しおりんとストレッチ

 ある穏やかな日曜の午後、栞の部屋には珍しく本が片付けられ、広々としたスペースが作られていました。栞と扇華は、そのスペースにヨガマットを敷いて向かい合って座っています。


「ねえ、しおりん」


 扇華が明るい声で言いました。


「今日はストレッチを教えてあげるって約束したよね。準備はいい?」


 栞は少し緊張した様子で頷きました。


「う、うん……でも、僕、体が硬いんだ。大丈夫かな」


 扇華は優しく微笑みました。


「心配しないで。ゆっくりやっていけばいいの。まずは軽く体を温めましょう」


 扇華の指示に従って、二人は軽く屈伸したり、腕を大きく回したりして体を温めます。その間も、栞の動きはぎこちなく、扇華の滑らかな動きとは対照的でした。


「さて、本格的なストレッチを始めましょう」


 扇華がまるで先生のように言いました。


「まずは前屈から。足を伸ばして座って、できるだけ前に倒れてみて」


 扇華は優雅に前に倒れ、あっという間に額が膝につきました。

 一方、栞は必死に前に倒れようとしますが、指先が足首にも届きません。


「うぐぐ……」


 栞は苦しそうな声を上げました。


「こ、これ以上は無理だよ……」

「大丈夫よ、しおりん」


扇華は励ますように言いました。


「無理をする必要はないの。今のポジションで深呼吸して、少しずつ体をほぐしていこう」


 次は開脚ストレッチです。扇華は両足を180度に開き、優雅に前屈します。栞は目を丸くして見つめていました。


「す、すごいね、扇華。まるでバレリーナみたい」


 扇華は少し照れくさそうに笑いました。


「ありがとう。でも、これは長年の積み重ねなの。さあ、しおりんの番よ」


 栞は恐る恐る足を開いていきますが、90度も開かないうちに顔をしかめてしまいます。


「いたた……もう限界だよ」


「そこまでね」


 扇華は優しく言いました。


「そのまま、ゆっくり呼吸して。体が少しずつ慣れていくから」


 ストレッチが進むにつれ、栞の表情はだんだんとリラックスしてきました。

 それでも、扇華の柔軟な動きと比べると、まだまだ堅い動きです。


「ねえ、しおりん」


 扇華が言いました。


「体の柔らかさは才能じゃないの。毎日少しずつ続けることが大切なの」


 栞は不思議そうな顔をしました。


「そうなの? でも、扇華はすごく柔らかいじゃないか」


 扇華は優しく微笑みました。


「私も最初はしおりんと同じくらい硬かったのよ。でも、毎日少しずつストレッチを続けてきたの。それに……」


 扇華は少し照れくさそうに言葉を続けました。


「しおりんが本を読むのと同じくらい、私はストレッチを楽しんでるの」


 栞は驚いたように目を見開きました。


「そっか。僕が本を読むみたいに、扇華はストレッチを……」


 扇華は嬉しそうに頷きました。


「そうよ。だから、しおりんも焦らなくていいの。少しずつ、楽しみながらやっていけばいいの」


 ストレッチが終わり、二人は床に寝転がりました。


「はぁ……」


 栞は深いため息をつきます。


「体は痛いけど、なんだか気持ちいいや」

「そうでしょう?」


 扇華も満足げに言いました。


「これからも時々一緒にやろうね」


 栞は少し照れくさそうに頷きました。


「うん。扇華と一緒なら、こういうのも頑張れそうだ」


 二人は顔を見合わせて、くすっと笑いました。

 部屋の中には、心地よい疲労感と温かな空気が満ちていました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る