第3話 掛川由布子2「ぬいぐるみ」

おばあちゃんのぬいぐるみ


病気を発症した祖母は、いつもぬいぐるみを抱いている。

随分前に、俊子さんに買い与えた物らしい。


私の事を祖母は、貴子と呼ぶ。

母は長女ではあるが、母も知らない姉が二人いたらしい。

まだ幼いときに亡くなった。

母が言うには、俊子というのは生まれてすぐに亡くなった本当の長女で、貴子は生まれることが出来なかった次女らしい。

そういう意味では母は三女になる。


それは突然始まった。

祖母は母を文子おばさんと呼んだ。

そしてあたしを貴子と呼んだ。

あれから、祖母にとってぬいぐるみは、俊子さんになった。

大好きだった祖母は、私の事を「由布ちゃん」とは呼んでくれなくなった。

それは本当に悲しいことだったけれど、きっと母はもっと辛かったと思う。

何十年も一緒に暮らした母と娘だったのに、私たちの記憶は祖母の中から消え、残ったのは生まれてすぐ亡くなった姉たちのこと。


その日私は、祖母からぬいぐるみを取り上げた。

前に一度、祖母の手からぬいぐるみを取ろうとした事があった。

その時祖母は「俊子、俊子」と叫び、ぬいぐるみにしがみついた。


でも母のことを思うと急にぬいぐるみが疎ましく思えた。

そして、ぬいぐるみが祖母の手を離れた瞬間祖母は、

「由布ちゃん」と私の名を呼んだ。

「道代は?買い物」

私は叫んだ。

「ママ、ママ、おばあちゃんが」慌ててやってきた母と二人で祖母の前に座る。

「道代、由布ちゃん、今までありがとう」


それから一週間後、祖母は息を引き取った。

ぬいぐるみを祖母に返すと、母は文子おばさんに戻った。

祖母の思いがぬいぐるみに宿ったのか、俊子さんの思いが宿ったのか今となっては分からない。

でも幼くして亡くなった姉が最後に祖母に甘えたかったのかもしれないと思うと、母も泣くのを止めた。


ぬいぐるみの俊子さんは祖母と一緒にお棺に入った。

おばあちゃん、これでずっと一緒にいられるねと、祖母のお葬式で私は思った。

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