しおりん、幽霊を見ちゃう!

 真夏の夜、栞の家で恒例の友達同士のお泊まり会が行われていました。扇華が栞の部屋に遊びに来ており、二人で夜更かしをしながらおしゃべりを楽しんでいました。


 深夜0時を回ったころ、栞が突然身を震わせました。


「わっ!」


 扇華は驚いて栞を見ました。


「どうしたの、しおりん?」


 栞は震える指で部屋の隅を指さしました。


「あ、あそこに……幽霊が……」


 扇華は栞が指さす方向を見ましたが、何も見えません。


「え? どこに?」

「あそこだよ! 白い服を着た女の人が……」


 栞の声は震えていました。

 扇華は優しく微笑みました。


「しおりん、気のせいだよ。こんな夜更けだし、疲れてるんじゃない?」


 しかし、栞は首を激しく振りました。


「違うの! 本当にいるの! 今、こっちを見てるの!」


 扇華は立ち上がり、栞が幽霊を見たという場所に歩み寄りました。


「ほら、何もないでしょ? 大丈夫だよ、しおりん」


 栞は半信半疑の表情で扇華を見つめていました。


「でも……」


 扇華は栞の隣に座り、優しく肩を抱きました。

「科学者のしおりんが幽霊なんて信じるの? きっと光の具合とか、何かの反射で見間違えたんだよ」

 

 栞は少し落ち着いてきたようでした。


「そう……かな。確かに扇華の言う通りかも……」


 扇華は安心したように笑いました。


「そうだよ。さ、もう遅いし、寝よっか」


 二人はベッドに横になり、電気を消しました。

 しばらくすると、栞の寝息が聞こえてきました。


 深夜の静寂が部屋全体を包み込む中、扇華はそっとまぶたを開けました。彼女の目は、すぐに暗闇に慣れ、月明かりがわずかに差し込む窓から部屋の隅へと向けられました。そこには、彼女が予想していた通りの光景が広がっていました。


 かすかに発光する半透明の姿が、部屋の隅にゆらゆらと浮かんでいました。それは若い女性の姿をしており、長い黒髪が顔の半分を覆い、白い着物のような衣装をまとっていました。その姿は、まるで古い日本画から抜け出してきたかのようでした。


 幽霊の姿は、月の光を通して見るすりガラスのように、微かに揺らめいています。その存在は確かにそこにあるのに、同時にどこか実体がないような不思議な感覚を扇華に与えていました。


 扇華は小さくため息をつきました。

 その音は、寝息を立てている栞に聞こえないよう、極力抑えられていました。彼女はゆっくりと上半身を起こし、幽霊の方へ向き直りました。


「もう、驚かせないでよ」


 扇華は囁くように静かに言葉を紡ぎました。その声は優しくも、少し諭すような調子を帯びていました。


「せっかくしおりんが落ち着いたのに」


 幽霊は扇華の言葉を聞いて、ゆっくりと顔を上げました。その表情には、人間のような感情が浮かんでいました。申し訳なさそうな、悲しげな眼差しで扇華を見つめています。


 幽霊はゆっくりと頭を下げ、深々と謝罪の意を示しました。

 その動作は、まるで生前の礼儀作法を覚えているかのようでした。薄い体が揺れるたびに、月の光がそれを通り抜け、幻想的な光の模様を床に映し出していました。


 扇華は幽霊の反応を見て、表情を和らげました。彼女は理解を示すようにわずかに頷き返しました。


 幽霊は扇華の反応を見届けると、ゆっくりと後退し始めました。その姿は徐々に薄れていき、まるで朝霧が日の光に溶けていくかのようでした。最後に残った淡い光の粒子が、夜の闇に吸い込まれるように消えていきました。


 部屋は再び静寂に包まれ、月明かりだけが柔らかく空間を照らしています。扇華は長い間、幽霊が消えた場所を見つめていました。彼女の表情には、複雑な感情が混ざっていました。安堵、少しの寂しさ、そして秘密を抱える者特有の孤独感が垣間見えました。


 扇華は隣で眠る栞の寝顔に目を向けました。栞の表情は穏やかで、先ほどまでの恐怖の痕跡は全く見られません。扇華は優しく微笑み、そっと栞の髪を撫でました。


「しおりんには、まだ言えないよね……」


 実は扇華には幽霊が見える特殊な能力があったのです。

 しかし、科学一筋の栞にそのことを話すのは難しいと感じていました。


「いつか話せる日が来るといいな……」


 そう思いながら、扇華も眠りについていきました。


 モウモウは二人の様子を見守りながら、静かに喉を鳴らしていました。彼もまた、幽霊の存在を感じ取っていたのかもしれません。


 翌朝、栞は昨夜のことを思い出し、少し恥ずかしそうに扇華に謝りました。


「ごめんね、昨日変なこと言っちゃって……」


 扇華は優しく微笑みました。


「気にしないで。みんな疲れてるとそういうことあるよ」


 栞は安心したように頷きました。


「うん、ありがとう」


 二人は朝食を取りながら、昨夜の出来事を笑い話にしていました。

 しかし、扇華の心の中には、いつか栞に真実を話せる日が来ることを願う気持ちがありました。


 そして、部屋の隅では幽霊が二人の様子を見守っていました。扇華だけがその存在に気づいていましたが、栞の科学的な世界観を大切にしたい気持ちから、今はまだ秘密にしておくことにしたのでした。


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