせて神社まで初日の出を見に行った。

 いつも見上げる日の出と、何も変わらないみたいに思えた。

 ただ明るすぎるだけで。

 思わず目を瞑った。


 ……大丈夫だ。

 僕はこれから、一人で生きていく。

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