断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう!

ありあんと

第1話

「いい気味ね!これに懲りたらフレデリック様には金輪際媚を売らない事ね!オーホッホ!……ホ?」


 ピンクの髪の毛の愛らしい顔立ちの少女が目に涙を湛えてこちらを見上げている。

 いつもの様にふんぞり返って高笑いしている最中に、公爵令嬢ベアトリクス・ヴィンダーはふと天啓に打たれた様に前世?の記憶を取り戻してしまった。


 「どうしましたの?ベアトリクス様?」


 取り巻きの令嬢達が不思議そうにベアトリクスを見てくる。


「ワタクシ少し疲れましたわ。皆さんお茶でも飲みに行きましょう」


 誤魔化す様に言いながら、手下どもを引き連れて足早に立ち去ることにした。

 とにかく情報を整理せねば。


 ――思い出した。おそらくここは前世でやった事のある乙女ゲーム『魔法学園と愛の歌声』の世界であり、私は悪役令嬢でラスボスなのだ。

 手下の令嬢と共に何だかオシャレなお茶を啜る。半自動で優美に尊大に振る舞ってくれるこの体には感謝だ。

 前世では自他共に認めるモブ系のズボラだったが、今はキラッキラの金髪にちょっとキツめの碧眼が麗しい正にラスボスに相応しい風格になっている。


 ヒロインのミリア・マーシャは貧乏男爵が平民に産ませた子供だったが、前妻が病死した事で母親の平民と再婚し、晴れて男爵令嬢となり、魔法の才覚が認められた貴族の通う、ここ、王立魔法学園に通う様になったのだ。

 そして、私ベアトリクスは良くある感じに攻略対象の王太子の婚約者で、ミリアに嫉妬して意地悪しまくって断罪されて、闇堕ちしてラスボスになって討伐されるのだ。

 

 ベアトリクスは実は闇の魔法や死霊術に類稀な才能があったが、将来の王妃としては相応しく無いからと、それは封印しひた隠しにしていた。

 しかし、断罪されてやぶれかぶれになり、寿命と引き換えに無理やり覚醒させてヒロインを殺そうとして……

 何だかそこからゲームの方向性が変わってしまったので、やるのが面倒になってやめてしまったから実は自分ではやってないけど、

 とにかくそれまでの好感度が低いと攻略対象のキャラクターが一緒に戦ってくれなかったり、あるいは弱くて死んだりするという誰も求めていない展開が発生して、頑張らないと死屍累々の上のハッピーエンド?が待ち受けているのだ。


 結構ベアトリクスとの戦闘が厳しいと言う事で、レビューとか散々だったなぁ……。

 

 正直、あらゆる攻略対象、王太子やら、宰相の令息やら、騎士団長の息子やら、大金持ち伯爵の息子やら、魔法の天才やら、教師もいたか……そいつらの好感度をとにかく複数人それなりに上げておかないとバッドエンド確定なので、あちこちに媚を売るヒロインの行動は実は正しい。

 それに、王太子は一番使い勝手の良いキャラなので、コイツの好感度を上げておかないと、ラスボス戦はかなり苦戦することになるので、今のところミリアの戦略は的を射ている。


 しかしそれでは、ベアトリクス的にはとても困る。

 私は記憶を取り戻した以上はヤケクソで世界滅ぼそうとか思ってないし。


 断罪までまだ少し時間がある。

 ……やるべき事は決まった。


 あちらが戦力を蓄えているのなら、こちらも全力でいかせてもらおう。

 まずは魔法の天才とやらを訪ねることにした。前世の知識チート発動!コイツ実は飼うのが禁止されているダークドラゴンをコッソリ飼っている!

 将を射んと欲すればまず馬を射よ!


 ……そんな訳でやって来ました。森の奥の洞窟の中!

 オーホホホ!魔法でどれ程巧妙に隠していようと、そこにあるとはなからわかっていれば見破る事など造作もないわ!

 結界魔法を捻り出した闇の魔法で無理やり中和する。

 封印されている為に中々本来の実力が出せないが、自分一人が入れる分だけ穴を開けられればそれで十分。


 ベアトリクスはこれまでのヒロインの動向をよく観察していた。

 全てはヒロインを虐め倒すネタの為だったが、そのお陰で王太子以外の攻略対象のイベントの進行具合も大体予想がついた。

 魔法の天才、ロイド・ホートンは後回しにされている。

 その為に病気のダークドラゴンを特別な薬草で救うという、最大のイベントはまだ手付かずのはずだ。

 前世を思い出す前のベアトリクスも中々やるでは無いか。きっちり調べるべきことは調べている。

 やはり何事も事前の情報が無くては方針も決められない。


 ……洞窟の中は中々臭い。野生動物?を飼ってるから仕方ないんだろうけど。


 僅かな陽光の辛うじて届くそこには、果たして目当ての存在が鎮座していた。

 暗い洞窟の中で真っ黒な鱗に覆われたその体は、中々視認性が悪くて困る。

 しかし、金色に輝く爬虫類の様なその眼は、闇の中でも煌々と光を放っている。

 流石にこんだけ光量が限られた場所でこんなに目だけ浮かび上がって見えるのは普通におかしい。

 多分魔法とかの力が強くて光ってるんですよーって設定とかがありそう。

 

「……あなた、人の言葉がわかるのよね?」


 イベントを進めるとヒロインとそれで仲良くなってロイドとの仲を取り持たせる役割があったので、人語ワカリマセーンとは言わせない。


「……ダレダ……タチサレ…………」


 低くしわがれた声。体を動かすのも億劫そうだ。弱りに弱っているのだ。


「ほら、薬草と途中で狩ってきたウサギ。食べなさいよ」


 ウサギは魔法の矢で頑張った。水の矢では中々当たらなかったので、闇の矢を使ったら楽だった。よほど闇属性魔法に適性があるらしい。

 封印した上で他の魔法より使い勝手が良い。

 ……学校の授業で苦手な属性の魔法で上手くできずに劣等感を持って性格が歪んだのもあるんだろうなと思うと、ベアトリクスにも同情すべき点があると思わない?まあ、誰がなんと思おうと最早関係ないけど、


 ダークドラゴンは暫く警戒する様に動かなかったが、体の辛さには耐えられなかったのか、無言で食べ始めた。

 正直ホッとした。


「水……」


 ドラゴンがポツリと呟く。


「はあ?」


 令嬢らしからぬ態度で聞き返してしまった。


「水が欲しい……」


「チッ……。世話が焼けるわね」


 水属性魔法は苦手なのに!

 何とか頑張って空気中の水分を集める。


「……遅いな」


 ダークドラゴンが素直な感想を述べる。コイツ助けてやろうとしてるのに何様なのかしら!

 しかし、今後の協力を仰ぐ為にも死力を尽くして、水を一抱えほど作ることができた。


 口元に運んでやるとドラゴンは舌を伸ばしてゆっくりと飲み干した。


「……じゃあ、また来るから」


 疲れ切った。本当に疲れた。魔力切れが激しい。

 しかし、ヨレヨレのベアトリクスの背に低い呟きが届いた。


「ウサギよりも鹿肉の方が好ましい……」


 あいつ!!あいつなんなの!?どんだけワガママなの!?

 ベアトリクスは足をドシドシ踏み鳴らしながら森を去った。

 途中で転んでお気に入りの靴が汚れた。あの黒い爬虫類マジで許せん!


 一晩寝て怒りが多少は薄れたので、仕方なく鹿狩りをした。

 ウサギよりも的が大きいが、運ぶのは骨が折れた。


「……薬草が少し萎れかけているな」


 ベアトリクスは目を剥き奥歯をギリギリと鳴らしながらも怒りを耐えた。

 口を開けば要求か文句しか無いのか!?


「……鹿を狩るのに時間が掛かったもので」


 何とか内心を出さない様に努めながら、それだけ言った。


「……まあ良い」


 クソ野郎!本来の力を取り戻したら先ずは貴様を最初に血祭りにしてやるわ!高慢チキな黒トカゲ!


「じゃあ……今日は帰るから」


 こんな嫌な奴とこれ以上顔を合わせてられるか!


「……待て」


 しかし、引き留められた。ここで、怒り狂わなかった自分の理性を国家は表彰すべき。


「……何?」


 にっっっこりと表情筋を完璧にコントロールして振り向いた。


「水。忘れてるぞ」


 怒りはある一定の基準を超えると、声も出せなくなることをベアトリクスは学んだ。

 寿命が縮むかと思うほど精神を抑圧することで耐え切った。

 きっとベアトリクスは今後どんな困難にも負けない。

 これ以上の屈辱は人生において無いだろうから。

 

 そして、次の日も洞窟に行くと、結界が消えていた。


「………………」


 薬草(昨日よりは新鮮な状態を保てている)と

 鹿肉(血抜きも昨日よりは上手くなった)を手にベアトリクスは足を止めたが、この獲物を無駄にするわけにはいかないので、そのまま背筋を伸ばして優雅な足取りで進む。


 その手に鹿の死骸がぶら下げられていようとも、ベアトリクスの令嬢として10数年培われた品格は少しも損なわれなかった。

 というのは流石に言い過ぎだが、とにかく気合と根性が必要な場面に相応しい振る舞いを心掛けた。


 そして、進んだ先には二人の青年がいた。

 片方は知っている。魔力の高さを表す特別な銀髪と紫の瞳、魔法の天才様。ロイド・ホートンだ。

 そして、もう一人の目つき悪い奴は誰だろう?こんだけ顔が整っていればモブではあり得ないのだが……。黒髪に目つきの非常に悪い金色の瞳の青年がベアトリクスを顎で指し示した。


「コイツだ」


 ロイドは驚いた表情を隠さない。それもやむなし。貴族令嬢が……いや、平民の女であっても、鹿をぶら下げて現れたのに平然としてる方が普通におかしいし。


「驚いたな……まさかジグを助けてくれたのがベアトリクス・ヴィンダーだったなんて」


 ロイドの言葉に知らない単語があったので、聞き返してやる。


「ジグ?」


「ワタシの名前だ」


 黒髪が答えた。


「え、知らないんですけど」


 そんな奴マジで知らんて。

 ロイドは本気で困惑するベアトリクスを見て、クク……と笑った。

 何だコイツ失礼な。天才だかでチヤホヤされて良い気になってやがる。私は腐っても公爵家の一人娘だぞ?控えおろう!!

 しかし、それを咄嗟にお嬢様言葉に変換するスキルが無かったので黙っておく。沈黙は金と言うし。


「ジグ、変身を解いてやってよ」


 一瞬の後に、ジグのいたところには最近お馴染みのダークドラゴンがいた。


「うわお!ドラゴンに変身した!」


 正直にびっくりしてるベアトリクスに、ロイドが再び苦笑する。


「逆だよ。逆。人間に変身してたのを解いたんだよ」


「あー、そうだと思ってましたわ。おーほっほ!」


 困った時は高笑いで誤魔化す。

 取り巻きどもがいれば誤魔化しポイントが高まるのにね。


「君には感謝するよ。……ジグを助けておいて僕らを突き出すつもりは無いんだろう?

 ジグもこんな感じだけど君には本当に感謝してるんだ。

 何かお礼ができると良いんだけど……」


 よっしゃ!あっちからお礼の話をしてきたぞ!こっちから強請るよりは話を進めるのに全然良いぞ!幸先良いなぁ。こりゃ宝くじでも買ったら今なら当たりそうだ。……この世界にも宝くじってあるのかしらん?


「こんな所で話すのも何ですし、是非ともワタクシの家にお招きするわ。

 内密で頼みたいことが丁度有るのよ」


 唇がヒクヒクと勝手に弧を描くのを止められない。

 ロイドがそんなベアトリクスの顔を見て、何度目かの苦笑をする。


「本当に悪い笑顔をするね」


 その間もジグはベアトリクスの手元をジッと先ほどから凝視していた。


「それ……鹿肉早くくれ。あと、薬草と水も」


 今日は水はロイドが用意してくれたので、楽ができた。

 というか、最初から何か容器にでも水と食料くらい入れてジグの側に置いておけば良いのに。

 顔は良くても頭も良くても気の利かない男なのね。


 そして、ヴィンダー家のタウンハウスに二人?一人と一匹?を招いた。

 そして、バラが見頃の庭でお茶を啜りながら、ベアトリクスの秘密の一つを明かす。


「私、本当は闇魔法と死霊術に適性があるみたいなの。

 それを隠す為に一家総出で封印しちゃってるんだけど、封印をサッサと解きたいのよ。

 天才なら何とかしてくださる?」


 ロイドはそれを聞いて目を輝かせた。

 さすが魔法オタク。禁忌だなんだよりも興味の方が勝る。

 だいたいダークドラゴン隠してる時点で犯罪者だし、倫理観とか正常なはずもないか。


「へぇ……確かに貴族令嬢としては隠さざるを得ない特性だけど、その二つ持ちなんてそうそういない。

 特に死霊術の使い手なんて、最後に発見されてから……100年以上経ってるんじゃないか?

 まあ、迫害を恐れて決して使わない人もいただろうし、記録に残る前に闇に葬られたりしたのかも知れないが……まあ、この話は今は置いておこう。

 興味が尽きない話題だけどね。

 ……わかったよ。最近古代遺跡から発掘された魔道具でいい奴がある。

 明日にでも封印を解こう」


 よし!封印さえ解ければこっちのものだ。しめしめ。


「なあ、何で封印を解きたいんだ?」


 飛んでいる蝶々を目で追っていたジグが、ふと、ベアトリクスを見て尋ねてきた。

 てっきり興味がないのかと思ったが、ちゃんと話を聞いていたらしい。


「それは……」


 言い淀む。ベアトリクスの自業自得もあるからだ。


「それは僕も聞きたいな。出来ればだけど」


 うーん……今の段階では話したくない。計画を邪魔されたら嫌だし。


「……もし話してくれたら、君の邪魔はしないよ。どんな内容でもね。

 君はジグの恩人だ。……ボクの名前に誓って約束する」


 名前に誓うと言うのは、この世界では良くある慣用句ではあるが、ベアトリクスの様なそこらの魔法を利用し生きる人と違い、魔法の為に生きているタイプの研究者達には何よりも大切な、命懸けで守る約束をする時にだけ言う言葉だとか何とからしかったはずだ。


 ならば信用するか。

 男一匹、誠意を見せてくれたのだ。よし!女は根性!


「私のこと、そのうち断罪しようとしてるのよね。ミリア・マーシャとその仲良し男軍団が」


「成る程……仲良し……男軍団が……。君の婚約者も含む……仲良し男軍団が……ふふ…………」

 

 ロイドは仲良し男軍団の響きが気に入ったらしく、楽しそうだ。


「だから、やられる前にやっちまえって思ってるのよ」


「成る程……やっちまえ……か」


 先ほどから何かツボに入ったのか、ロイドは笑いを必死に耐えている様子。


「……で、麗しの公爵令嬢サマ、何をするつもり?」


「私の特技を活かすわ」


「……と、言いますと?」


 やれやれ、わからないのかしら。天才の名折れね。


「私の特技は闇の魔術!……死霊術は使ったことないから、一旦置いておく!

 闇の魔術……つまり!闇討ちをするわ!!」


 ベアトリクスは高らかに宣言した。

 ロイドはポカンとした後、ついに耐えきれなくなったのか腹を抱えて笑い始めた。


「ひ、ひひひ……何それ!闇の魔術で闇討ち!?嘘だろ!キミがそんな面白い娘だったなんて!」


 ジグが近寄ってきた蝶々を摘んで咀嚼しながら呟く。


「闇討ちと闇の魔術……関係あるか?」


「うるさーい!!全員血祭りにあげてやるわ!!」


「王太子相手にあんまりやらかすと国家反逆罪だからお手柔らかに……ね」


 ロイドが忠告だけしてくれた。

 ふむ。さてどうしてくれようか。


 そして、封印を解かれたベアトリクスは、ロイドと共に闇と死霊術の魔法の練習に明け暮れた。

 ジグも人間よりも長く生きてきたお陰で、今は殆ど資料も残っていない死霊術の――死霊術の資料が残ってない……ぷぷぷ――情報をあれこれ教えてくれた。

 二人は最高の師匠だった。


「まあ、教えられることは全部教えたかな」


 ロイドに免許皆伝をもらった。


「師匠!ありがとうございました!」


「お前は悪くない弟子だった」


 ジグも満足げに頷いた。


「師匠!感謝します!」


 そして、世闇に紛れ、暗躍する二つの影。

 ロイドは流石に保身のために関わらないで貰ったが、ダークドラゴンは人間の世の中の立場だ何だは関係ないので来てくれた。


「あいつが次のターゲットか……いくぞ」


「サーイエッサー!」


 何故ジグが指図する立場なのかはベアトリクスにもわからないが、とにかく。


 ジグが特殊な魔法でターゲット以外の周囲の人間の感覚を狂わせて、人払いをする。そして、

 

『腐敗』


 魔法言語で紡がれた言葉は空間を震わせながら、ターゲット……10代半ばのヒロインに鼻の下を伸ばす二十代後半ロリコン教師の頭部の毛根に恐るべき死の呪いをもたらせた。


「え、何だこれ……え、え、えええええ!!!何だ!何なんだこれはーーーーーーー!!!!」


 ロリコン教師の驚きからの絶望の声が夜空に響く。


「しかし、やる事が陰険と言うか……地味と言うか……」


 ジグが呆れた顔をする。


「なによ!」


「いや、だって服を風化させて下半身を人前で露出させたり、精神を一時的に乗っ取って女子トイレに入らせたり、もうちょっとこう……ストレートに攻撃するとかした方が……」


「良いのよ!私に楯突く奴は社会的な死を与えてやる!!生きたまま地獄を味わうが良い!!誰に逆らったか思い知れ!痴れ者どもよ!!」


「お前たまに口調変だぞ」


 ジグのジト目は金色でなんかムカつくな。


「うるさいうるさいうるさーい!!

 さあ、次はいよいよ王太子よ!!さあ、愛しの婚約者様!貴方はどんな悲鳴を私に聞かせてくれるのかしらぁ!!

 オーホッホ!!」


「……まあ、好きにすると良い」


 ジグもつられて少し笑った。なんだ笑った方がイケメンじゃないの。


 そして、なんとロイドが良い情報をもたらしてくれた。

 王太子フレデリックが、北の湖に行く予定があるとか何とか。

 それって王太子とのイベントの奴よね!


 地図を確認する。

 うん。

 そこまで馬車で行ける道は二つ。

 片方は舗装されて幅広の道。もう片方はガッタガタで細くて、しかもそれなりの広さの墓場のそばを通る道。


 なんておあつらえ向きな!


 ベアトリクスはニンマリ笑った。

 小躍りでも踊りたい気分だ。

 

 湖のそばで満月の光で虹が掛かり、その晩にのみ花開く伝説の花を王太子がヒロインに渡し、二人の気持ちを確かめるイベント。

 全く意味わからないわね。

 そんなステキなシチュエーションで異性と二人きりになったら、どうでも良い相手にでもクラッときちゃうんじゃない?

 そんなんじゃ二人の気持ちは確かめられないわ!そう、ヒトは逆境でこそ真価を発揮するもの。

 ……本性を見せるもの!!

 二人でピンチを乗り越えてこそ愛は深まるものでしょう!?……経験ないから知らないけど。

 私が二人の障壁となって差し上げるわ!!

 さあ!絶望せよ!!地に這いつくばれ!!泥水を啜るが良い!!立ち上がれるのなら立ち上がってみせろ!!

 二人手を取って立ち上がれたのならば認めてやろう。さあ、二人の愛を私に見せてちょうだい?


 「ふふふふふふふ……」


 目と口を三日月型にして笑うベアトリクスをロイドが目を細めて肘をついて見つめてくる。


「キミってば本当にステキな笑顔を浮かべるよねー」


 そして、下準備に入る。


「ジグ!さあ!やれ!」


「命令するな!!」


 そして手始めに舗装された道の途中橋を木っ端微塵に砕いた。

 ジグが人目のないタイミングで本来の姿になり、そりゃもうどうしようもなく砕いた。


 その情報をロイドから王太子に伝えてもらう。

 これで王太子は舗装されていない道で馬車の中お尻を痛めながらヒロインと移動することになる。

 それだけでもなかなか気分が良いわね!


 そして、ジグとの練習の成果を見せる時が来た。

 さあ、命なきもの達よ。満月の下、存分に踊るが良い!


 死霊術!


 土が盛り上がり、墓の下から、夜闇に浮かぶ白い骨が天へと手を伸ばし、やがてその姿を表す。

 次々と這い出てくる死の軍団。

 中にはまだ白骨化し切れていないものもある。


 「な、なんだ!?ば、化け物!」


 馬車の御者が目の前に現れた骨に驚いて逃げ出した。

 ふふ、お忍びで身分を隠してるから御者もすぐに逃げ出すのよ。

 王太子がいるとなれば、多少はお客を守ろうと頑張ってくれたかも知れないのにね。


「何だ?うわ、ダメだミリア、出てきたらダメだ!」


 王太子は、護身用の剣と魔法で懸命に骨達と戦う。

 しかし、骨達は砕けても砕けても諦めずに戦う不屈の存在。

 仲間の骨を武器に王太子を追い詰め始める。


「……あ!」


 剣を取り落とした。

 そこに素早く近づいて、剣を咥えて逃げ出したのは、ご主人様と一緒に墓に埋められたらしい骨の犬。


 さて、ショータイムよ。武士の情けで私は見ないでおいてあげる。

 だって私ってば嫁入り前の令嬢だもの!


「やめろ!やめ!なんで!ちょ、返してくれ!返して!……ダメだ!ミリア……出てこないでくれ!ウワァー!」


「フレデリック様?……え!?なんで?なんで裸?え、え?」


 骨達は素早く王太子の服を剥ぎ取ると、ササっとミリアからは見えない位置まで行ってから、元の骨に戻ってしまった。

 ミリアが見たのは、何故かひと気の無い場所で急に馬車を出て裸になった王太子……。


「違う!違うんだーーーー!!!」


 哀れな王太子の絶叫を、鍛えられた裸を満月が明るく照らし出していた。


 そして、

 ようやく婚約破棄とあいなった。

 王太子とヒロインはあの後少しギクシャクしたものの、なんとベアトリクスの取りなしでどうにか元の仲の良さを取り戻しつつある。

 ベアトリクスとしても、王太子とは結婚とかしたく無いし。

 そもそも仲が拗れたのがベアトリクスの所為だとは知らない王太子とヒロインの後押しで、ジグ(人間版)は学園に通う事ができるようになった。

 ヒロインの家の養子になったらしい。


 そして、ベアトリクスの新たな婚約者に、いつの間にかロイドが選ばれていた。


「……何で?」


 いつの間にそんな事に。


「ん?ボクも早く婚約者決めろって親から煩く言われてて、ちょうど良いからね。

 キミといると楽しいし」


 ジグがしかし、それを聞いて不機嫌になった。


「ワタシのツガイにと考えていたのに……。まあ、ロイドも100年せずに死ぬだろうから、その後でも構わないけどな」


「いや、それ私も死んでるから……」


 普通にベアトリクスが突っ込みをいれる。


「え?そうなのか?……それは……困るな。

 よし、ロイド、ベアトリクスは譲れ」


「やだよ」


「……ロイドと言えども女のことは譲れぬぞ」


「うーん……ジグと戦うのは久しぶりだね」


 二人の間にバチバチと火花が散るような錯覚が……いや、魔力がぶつかり合って火花が本当に発生してる!!

 あち!あちち!!


「ちょっと!二人ともやめなさい!!」


「断る」

「ちょっと待ってて。すぐに片付けるから」


 天才魔法使いとダークドラゴンの争いを止めるのは、ラスボスであっても難しかった。

 その後は平和的なアプローチが始まった。


「ほら、ベアトリクス、鹿取って来たぞ。雌鹿だから柔らかくて美味いぞ」


「いやいや、鹿肉とか食べないでしょ。ほら、ベアト、隣国で一番人気の職人に作らせた耳飾りだ。

 ……ボクが着けてあげるよ」


「……そうか、人間の女は光る石が好きだったな。

 ほら、千年前のアマンダとか言う女が首からぶら下げてた奴だ」


「え!?初代女王アマンダの首飾り!?しかも当時の魔力が残ってる奴!?なんでそんなの隠し持ってるんだ!見せてくれ!」


「これはベアトリクスにやるんだ。ほら、キラキラしてる。欲しいだろう?」


「あー!もう!!二人ともうるさーい!!!」


 どっちを選んでも、もう片方が余計にうるさい事になりそうだ。こんな展開はゲームには無かったのに!


 さて、物語はこれでおしまい。

 ベアトリクスがどっちを選ぶのか、貴族達は面白がって賭けをしてたけれど結果はどうだったのでしょうかね。

 歴史書にはそこまでは書いていないので、ベアトリクスの選択は歴史家達の争いの種となっています。

 だから、こんな諺が今も残っているのでしょう。

 

『ベアトリクスの婚約者』――結果がわからないままとなっていること。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

断罪されて婚約破棄される予定のラスボス公爵令嬢ですけど、先手必勝で目にもの見せて差し上げましょう! ありあんと @ari_ant10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ