第7話 人間と同じ
かすれた声が、喉をこすった。
当たり前になじんでいたはずの言葉がのみこめず、思考が止まる。
……や、ぎょう?
夜行してほしいって言った?
そんなわけないよね。夜行されたら、陽火、消えちゃうし。
聞き間違い、だよね……?
「やっ、夜行してるとこが見たいんだよね! そっか、そうだよ……」
「違う。俺を夜行してほしいんだ」
そんな……ウソだ……。
すがるようにじっと陽火を見つめても、気づいてないのか、フリか、真っすぐにお母さんを見てる。
まるで、機械みたいな表情だ。真剣だけど、どこかあきらめてるような……?
そんな陽火の視線を受け止め、お母さんは片眉を上げた。
「理由を聞こうかしら」
「……俺は、存在していてはいけないんです」
想像よりもずっと重たい言葉に、私は息をのんだ。
陽火は、何かを思い出すように、一瞬まぶたをふせる。
そして、すぐに真っすぐ強い瞳を戻した。
「お願いします。俺を……」
「…………なよ……っ!」
ガタッと椅子から立ち上がる音がして、私はビクッと肩をはねる。
おそるおそる視線を流すと、怒りに瞳を燃え上がらせた綾瀬。
今にもつかみかかりそうなくらい、ガルガルしてる……!
「ふざけんなよ! お前、自分が何言ってんのか、分かってんのか!?」
「分かってる。消えるんだろ」
「じゃあなんで……っ!」
「さっき言っただろ。俺は、存在してたらダメなんだって……」
「うるせえ! 黙れ! そんな……っ、そんな、命を軽く見るような発言するなよ……!」
怒ってるのに、今にも泣き出しそうな表情で、前のめりになって叫ぶ。
けど、彼はハッと目を見開いて私を見た。
口が震えて喉が上下し、バツが悪そうにプイと顔をそらす。
どうしたんだろ?
あんなに陽火にかみついてたのに、急に私に注意が向いたな。
何か、今のやりとりで引っかかることでも……。
――生きてる意味、ないんじゃね?
あー……コレか。
毎学期、いろいろ言われるけど、コレだけは常連さんだったもんなぁ。
生きてる意味ない、なんて、とても慣れるものじゃないから、最初のほうはズルズル引きずってたっけ。
綾瀬も、それを分かってて言い続けてたわけだけど。
今、自分が言ったことが
ここまで真逆のこと言うって、やっぱり綾瀬は私のことが嫌いなんだ。
嫌いだから、わざと傷つけること言うんだ。
昔は、毎日のように一緒に遊んでたのになぁ。
私、何か嫌われちゃうようなことしちゃったのかな……。
「夜行ってね、そんな簡単にできることでもないんだよ」
お父さんが、そっと気づかうような声で、二人をなだめる。
「人間にも、いい人と悪い人がいるでしょ。妖魔も同じでね、害を加えない妖魔は、夜行しちゃいけないんだよ」
「妖魔も生きてるからね。私たち夜行士も、罪のない命を消したくはないの」
妖魔も生きてる、か。
いい妖魔も悪い妖魔もいて……人間と同じ。
ただ、呼び名が違うだけで。
ただ、それぞれの世界があるだけで。
生きてるって、一番大事な部分は、どこだって変わらないんだ。
そっか、そりゃそうだよね。
全部、人間中心で考えていいほど、世界は狭くないもんね。
「……じゃあ俺は、夜行してもらえないってことですか」
「当たり前だろ。なんもしてねーヤツが消されるなんて、おかしいわ」
綾瀬がケッと吐いて、雑に椅子に座る。
陽火は……まだ座らないみたいだ。
あきらめきれないのか、うつむいて、ギュッと眉をよせてる。
どうしてそんなに、夜行されたいと思うんだろう。
存在しちゃいけないって言ってたけど、そう思わないといけない事情があるんだよね。
何か言葉をかけれたらいいんだけど、何も知らない私の言葉なんて、薄っぺらいだけだ。
しばらくの沈黙の後、陽火がふーっと細い息を吐いた。
「なら俺が、悪い妖魔になったら、夜行してくれますか」
悪い妖魔に……なる?
私を除く三人が、ハッと目を見開く。
それを見た陽火は、寂しそうに目を細め、そっと私の首筋をなでる。
「ひぇ……っ」
「「「やめなさい(やめろ)!」」」
私が、わき腹をキュッとしめられるような悪寒に身を震わせると同時に、三人が音を立てて椅子から立ち上がる。
二歩で距離をつめた綾瀬が、陽火の手首をつかんで、私から離す。
なんでみんな、そんな焦って……。
「どういうつもりだ陽火……! そこまで成り下がるなんざ、お前らしくねー……」
ドォン……ッ。
遠くで何か重たいものが倒れる音がして、綾瀬の意識がそれたときだった。
「っ!」
「あっ、おい陽火!」
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