第15話 最弱が最強に勝つには

 すっと足を肩幅に開くと、衝撃倍増の夜行具にスイッチを入れて、思いっきり上にとび上がる!

 クモの巣状の紫炎が、私を認識したように火の粉をとばし、不規則に腕を伸ばしてくる。

 頭、首、腕を狙うモノは徹底的に光線で散らし、致命傷をさける。

「くぅ……ッ!」

 右肩と左足に紫炎が当たり、焼けるような痛みに歯を食いしばる。

 いったぁぁぁ……!

 手足とサヨナラしたかと思ったぁ……!

 目の前をうめつくす、紫炎の猛攻撃。

 ……そりゃ、休ませてくれるわけないか。

 すぐに体勢を立てなおすと、左手の爪を腕の長さくらいに伸ばして、負傷した右腕の補助をする。

 この爪は私の爪を伸ばしたモノだけど、夜行具を使ってだから、紫炎を切って散らせる。

 ただ、きき手じゃないからね。

 補助しても、さっきまでと同じようにとはいかない。

 シュッと、相殺できなかった攻撃が、頬をかする。

 他にも、腕やらわき腹やら、細かい傷がいっぱいだ。

 でももう、それも終わりだ!

「はあああぁぁ!」

 私は攻撃を散らすと同時に、クモの巣状の紫炎を切る。

 開いたすき間からピュッととび出すと、左手で紫炎をつかんでブレーキをかける。

 ぐんっと、全体重と超スピードの負荷が一瞬に集中し、腕の関節が嫌な音を立てた。

「〜〜っ!」

 腕に岩を落とされたみたいな痛みに、こらえきれずにひざをつく。

 痛い痛い痛い痛い……っ!

 頭はよったみたいにぐわんぐわんしてるし、全身あぶられてるみたいに熱い。

 左腕はもう感覚がないし、出血が多くて、体が思うように動かせない。

 ヤバ……焦点、合わなくなって……。

 ここまで、来たのに……!

『あー! あー! 紡!? 聞こえるか!?』

 突然、右耳から綾瀬の声が聞こえて、バッと顔を上げる。

 でも、そこには誰もいない。

『やぁっとつながったな。『王』が邪魔してつながんなかったのか? まーいいや。無事か?』

 よく聞くと、ところどころ荒いノイズがかかってている。

 通信用イヤホン……?

 こんなの私、持ってきてないけど……。

『おい?』

「あっ……えと、無事ではないけど、生きてるよ。ちゃんと約束、守るから」

『当たり前だ。それよりお前、息荒くねえ? 炎の音だって近ぇし……まさか、『王』と戦ってんのか?』

 冗談だろと言いたげな口調の中に、心配の気持ちが見えた気がして、すり切れた心にポゥと明かりが灯る。

「戦ってはいないよ。陽火を助けるために、『王』の真上にいる」

『ハァッ!? 上!? 意味分っかんねー、なんで……。よく近づけたな?』

「……まぁ、いろいろ使ってね」

 まだ、体が動かないや。

 綾瀬と話してるおかげで、意識は保ててるけど、返事をするだけで精一杯。

 綾瀬からの通信がなかったら、今頃私は夢の中だ。

『しゃべんのも辛そーだな。相当な大ケガしてんだろ。夜行服じゃないしな』

「っ!」

『まあいい。そろそろ…⋯も…………っぽいしな。手短……すぜ』

 何が、何っぽいって?

 ザザッとノイズがかかって、綾瀬の言葉がかき消される。

 聞き返す余力のない私は、口を閉じて綾瀬を待つ。

『獣型の妖魔の……は首だ。捕縛系の夜行具持ってん…………首おさえれ……だ。だが、その分リス……きい。ムリだと思……引け。分かっ…………』

 ザザーッ、プツッ。

「切れちゃった……」

 綾瀬と話せたの、一瞬だったな……。

 声だけなのに負傷してるってバレちゃったし、何やってんだって、絶対にあきれられた。

 やっぱり、ムボウだって思うよね。実際、最底辺だし。

 ……って、今さらだな。

 前から分かってたことじゃん。

 こんなこと、私の力だけで乗りこえられるわけがない。

 『王』は妖魔最強で、私は夜行士でもない、最弱なんだから。

 でもさ、ここまで来たんだよ?

 お母さんと同じ状況まで、持ってこれたんだよ?

 全身キズだらけだって、そんなので音を上げてられない。

 ここで気絶なんかしたら、一生後悔モノだ。

 傷つく覚悟を、決めるしかない!

 私は、体の動き具合を確かめるように、ゆっくりと立ち上がる。

 足元で倒れてる陽火を、じっと見下ろし、右手を伸ばした。

 パァンッ!

「ぅ……ッ!」

 お母さんのときと同じ破裂音がして、私は一瞬で夜空に投げとばされた。

 夜風が私にキバをむいて、傷口をさす。

 体が、はじけとんだんじゃないかって思うくらいの衝撃に、息が止まる。

 全身の骨がきしんで、われそうに痛い。

 ホンットーに! 信じられない攻撃力!

 陽火を、何がなんでも手放さないって執着の念が、この一撃にこめられてる。

 コレが陽火の生気で強化されてると思うと、怒りがわいてしょうがない。

 けど、私も無策でつっこんだわけじゃないから!

 右手首から伸びる、一本の白い線。

 続く先は……盾の紫炎だ。

 オッケー、うまくささってる!

 光線からつき出したトゲが、かえしのいい役割をしてるし、紫炎も、一点集中でつらぬいたから、そこ以外はくずれてない。

 ぬけたり、壊れたりなんてことはなさそう。

 光線の延長を止め、腕が保つ最速でブレーキをかける。

 そのまま後ろに生える木に足をつけ、ぐっと沈みこむ。

 ここは紫炎の攻撃範囲外だから、あの猛攻撃はこない。

 『王』までの距離は、ざっと百メートル。

 これなら、いける……!

「衝撃倍増、光線……」

 ――獣型の妖魔の……は首だ。

 ふと綾瀬の声がよみがえり、木についた左手を見る。

 たぶん、弱点って言ったんだ。

 捕縛の夜行具は持ってるし、どうせなら、弱らせてからのほうが、陽火を助けやすい?

 こんな小さいけど、ないよりはマシなはず。

 でも、リスクが大きいって、綾瀬も言ってたし……。

「……今さら、だよね」

 夜行具とりつけるリスクより、もう一回威力を上げて突撃するリスクのほうが、絶対に大きい。

 ぐっと左手を握って、体の角度を変える。

 狙うは……『王』の首だ!

 ダンッと力強く木をけって、出したままの光線に引っぱってもらう。

 衝撃倍増と光線で引いて、さらに超スピード!

 腕がちぎれそうなくらい痛いけど、まだ大丈夫……っ。

 これくらいしないと、最弱は最強を出しぬけないんだ……!

 まばたきの間に一面に広がった、うねる紫炎の海。

 スピードを落とさないまま、すれ違いざまに左手を紫炎につっこむ。

「っく……!」

 紫炎が意外と厚くて、『王』の首まで届かない……!

 捕縛系の夜行具は、例外をのぞいて、使用者が対象に触れると発動する。

 なのに……遠回りしたのに、発動することすらできないなんて……。

 ……いや! まだだ!

 届かないなら、伸ばせばいい!

 夜行具のスイッチを入れて、左手の爪を伸ばす。

 届け……っ!

 パァッと、ブレスレットが白く光る。

 そして、砂が風にさらわれるように、細かい光を散らして消えた。

 発動、した……?

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