第16話 これでいいんだ

「うあっ!?」

 そうだった、速度そのままだったんだ……!

 このままじゃ、『王』に顔面からダイブ……!?

 これ以上のダメージは、ホントに意識がとんじゃうって!

 とっさに肩を引いて、体を立てる。

 着地と同時にひざを限界まで曲げて、衝撃を逃がす。

 足が、つぶれそうなくらい重い……!

 やっぱり、とっさの対処じゃ、超スピードは相殺できないか……!

「……夜行具、オン!」

 持っている全ての夜行具を発動させ、一気に陽火のそばまでとび上がる。

 衝撃倍増は、反発のほうに使って衝撃を相殺しつつ、上へとび上がる力に。

 光線でスピードを上乗せし、クモの巣状の紫炎は左手の爪で断ち切って。

 ブレーキはもちろん、光線に引っぱってもらう。

「はあっはあ……っ」

 砂嵐を前にしたときのように、視界がかすんでる。

 たぶんもう、私は限界こえてるんだ。

「よう、か……」

 座りこんだら気がぬけてしまう気がして、なんとか気合で立ち続ける。

 陽火に手を伸ばすと、下からゴオッと盾形に紫炎が吹き出してきた。

 ……弱ってるのに、まだ陽火を守るんだ。

 って、それは私もか。

 さっきクモの巣の紫炎に近づいたのに、あの猛攻撃どころか、反応すらなかった。

 捕縛用夜行具が効いてるんだって分かったけど、全く反応ナシっていうのは、おかしいなって。

 髪を結んでいたゴムをとって、試しに紫炎に投げてみる。

「……やっぱり」

 ゴムは、ほとんどはじかれることのないまま、下に落ちる。

 私が投げ出されたときとは大違いだ。

 はじきとばす機能を失ってる?

 安心させて、さそってる?

 それとも、他の何か……。

 ……分からない。

 というか、もう考えたくない。頭がズキズキする。

 今はとにかく、陽火を助ける。

 それだけを考えてればいいんだ。

 今度は、左手を大きく振りかぶる。

 伸びた爪が、紫炎をあっさり破壊し、私は陽火の下にもぐって、背中に乗せた。

 呼吸が弱まってる。陽火も、限界なんだ。

 でもあとは、『王』からおりるだけ。

 きしむ体にムチ打って歩きながら、ボーッと考える。

 うまく、いきすぎじゃない?

 胸の中が、かき回されてるみたいにザワついて、背中がムズムズして落ちつかない。

 だって、さっきまで鉄壁の防御って感じで、大げさなくらいの火力だったのに。

 急にこんなしぼんじゃって、どうしたんだろう?

 そんなに、捕縛の夜行具が効いたのかな。

「……っ!」

 頭の内側から、針でつつくような痛みが走る。

 うー、痛い……!

 よし、考えるのやめよ。

 きっと、捕縛の夜行具がいろいろ作用して、なんかすごい効果を発揮したんだよ。

 うん、そういうことにしよ。

 私がテキトーに考えながら、クモの巣からとびおりたときだった。

「え……っ?」

 全ての力をつぎこんだかのような、巨大な紫炎の玉。

 『王』自身ほどの大きさもある紫炎が、クモの巣の中心に浮かび上がっている。

 アレって、もしかしなくても、こっちくるよね!?

 今空中だし、両手も自由に動かせないし!

 よけられないよ……!

 紫炎は、ブワッと炎を逆立てると、一直線に私たちに向かってきた。

 ヤバ……!

 コレ、ホントに食らったら……!

 私はとっさに体をひねって、陽火を背に回す。

 ……あーあ。

 私、約束増やしてばっかで、結局一つも守れてないなあ。

 そうだよ。

 自分の実力以上のことするなら、それ相応の犠牲がついて回る。

 それが今だったってだけで、本当はもっと、前にきててもおかしくなかった。

 体のほうも、限界だしね。

 むしろ、今きてくれてありがとうって感じ。

 陽火を『王』から離せて、『王』に捕縛の夜行具をとりつけられて。

 こんな私でも、助けて、役に立てたよ。

 最底辺のデキない私にしては、よくやったじゃん。

 そう、これで、これでいいんだ……。

「紡ちゃん、自己犠牲はダメよ」

 そっと耳元でささやかれると同時に、腰に腕を回される。

 背負っていた陽火も、その人は反対の腕に引っかける。

 ふわりと銀色の髪が頬をなで、私は泣きそうになった。

「おかあ、さん……っ」

「話は後よ。結君っ!」

 お母さんがさけぶと、もう目と鼻の先にあった紫炎が、一気に足元に遠ざかった。

「ぐえっ」

 一拍遅れて、お腹がペシャンコになったんじゃないかと思うほどに、腕が食いこみ、カエルがつぶれたような声が出る。

 うっ……マジで夜ご飯が出るかと思った……。

 もう少しゆっくりだったら、無事だったんだろうけど、そんな余裕なかったもんな。

 あと一瞬遅れてたら、私たちみんな、紫炎にのまれてた。

 お母さんは、羽でも生えてるかのように、軽やかに木の枝に着地すると、影に隠れていた夜行士たちに私たちを預ける。

 そして、不愉快そうに眉をひそめた。

「……二人とも、ひどいわね。すぐに病院につれていって!」

「「はっ!」」

 夜行士たちは返事をすると、すぐに木からとびおりて走り出す。

 ……すごい。着地の振動が、全く伝わってこない。

 私たちが、ケガ人だからってこともあるかもだけど、隠密行動のときとか、絶対に便利だ。

 スピードもおとさないとか、本当にスゴい……!

 って、安心したら眠くなってきた……。

 病院行くなら、ちょっとくらい、いい、かな。

 目を閉じると、ズンと体が石になったみたいに重くなる。

「え。ちょっ、お嬢ちゃ……!? ……っ!」

 夜行士さんが何か言ってる気がするけど、それも一瞬で、扉をへだてたみたいに消える。

 私は、ほとんど眠るようにして、気を失ってしまった。

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