第6話 頼みたいこと

「美月さん、お久しぶりです。コレ、頼まれてた夜行具です」

「いつもありがとね。今からちょうど夜ご飯なんだけど、一緒にどう? はり切って作っちゃったから、たくさんあるのよ」

「いえ、今日は……ん? はり切る? 今日って何かありましたっけ?」

「ええ。紡ちゃんが、綾瀬君以外を呼び捨てで呼んだの。これはもう記念日だって……」

「……それって、誰です。今、一緒にいるんですか」

 綾瀬の声色が、変わった。

「いるけど……綾瀬君?」

「すいません。やっぱ、ごちそうになります」

 単調な足音を立てて、綾瀬が家に上がってくる。

 ひいっ! なんか怒ってるし、こっち来る……!

「紡? 大丈夫か?」

 陽火がガチガチの私に気づいて、そっと肩に手をのせる。

 ダイジョバナイデス……ッ!

 昔は、親が仲いいのもあって、よく遊んでたけど、今じゃ私を見せ物にするくらいだ。

 そんな綾瀬が家に入ってきて、悪い想像しか浮かばないよ……!

「……そうか。なら、俺と位置を交代しよう。少しでも扉から離れたほうがいいだろ」

 陽火はスッと立ち上がって後ろにハケると、私に座るように目配せした。

 いいのかな……?

 でも、私が扉から遠くなるってことは、陽火が近くなるってことだ。

 綾瀬と関係ないのに、巻きこんじゃったら申し訳ないよ。

「俺はいいから。はやく」

「は、はいっ」

 なんだろ、この、有無を言わせない感じ。

 じっと扉を見つめて、厳しい目してる?

 私が慌てて、元陽火の席に座るとほぼ同時に、バンッと勢いよく扉が開け放たれた!

「誰だ、紡にちょっかい出してんのは! ……ん? お前は……」

「やっぱり、綾瀬はアンタか。久しぶりだな」

 ……え? え?

 知り合い!?

 綾瀬と陽火って、会ったことあるの!?

 綾瀬は思いっきり顔をしかめると、ずんずんと大またで陽火につめよった。

「なんでお前がここにいるんだ」

「別にいいだろ。それより、紡が怖がってるぞ。何かしたのか?」

「別に。お前にはカンケーねーよ」

「放っておけないだろ。知らないフリはしたくない」

「だぁから、カンケーねーって言ってんだろ!」

 綾瀬がガルガルとうなり、今にもつかみかかりそうだ。

「ち、ちょっと、ここでケンカは……」

 うっ、完全に二人の世界だ……。

 ふとお父さんのほうを見ると、お父さんはニコニコ穏やかに笑っていた。

 今は見てる場合じゃないって……!

「上等だ。表出ろよ。紡に近づけないようにしてやる」

「なんで紡に近づいたらいけないんだ? ……なんか、綾瀬ってだいぶ変わったな。昔はもっと、泣いてばっかだった……」

「うっ、うるせえうるせえ! それ以上言う……っ!」

「はいはい。近所迷惑よ」

 いつの間にかそばに来ていたお母さんが、二人の頭にゲンコツを落とす。

 陽火には優しかったけど、綾瀬のはゴンッて音がしたな。痛そー……。

 お母さんは、頭をおさえる二人にため息をつくと、向かいの席に座った。

「結君、綾瀬君は特等席ね。紡ちゃんの隣のほう」

「はーい」

 お父さんが綾瀬に手をかざすと、綾瀬は腰を糸で引っぱられてるみたいに、体をくの字にして宙に浮く。

 私たちの後ろを回った綾瀬は、私とお母さんの間に座らされた。

 私の隣って、ホントに……!?

 ヤダヤダヤダヤダ、怖いって!

 お母さんに目で訴えるも、どうやら知らんぷりをつらぬくつもりらしい。ヒドい。

「綾瀬の隣は、俺が……」

「ダメよ。アナタたちをくっつけると、またケンカになるじゃない」

「「……」」

 おっと、図星だったようだ。

 悔しいような、あきらめきれないような表情のまま、陽火はしぶしぶ腰をおろす。

 お母さんは、「次やったら許さない」とでも言いたげなニッコリ笑顔で念をおしてから、山盛りの料理を一瞬でみんなの前に分けた。

「陽火君、食べれないものはある?」

「いえ、どれもおいしそうなので、全部食べれます」

「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」

「美月さん、なんで俺のだけこんなに多いんですか。紡の三倍はあるんですけど……」

「ふふふっ。あんなに叫んだんだもの。エネルギーを補給しなきゃよね」

「いやあれは……なんでもないです」

 お母さんの、迫力ニッコリ笑顔、再び。

 反論しようと腰を浮かせた綾瀬は、すごすごと引っこむ。

 あの綾瀬がちっちゃくなってるなんて……お母さん、おそるべし。

「……さて、本題に入りましょうか」

 お母さんが手を組んで机にひじを置くと、ピンとはりつめた緊張が走る。

 さっきまでの空気がウソみたいだ。

「いろいろ聞きたいことはあるのだけど……でも、まずはそうね。どうして紡ちゃんと一緒にいたのか」

「うんうん。それが一番大事だね」

 一番大事なことではないでしょ。

 真面目な雰囲気でも親バカって……しまらないなぁ。

 ちらりと陽火を見ると、彼はすごく真剣な表情で、お母さんを見つめていた。

 覚悟を決めたみたいな、強い瞳だ。なんでだろ。

「俺は、人間と狐の妖魔のハーフです。知ってると思いますが、妖魔は縄張り意識が強い。当然、自分たちと少しでも違う者は、はじき出される。最近まで生かしてもらえてたんですけど、ついに愛想をつかされてしまって。捨てられたんです、人間界に」

「百鬼門からね?」

「はい。そこで、紡に拾ってもらったんです」

「……そう。分かったわ」

 お母さんは息を吐くと、考えこむようにまぶたをふせる。

 そっか。陽火は半妖だから、妖魔は受け入れてくれないんだ。

 捨てられたって、きっとショックだっただろうな。

 でも、それなら、赤ちゃんのときから追い出されててもおかしくないと思うけど……さすがに良心が痛んだのかな。

 大変だったね、なんて同情の言葉も、軽くかけられない。

 どんなことがあって、どんな思いをしてきたのか、私は知らないからさ。

 そんなことをとっさに思うくらい、陽火は真剣な表情をしていた。

「それで、俺、頼みたいことがあるんです」

 おぉっ、やっときた!

 さっきは、私が無責任に提案しちゃったけど、ここでお母さんたちにオッケーをもらえば、陽火は帰る場所ができるもんね。

 きっとお母さんたちも……。

「夜行、してくれませんか?」

「……え?」

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