1-3 やっぱり、化け物の子じゃ

「やっぱり、化け物の子じゃ……」


 三太郎が言った。


「ちょっと! 咲羅は助けてくれたんじゃないですか!」


 反論する実幸に、男の子を抱えた父親も味方をした。


「そ、そうです。助けてもらったんです」

「でも、おまえらも見たじゃろう! 冴田さえた先生のとこの娘も、同じ目をしたこいつらも、明らかに人間じゃねえ!」


 この言葉に実幸たちは口をつぐんでしまう。


「化け物とは、ずいぶんな言い草ですね」


 ジャケット姿の長身の男が、いつの間にか三太郎の背後に立っていた。


 三太郎は、ひっと息を呑んだ。


 男の翡翠色の目が三日月形に歪んでいる。白髪よりも光沢のある銀髪を風に揺らしながら、男は三太郎の前に滑るように移動した。

 男は右手に日本刀を、左手に鞘を持っていた。怪鳥を斬ったのは、この男だった。


 男は鞘を脇に挟むと、ジャケットのポケットから出した紙で刀の血を拭きとり、納刀する。汚れた紙は掌から生み出した小さな炎で焼きつくした。


 その光景に村人たちは身を竦ませる。男の放つ異様な威圧感に、本能的に口を閉ざした。


 キツネのように細い目をさらに細めた翡翠の男は、咲羅に近づいてきた。


 咲羅は瞳だけを動かし、男を見上げた。一見すると外国人のようだが、鼻も眉の骨もあまり高くない。顔に影がかかっているせいか一重瞼のせいか、笑っているのに冷たい印象を受けた。


沙智しゃちが魔物じゃなく人間を選ぶだなんて、俺は義兄あにとして赤飯でも炊くべきかな」


 翡翠の男は右の口角だけを上げていた。

 咲羅の肩を掴む真紅の男の手に力が入る。


「冗談はさておき」


 翡翠の男はしゃがんで、立てた膝に頬杖をつく。


「この年齢のはぐれ風人ふうじんがいるなんて、驚きだなあ」


 わからない単語の連続に、咲羅の瞳が不安で揺れる。


「あ、その目。本当に何も知らないんだ」


 目をかすかに見開いた翡翠の男は、好奇心に満ちた笑顔をみせた。

 その時、実幸が叫んだ。


「咲羅から離れてください!」


 娘を守りたいという母としての意志が、男の威圧感を吹き飛ばしたのだ。怪我人を他の村人に託し、毅然とした態度で咲羅を助けにいく実幸だったが、立ち上がった翡翠の男に道をふさがれた。


「どいてください」

「あなたは?」

「その子の母親です」

「え?」


 素っ頓狂な声を上げた翡翠の男は、実幸の頭と顔をまじまじと見つめる。


「なんですか」

「色が違いますよね。旦那さんの髪と目の色は?」

「私と同じです」

「あれ、じゃあ半人はんじんでもないのか。彼女の実の親は?」

「……知りません」

「本当に?」


 男の疑念に実幸はカッとなった。


「知りません! 生まれて間もない子を置き去りにする親なんて……。十五年間ずっと、咲羅を育ててきたのは私たちです。私たちがその子の親です」

「そうですか」


 翡翠の男は考え込むように黙ってしまう。


「あなたたちこそ何者ですか。なぜ化け物は村を襲うんですか。私たちが何をしたというんですか。天罰だとでも言うんですか」

「あー別に天罰とかじゃないですよ。どこにでも魔物は現れるんです。それを狩るのが私たちの役目です。もちろん私たちが魔物を呼んだわけではないし、彼女が呼んだわけでもない」


 実幸と会話をしていたはずが、翡翠の男はいつのまにか咲羅を見て話していた。


「私たちは異色の髪と目を持ち《才》を操る風人ふうじんという種族です。風人の子どもたちはみな、風子かぜのこ学園という学校に通うことが義務なのですがぁ……たまーに、あなたみたいなはぐれ者が現れるんですよねぇ」


 翡翠の目が細められる。


 疲労困憊で意識を失う直前の咲羅は、目を半分閉じかけており、断片的な話しか聞き取れていないようだった。


 種族。ふうじん。学園。義務。


 翡翠の男が発した単語だけが、咲羅の頭の中に残った。


「学園――――ますね?」


 よく聞き取れず、咲羅は眉間に力が入る。しかし、精霊の『だいじょうぶ』という声に導かれ、咲羅は「はい」と返事をした。


 以降、両親と会えなくなるとも知らずに。

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