しおりんと扇華の大きな矛盾
穏やかな春の午後、栞の部屋に差し込む柔らかな陽光が、二人の少女の姿を優しく包み込んでいました。栞はいつものように机に向かい、量子力学の難解な本を読み耽っていましたが、隣のベッドに座る扇華の様子がどこかおかしいことに気づきました。
扇華は窓の外を物憂げに眺めながら、深いため息をつきました。そして、突然こう言い出したのです。
「ねえ、しおりん。この世は矛盾に満ちてると思うの」
その言葉に、栞は思わず本から顔を上げました。
普段は明るく前向きな扇華がこんなことを言うのは珍しいことでした。
「ど、どうしたの、扇華」
栞の声には、明らかな動揺が混じっていました。
扇華の溜息交じりの言葉に、何か重大な問題でも起きたのではないかと心配になったのです。
扇華はゆっくりと栞の方を向き、真剣な表情で話し始めました。
「たとえば学校の先生ってよく『みなさん、大きな夢をもってください』って言うけどさ」
「ふんふん」
栞は相槌を打ちながら、扇華の話に耳を傾けます。彼女の脳裏には、これから展開されるであろう扇華の「矛盾論」への興味と、少しばかりの不安が去来していました。
「その大きな夢をお母さんに言うと『そんな夢みたいなこと言ってないで現実をちゃんと見なさい』って言われちゃうの」
「あー、なるほど」
栞は理解を示すように頷きましたが、内心では扇華の指摘する「矛盾」の本質について考えを巡らせていました。確かに、言葉だけを取り出せば矛盾しているように見えるかもしれません。しかし、それぞれの立場や状況によって発言の意図は異なるはずです。そんなことを説明しようとしましたが、扇華の話はまだ続いていました。
扇華はまた溜息をひとつついて、新たな「矛盾」の例を挙げ始めました。
「あとこの前お父さんがなんでもないところで急に転んだから思わず笑っちゃたんだけど、お父さんが怒って『何がおかしい!』って言ったから、何がおかしかったか丁寧に説明しちゃったら余計にお父さん怒っちゃったの」
(そ、それは扇華が悪い気がする……)
栞は思わずそう思いましたが、扇華の気持ちを傷つけないよう、その考えは心の中にとどめておくことにしました。代わりに、優しく微笑みながら扇華の話を聞き続けます。
「はー、日本語って難しすぎるよ。『嘘つけ!』って言われて、その通りに嘘をついたら『嘘つくな!』って言われるし」
(なんか扇華の感性が独特なだけの気がする……)
栞は再びそう思いましたが、やはりその考えは口に出さずにいました。代わりに、扇華の話をどのように受け止め、どう反応すべきか、真剣に考え始めたのでした。
扇華の「矛盾観察」は、まだまだ続きそうです。栞は友人の悩みにどう向き合い、どのようなアドバイスをすれば良いのか……。
栞は扇華の話を聞きながら、どのように応えるべきか慎重に考えを巡らせていました。栞は科学的思考を得意とする少女です。友人の悩みに対しても、論理的なアプローチで解決の糸口を見出そうと試みます。
「扇華、君の言う『矛盾』について、少し整理してみようか」
栞はそう切り出すと、机の上のノートを手に取りました。
「まず、先生と親の言葉の違いについてだけど、これは視点の違いから来るものだと思うんだ。先生は子供たちの可能性を信じて夢を持つことを勧めているのに対し、親は現実的な心配から発言しているんじゃないかな」
扇華は少し考え込むような表情を浮かべました。
「そう言われれば……。でも、それって結局矛盾してるってことじゃないの?」
栞は優しく微笑みながら続けます。
「必ずしもそうとは限らないよ。両方の言葉には意味があるんだ。大きな夢を持ちつつ、現実も見据える。その両立が大切なんじゃないかな」
扇華の目が少し輝きを取り戻したのを見て、栞は安堵の息をつきました。
「次に、お父さんが転んで笑ってしまった件だけど……」
栞は少し言葉を選びながら話します。
「これは、タイミングの問題かもしれないね。人は恥ずかしい思いをした直後って、冷静になれないものなんだ。お父さんの気持ちが落ち着いてから、『心配だったけど、大丈夫そうで安心して思わず笑ってしまった』と説明すれば、きっと理解してくれたはずだよ」
扇華は少し申し訳なさそうな表情を浮かべました。
「そっか……。私、ちょっと空気読めてなかったのかも」
栞は優しく頷きます。
「最後の日本語の難しさについてだけど、これは文脈や意図を理解することが大切なんだ。『嘘つけ!』は文字通りの意味ではなく、『本当のことを言いなさい』という意味で使われることが多いんだよ」
扇華はしばらく黙って栞の言葉を噛みしめていました。そして、少しずつ表情が明るくなっていきます。
「しおりん、ありがとう。なんだか頭の中がすっきりしてきたよ。でも、世の中にはまだまだ分からないことがたくさんあるんだね」
栞は嬉しそうに微笑みます。
「そうだね。でも、それこそが世界の面白さなんじゃないかな。分からないことがあるからこそ、私たちは考え、学び続けられるんだと思う」
二人は顔を見合わせ、くすっと笑いました。部屋の隅では、モウモウが二人の会話を聞いていたかのように、尻尾をゆったりと振っています。
扇華の「矛盾」への疑問は、栞の論理的な説明によって少しずつ解消されていきました。しかし、この会話は二人にとって新たな思考の扉を開くきっかけとなったのです。
世の中の「矛盾」や「不思議」について、これからも二人で話し合い、考え続けていく……。そんな約束を交わしたかのように、栞と扇華は再び笑顔で見つめ合いました。
窓の外では、春の柔らかな風が桜の花びらを舞わせています。二人の友情と知的好奇心は、これからもずっと続いていくことでしょう。
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