第49話 城下町へ上陸

「んで、こっからどうやってあの城まで行きゃいいんだ?」


 そう問いかけるゼファーに、皆が沈黙で返していた。


 ゼファーたちがいるのは垂直に切り立った岩肌の中腹に開いた大穴。

 当然、道などあるわけがなく、その大穴はおよそ50mの高さに位置していた。

 まさかこの高さから湖に飛び込むわけにはいかず。というか、そもそも紫色の毒々しい湖に飛び込むのは自殺行為だろう。


 そんな訳で、誰もが頭を悩ませていた。


 重苦しい雰囲気が漂う中、最初に口を開いたのはユイドラであった。


「どうにかして、湖まで降りられないだろうか?」

「ロープを使えば降りられないこともないですが……その後、どうするんです?」


 そう言って、クゥ・シーが問いかける。


「湖の上に氷の足場を作れば……あそこにある港まで行くことが可能なはずだ」


 その港は城下町らしき廃墟がある陸地の端にポツンと隣接していた。

 L字状の桟橋に複数の小舟が係留されており、倉庫らしき小屋が並ぶ。魔物の影も見えないため、上陸するには絶好のポイントであった。


「氷の足場、ですか……わかりました。今すぐにロープを用意します」


 ユイドラが話す氷の足場とやらが初耳なため、半信半疑ながらもロープの準備を始める。


 そんな中、ガルカが何かを発見する。


「ん? 左の方の岩肌に穴が開いてるけど……あれって、他の冒険者パーティーがもう来てるってことじゃない?」

「エーマジ? うわっ、早くしないと先越されちゃうじゃ~ん!? 急いで急いで、クゥ・シー!」


 焦るイルヴィがクゥ・シーの背中を叩いて急かしていた。


「あのッ……あれを見て下さい! 右の岩肌にも穴がいっぱいありますよ!?」


 メルアリアが指さす先には、冒険者が開けたであろう大穴が十個もあった。


 その情報を即座に精査したブロッソニアが、ある事実に気づく。


「クゥ・シー様によれば、確か第三階層にはダンジョン攻略のクエストが出ていなかったはずでしたよね?」

「はい、確実にゼロでした」

「ということは――誰もここから脱出した者がいない、ということになりませんか?」


 誰もがごくりとつばを飲み込んで緊張感を露にする中、ゼファーだけは違った。


「くっくっく……面白くなってきやがったなあ?」




   §    §    §




 まず最初にロープを伝って降りたのはユイドラだった。


「アイスフロート」


 そう言って、魔法を発動するのと同時にロープから飛び降りてしまう。

 もちろん、うっかり湖に着水することはなく、瞬時に氷の足場を形成。円錐をひっくり返した状態の氷塊が出来上がっていた。

 ただその大きさはまだ一人分。七人分が乗れるほどの大きさまで成長させてから、降りていいぞと後続に合図を送る。


 各々がロープを伝って降り始めているのに、ブロッソニアだけが大穴に残り見守っていた。

 これはロープの保持のためで、万が一の場合に備えてのことであった。

 そうして無事、何事もなく氷の足場に降りたのを見届けると、なんと次の瞬間、ブロッソニアは――ぴょんと崖から飛び降りてしまう。


 最悪の未来を想像して皆一様にギョッとするが、そうはならなかった。

 フワッとクラシックメイド服のスカートが広がり、ブロッソニアの生脚が露になる。ただその脚はやや特殊な形状で、膝から下が鋼鉄製の筒であった。

 筒の足先が淡い青の輝きを放つと共に、落下スピードが急減速。一旦、氷の足場から離れた湖の上で高く跳躍。


 ブロッソニアは羽毛が舞い落ちるかのように、氷の足場へと着地した。


「お待たせしました」

「えぇ~ッ!? ブ、ブロッソニアって空飛べんの!??」


 ケロっとしているブロッソニアに、ゼファーが驚いた様子で聞いていた。


「えぇ、短時間かつ短距離に限れば可能です」

「す、すっげぇな……」


 そんなビックリなこともありつつ、ユイドラが氷の足場を操って港へと向かう。


「皆さん、もうすぐで上陸なので武器の準備をお願いします」


 そう言って、クゥ・シーが戦闘準備を促す。


 イルヴィがハンマーと大盾を構え、ユイドラが左手に精霊球を右手に短杖を持ち、ガルカが紅蓮に光る両刃の長剣を抜く。


 そして、ゼファーが双刃刀ダブルブレードの布を取り外し、ついにその姿が日の目を浴びる。

 ゼファーの身長を軽々と超える長さを誇るが、二対の刀身は細長く極めて鋭利な形状していた。

 その理由は軽量化。やや強度は落ちてしまうものの、小柄で華奢なゼファーが扱うためには仕方のないことであった。


 非戦闘員である上級荷物持ちエリートポーターのクゥ・シーも、バックパックのサイドポケットからとあるアイテムを取り出し、気を抜かずに準備を怠らない。


「なんだそりゃ?」

「これは盗賊のお面と言って、頭に被ることで一時的に罠感知や解除の能力が得られるのです」


 ゼファーの質問に、クゥ・シーが答えた。


 ズシンと軽い衝撃と共に、氷の足場がL字状の桟橋に接岸。タンク的役目のあるイルヴィから、次々に上陸していく。

 近くに魔物の姿は見えないため、すぐそばにあった階段を登ると、目の前には朽ちて崩れかけた家の多い城下町が広がっていた。


「ンー、ここに魔物はいなさそー?」

「少し待て。フリーゼに調べさせる」


 ユイドラが左手に持つ精霊球が、ふわふわと空に舞い上がっていく。

 どうやら、はるか上空から周囲を俯瞰的に偵察しているようであった。


 偵察が終わり、ゆっくりと降りてきた精霊球の中から、フリーゼが結果を伝える。


「城下町のあちこちに、アンデッド化したヘルハウンドがウロウロしてたよー」

「数は?」

「二、三匹のグループが十くらいかな? でも、建物の中は見えないからわかんなーい」

「そうか……少し、厄介なことになったな」


 意味深なことを言うユイドラに、状況をよく理解していないゼファーが聞く。


「どういうこと?」

「見てみろ、家が密集して通路が狭いだろう? お前やガルカの武器だとここでは振り回しづらい上に、相手はすばしっこくて小回りが利くヘルハウンドだ。つまり、相性が悪い」

「なるほど、じゃあどうすりゃいい?」

「幸いなことに天井はないからな。横ではなく縦に武器を振れ。わかったな?」


 こくりとゼファーとガルカが頷いたのを見て、隊列の組み方を指示する。

 先頭はもちろん、タンクである重戦士ヘヴィアーマーのイルヴィ。続いて、長剣士グランセイバーのガルカと勇者のゼファーで三角形の矢じり隊列を敷く。


 その真後ろに、精霊魔法使いエレメンタルソーサラーのユイドラ。さらに後ろに白神官メルアリアと上級荷物持ちエリートポーターのクゥ・シー。最後尾である殿を務めるのはメギロト族のブロッソニア。この後列四人でひし形の隊列を敷く。

 また罠を感知した場合は一旦停止し、罠を解除するためにクゥ・シーが前に出て対応をする予定である。


「後ろががら空きな気がするけど大丈夫なのか?」

「安心しなさい。我にとって犬っころなど敵ではありません」


 ゼファーの問いに、ブロッソニアが自信満々にそう答える。

 がしかし、魔導人形ゴーレムに属する金属生命体であるせいか、人の機微に鈍感なため言葉選びがやや不適切であった。


 犬っころ――というワードのせいで、若干一名クゥ・シーが複雑な顔をしていた。


 こうして、隊列を組んだ七人は城がある方向を目指して細い路地を進む。

 階段を上に登ったり、下に下ったりしながら歩くこと数分。竜車が通れそうなほど広い大通りに合流する。


 先頭を進むイルヴィと盗賊のお面を被ったクゥ・シーが、敵や罠の存在を確認する。


「うわ~、ヘルハウンドがあちこちにいるよォ~。流石に、これだけ道が広いと戦闘は避けられそうになさそー」

「ただ、そのおかげか罠の類いはないですね――」


 クゥ・シーがとある建物を見ながら言う。


「――それと、あの建物。宝箱の匂いがプンプンしますよ」


 尖った屋根が特徴的な建物は、比較的小綺麗な外観をしていた。

 それは朽ちかけた他の家とは違って、どこも破損していないからである。


 また屋根の上に宗教的シンボルらしきものがあるため、恐らくは教会のような施設だったのだろう。未だ壊れず造りが頑丈だったのは、そういう事情が関係しているのかもしれない。


「マジ? クゥ・シーって宝箱の匂いがわかるんだ?」

「はい、宝箱は独特な金属臭がしますからね。わかりやすいんです」


 ルンルン気分で二人は朗報を持ち帰って、ゼファーたちに報告する。

 宝箱がある建物の周囲にいる魔物を全て排除しよう、と。


 イルヴィとクゥ・シーの提案をわざわざゼファーが断るはずもなく、ついにダンジョン内で初戦闘が行われることとなる。


 宝箱のある建物の正面扉付近には、三匹一組のアンデッドヘルハウンドが三グループいた。

 目に見える範囲だけでも九体。早々に戦闘を終わらせなければ、増援に囲まれてマズい状況になることが容易に想像できる。


 幸いこちらは見つかっていないため、イルヴィが気配を殺しつつ、魔物の群れへと切り込んでいく。

 ゼファーとガルカの二人も遅れずに、イルヴィを追いかける。


「メテオストライクゥ~ッ!!」


 イルヴィがハンマーを大きく振りかぶって、強烈な一撃を叩き込んだ。

 もろに直撃を受けた魔物は紙のようにぺしゃんこに。それどころか、叩いた地面が爆ぜるほどの凄まじい威力だった。

 さらに飛び散った破片によって、周囲の魔物も巻き添えを食らい粉々になってしまう。


 なんとたった一撃で、アンデッドヘルハウンドを五体も葬ってしまった。


 ただ、そんな爆発音を響かせれば当然、他の場所にいる魔物を誘引してしまうことは避けられない。


「残った四体はイルヴィとガルカで片付けろ」


 司令塔の役割を務めるユイドラが的確に指示を出していく。


「増援の相手は私とゼファーでやるぞ?」

「任せろ!」


 パーティー前方で残った四体を相手取るイルヴィとガルカ。

 そこに、左右から挟む様に二グループ六体のアンデッドヘルハウンドの群れが出現。細い路地を抜けてくるグループと屋根の上からとびかかってくるグループに分かれて襲い掛かってくる。


「おらぁ!」


 ゼファーの鋭い縦斬りが、細い路地から飛び出してきた先頭の魔物をほふる。


「アイシクル・エッジ」


 ユイドラの短杖から放たれた氷剣が、屋根を駆け下りてくる魔物を撃ち抜く。


 こうして、左右から襲い掛かった魔物は六体から四体へと減少。仕掛けた奇襲が失敗に終わったことで、ゼファーたちを強者と判断する。


「どうしたあ!? ビビっちまったかあ!!」


 ゼファーが魔物を挑発するも、警戒しているのか動かない。


 その時だった。


 なんとゼファーたちパーティーの背後、大通りの方からアンデッドヘルハウンドの大群が出現した。

 その数十五体。まだ余裕のあるゼファーたちであったが、形的には包囲されておりピンチなのは間違いない。


「大通りの新手は我にまかせなさい」


 そう言ってブロッソニアがペンをページに挟み、パタンと本を閉じる。

 一人で殿を務めると豪語した通り、嘘偽りなく有言実行する気らしい。


「援護しましょうか?」

「いえ、必要ありません」


 クゥ・シーの援護を断ると、優雅に歩を進め大群と対峙する。


 三体のアンデッドヘルハウンドがタイミングを合わせて、ブロッソニアを襲撃。

 しかし、淡い青の輝きに包まれた右手が横一閃しただけで、三体まとめて葬られてしまう。

 続けて襲う四体に対して、目にも止まらぬ速さで青い手刀が二度瞬き、あっという間に合計七体が倒された。


 警戒してくる残りの八体に向けて、ブロッソニアが言い放つ。


「魔物如きが怖れを抱いても無意味です。さあ、来なさい――葬って差し上げましょう」


 追い詰められたアンデッドヘルハウンドたちは突如、二手に分かれる。

 ブロッソニアに向かう四体と、避けて横を素通りしようとする四体である。


「全く小賢しいッ……」


 ブロッソニアは脇をすり抜けようとした四体に向けて、青い斬撃を放つ。

 淡い青の輝きに包まれる右手が瞬く間に二度、縦一閃。まさかの遠距離攻撃で四体とも胴体から真っ二つになってしまった。


「さあ、これにてお終いです」


 そう言って、破れかぶれに襲い掛かる四体も難なく倒す。

 なんとブロッソニアはたった一人な上に、右手一本で十五体の魔物をせん滅してしまった。


 それから少しして、ゼファーたちの方も残った魔物を一掃。誰も負傷することなく、初戦闘は見事な勝利で終了した。

 そして戦闘に勝利したとなれば、気になるのは戦利品だ。


 クゥ・シーを先頭に宝箱のある建物へと入っていく。

 教会の様な施設らしく、正面に伸びる一本の通路の左右に長椅子がずらりと並列。最奥には宗教的な偶像が鎮座し、キラキラと怪しい輝きを放つ宝箱が招かれざる客を待っていた。


「あったあった! 宝箱、はっけ~ん!!」

「ストップです、イルヴィさん!」


 宝箱に駆け寄ろうとするイルヴィを、クゥ・シーが制止する。


「なになに~? どしたのォ~?」

「宝箱そのものとその周辺には罠があることが多いんです。危ないので警戒は怠らないでください」

「あ、そうなんだ。ごめんごめん~今度から注意するねェ~!」

「そうしてくれると助かります。ただ幸いなことにこの周辺は、罠感知に何も引っ掛からないので安心していいでしょう」


 中央の通路を通って、まずクゥ・シーが宝箱の罠をチェックする。


「こッ、これはッ……」

「どうしたんだ、クゥ・シー?」


 驚くクゥ・シーに、ゼファーが問いかける。


「罠が解除された跡があります。つまり――」


 ユイドラがため息をこぼしながら言う。


「――先を越されていたか」

「マジかよお~……せっかく苦労して魔物と戦ったってのによお」

「こればっかりはどうしようもないね。きっと僕らよりも運が良かったんだ。そう思うことにしようよ」


 無情な現実にがっくりと落胆するゼファー。

 そんな彼の肩に手をポンと置いて、ガルカが優しくフォローしていた。


 期待を裏切られ意気消沈する中、クゥ・シーが宝箱を開け中身を確かめる。

 割と大きめの宝箱だったため、体を投げ出して上半身ごと頭からずっぽりと入っていた。


「あれ? 何か紙が一枚だけ……」


 次の瞬間、クゥ・シーが歓喜の声を上げる。


「あぁあああ~~~ッ!?? こ、これはッ……カエル行商人の割引券ですよぉ~~~!??」


 震えるクゥ・シーの両手が掲げているのは――緑色をした謎の割引券であった。

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