しおりんと脳の中の幽霊
ある静かな日曜日の午後、栞は自室で脳科学の本を読んでいました。
突然、彼女は本から顔を上げ、目を大きく見開きました。
「あれ? これって……」
栞は急いでノートを取り出し、何かを書き始めます。
そこへ、扇華が部屋を訪れました。
「こんにちは、しおりん! ……あれ? どうしたの? すごく真剣な顔して」
栞は扇華を見上げ、少し興奮した様子で言いました。
「扇華、聞いて! 『脳の中の幽霊』について考えてたんだ」
「え? 脳の中の…幽霊?」
扇華は首を傾げます。
栞は熱心に説明を始めました。
「うん。例えば、幻肢痛って知ってる? 失った手足の痛みを感じる現象なんだけど、これって脳の中にある『幽霊』のような存在かもしれないんだ」
扇華は興味深そうに聞いています。
「へえ、面白そう。もっと詳しく教えて」
栞はますます興奮した様子で続けます。
「脳は、私たちの身体や外界の情報を処理しているんだけど、時々その情報処理にズレが生じるんだ。そのズレが『幽霊』として現れるんじゃないかって」
「なるほど……」
扇華は真剣に聞いています。
栞は立ち上がり、ホワイトボードに図を描き始めました。
「例えば、デジャヴュ現象も『脳の中の幽霊』の一種かもしれない。過去の記憶と現在の知覚が混ざり合って、『以前にも同じことがあった』という感覚を生み出すんだ」
扇華は目を輝かせて言います。
「わあ、そう考えると日常のいろんな現象が説明できそう!」
栞は頷きながら続けます。
「そうなんだ。でも、まだまだ謎が多くて……」
こうして、栞の「脳の中の幽霊」探求が始まりました。
扇華も興味津々で、二人で話し合っていきます。
モウモウは二人の熱心な様子を不思議そうに見つめていました。もしかしたら、猫の脳にも「幽霊」がいるのかもしれません。しかし、それはまた別の物語です。
栞の「脳の中の幽霊」理論に興味を持った扇華は、さらに質問を投げかけます。
「ねえ、しおりん。その『脳の中の幽霊』って、実際に確かめることはできないの?」
栞は少し考え込んでから答えました。
「うーん、難しいけど…簡単な実験なら、ここでもできるかもしれない」
「本当? やってやって!」
扇華は目を輝かせます。
栞はうなずき、準備を始めました。
彼女は部屋の中から様々な道具を集め、簡易的な実験セットを作り上げます。
「よし、これで『ラバーハンド錯覚』の実験ができるよ」
栞が説明します。「この現象も『脳の中の幽霊』の一種と考えられるんだ」
扇華は興味深そうに聞いています。
「どんな実験なの?」
「簡単に言うと、偽物の手を自分の手だと錯覚させる実験だよ」
栞が答えます。
「扇華、ここに座って」
扇華が指示された場所に座ると、栞は彼女の片方の手を隠し、代わりにゴム手袋を置きました。
「これから、扇華の隠れた本物の手と、このゴム手袋を同時にブラシでなでていくよ。しばらくすると、このゴム手袋が扇華の手のように感じられるんだ」
「本当に~?」
扇華は少しだけ疑うような目をしていた。
実験が始まり、数分後…
「わあ! 本当だ!」
扇華が驚いた声を上げます。
「なんだか、このゴム手袋が私の手みたいに感じる!」
栞は満足げに頷きます。
「これが『脳の中の幽霊』の一例なんだ。視覚情報と触覚情報が一致すると、脳が偽物の手を自分の体の一部だと認識してしまうんだよ」
「すごい!」
扇華は感動した様子です。
「他にも実験できるものある?」
栞は少し考えてから答えます。
「そうだな……『ミラーボックス』を使った実験もできるかも。これは幻肢痛の治療にも使われる方法なんだ」
二人は夢中になって次々と実験を行いました。時には失敗もありましたが、その度に笑い合い、新たな発見を喜び合います。
窓の外では夕日が沈みかけ、部屋の中は柔らかなオレンジ色に包まれていきました。モウモウは二人の実験を見守りながら、時折不思議そうに首を傾げています。
栞と扇華の「脳の中の幽霊」探求は、まだまだ続きそうです。
夜も更けてきた頃、栞は実験の結果をまとめていました。ホワイトボードには複雑な図と数式が描かれ、床には様々な実験道具が散らばっています。
「ねえ、しおりん」
扇華が突然言いました。
「私たちの友情も、ある意味『脳の中の幽霊』かもしれないね」
栞は驚いた表情で扇華を見ました。
「どういうこと?」
扇華は優しく微笑みながら説明します。
「だって、私たちの友情は目に見えないけど、確かに存在していて、私たちの行動や感情に影響を与えているでしょ? それって、『脳の中の幽霊』みたいじゃない?」
栞は少し考え込みます。
「なるほど……確かに、友情という概念は脳内で形成される抽象的な存在だけど、現実世界に大きな影響を与える……」
「そう!」
扇華が嬉しそうに言います。
「でも、この『幽霊』は決して怖いものじゃなくて、むしろ私たちの人生を豊かにしてくれるものだよね」
栞はゆっくりと頷きます。
「扇華、すごいことに気づいたね。これは新しい研究テーマになるかもしれない」
二人は顔を見合わせて笑いました。
モウモウも、まるで会話を理解したかのように、柔らかな鳴き声を上げます。
「そうだ」
栞が突然言いました。
「この発見を論文にまとめてみない? 『友情の神経科学的考察:脳内幽霊としての社会的絆』なんてタイトルはどうかな」
扇華は目を丸くして驚きます。
「えっ、本当に? 私なんかの思いつきで……」
「うん」
栞は真剣な表情で言います。
「扇華の直感的な考察は、時として私の論理的思考では到達できない真実を捉えることがあるんだ。これも私たちの友情がもたらした発見だと思う」
扇華は感動して、栞をぎゅっと抱きしめました。
「ありがとう、しおりん!」
そして二人は、新たな研究プロジェクトの計画を立て始めました。窓の外では、満月が優しく輝いています。
この夜、栞と扇華は「脳の中の幽霊」を探求する中で、友情という目に見えない、でも確かに存在する絆の大切さを再確認したのでした。そして、この経験は彼女たちの友情をさらに深め、新たな冒険への一歩となったのです。
モウモウは、そんな二人の姿を見守りながら、幸せそうに喉を鳴らしていました。モウモウの脳の中にも、きっと栞と扇華への愛情という「幽霊」が住んでいるのでしょう。
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