第2話 分かってたけど

「……はあ」

 重く沈んだため息を、北風がサッとさらっていく。

 もこもこの服を着こんでも、震えがおさまらない体に、私はもう一度大きなため息をついた。

 教室で言われた、綾瀬の言葉が、まだ頭の中をぐるぐるしてる。

 歩き慣れた山道も、今日ばかりは進みが悪いや。

「生きてる意味ない、か……」

 そんなの、私が一番分かってる。

 分かってるからこそ、その一言が、重くて痛い。

 あ、自己紹介が遅れちゃったね。

 私は丑寅紡うしとらつむぎ

 夜行士を目指す、小学五年生!

 ……だったんだけど。

 やっぱり現実は厳しいなあ。

 いくら精一杯頑張ったとしても、結果は思うようにはいかない。

 私はくしゃくしゃの通知表を広げ、もう一度ため息。

 数、英、国……と基本科目が続き、一番下には夜行の項目。

 その右側には、Dが上から下までズラーッと並んでて、いっそ笑えてくる。

 全部最底辺なんて、とったのは五年生になってからだ。今までは、少なくとも一つはCだったのに。

 特別何かが難しくなったとか、そんなの全然なくて。

 変わったことといえば、周りのやる気かな。

 中学生に上がるとき、中学進級テストがあるもんね。

「私は、夜行士になれないのかな……」

 一年間最低成績だったら、退学。

 夜行士への道も、シャットダウン。

 辛すぎる現実を前に、視界がボヤける。

 分かってた。

 私なんかじゃ、人を救うなんていう、大層な人間にはなれないって。

 頭脳も身体能力もセンスも、私には何一つないんだって。

 でも、分かってたけど、あきらめきれなかった……!

 あの日、助けてくれたあの人に、憧れてしまったから。

 カッコいいって、魅せられてしまったから。

 あの瞬間から私は、ずっと狂ったようにとらわれてるんだ。

 ……でももう、ムリなのかな……。

「っぅ、うぅぅ……!」

 鼻の奥が、針でつつかれたみたいに痛い。

 お腹がハネてるみたいにけいれんしてる。

 思わずもれたおえつに、私はうずくまってひざに顔をうずめる。

 ……あーあ。私にもっと、才能があったら……。

 ザーッ、ドスッ!

「……?」

 こんな山道で、何か重いものがズリ落ちてくることなんて、あるかな……?

 熊とかイノシシはめったに足を滑らせないし、この山には登山客とかは入れないはずだし。

「え」

 私は目の前に転がるソレを見て、ヒュッと涙が引っこんだ。

 ……人だ。

 うつぶせに倒れた人間が、枯れ葉をたくさん引っかけて、気を失ってる。

 待って待って待って待って……!?

 意味分かんないんだけど!

 落ちてくる音が聞こえたってことは、上からってことだよね。

 この山にいるってことは、お母さんかお父さんに用がある夜行士?

 いやでも、この人半袖だ。しかも傷だらけ。

 暖かくなってきたとはいえ、山の中はまだ寒い。

 ってことは、夜行士じゃない人?

 迷い込んだのかな?

「……って、今は違う! あの! 大丈夫ですかー!」

 私はその人を横向きにすると、軽く肩をたたいて声をかける。

 ……反応ナシ、か。

 これって、かなりの重症!?

 うわ、どーしよ……!?

 こういうときって、どうすればいいんだっけ!?

 救急車……は、ケータイ持ってないから呼べないし、応急手当しようにも、道具がない。

 心臓はちゃんと動いてるみたいだし、呼吸も大丈夫そうだ。

 切羽つまりすぎてるわけじゃないっぽいけど、とりあえず放置できないし、私の家につれて帰……。

 私はババッと左右を見回し、とある一大事に気づいてしまった。

「ここ、どこ……!?」

 丑寅紡、家の庭ともいえる山の中で、遭難してしまいました……。

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