第9話 行かせてほしい

 タタタッと小走りで近づいてきた綾瀬が、目を見開いて立ち止まる。

 ビンゴだ。綾瀬は、何か知ってる。

 ってことは、私は何かが特別で、それは綾瀬にとって都合が悪い。

 ……あるのかな。

 今までそんなモノ感じなかったけど、実際に戦ってみたら発現する、みたいな?

 もしあるんだったら、私は夜行士にもなれるかもしれない……?

「……ダメだ。紡は行かせない」

 私の手首を握った綾瀬の手が、細かく震えてる。

「あっちは、美月さんと結さんがなんとかしてくれる。だから、わざわざ危険なとこにとびこんでくなよ」

「でも、お母さんとお父さんじゃ、止められないって……」

「だったらなんだよ! 紡が行ったって、なんもデキねーだろ!?」

 突然キレ始めた綾瀬に、ぐっと言葉をのみこむ。

 ……焦ってる? おびえてる?

 綾瀬が感情を爆発させてるのは、いつものことだけど、こんなに余裕がなさそうなのは珍しい。

 何がなんでも行かせないっていう、必死な瞳が怖いくらいだ。

 ……でも。

「そう、だね。私は、何もデキない」

 私の言葉に、綾瀬があからさまにほっとした表情を見せる。

「でも、私に何かあるなら。それで、みんなの力になれるなら。私は行きたい。……行かせてほしい」

 綾瀬の手をほどこうと、腕を引いてみるけど、逆にギュッと力をこめられる。

 絶対に行かせない、か。

 さすがは夜行の優秀生。骨が折れそう……!

 夜行具ナシでこの力なんだから、きっと綾瀬が加勢すれば、いくらかお母さんたちも、楽になるはずだ。

 でも、私がいるせいで、それができない。

 一緒に行くにしても、なんもデキない私じゃ、足手まといだもんね。

 ……でも。

 もし、私に何かデキるとしたら?

 私だって力になれるし、綾瀬も戦いに加われる。

 それに、あの妖狐、陽火も危ないみたいな言い方だった。

 出ていく前の様子からしても、おびえてるみたいだったし……。

「ダメだっつってんだろ……! 大事なヤツが危険にとびこむのを、ただ見てるだけなんて、そんなのもう、したくねーんだよ……!」

「止められても私は……え? 大事?」

 今、大事なヤツ、って言った?

 やだなぁ。ありえないよ。

 いくら止めたいからって、きっつい冗談……。

 しまったというように、綾瀬が口をおさえる。

 ……ウソでしょ。

 あんなに学校で、当たりが強いのに。

 孤立させてくるのに。

 嫌いな人にすることだって……ねえ。

 よく、分かんない。

 綾瀬が何をしたいのか、私、分かんないよ。

「……分かった。全部話すわ」

 私が驚きで固まっていると、綾瀬はあきらめたように眉を下げた。

「百鬼門ってのは知ってるよな?」

「う、うん。妖魔界と人間界をつなぐ、門のことだよね? 夜行士の山にある……」

「そ。人間界と妖魔界に、それぞれ四つずつあってだな、その一つが、丑寅の山にあるんだ。その一つっつっても、四つの門の中で一番境目があいまいで、鬼門の方角だろ? 害をなす妖魔が出てきやすいのが、ここなんだよ」

「うん。知ってる」

 こんなこと、夜行を習い始めた頃に教えられることだ。

 さすがの私でも覚えてるし基礎知識だし……何が言いたいんだろう。

「当然、危険な妖魔も出てきやすいわけだ。そこで、夜行士の家系に、数百年に一回、どんな夜行具にも適性がある人間が現れるようになった」

 ドォッ……!

 地面がダンッとはねると同時に、薄紫色の光が部屋を染める。

 やっぱり、ちょっとずつ近づいてきてるよっ。

 今の、そこの妖狐の炎に似てたから、きっと同じ妖魔だ……!

「陽火……っ!」

「聞けって!」

 走り出しかけた私の腕を、綾瀬がぐんっと引き戻す。

 ああもうっ……!

 なんだっていい話じゃんか!

 私に何かデキるなら、はやく行かないと……!

「その年には、決まって妖魔側にも『王』が現れる。紡も、聞いたことくらいはあんだろ。鬼門の百鬼夜行」

「だから! それがなんだって……!」

「その次の夜行士が、紡なんだよ」

「は……?」

 信じられない話に、ぽかんと口を開ける。

 鬼門の百鬼夜行。

 夜行士はもちろん、夜行に関係する全ての人が知ってる厄災だ。

 五百年前、ここ、丑寅の百鬼門からあふれ出した妖魔たち。

 『王』が率いた彼らは、その数なんと、数千にのぼるって話だ。

 その時代の夜行士たちが苦戦する中、ずばぬけて活躍したのが、全能の夜行士。

 夜行に必要な夜行具は、それぞれの夜行士の適性に合わせて作られるモノだけど、かの英雄は、全ての夜行具を使いこなした。

 接近も遠距離も、捕縛も攻撃も。

 弱点を全部なくした、最強の夜行士として、最期は『王』と相打ちで、一連の騒動は幕を下ろしたんだって。

 そんな立派な夜行士の次が……私?

 夜行具だって、ろくに扱えたことないのに?

「信じられねーだろうけど、そのはずなんだ。長い歴史で見ても、全能はほぼ丑寅から出てる。妖魔の出現だって多くなって……」

「はず……? 違うかもしれないんだ?」

 あいまいな言い方に、首をかしげる。

 綾瀬は、図星をつかれたのか、迷うように瞳を揺らす。

 そして、思いきったように口を開いた。

「……いや、紡が全能の夜行士だ。だから俺は、守んねーといけねー。あっちにも、行かせらんねー」

 怪しいな。

 まだ確信が持ててないんだ。

 綾瀬も妖狐も、何か勘違いしてるんじゃない?

「でも」

 綾瀬がうつむいて、すがるように片手を私の肩に置く。

 急に体重をかけられて、私はバランスを崩し、とん、と背中が壁に当たる。

「俺は、紡に夜行士以外の道に進んでほしかった。全能っつーことは、『王』を相手すんのは、義務みたいなもんだろ? つまりもう、紡の未来は決まってんだ。若いまま死ぬかもしれねーんだ。でもそんなん、あんまりだろ……!」

 やるせない気持ちをぶつけるように、綾瀬の手に力がこもる。

 ――イジめたら学校来なくなるだろ。

 私はイジメだなんて思ってなかった。

 でも、さっきはなんで、イジメを手段みたいに言うんだろうって思ったけど。

 夜行士養成学校をやめて、夜行から離れてほしかったんだ。

 私が、しかれたレールの上を歩かなくていいように。

 危険に縛られないでいいように。

 綾瀬は、私を夜行士の世界から逃がそうとしてくれてたんだ。

 でも、夜行士以外の道、かあ。

 綾瀬には悪いけど、なんにも思い浮かばないや。

 私にとって、夜行士の光はまぶしくて、恋焦がれるくらいの憧れだから。

「……私ね、小さい頃、一回だけ妖魔に襲われたことがあってね、夜行士に助けてもらったことがあるんだ。私は生気を吸われて、死んじゃうかもってすっごく怖くて。でも、その夜行士は、大丈夫だって、笑って助けてくれたの。それがすごく安心して、私もなりたいって思ったからさ」

 もし今、陽火が同じ状況で、私にも何かデキるなら。

 行かせてほしいの気持ちをこめて、綾瀬の腕をつかむ。

「……あっち行ったら、もう他は選べねーぞ」

「うん。分かってる」

「……俺、紡に死んでほしくねーよ」

「私だって、死ぬつもりなんてないよ。生きて帰る」

「でもお前、なんも……!」

 綾瀬の手が小さく震えて、そえるだけみたいに力が弱くなる。

「ごめん」

 私が綾瀬の手を外すと、思ったよりもすっと離してくれた。

 綾瀬は、うつむいたまま動かない。

 私はそっと扉まで歩いていくと、振り切るように思いっきり走り出した。

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