第8話 私が、特別?
限界まで目を見開いた陽火が、綾瀬の手を乱暴に払い、ものすごい速さで扉をけ破っていった。
外に出ていった……?
あんな、曲がるときしか姿が見えないようなスピードで……?
相当慌ててたみたいだけど、あの瞳の揺れ方からすると、もしかして……。
ぽかんと、自分の手と扉を交互に見ていた綾瀬が、ダルそうに腕を組んでため息をついた。
「ありゃー、なんか隠してんな。美月さん、結さん。俺、外の様子、見てきます」
「ダメよ。綾瀬君は、紡ちゃんとお留守番してて」
お母さんは、私たちに視線を向けることなく、壁にかけてあった黒いマントをはおる。
すると、マントはスルスルと肌をはうようにおおい、ワンピースの形に変化した。
お父さんのは、袖が長めの着物だ!
腰から下が、布じゃなくてズボンなのは、動きやすいように、かな。
……って、お留守番? 二人で?
「なんでですか! 俺だって、きっと役に立ってみせます!」
「綾瀬君が優秀なことは、僕たちも知ってるよ」
「だったら……!」
「今回はねぇ……。万が一も考えて、ね。君が優秀だからこそ、ツムちゃんと一緒にいてほしいんだよ」
お父さん、一瞬だけ視線を下にズラした……?
私、アレ、何回か見たことある。
あの、目だけを動かす動作は、お父さんの自信のなさとか不安を表してる。
これを見た後の夜行で、お父さんが大ケガなしに帰ってきたことがない。あの黒い服――夜行服も、その度に作り直してもらってた。
つまり、今から夜行で、しかも危険なんだ……!
そこには陽火も行った可能性があるわけで……陽火が危ない!?
綾瀬はぐっとおし黙ると、奥歯をかんでうつむいた。
「分かり……ました」
すっごく嫌そうだなー……。
それもそうか。なんでか分かんないけど、綾瀬は夜行についていきたかったんだもんね。
とりこぼした妖魔対策ってところで、私が弱いから、一人にすると危ない。
私のおもりじゃ、テンション下がるよねぇ。
……いやいやいやっ! 私ヤダよ!
綾瀬と二人きりなんて!
「まっ……!」
じゃあ、と軽く手を上げた両親に、伸ばした腕が中途半端に固まる。
行っちゃった……!
どうしよう、また何か言われるかな……!?
綾瀬が私のことを孤立させるのは、きっと私が気に入らないからだ。
弱くて、なんもデキなくて。
そんなの、私が一番分かってる、けど……。
それが目ざわりなんだ。
夜行士養成学校には、こんなデキソコナイなんて、いないからなぁ。
しかも、今回ははっきり私のせいだし……!
「おい」
「ひゃいっ」
私は、ピャッと腕を引っこめる。
ヒッ……! やっぱり怒ってる……!?
しかも、かんだし裏返った……!
「なんでビビって……って、しょーがないか。まぁ、ただ待ってるだけってのもなんだし、飯、食ったらどうだ」
「へ……?」
思わず、気のぬけた声がもれる。
あれ、やさし、い?
お前のせいだとかなんとか、なんかもっと、ボコボコに言われると思ってた。
拍子ぬけだ。調子くるうなあ。
私がまじまじと見上げると、彼は気まずそうに頭をかいて、そっぽを向く。
元陽火の席に手をかけて座ると、机に頬づえをついた。
考えこんでる、のかな?
じっと真っすぐ見つめて、私のことは意識の外って感じだし。
そう! 私は空気!
気にもとめられてないんだから、緊張する必要なんかないよ、紡!
小刻みに震える手ではしを持ち、何度か空振りつつもカラアゲを挟む。
かみつくように口の中に入れると、ジュワァッとあふれ出す肉汁!
キュッと口の内側が喜ぶように引きしまり、次へ次へとかきこむ手が止まらない。
んー、やっぱりおいしい!
お父さんが作るご飯は、どれも絶品なんだよね。
お店とか開いたらいいのにって思うくらいだけど、夜行の仕事に影響を出したくないって。
本当、めっちゃもったいないよねえ。
「……あのさ、なんで学校やめねーの?」
最後の一口をもぐもぐしてたとき、急に綾瀬が話しかけてきた。
「んぐっ……!」
あっぶな……!
喉につまるところだった……!
「俺、紡のこと、すっげーイジめてんのに。フツー、イジめられたら学校来なくなるだろ。それに、成績だって、紡の頑張りについてきてない」
うぐっ、どストレートだ……!
いつもみたいにバカにしてるのかな、と思って横目でぬすみ見た私は、ハッと目を見開いた。
そもそも、こっち見てない。
何か思いつめたような、迷うような表情で、じっと空になった大皿を見つめてる。
「……そんなの、分かってるよ」
「ならなんで……っ! 紡は夜行士に向いてねーっ。なるべきじゃないんだ!」
「分かってるって言ってるじゃん! でもそれが、向いてないことがっ、憧れをあきらめられる理由にはならないんだよ……っ!」
かぶせるように叫んだ私に、綾瀬が目を丸くする。
ああぁあああっ、私ってば何言ってるの!
正直な気持ちだけど、生意気だって、綾瀬も絶対不愉快だよ!
そう思うのとは裏腹に、口は止まらない。
「デキない子なんだって、私が一番分かってる。頑張ったって結果が出るわけじゃないって、何回思ったか……! でもっ、『じゃああきらめよう』なんて、『嫌なヤツがいるからやめよう』なんて、そんなに気持ちはヤワじゃないのっ!」
綾瀬が口を薄く開けて、私を見つめる。
もうここまできたら、つっきってやる!
なんと言われても、これだけはゆずれない。
夢を追うことだけは……っ!
私も負けじと綾瀬をにらみつけると、彼は鼻の頭にギュッとしわを作った。
「決意はカタイ、か。でも、紡はダメだ」
「何言われても、あきらめない」
「そうじゃねーんだって……」
バギィッ!
木の板をたたきわる音がして、綾瀬がバッと右に顔を向ける。
「紡っ!」
彼はサッと右手首を左手でなでると、私のわきに腕をつっこんで抱え、扉のほうへととびのく。
その瞬間、ゴオッと薄紫色の炎が地面を滑った!
うわっ、さっきまで私が座ってたところをピンポイントだ!?
私のほうが弱そうだからって、先に狙ったのかな。
「下がってろ」
綾瀬が私をかばうように前に立ち、左手首にもブレスレットをつける。
アレ、綾瀬の夜行具だ。
綾瀬はパワー系だから、接近戦が得意なんだよね。
「どいてください。我々は御子に用があるだけです」
「どかねーよ。紡を狙うなら、お前も夜行対象だ」
土煙の中から姿を現したのは、一匹の狐だ。
綾瀬の背と同じくらいの大きさで、つややかな黄金色の毛、二本の膨らんだ尾。
「狐の、妖魔……!?」
「妖狐です、御子」
感情がないみたいに淡々とした声が、私に向けられる。
御子ってなんだろ?
私の言葉に反応したってことは、私が御子っていうこと?
でも、御子って、特別な意味を持つよね。
とても私なんかに、見合うモノじゃないと思うけど……。
「おい紡、アイツと話すなよ」
「こっちのセリフです。御子にアナタの汚れがつくじゃないですか」
「……誰が汚れてるって?」
綾瀬がサッと足を引いて、一直線に妖狐につっこんでいく。
対する妖狐は、ボボボッとこぶしサイズの火の玉を、数個浮遊させる。
火……ってことは、家に燃え移ったりしたら、山火事になりかねないんじゃ……!?
そうだ。さっきハデに放たれてたけど……あれ、なんともない?
燃えるどころか、焦げてすらいない椅子と机。
物に効果はない……物理攻撃じゃない?
生き物か、空間に影響を与えるタイプかな。
妖狐が大きく口を開け、綾瀬にかみつこうとする。
ひらりと、妖狐の鼻に手をついてかわした綾瀬は、体をひねって妖狐の背にまたがる。
「乗らないでください!」
「効かねーな」
火の玉が、ビュッと一斉に綾瀬に襲いかかるも、全部殴って無効化。
再び火の玉を出そうと、身をよじった妖狐の首ねっこをつかむと、妖狐はベチャッと床に倒れた。
溶けてるみたいだ。力が入らないのかな?
「安心しろ。ただの拘束だ」
「……なぜ、夜行しないんです?」
「俺はまだ、夜行士じゃねーからな。夜行の許可が出てねーんだよ」
「なるほど。人間は大変ですね。協定を破った我々を夜行するのに、資格がいるんですから」
「……命、だからな。そんな簡単に触れていい領域じゃねーし」
「ふふふっ。余裕ですねえ。それは、私が二本尾だから言えることでしょう」
ドォ……ッ!
また、倒れる音だ。
しかも、ちょっと近くなってる……?
「あの二人の人間では、我らが『王』を止められないでしょう。半妖の子、どうなっても知りませんよ?」
半妖……陽火が!?
お母さんとお父さんでも、止められない妖魔だなんて……そんな……!
「御子、アナタは特別です。御子が行けば、もしかしたら……」
「黙れ妖狐!」
綾瀬は妖狐の言葉をさえぎると、ガッと口をつかんだ。
すると、綾瀬の夜行具の輪が大きくなって、妖狐の口にはまった。
私が、特別?
そんなわけない。そんなわけない、けど……。
「紡。アイツの言葉なんて信じるな。自分でもわかってんだろ、特別なんかじゃないって……」
「でも、綾瀬は知ってたんでしょ。私が御子って呼ばれて、なんも疑問なさそうだったもんね。何か、私に隠してるんだ」
「っ!」
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