しおりんのけん玉フィーバー

 ある日、扇華が栞の家を訪れました。手には古ぼけたけん玉が握られています。


「しおりん、見て!おばあちゃんの家から見つけたの」


 栞は本から顔を上げ、不思議そうに眺めます。


「これ、なに?」


 扇華は驚いた様子で説明します。


「えっ、知らないの? けん玉だよ。昔からある日本の伝統的な遊び道具なんだ」


 栞は興味深そうに手に取り、じっくりと観察し始めます。


「へぇ……面白い形状だね。これはどうやって遊ぶものなの?」


 扇華はけん玉の基本的な遊び方を教えました。

 最初は不器用だった栞ですが、すぐにコツをつかみ始めます。


「なるほど。要するに、玉の重力による落下運動と、紐の張力、そして手首の動きによる遠心力のバランスを取ることが重要なんだね」


 扇華は苦笑いしながら答えます。


「まあ……そうかな?」


 その日から、栞はけん玉に夢中になってしまいました。

 量子力学の本の間にけん玉の技術書が挟まれ、実験器具の隣にけん玉が置かれるようになります。


「大皿……成功。小皿……成功。ふりけん……あと少し!」


 栞は休憩時間や就寝前など、あらゆる空き時間をけん玉の練習に費やすようになりました。モウモウも好奇心旺盛に、時々玉を追いかけようとします。


 ある日、扇華が訪れると、栞が真剣な顔でノートに何かを書き込んでいました。


「しおりん、何してるの?」


 栞は興奮した様子で答えます。


「けん玉の動きを数式化してるんだ! 玉の軌道や、最適な手首の動きを計算すれば、必ず成功する方法が見つかるはずなんだ」


 扇華は呆れながらも、栞の熱中ぶりに微笑みました。


「まあ、しおりんらしいけど……」


 数日後、栞は自信に満ちた表情で扇華を呼び出しました。


「見ていて、扇華。完璧な計算によって、百発百中のけん玉技を編み出したんだ」


 栞は深呼吸をし、けん玉を構えます。

 しかし、いざ技を繰り出そうとした瞬間……


「あっ」


 玉は見事に外れ、床に転がっていきました。

 栞は呆然とし、扇華は思わず吹き出してしまいます。


「あはは、しおりん。けん玉は計算だけじゃダメみたいだね」


 栞は少し赤面しながらも、けん玉を拾い上げます。


「うーん、どうやら予期せぬ変数があったようだ。よし、もう一度計算し直さなきゃ」


 扇華はため息をつきながらも、優しく微笑みました。


「しおりん、たまには計算抜きで楽しんでみたら?」


 栞は少し考え込んだ後、頷きました。


「そうだね。時には非論理的アプローチも必要かもしれない」


 こうして、栞のけん玉への情熱は続きました。

 彼女の部屋には、複雑な数式が書かれたホワイトボードとけん玉が並ぶという、一見奇妙な光景が広がることになったのでした。


 そして数ヶ月後、栞はオンラインでひらかれたけん玉大会で優勝するのでした。


 彼女の受賞スピーチは、けん玉と量子力学の類似性について熱く語るという、聴衆を困惑させるものでしたが……それはまた別のお話。

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