百鬼夜行っ!

流暗

第1話 コレはヒドい……かも

 肌を刺すような寒さに手を振り、緑が芽吹きだすこの頃。

 明日から夏休みだーと騒ぐクラスメイトを横目でぬすみ見て、私はカクゴを決める。

 深呼吸、深呼吸……。

 この一年間、勉強も運動も、それにアレだって、必死に頑張ってきたじゃん。

 目に見える数字は、今後に期待として。

 総合評価は、それなりにいいハズッ!

 てか、よくないと困る!

 私は机に伏せるようにして、一枚の紙をうすーく開く。

 いざ……!

「あぁ……!?」

 ヤバ、めっちゃ声裏返った……!

 けげんな顔を向けるクラスメイトに、えへへっとごまかし笑いをしながら、内心は冷や汗ダーダーだ。

 これはさすがにヒドい……!

 手にあるのは我が宿敵、通知表。

 私が通ってるこの学校は、普通とは少し違って、基本教科にプラスして、夜行の授業の成績がつく。

 夜行っていうのは、この世に存在する、人ならざる者を退治すること。夜行を行う人たちは、夜行士って呼ばれてる。

 そう。もうすでに察してる人もいるかもだけど、この、夜行士養成学校には、夜行士の卵が通ってるんだ!

 人ならざる者は、妖魔って呼ばれてるんだけど、その妖魔についての授業だったり、実戦形式の特訓だったり。

 夜行士の資格をとるために必要なことを、小学校のうちから、学んでいくんだ。

「よぉ、紡。どうだったんだ? 通知表」

 ふいに通知表に影が落ちて、ヒョイと私の手から消える。

「プッ。ハハハッ! さっすが最底辺! 予想を裏切らねーダメっぷりだなぁ!」

 ボウゼンとあごを机にのせていた私は、バカにするような大声に、ハッと我に返る。

 あれ!? 通知表とられた!?

 バッと体を起こすと、ニヤニヤと見下すような笑みを浮かべた男子が、真正面に立っていた。

 切れ長の赤みがかった黒い瞳に、チラリとのぞく八重歯。

 チェーンやらアクセサリーやらを、全身に引っかけているその姿。

 いつぞのヤンキーかとつっこみたくもなるけど、彼は私の幼馴染だ。

 小鳥遊綾瀬たかなしあやせ

 夜行においては、ダントツ学年トップの秀才君だ。

「おい、しゅん。見ろよ、コレ。Dの行列だぜ?」

「ちょっと! 返してよ!」

「オットー、テガスベッター」

 綾瀬がおどけたように言い、俊と呼ばれた、群青色の髪の男の子に通知表を渡す。

 マズい、これはいつもの流れに……っ。

「っ俊君! ソレ、私に返し、」

「……」

 俊君は静かに私を一瞥すると、彼の隣の席の子に通知表を回した。

 その子も隣の子に渡し、その次も次も、と私を中心にして、クラス中に通知表が回る。

 誰も見るわけでもないのに、作業的に流れる一枚の紙。

 ……あぁ、またか。

 毎回こうなるんだよね、学期末って。

 綾瀬の言うとおり、私は成績オールDの劣等生。

 夜行士養成学校って厳しくてさ。

 一年間最低評価だと、退学の上に、一生夜行士にはなれない。

 まぁそもそも、退学の時点で授業が受けれなくなるわけだし、夜行士になれる確率は下がるけどね。

 独学じゃ、やっぱりちゃんと教えてもらってる人には、勝てないからさ。

 ひらり、と白い紙が視界の端で揺れる。

 いつの間にか、うつむいてたみたいだ。

 私は、ゆっくりと顔を上げる。

 グシャグシャッ。

「お前さ、なんもできねーじゃん」

 てんてん、と丸められた通知表が、机の上を転がる。

「夜行士の家系のクセに」

 綾瀬の言葉が、冷えきった心に深く刺さる。

「生きてる意味、ないんじゃね?」

 ソレは、沼に釘が刺さるみたいに、じっくりと私の首をしめていく。

 周りのみんなが、私に敵意を向けているように感じられて、パッとうつむく。

 すると、ズボンを強く握って震える手が目に入り、呼吸が浅くなっていることにも気がついた。

 私がおそるおそる通知表に手を伸ばすと、上から狙っていた手に、手首をつかまれる。

「悔しかったらさ、もっとデキるようになれよ」

 ……コレが、長期休み前の恒例イベントだ。

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