しおりんと春の方程式

 春の訪れを告げる穏やかな日曜日、栞は珍しく早起きしていました。窓を開けると、柔らかな陽光と共に、桜の香りが部屋に流れ込んできます。


「春の空気には、どうやら特別な成分が含まれているようだね、モウモウ」


 栞は窓辺で日向ぼっこをしているモウモウに話しかけました。モウモウは気だるそうに「にゃー」と返事をします。


 そこへ、元気いっぱいの声が外から聞こえてきました。


「しおりーん!お花見に行こうよ!」


 扇華が自転車に乗って、栞の家の前に立っていました。栞は少し戸惑いながらも、扇華の誘いに頷きました。


「うん、いいよ。でも、その前に春の方程式を解いてみたいんだ」


 扇華は首をかしげます。


「春の……方程式?」


 栞は熱心に説明を始めました。


「そう、春の訪れを数式化できないかと思ってね。桜の開花時期や、気温の変化、日照時間の増加……全部を変数にして、完璧な春の方程式を作るんだ」


 扇華は苦笑いしながらも、優しく諭します。


「しおりん、春は数式じゃなくて、感じるものだよ。ほら、外に出てみよう」


 渋々外に出た栞でしたが、満開の桜並木を見て目を見開きました。


「わぁ……綺麗……」


 扇華は嬉しそうに笑います。


「でしょ? これが春なんだよ」


 二人は桜の下を歩きながら、ゆっくりと公園に向かいました。道中、栞は春の風景を細かく観察します。


「扇華、見て。あの蝶の飛び方、フラクタル構造に似ているよ。そして、花びらの舞い落ちる様子は、流体力学で説明できるかも……」


 扇華は呆れながらも、栞の観察力に感心します。


 公園に着くと、二人は桜の木の下にシートを広げました。

 あまり外に出るのには乗り気ではない栞ですが、こうして扇華と二人ならそれも悪くないようです。

 周りでは家族連れやカップルが花見を楽しんでいます。


 栞はポケットからノートを取り出し、何かを書き始めました。


「しおりん、またなにか計算してるの?」


 栞は少し照れくさそうに答えます。


「ううん、今度は……俳句。『桜咲く 理論を超えし 美しさ』……どう?」


 扇華は驚きと喜びで目を丸くしました。


「すごい! しおりんが俳句を!」


栞は少し赤面しながら言います。


「春は……数式では表せないものがあるみたい。でも、それはそれで素敵だね」


 扇華は優しく微笑みます。


「うん、そうだね」


 二人は桜の下で、扇華が作ってくれたお弁当を食べながら春の一日を過ごしました。

 帰り道、栞は小さな声でつぶやきました。


「でも、やっぱり春の方程式、考えてみたいな……」


 扇華は軽くため息をつきながらも、栞の尽きない探究心に微笑まずにはいられませんでした。


 こうして、栞の「春の科学」は始まったのです。来年の春には、彼女なりの「春の定理」あるいは「春の法則」が発表されるかもしれません。


 それとも、また新しい俳句が生まれるのでしょうか。

 栞の春は、まだまだ続きそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る