第12話 突撃!

私は、軽くその場でジャンプし、ふーっと集中するように息を吐く。

「……よし。行こう」

 一歩踏み出すと、夜行士もビックリの超スピードで駆け出す。

 それを可能にしたのは、足につけた、衝撃倍増の夜行具だ。

 ……にしても、速すぎない!?

 周り、『王』の炎で明るいなってくらいしか分かんないんだけど!

「でもまあ、別に関係ないっ!」

 『王』の鼻先の下に走りこむと、衝撃倍増の夜行具をといて、手に持っていたバケツを、思いっきり地面にたたきつける!

「ガアッ!?」

 バケツの中から、水鉄砲みたいに勢いよく水が発射され、『王』の顔に直撃!

 炎には水って発想で持ってきたけど、よかった、効いてるみたいだ。

 ひるんで一歩下がった『王』。

 今だ⋯⋯!

 また衝撃倍増の夜行具にスイッチを入れると、ダンッと地面をけって、『王』の頭の上までとび上がる。

「⋯⋯いたっ! 陽火!」

 『王』の頭のすぐ後ろ。

 首にしがみつくように座りこんでいる人影を見つけ、私は『王』の背中に着地する。

 ⋯⋯よしっ、ついた!

 あとは、陽火をつれて、逃げるだけ!

「陽火! 行こう!」

 私が陽火の腕をつかむと、彼ははじかれたように顔を上げた。

「紡⋯⋯? なんでここに⋯⋯」

「いいから! 陽火が『王』に力をかしてるんでしょ? お母さんたち、今おされてるんだよ。だから⋯⋯」

「やめてくれ」

 立ち上がらせようと引っ張った手を、パッと払われ、私は目を見開いて陽火を見つめる。

「なんで……? 顔色も悪いし、辛そうだよ?」

 陽火は私の言葉を無視して、膝を折り、背中を丸めた。

 紙みたいに真っ白い肌。

 『王』の炎に照らされた陽火の瞳はウツロで、どこを見てるか分からない。

 はあはあって、全力で走った後の息切れみたいに、呼吸が荒い。

 私は今まで二回なったんだけど。

 コレ、生気を吸われてるときの症状だ!?

 私は息切れまではしなかった。

 きっと、陽火は限界超えてるんだ……!

「ねえっ、陽火、死んじゃうよっ!? 妖魔界でいいふうに思われてなかったって言ってたじゃん! なんで、妖魔の『王』に、そこまで……っ?」

「……るさい」

 親の敵でも見るような目。

 そんな、激しい怒りに燃えた瞳が私をにらみ、反射的に体がこわばる。

 私、陽火の気にさわるようなこと言っちゃったかな……?

 陽火は、自分から背に乗ったって話だし、何か事情があるのは分かってる。

 でも私、ただ陽火に傷ついてほしくなくて……。

「俺の気持ち、紡には分かんないだろうな。あんなに自分を大切に、かけがえのない存在みたいに接してくれる人間がいてさ。当たり前だと思ってるだろ」

 お母さんとお父さんのことかな。

 親バカだから、かわいがってもらってると思うけど、それは親子だからだよ。

 他人だったら、こんなデキソコナイの私なんて、とっくにポイ、だ。

 陽火はチッと舌打ちをすると、フラつきながらも私の正面に立った。

「俺の両親は、物心つく前からいなくて、ずっと独りだった」

 語りかけるというよりは、拒絶するための準備みたいで、ただ黙って聞いてることしかできない。

 少しでも動けば、陽火が消えてしまうような気がしたんだ。

「腹が減ったり、喉がかわいたりすることはなくても、満たされることもなくて。孤独だったんだよ。ただ、ひたすらに」

 妖魔は基本的に、飲み食いしなくても生きていけるんだっけ?

 満たされない……孤独……。

 寂しくてしょうがなかったってこと、かな?

「『王』は、そんな俺を助けてくれた。捨てないでくれた。だから俺は、『王』が夜行されてこいって言うなら、される。必要だって言うなら、それに応える」

 肌を滑るような夜風が、私と陽火の間をさっと吹きぬける。

 手を伸ばせば触れられるのに、だんだんと遠ざかってるように感じられて、思わず一歩踏み出す。

「分からないだろ、紡には」

 いなくなっちゃうって思った私は、逆に距離をつめてきた陽火に、戸惑い固まる。

 その一瞬に、陽火が乱暴に私の胸ぐらをつかみ上げた。

「存在を許してくれる人のありがたさ、恵まれて生まれた紡には、分かんないだろ! 俺には『王』だけなんだ。失望されたくないんだ! 邪魔しないでくれよ!」

 陽火は、ふーっふーっと息荒く私をにらむ。

 その瞳には、怒りや憎しみ、悲しみなんていう感情がぶつかりあって、火花を散らしていた。

 完全な、拒絶。

 踏みこんでほしくないのは、きっと、今のままが一番楽だと思ってるからだ。

 新しい道を進むのは、たとえそっちが望む道だとしても、絶対に変化はある。

 それが、自分にとって良くても悪くても。

 扉を開けるまでは、分からないから。

 誰だって怖いものだけど、陽火は特におびえてるんだ。

 ……いや、あきらめてる、のかな……?

「……分かんないよ。私が知ってるの、陽火の表面上の印象だけだもん」

 陽火がほっとしたように、わずかに眉を下げる。

 私が陽火のこと、あきらめると思った?

 それで「よかった」って?

 いいわけないよ。

「お母さんもお父さんも最初からいたし、愛情もたくさん注いでもらってる。存在を許されるとか恵まれてるとか、正直考えたこともないけど、私は今に満足してるよ」

 陽火の話と比べると、私たちは正反対だ。

 よりそってもらうなんて、陽火は望んでないかもだけど、誰でも自分と同じような境遇の人には、安心するものだよね。

 ⋯⋯私には、それがデキない。

 でも。でもね。

 その悲しい共感に頼るしかないっていうのも、またおかしな話。

 だって、私たちは生まれる環境を選べるわけじゃない。

 あの子いいなってうらやましがったって、人生交換なんか、できるわけがないんだ。

 似た境遇。変えられない事実。

 じゃあ、どうするかって?

 そんなの……分からない。

 けど、放っておくなんて絶対にできない!

「私たちは真逆。会ったばっかりだし、お互いを知らない。陽火のことを私が分からないみたいに、私のことだって、陽火は分からないでしょ?」

 陽火はじっと黙って、でも手の力はゆるめないで、私を見つめてる。

 私にデキるのは、ただひたすらに説得。

 私の言葉なんか響かないかもだけど、慎重に、丁寧に一言一言を選ぶ。

「分からない――自分と違うって、怖くて、時には憎いものだから、遠ざけたがる人も多いと思う。……でもね、それってもったいないと思うんだ」

 何言ってるんだコイツって顔。

 でもね、私は本当に思ってることを話してるだけだよ、陽火。

 私をどう思ってるかは知らないけど、私は陽火から離れるなんて、したくない。

「知らなかったことを知ったときって、すごい得した気分になるじゃん。えーっと、例えば……キツネは目が閉じた状態で生まれて、二週間くらいそのままだとか、タカは視力が人間の六倍以上だとか!」

 ピッと指を立てて話すと、虚をつかれたように、陽火がぱちぱちとまばたきをした。

「……動物ばっかりだな」

「うん! だって、私とは違うから。ね、知らなかったでしょ?」

「まぁ……うん」

 陽火の返事はあいまいだ。

 面倒になってるのかもしれない。認めたくないのかもしれない。

 でも、あの激しい感情の渦は、彼の瞳から消えている。

「分からないものって、何も知らないし、自分とは違うから、『そうだったんだ』って発見も多いよね。たっくさんワクワクできるじゃん!」

「わく、わく……?」

「そうっ! その分危険とかもついて回るけど、逆に、分かってるものって少ないと思うよ? そう思いこんでるだけで。話の展開がよめる物語なんて、面白くないし……」

 はっと、陽火が黙りこんだのに気づき、どうしたらいいか分からず、口をぱくぱくさせる。

 ああぁあああっ、やっちゃった……!?

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