しおりんの時間旅行

 ある静かな日曜日の午後、栞は自室で最新の物理学の論文を読んでいました。


「わかった! これだ!」


 突然、彼女の目が輝き、急いで扇華に電話をかけました。


「もしもし、扇華? 今すぐ来てくれない? すっごいことを思いついたの!」


 扇華は栞の興奮した声に驚きつつも、すぐに栞の家に向かいました。

 栞の部屋に到着すると、そこには複雑な数式が書かれたホワイトボードと、奇妙な機械が置かれていました。


「しおりん、これは一体…?」


 扇華が不思議そうに尋ねました。


 栞は目を輝かせながら説明を始めました。


「ね、扇華。私ね、時間旅行の理論を完成させたの!」


 扇華は驚きのあまり言葉を失いました。


「え? 時間旅行? 本当に?」


 栞は熱心に続けました。


「うん! 量子エンタングルメントと重力場の歪みを利用して、時空の壁を越える方法を発見したんだ。この装置を使えば、過去や未来に行けるはずなんだよ!」


 扇華は半信半疑でしたが、栞の熱意に押されて聞き入りました。

 栞の目が輝き、言葉が止まらないようで、さらに早口で説明し始めます。


「ねえねえ、扇華! 聞いて聞いて! わたしほんとに時間旅行の秘密、わかっちゃったんだよ~!」


 栞は興奮気味に手を動かしながら話します。


「ほら、見て見て! この式、すっごく大事なの! 特にここ! ここなの!」


 栞はホワイトボードの方程式を指差し、言葉を矢継ぎ早に続けます。


「ねぇ、量子もつれってすっごくすごいでしょ? これとね、重力の歪みをこーんな風に組み合わせたら、ほら! 時間がぐにゃーって曲がっちゃうの!」


 扇華は目を丸くして、ただ頷くことしかできません。


「あ、それでね!」


 栞は息もつかせず続けます。


「この機械、ほんとは難しいんだけど、簡単に言うとね、すっごく小っちゃなブラックホールみたいなのを作っちゃうの! そしたらね、そこをすーって通り抜けたら、ほら! タイムスリップしちゃうんだよ!」


 栞は頬を赤らめながら、嬉しそうに話し続けます。


「ねぇ、すごくない? 私ね、夜も眠れないくらい興奮しちゃって! 扇華にも早く教えたくて、もう待ちきれなかったの!」


 扇華はただ呆然と栞を見つめ、「う、うん……す、すごいね、しおりん……」と言うのが精一杯でした。


 栞は扇華の手を取り、目をキラキラさせながら言います。


「ねぇ、一緒に試してみない?きっと素敵な冒険になるよ! 扇華と一緒なら、どんな時代だって怖くないもん!」


 扇華は栞の熱意に押されて、ゆっくりと頷きます。


「うん……わかったわ。一緒に行こう!」


 栞は飛び跳ねるように喜び、「やったー! 扇華、大好き!」と叫びます。


 こうして、栞と扇華の予想外の時間旅行冒険が始まろうとしていました。栞の可愛らしさと天才的な頭脳の組み合わせが、今日も扇華を戸惑わせつつも、新たな冒険への期待で胸を躍らせるのでした。


「でも、しおりん。これって危険じゃないの?」


 栞は少し考え込んで答えました。


「確かにリスクはあるけど、大丈夫なはず。理論上は完璧だし、小規模な実験では成功してるんだ!」


 扇華はまだ不安そうでしたが、栞の自信に少し安心しました。

 二人は緊張しながらも、時間旅行装置に乗り込みました。


「準備はいい?」


 栞が聞きました。

 扇華は深呼吸をして答えました。


「うん、大丈夫」


 栞がボタンを押すと、突然部屋が光に包まれ、二人は目が眩むような感覚に襲われました。


 次の瞬間、二人は見知らぬ場所に立っていました。周りを見回すと、どこか懐かしい雰囲気の町並みが広がっています。


「ここは……」


 扇華が驚いて声を上げました。

 栞も驚きの表情を浮かべています。


「信じられない……本当に過去にタイムスリップしたみたい」


 二人は慎重に町を歩き始めました。

 古い建物や、昔ながらの服装をした人々。どうやら、二人は10年ほど過去にやってきたようです。


「しおりん、これってすごいことよね?」


 扇華が興奮気味に言いました。

 栞も嬉しそうに頷きます。


「うん、やっぱり私の理論が正しかったんだ。でも、ここで何か変えちゃいけないよ。過去を変えると、未来に影響が出るかもしれないからね!」


 二人は注意深く周りを観察しながら、過去の町を探索しました。

 そして、ある公園に着いたとき、驚くべき光景を目にしました。


「あれ……私たち?」


 扇華が小さな声で言いました。

 確かに、公園のベンチには幼い頃の栞と扇華が座っていました。二人は夢中でアイスクリームを食べています。アイスを食べ終わると一緒に砂場の方に駆けていきます。


 現在の栞と扇華は、木陰に隠れながらその様子を見守りました。


 公園の日差しが柔らかく降り注ぐ中、幼い栞と扇華が砂場で無邪気に遊んでいます。


 幼い栞は、真剣な表情で砂の城を作っています。小さな手で慎重に砂を積み上げ、時折眉間にしわを寄せながら、完璧な形を追求しています。彼女の紺色のワンピースには砂がついていますが、気にする様子もありません。


 同じく幼い扇華は、栞の隣で花びらや小枝を集めています。彼女のピンクのTシャツには、集めた自然の宝物がいくつか付いています。時々、キラキラした目で栞の城を見ては、「すごーい!」と歓声を上げています。


 栞が真剣に城を作る傍ら、扇華は集めた花びらで城を飾り始めます。

 二人は言葉を交わさなくても、完璧に息が合っているようです。


 突然、扇華が「あ!」と声を上げます。小さなてんとう虫を見つけたのです。彼女は優しく虫を手のひらに乗せ、興奮した様子で栞に見せます。栞は最初は少し怯えた表情を見せますが、扇華の嬉しそうな顔を見て、勇気を出して近づきます。


 二人は頭をくっつけるようにしててんとう虫を観察し、時折くすくすと笑い合います。やがて扇華が虫を草むらに逃がすと、二人は再び砂の城作りに戻ります。


 そんな光景を、少し離れた木陰から現在の栞と扇華が見守っています。


 現在の栞は、珍しく柔らかな表情を浮かべています。普段は冷静で理知的な彼女ですが、今は目に涙を浮かべそうになるのを必死に堪えているようです。彼女の手は、無意識に扇華の手を握りしめています。


 同じく現在の扇華は、幸せそうな笑顔を浮かべながら、時折栞の表情を確認しています。彼女は栞の手をしっかりと握り返し、もう一方の手で栞の肩を優しく抱いています。


「ねえ、しおりん」


 扇華がささやきます。


「私たち、こんなに可愛かったんだね」


 栞はこくりと頷き、声を震わせながら答えます。


「うん……この頃は、世界がもっとシンプルだった気がする」


 扇華は優しく栞を抱きしめます。


「でも、私たちの絆は変わってないよ」


 二人は互いを見つめ、幼い頃と同じように心を通わせます。

 過去と現在が交差するこの瞬間、栞と扇華の友情は時を超えて輝いているのでした。


「覚えてる?」


 栞がささやきました。


「初めて二人で遊びに行った日」


 扇華は懐かしそうに微笑みました。


「うん、よく覚えてる。あの日から、私たち親友になったんだよね」


 二人は感動的な気持ちで、しばらくその光景を見つめていました。


 突然、栞のポケットから警告音が鳴りました。


「あ、そろそろ戻らないと」


 扇華は少し寂しそうでしたが、頷きました。


「うん、わかった」


 二人は再び時間旅行装置を起動させ、現在に戻ってきました。

 栞の部屋に戻ると、二人は感動と興奮で言葉を失っていました。


「しおりん、本当にすごいわ」


 扇華が栞を抱きしめました。


「しおりん天才!」


 栞も嬉しそうに微笑みました。


「ありがとう、扇華。でも、この発見は秘密にしておこう。世界は、まだこれを受け入れる準備ができてないと思うんだ」


 扇華は同意して頷きました。


「うん、そうだね。私たちだけの秘密にしよう」


 その日以来、栞と扇華の絆はさらに深まりました。時間旅行の秘密を共有することで、二人の友情は新たな次元に到達したのです。


 そして時々、二人は懐かしい思い出話をしながら、あの不思議な冒険を密かに振り返るのでした。

 栞の発明は、まだ世界に知られることはありませんが、いつか人類の未来を大きく変える可能性を秘めているのかもしれません。

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