第4話 話を聞いてよ!

「……悪かった」

 へたりこんだ私の頭に、陽火のつぶやきが降ってきて、私は陽火を見上げる。

 バツが悪そうに地面を見つめる彼は、また何かにおびえてるように見えた。

「速いの苦手なんだろ。なのに俺、気づかずにとばして……。悪かっ、」

「謝らないでよ」

 私が陽火の言葉をさえぎると、彼は驚いたように目を見開いた。

「謝ってばっかりなんて、陽火には似合わないよ。たしかに怖かったけど、急だったからビックリしただけ」

「でも、俺……」

「だーかーらー! じゃあ、次から気をつけてくれればいいでしょ? もう速さは分かったわけだから、大丈夫だとは思うけどね。……あ、でも、お、お姫様だっこはもういいよ!? できるだけ一緒に歩こう! ね?」

「っ!」

 陽火は、目玉が落ちそうなほど、目を見開く。

 え、私、なんかおかしいこと言った?

 そんなに驚いた顔しなくてもいいでしょ。

 ……はっ!

 まさか、お姫様だっこを拒否されたのがショックだったとか……!?

 陽火ってば、そんな趣味があったとは……。

「……そんなこと、初めて言われた」

「な……っ!?」

 お姫様だっこ拒否が初めて!?

 いやでもまぁ、こんなイケメンになら、別に嫌な気はしな……。

「次から気をつければいい、か。……うん。俺、次からは気をつけるよ」

 陽火が、太陽みたいにニパッと笑う。

 その笑顔が、無邪気な子猫みたいに見えて、私もつられて笑う。

 ……まさかのそこ?

 わりと当たり前に言われてることだと思うけど……。

 だって、知り合って間もないし。

 お互いのこと知らなくたって、しょうがないよね。

 私は別に、速いのは苦手じゃないんだけど、ちょっとトラウマがあるくらい。

 当然、知らないはずだし、大して気にすることもない。

 何もそんなに、おびえることがあったんだろう?

 にこにことほほえみ合っていると、バギィッと何か重たいものがへし折れる音がして、そっちに顔を向ける。

 と同時に、骨に響くような衝撃が全身を襲った!

「紡ちゃあん! 遅かったじゃないの! お母さん、もう少しで山中を探し回るところだったわ!」

「いっ……! お母さん! ぶつかってこないでって、いつも言ってるじゃん! 骨折れる!」

「あら、そんなことにはならないわ。私のかわいい娘だもの。そうならない程度に、全力で抱きついて……」

「ああもうっ。とりあえず、一旦離れて!」

 私は思いっきり抱きつくお母さんを引きはがし、陽火の隣に戻ってため息をつく。

 帰りが少しでも遅くなると、いっつもこうなんだよね。

 前は、急いでたからって、山の木を何本かへし折って探してたし。

 邪魔だからって、そこまでする必要もないと思うけど、お母さんは重度の心配性だからなあ。

 お母さんは、私と同じ銀色の長い髪を払うと、今陽火に気づいたとでもいうように、目をしばたかせた。

 そうだ。陽火のこと、お母さんに説明しないと。

「お母さん。この子は陽火っていって……」

「アナタ、人間じゃないわね?」

 は……? 人間じゃない……?

「お母さん何言って……」

 陽火から目をそらさないお母さんに、私はハッと息をのんだ。

 お母さんの雰囲気が、変わった……?

 お母さんは、いつも私に甘々だけど、夜行士としてはすごく優秀なんだそうだ。

 仕事中のお母さんのことは、一回だけ見たことがあって、そのときの視線は、ちょうどこんなふうに、獲物を逃さない鋭い目だった。

「答えなさい。アナタは何者なの? 私の娘に手を出したら、タダじゃすまないわよ」

「俺、は……」

 身じろぎ一つできない緊張感が、ピンとはりめぐる。

 言葉につまった陽火を横目で見ると、彼は顔をこわばらせ、迷うように瞳を揺らしていた。

 ウソだ……。

 この様子だと、本当に陽火が人間じゃないみたい……。

 固まってしまった陽火に、お母さんがしびれを切らしてため息をついた。

「答えないなら、当ててあげるわ。こう見えても、妖魔の正体を見破るのは得意なの」

 お母さんは髪をかき上げ、腕を組んだ。

「アナタは、人間でも妖魔でもない。半妖ね」

「っ!」

「その反応は当たりかしら? 私も、半妖を見るのは初めてだわ」

 陽火はヒュッと喉を鳴らし、一歩後ずさった。

 そんな陽火を、逃さんといわんばかりに、お母さんも一歩つめる。

 たぶん、次誰かが動いたら、陽火は逃げるし、お母さんは追う。

 そんな一触即発の空気が、場を支配していた。

「……美月みつきちゃーん。まーた扉壊したのー? 物は大事にって、いつも……あっ、ツムちゃんだー。お帰りー」

 おっとりふわふわボイスが、後ろから聞こえた。

 お父さんだ……!

 と、陽火がビクッと肩をはね、次の瞬間にはもう、二十五メートルくらい離れていた。

「あっコラ! 待ちなさい!」

「美月ちゃん。僕に任せて」

 お父さんの声が、低くなった。

 パッとお父さんのほうを見ると、いつものにこにこ笑顔が真顔になっていて、なんの感情も感じられない。

 例えるなら、ふわふわポメラニアンが、冷徹なオオカミになったみたいだ。

「うぁっ!?」

 陽火が何もないところで転んだと思うと、足に何かが巻きついてるみたいに、一気に宙づりになる。

 アレは……お父さんの夜行具かな。

 お父さんが妖魔を捕獲、お母さんがトドメだって聞いたことがある。

 ってことは、今からお母さんが陽火を……!

 急いでお母さんを探すけど、さっきの場所にはいない。

 速すぎて、目で追えないだけ……?

 それともどこか、視界の外に……!?

 いやでも、絶対に動き出してる。

 どこにいるか分からないなら、最終目的に……!

「「紡(ツム)ちゃん!?」」

 私が陽火の下に移動すると、二方向から驚いた声が聞こえた。

 一つはお父さん。

 もう一つは……上だ!

 私は大きく横にとんで角度を確保すると、落下してくるお母さんに、思いっきりとびついた!

「お母さんお父さん聞いて! 陽火の話を、聞いてあげてよ!」

「「陽火!?」」

 私はどうしても、陽火が悪い妖魔だとは思えない。

 家にきてって言ったとき、陽火は私の心配もしてくれた。

 きっと、陽火は優しいんだよ……!

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