しおりんの存在定理

 ある静かな日曜日の午後、栞は部屋の窓際に座り、遠くを見つめていました。

 モウモウが彼女の膝の上で丸くなっています。


「ねえ、モウモウ」


 栞が突然つぶやきました。


「人はどこからきて、どこへ行くんだろうね」


 モウモウは「にゃ~」と鳴いて、首を傾げます。


 栞は深い思索に沈みました。

 彼女は立ち上がり、ホワイトボードに向かいます

 。そして、複雑な方程式を書き始めました。


「生命の起源……進化の過程……そして意識の発生……」


 栞は熱心に数式を書き連ねます。

 量子力学、生物学、哲学の概念が入り混じった奇妙な方程式が形作られていきます。


そこへ、扇華が訪ねてきました。


「しおりん、こんにち……わあ、また難しそうなことしてる!」


 栞は振り返り、少し恥ずかしそうに笑います。


「あ、扇華。ちょうどいいところに来てくれた。今、人間の存在について考えていたんだ」


 扇華は興味深そうに近づきます。


「へえ、どんなこと?」


 栞は熱心に説明を始めます。


「ね、私たちはどこから来たんだろう? 宇宙の塵から生命が誕生し、進化して……でも、なぜ『私』という意識が生まれたんだろう? そして、死んだらどうなるんだろう?」


 扇華は少し困惑しながらも、真剣に聞いています。

 栞は続けます。


「量子力学的に考えると、私たちの意識は量子もつれの結果かもしれない。でも、それだけじゃ説明できない何かがある気がするんだ」


 扇華はゆっくりと頷きます。


「うーん、難しいね。でも、しおりん。そういうことって、科学だけじゃ解明できないんじゃない?」


 栞は少し考え込みます。


「そうかもしれない……でも、きっと何かヒントはあるはず。ほら、この方程式を見て」


 栞はホワイトボードの複雑な方程式を指さします。扇華は頭を抱えます。


「わ、わからないよ……」


 困った顔の扇華に栞は少し落ち込みますが、すぐに顔を上げます。


「そうだ! 我が家の蔵書をもっと調べてみよう。哲学書も必要かな」


 扇華はため息をつきながらも、微笑みます。


「わかったわ。付き合うよ」


 二人が家の奥にある書架で資料を探していると、モウモウが不思議そうに二人を見つめています。

 栞は突然立ち止まり、モウモウを見つめ返します。


「待って、扇華。もしかしたら……答えはモウモウが知っているのかも」


 扇華は驚いて声を上げます。


「え?」


 栞は真剣な表情で言います。


「だって、モウモウはいつも平然としているでしょ? もしかしたら、存在の謎を理解しているからかもしれない」


 扇華は笑い出してしまいます。


「まあ、そうかもね。でも、モウモウは教えてくれないと思うよ」


 栞も少し笑いながら頷きます。


「そうだね。じゃあ、やっぱり本を探そう!」


 そう言って書架に戻った栞だったが、一瞬思案げな顔をした。


「どうしたの、しおりん?」

「んー……、なんだかこの前モウモウと喋った気がするんだよな……」

「あら。モウモウとはいつもこうやってお喋りしてるじゃない、ね?」


 扇華がモウモウを持ち上げて顔を擦りつけます。モウモウは気持ちよさそうににゃーと鳴きました。


「あー、モウモウの猫吸い、たまんないわー……」

「いや、そうじゃなくて本当に喋ったような……やっぱり夢だったのかなあ……」



 結局、完璧な答えは見つかりませんでしたが、栞は新しい視点を得ることができました。


「扇華」


 ある日、栞が言いました。


「答えは一つじゃないのかもしれない。でも、考え続けること自体に意味があるんだと思う」


 扇華は優しく微笑みます。


「うん、そうだね。それに、一緒に考えられる友達がいるってことも、人生の大切な意味の一つかもね」


 栞は頷き、モウモウを撫でながら言いました。


「そうだね。今を大切に生きること。それが、私たちにできる最高の答えかもしれないよ」


 そして、栞のホワイトボードには新しい方程式が書かれました。


「人生 = 探求 + 友情 + 現在を生きること」


 シンプルだけど、深い意味を持つこの方程式。


 栞の「存在の探求」は、これからも続いていくのでした。

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