しおりん、看病される

 真冬のある日、栞は珍しく遅くまで眠っていた。普段なら早朝から起きて実験や読書に没頭しているはずなのに、今日は違った。


「うぅ……」


 栞は重たい頭を抱えながら、ようやく目を開けた。喉は痛く、体はだるい。体温計を見ると38.5度。


「風邪……? この私が……?」


 天才少女の栞にとって、風邪で寝込むなんて考えられないことだった。

 しかし、体は正直で、起き上がることすらままならない。


「どうしよう……」


 栞は不安になった。両親は海外出張中。一人暮らしのような生活をしている彼女には、こんな時どうすればいいのかわからない。

 ふと、モウモウが心配そうに鳴いた。


「モウモウ……大丈夫、きっとすぐ良くなるから……」


 そう言いながらも、栞の声は震えていた。

 普段は何でも一人でこなす彼女だが、今は誰かに頼りたい気持ちでいっぱいだった。


 その時、スマートフォンが鳴った。画面には「扇華」の名前。


「もしもし……扇華……」

「しおりん? どうしたの?声、変だけど……」


 栞は泣きそうになりながら状況を説明した。


「風邪……? すぐ行くから! 待っててね!」


 電話が切れた後、栞はホッとした気持ちと申し訳ない気持ちが入り混じった。

 30分後、扇華が到着した。


「しおりん! 大丈夫?」


 扇華は心配そうに栞の部屋に駆け込んだ。


「う、うん……ごめんね、こんな日に……」


 扇華は優しく栞の額に手を当てた。


「熱いわね……まずは熱を下げないと」


 扇華は手際よく準備を始めた。氷枕を作り、栞の額に乗せる。

 水分補給のためのスポーツドリンクを用意し、栞に少しずつ飲ませた。


「扇華……ありがとう……」


 栞は申し訳なさそうに呟いた。


「何言ってるの。友達でしょ? 当たり前よ」


 扇華は笑顔で答えた。とても眩しい笑顔だった。

 時間が経つにつれ、扇華の看病のおかげで栞の具合は少しずつ良くなっていった。

 扇華は栞の好きなスープを作り、優しく食べさせた。


「美味しい……」


 栞は久しぶりに食べる温かい食事に、心が癒されるのを感じた。

 夜になり、扇華が帰ろうとすると、栞は思わず扇華の袖を掴んだ。


「あの……もう少し……いてくれない?」


 扇華は優しく微笑んだ。


「もちろん。一晩中でも付き添うわ」


 その言葉に、栞の目からぽろぽろ涙がこぼれ落ちた。


「どうしたの? どこか痛いの?」


 扇華は慌てて栞の顔を覗き込んだ。


「ううん……違うの……」


 栞は涙ながらに言った。


「ただ……嬉しくて……扇華がいてくれて……あったかくて……」


 扇華は優しく栞を抱きしめた。


「しおりん……一人じゃないんだからね。私がいるし、モウモウもいる。だから、安心して」


 栞はその言葉に更に涙を流した。普段は強がって一人で何でもこなそうとする彼女だが(掃除洗濯はまるでダメダメだが……)、今はただ素直に扇華の優しさに甘えていた。


「ありがとう……扇華……」


 栞は扇華の腕の中で、安心感に包まれながら眠りについた。扇華は栞の寝顔を見つめながら、静かに微笑んだ。


「おやすみ、しおりん。明日はきっと元気になってるわ」


 モウモウも二人の傍らで丸くなり、幸せそうに喉を鳴らしていた。


 風邪をきっかけに、栞は改めて友情の温かさを感じた夜だった。

 そして、栞にとって一人じゃないという安心感は、どんな薬よりも効果があったのかもしれない。


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