しおりんの忘れられない忘れもの

 ある平和な日曜日の午後、栞と扇華は栞の部屋でくつろいでいました。栞は珍しく本を読むでもなく、パソコンに向かうでもなく、ただぼんやりと天井を見つめていました。


 扇華は栞の様子がいつもと違うことに気づき、心配そうに声をかけました。


「しおりん、どうしたの? なんだか元気ないみたい」


 栞はゆっくりと扇華の方を向き、困惑した表情で答えました。


「うーん、なんか……何かを忘れているような気がするんだ」

「え? 何を忘れてるの?」


 扇華は興味深そうに尋ねました。

 栞は眉をひそめ、さらに考え込むような表情になりました。


「それが……何を忘れているのかが思い出せないんだよね」


 扇華は少し驚いた様子で、「えっ?何を忘れたのかも忘れちゃったの?」と聞き返しました。


 栞は頷いた。


「うん、そうなんだ。でも、何か大事なことを忘れている気がして……それがすごく気になるんだ」


 扇華は優しく微笑みながら、「うーん、難しいね。でも、そんなに気にしなくてもいいんじゃない?思い出せないってことは、そんなに重要なことじゃないのかも」と言いました。


 しかし、栞は納得できない様子でした。


「いや、そうじゃないんだ。この感じ……絶対に重要なことなんだよ。でも、何が重要なのかが分からなくて……」


 栞は立ち上がり、部屋の中を歩き回り始めました。本棚を見たり、机の上を確認したり、引き出しを開けたりしています。


「もしかして、何か物を忘れたのかな?」


 扇華は提案しました。

 栞は首を横に振ります。


「違う気がする……物じゃなくて……なんだろう……」


 扇華は栞の後を追いながら、言葉を接ぐ。


「じゃあ、約束とか? 誰かと会う約束をしてたとか?」


 栞はまた首を振ります。


「うーん、それも違う気がする……」


 二人は部屋中を探し回りましたが、栞が忘れているものの手がかりは見つかりませんでした。


「あー!もう!」


 栞は突然叫び、ベッドに倒れ込みました。


「なんでこんなに気になるんだろう。普段なら絶対に忘れないのに……」


 扇華は栞の隣に座り、優しく肩を撫でました。


「しおりん、そんなに焦らなくてもいいよ。きっと、思い出すべき時が来たら自然と思い出すはずだよ」


 栞は深いため息をつきました。


「そうかな……でも、この モヤモヤ感が消えないんだ」


 扇華は少し考えてから、「じゃあ、逆に考えてみない?」と提案しました。


「逆に?」


 栞は不思議そうに扇華を見ました。


「うん。忘れたことを思い出そうとするんじゃなくて、今覚えていることを全部書き出してみるの。そうすれば、忘れていることが浮かび上がってくるかもしれないよ」


 栞の目が輝きました。


「なるほど! そうか、それはいいアイデアだね。さすが扇華!」


 二人は早速、大きな紙を広げ、栞の記憶を書き出し始めました。科学の公式から、最近読んだ本の内容、昨日の夕食のメニューまで、思いつく限りのことを書いていきます。


 しばらくすると、栞は突然立ち上がりました。


「あっ! 思い出した!」


 扇華は期待に胸を膨らませ、「なになに?」と尋ねました。


 栞は少し照れくさそうに答えました。


「今日が……モウモウの誕生日だったんだ。だから特別なおやつを買っておこうと思ってたのに……」


 扇華はクスッと笑いました。


「まあ、そんな大事なこと忘れてたの、しおりん! も、よかった。やっと思い出せたね」


 栞は安堵の表情を浮かべながら、モウモウを呼びました。


「ごめんね、モウモウ。誕生日、忘れるところだったよ」


 モウモウは鳴き声で応え、二人の足元にすり寄ってきました。


 扇華は微笑みながら言いました。


「ほら、モウモウも怒ってないよ。今からでも遅くないから、一緒におやつを買いに行こう?」


 栞は嬉しそうに頷きました。


「うん! 行こう!」


 こうして、栞のモヤモヤは晴れ、三人(と一匹)で楽しい午後のおやつタイムを過ごすことになりました。時には大切なことを忘れてしまうこともありますが、それを思い出す過程もまた、かけがえのない思い出になるのかもしれません。

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