しおりんと第一印象

「扇華、大変!」

「どうしたの、しおりん?」

「私、大切なものを失くしちゃってる!」

「大切なもの?」


 そこで栞は大きく息を吸った。


をなくしちゃってるんだよ!」

「はあ?」


 ぽかんとする扇華。しかし、ふと栞が持っている本に目が行く。そのタイトルはこうだった。


【人は第一印象が90%!】


 ああ、なるほどと、扇華は得心した。

 栞は普段は科学的で理論的で合理的なのに、たまにこんな変な……変なといったら書いた人に失礼だけど……本を真に受けることがある。


「どうしよう、扇華!? 私達90%も失っちゃってるよ!?」

「まあまあ、落ち着いて、しおりん」


 扇華が栞の頭をぽんぽんと撫でる。


「そもそも、どうしてって思ったの?」


 栞は少し落ち着いた様子で答えます。


「この本に書いてあるの。人間関係の90%は第一印象で決まるって。でも私、人と会った時の第一印象のこと、ほとんど覚えてないんだよ」


 扇華は優しく微笑みます。


「そうかな? 私は栞との出会いのこと、よく覚えてるよ」


 栞は驚いた顔で扇華を見つめました。


「え? 本当に?」


 扇華は懐かしそうに目を細めます。


「うん。幼稚園の入園式の日、あなたが真っ直ぐな瞳で先生の話を聞いていたこと。いつも一人で本を読んでいたこと。覚えてるよ」


 栞は目を丸くします。


「へえ……私は覚えてないな」


 扇華は続けます。


「しおりんは私のことを覚えてないんだ?」


 栞は少し考え込みます。


「うーん……あ! そういえば、扇華が明るい声で話しかけてくれたこと、なんとなく覚えてる」


 扇華の顔が輝きます。


「ほら、それ! やっぱり覚えてるじゃない」


 栞は少し安心したように肩の力を抜きます。


「良かったー……そっか……あ、でも、他の人のことはやっぱりあんまり……」


 扇華は優しく言います。


「それはね、しおりん。第一印象が大切なのは確かだけど、それ以上に大切なのは、その後の関係を築いていくことなんだよ」


 栞は少し困惑した表情を浮かべます。


「でも、この本には……」


 扇華は本を優しく閉じます。


「本に書いてあることも大切だけど、私たちの経験もそれ以上に大切だよ。しおりんは、周りの人との関係をちゃんと築いてるじゃない」


 栞はゆっくりと頷きます。


「確かにそうかも……扇華とはずっと仲良しだし」


 扇華は嬉しそうに笑います。


「そうそう! 第一印象より、今のこの関係の方が大切だよ」


 栞は少し照れくさそうに微笑みます。


「ありがとう、扇華。なんだか安心したよ」


 二人は顔を見合わせて笑いました。

 モウモウは二人の様子を見て、のんびりと伸びをします。


「ねえ、しおりん」


 扇華が優しく言いました。


「この本、もう少し読んでみる?」


 栞は少し考えてから頷きます。


「うん、でも……」

「でも?」


 扇華が首を傾げます。


「その前に、お茶でも飲もうよ」


 栞が提案しました。


「扇華の好きなクッキーも、まだ残ってるはずだし」


 扇華の顔が明るくなります。


「いいね! じゃあ、私がお茶を入れるから、しおりんはクッキーを用意して」


 二人は楽しそうにキッチンへ向かいます。

 栞がクッキーの缶を開けると、香ばしい甘い香りが広がりました。


「あ、モウモウのおやつも忘れずに」


 栞が言うと、モウモウが嬉しそうに鳴きました。


 二人が今、仲良しなこと。


 それが一番大切なことなんだよ、とモウモウは言いたげでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る