しおりんの星空プラネタリウム

 夏の終わりのある夜、扇華が栞の家を訪れた。


「しおりん、こんばんは。今日は晴れてるから星でも見ようと思って」


 栞は少し申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「あ、扇華。あれ? でも今日はこれから雨が降るって言ってたよ.」


 確かに、窓の外を見ると空は薄い雲に覆われ始めていた。

 扇華は少し落胆した様子を見せる。


「そっか……残念」


 栞は少し考え込んでから、突然立ち上がった。


「ちょっと待ってて」


 栞は部屋の隅にあるダンボール箱を引っ張り出してきた。中から、小さなプロジェクターと白い布を取り出す。


「これで代用できるかも」


 栞は手早く布を壁に貼り付け、プロジェクターをセッティングした。

 そして、パソコンと接続すると、壁一面に星空が広がった。


 扇華は驚いて目を丸くした。


「わぁ、すごい!これ、どうやったの?」


 栞は少し照れくさそうに説明を始めた。


「このプロジェクター、実は壊れかけてたんだ。でも、中の光学系を少し改造して……」

 栞の目が輝き始め、言葉が止まらなくなった。


「このプロジェクター、元々は640×480ピクセルの解像度しかなかったんだけど、光学レンズを高精度のものに交換して、1920×1080ピクセルまで引き上げたんだ。それから、LED光源を改造して、色域をsRGBの100%まで拡大したんだよ」


 栞は息もつかせず説明を続ける。

 手を動かしながら、プロジェクターの内部構造を空中に描くように示していた。


「それだけじゃなくて、冷却システムも強化したんだ。ヒートシンクを大型のアルミニウム製に変更して、さらに小型のペルチェ素子を追加したんだよ。これで長時間の投影でも安定した画質が保てるようになったんだ」

「うんうん、すごいね」


 扇華は理解できない用語の洪水に圧倒されながらも、栞の熱心な様子に微笑んでいた。


「それで、制御回路も自作のマイコンボードに置き換えたんだ。ARM Cortex-M4プロセッサを使って、画像処理の一部をハードウェアで高速化してるんだよ。これのおかげで、星の動きをリアルタイムでシミュレーションできるようになったんだ!」

「へー」


 栞はますます興奮し、声が少し高くなっていく。


「あ、それから光学系のフォーカシング機構も改造したんだ。ステッピングモーターを使って0.1ミクロン単位で調整できるようにしたから、壁までの距離に関係なく、完璧にピントが合うんだよ」

「うんうん」


 扇華は栞の話す内容はほとんど理解できていなかったが、

 彼女の目の輝きと熱意に魅了されていた。

「しおりんって、本当にすごいんだな」と心の中でつぶやいた。


 栞はまだまだ話し足りない様子だったが、ふと我に返ったように、少し照れくさそうに笑った。


「あ、ごめん。つい興奮しちゃって……」


 扇華は優しく微笑んだ。


「ううん、全然。しおりんの説明、とっても面白かったよ。私にはよくわからなかったけど、すごくすごいことをしたんだってわかったわ」


 栞は少し赤面しながら、「そう? ありがとう」と小さな声で答えた。


 そして、二人は再び星空の投影に目を向けた。栞の熱意と技術が作り出した美しい星空が、部屋中を優しく包み込んでいた。


「それで、最後に星座データベースと連動させて、現在の日時や位置情報に合わせた星空を再現できるようにしたんだ」


 栞はパソコンを操作し、星座線や天体の名前を表示させた。


「ほら、今ならこの辺りにペルセウス座流星群が見えるはずなんだ」


 扇華は感嘆の声を上げた。


「本当だ! 流れ星が見える!」


 二人は即席のプラネタリウムを楽しみながら、星座や天体現象について語り合った。栞は宇宙の広大さや星の一生について、詳しく解説を始める。


「ねえ、知ってる? 私たちの体を作る元素のほとんどは、星の中で作られたんだよ」


 扇華は興味深そうに聞き入った。


「へえ、そうなんだ。私たちも星から生まれたってこと?」


 栞は嬉しそうに頷いた。


「そう、だから私たちはみーんな星の子なんだ」


 話が尽きないまま、夜は更けていった。モウモウも二人の傍らで、投影された星空をじっと見つめている。

 最後に扇華が言った。


「しおりん、ありがとう。雲のせいで星が見えなくても、こんな素敵な夜を過ごせるなんて」


 栞は少し赤面しながら答えた。


「うん、また一緒に星を見ようね。本物の星空でも、こうやってでも」

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