第5話 一人は慣れてる……?

「……聞いた? ゆう君」

「……うん。もちろんだよ」

 ん? なんの話してるんだろ?

 お母さんとお父さんは、ボウゼンとつぶやき、徐々に頰を高潮させていく。

「紡ちゃんが、綾瀬君以外を呼び捨てで呼んだわ! これはもう、記念日よ!」

「そうだねー。今日はパーティーだ」

「さあさあ、はやく家に入りましょ! 話は後で聞くわ」

「僕、部屋の準備してくるねー」

 陽火が、ゆっくり丁寧に地面におろされる。

 ぐいぐいと私たちの背中をおすお母さんに、ピャッと高速で中に引っこむお父さん。

 ……記念日って何? 準備って、なんの?

 とりあえずこれは、話を聞いてくれるってことで合ってる……?

「……なあ、俺、夜行されないのか?」

「うーん……たぶん? あ、でも、そうなりそうになったら、私が止めるよ! だから大丈夫!」

「そうか。頼もしいな」

「えへへ」

 頼もしいだって! 照れちゃうなぁ。

 私は、上機嫌で陽火に笑いかける。

 ……あれ、なんか考え事してる?

 私が見てることにも気づいてないし、憂いを帯びた表情してる。

 どうしたんだろ?

「紡ちゃん、陽火君。お母さんも準備してくるから、手洗いうがいしたらリビングに来てね」

 お母さんはそれだけ言うと、夜行士の速さをムダ使いして、どこかへ行ってしまった。

 残された私と陽火。そして沈黙。

 き、気まずい……!

「なあ」

「はいっ!」

 しまった、急すぎてヘンな声出ちゃった……!

「そんなに驚くことないだろ……。俺のほうがビックリしたよ」

「うぅ、ごめん……」

「いや、全然いいんだけど。それより、手洗い場どこ? はやく行ったほうがいいんじゃないか?」

「そっそそそそうだにぇっ」

 ああもうっ、めっちゃかんだ! 恥ずかしい……!

 ほら、陽火も困っちゃってるじゃん!

 私は、湯気が出そうなほど熱い顔をごまかすように、回れ右して、奥へと続く通路を進む。

 私の家は、洋館ってほど広くはないけど、一階建てで、横に長い木造建築だ。

 応接間とか、夜行士として使う部屋は左半分に多くて、畳がしいてある。

 右半分はプライベートの部屋で、洋風の印象を受けるものが多く置いてある。

 豪邸っていえばそうかもだけど、ちっちゃい頃から住んでると、やっぱり実感わきにくいよね。

 あ、でも、綾瀬が昔遊びに来たとき、ふらってどっか行っちゃって、見つからなかったときがあったなぁ。

 夜になっても出てこなくって、みんなですごく焦ったのを覚えてる。

 そうならないように、後で陽火に家を案内してあげようっと。

「広いな。迷いそうだ」

「でしょー。でも、少しずつ覚えてったらいいよ。たぶん陽火は、私の隣の部屋をもらえると思うから……」

「部屋? なんで?」

「なんでって、行くとこないんでしょ?」

「ないけど、ここに? てっきり、とりあえずってことかと思ってたんだけど……」

 バシャー、キュッ。

 陽火が蛇口をひねって手をふき、ぽかんと私を見つめる。

 ……そうだったああああ!

 お母さんたちに、まだ許可もらってないんだった!

 ここは私の家であっても、私のモノじゃない。

 当然、家の権限は、全て親にあるわけで。

 どうしよう。すごく無責任な考えだった……!

「俺をかわいそうだと思って言ってくれたなら、紡は優しいな。でもな、俺は妖魔の血を引いてるから、紡たちからしたら敵なんだ。受け入れられなくて当然、すぐに夜行されないだけマシ」

「でも……」

「だからさ、そんな顔するなよ。一人は慣れてる」

 慣れてるなら、そんな寂しそうに笑わないでよ。

 そう、口を開きかけたときだった。

「紡ちゃーん! 陽火くーん! 準備できたわよー!」

 陽火が、私の視線を自分から外すように、頭をなでて歩いていく。

 ああっ……! タイミング悪い……!

 なんであんなに寂しそうに、まぶしそうに笑うのか、聞きたかったのに……!

「紡ちゃーん?」

「っはーい! 今行くー!」

 私はヤケクソで返事をして、洗面所をとび出す。

 左に曲がって、三つ目の扉を開けると、そこには圧巻の光景が広がっていた。

 左手にキッチン、右手に椅子と机。

 いつもと変わらないリビングには、折り紙の輪っかやらミラーボールやらが飾りつけられていて、まるでパーティー会場。

 机には、山盛りに料理が積み上げられていて、今にも雪崩が起きそうだ。

 よく見ると、奥のテレビの前の机にも料理が!?

 ちゃっかりクラッカーと三角帽子まで!?

 なんというか……こんな数分で、よく大変身させたなあ……。

 白いガラスの破片が、床を滑ってるみたいでキレイだし……って、ミラーボール!?

 え、これって、お店とかで使うやつだよね?

「こんなの家にあったんだ……」

「そうなんだよー。昔、知り合いにもらってね、ずっとしまったままだったんだー。さ、ツムちゃんも座って座ってー」

「でもお父さん。その……話をするには気が散らない? 陽火の話、聞いてくれるんでしょ?」

「そっかー。それもそうだねー」

 お父さんはぽんと手を打つと、ミラーボールに手をかざした。

 ずっとしまってあったものだったんだ。

 せっかく出したんだろうけど、でも陽火の話を聞いてほしいし……お父さん、ごめん!

 ……ってあれ、片づけるの、めっちゃはやいな……?

 もうちょっと残念そうにするかと思ったけど、意外とさっぱりしてるや。

「あ、ツムちゃんは陽火君の隣ねー」

 私がどこに座るか迷っていると、お父さんが声をかけてくれる。

 私は、すでに座っている陽火の隣の椅子を引いて、腰をおろした。

「あれ、お母さんは?」

「んー? お迎えだよー」

「え、誰の……」

 ピンポーン。

 淡白で、のんきな電子音が鳴った。

 もう七時すぎてるけど……こんな時間に誰か来るなんて、珍しいな?

「おじゃまします」

 耳にこびりつくくらい聞き慣れた声に、ヒュッと呼吸が止まった。

「いらっしゃい、綾瀬君!」

 あや、せ……?

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