しおりんの鏡のふしぎ講座
ある雨の日の午後、栞と扇華は栞の部屋で過ごしていました。
扇華は鏡の前で髪を直しながら、ふと疑問に思ったことを口にしました。
「ねえ、しおりん。鏡って左右は逆になるのに、なんで上下は逆にならないの?」
栞は本から顔を上げ、興味深そうに答えました。
「面白い質問だね、扇華。実は、鏡は左右も上下も逆にしていないんだよ」
扇華は首を傾げます。
「え? でも、左右は明らかに逆じゃない?」
栞はにっこり笑って、説明を始めます。
「うん、そう見えるよね。でも、ちょっと実験してみよう」
栞は立ち上がり、紙と鉛筆を手に取りました。
「まず、紙に『HELLO』って書いてみて」
扇華は言われた通りに書きます。
「さて、この紙を鏡に映してみよう。どう見える?」
扇華は鏡を覗き込みます。
「うん、左右逆に見えるわ」
栞は頷きます。
「そうだね。じゃあ次は、透明なガラス板を想像してみて。その前に立って、ガラスの向こう側から『HELLO』を読むとしたら?」
扇華は少し考えて、
「あ! 左右逆に見えるわ!」
栞は嬉しそうに続けます。
「そう! 鏡は、ただガラスの向こう側の世界を見せているだけなんだ。鏡の中の世界は、私たちの世界と同じなんだ。ただ、私たちが向き合っているから、左右が逆に見えるんだよ」
扇華の眉間にはまだ小さなしわが寄っていました。
彼女の瞳には理解しようと必死に努力している様子が映し出されています。
「でも、上下は……?」と彼女は言葉を選びながら、ゆっくりと問いかけました。
その声には少しの戸惑いと、同時に知識欲が滲んでいました。
栞はその様子を見て、微笑みを浮かべました。彼女の表情には、友人の疑問を解き明かそうとする優しさと、科学の面白さを伝えたいという熱意が混ざっていました。
「上下が逆に見えないのは、鏡の前で上下逆さまになっていないからだよ。例えば……」と栞は言いかけ、突然アイデアが浮かんだかのように目を輝かせました。
次の瞬間、栞はスムーズな動きで床に寝転がりました。
彼女の長い髪が床に広がり、白いブラウスがわずかにしわになります。栞は手に持った小さな手鏡を顔の前に掲げ、慎重に角度を調整しました。
「ほら、こうすると上下も逆に見えるでしょ?」と言いながら、彼女は扇華に手鏡を差し出しました。
扇華は驚きと興味が入り混じった表情で、栞の隣にしゃがみ込みます。彼女は慎重に手鏡を受け取り、同じように床に寝転がりました。二人の髪が床で絡み合い、美しい川が出来上がりました。
扇華が手鏡を覗き込むと、そこには天井が床に、床が天井になった世界が広がっていました。彼女の目が大きく見開かれ、「本当だ!」という声が部屋に響きました。
その声には純粋な驚きと発見の喜びが満ちていました。
扇華は手鏡を動かしながら、様々な角度から部屋を観察し始めました。天井のシーリングライトが床から生えているように見え、本棚は上下逆さまに本を抱えています。彼女の顔には子供のような好奇心と喜びが溢れていました。
「すごい、しおりん! こんな風に見えるなんて!」
扇華は興奮して言いました。
「でも、どうしてこうなるの?」
栞は静かに微笑みながら、ゆっくりと上半身を起こしました。
「それはね……」と栞は説明を始めようとしましたが、その時、部屋の隅でくつろいでいたモウモウが二人の様子を不思議そうに見つめているのに気がつきました。
「あ、モウモウ。ちょうどいいところに来てくれたね」
栞は優しくモウモウを呼びました。
モウモウはゆっくりと二人に近づき、首を傾げて鏡を覗き込みます。
その仕草があまりにも可愛らしく、扇華は思わず笑みをこぼしました。
「ほら、扇華。モウモウを鏡に映してみて」
栞は提案しました。扇華が言われたとおりにすると、鏡の中のモウモウは天井から吊るされているように見えました。
「わあ!モウモウが空中浮遊してるみたい!」
扇華は驚きの声を上げました。
栞はにっこりと笑いながら説明を続けます。
「そう、私たちが上下逆さまになることで、鏡の中の世界も上下逆転するんだ。これは私たちの視点が変わったからで、鏡は何も変えていないんだよ」
扇華はゆっくりと頷きながら、理解が深まっていく様子でした。
彼女の目には新しい知識を得た喜びが輝いています。
「しおりんの説明って本当にわかりやすいね。科学ってこんなに面白いんだね」
扇華は心からの感謝と尊敬を込めて言いました。
栞は照れくさそうに頬を赤らめながら、「うん、科学は身近なところにたくさんの不思議があるからね」と答えました。
扇華は笑顔で素直に頷きます。
「すごい! しおりん、今回は本当によくわかったよ。ありがとう!」
栞も満足そうに微笑みます。
「良かった。難しいことも、ちょっとずつ考えていけば理解できるんだよ。それが科学の楽しみでもあるんだね」
その日以来、扇華は鏡を見るたびにこの日の栞の説明を思い出し、にっこりするのでした。
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