第48話 いざ、ダンジョン発掘!

「あのさあ、ずっと気になってたんだけど……それ、何?」


 そう言ってゼファーが指さしたのは、ブロッソニアが背負う謎のバックパックであった。


 ここは氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】第三層。

 真っ白な雪原が広がる凍てつく氷の世界であった。


 ゼファーたちは大瀑布【ハイ・シオン】を経由したショートカットを使い、ララノアから分かれてたった一時間足らずで、第三層へと到着していた。


「実はあーしも気になってたんだよねェ~。マジでなんなん?」


 ゼファーとイルヴィの質問に、ブロッソニアが答える。


「これは冒険の書を製作するための魔道具です。背中の箱が記録装置、我が持つペンが出力装置となっております」


 そう説明する間も、ブロッソニアの手は動き続け、冒険の書に文字を書き込んでいた。


「へぇ~、そうやってあの冒険の書ができてんのかあ~」

「どーゆー仕組みなんだろーね? あーし、気になるんですけどォ~?」

「実のところ、この魔道具の仕組みは分かっていません」

「「えぇ~~~ッ!??」」


 驚くゼファーとイルヴィに、ブロッソニアが説明する。


「なにせ、魔導帝国に存在する遺跡群から発掘された古代文明の遺物――アーティファクトですからね。分かっているのは使い方のみで、製造方法や修理の仕方は一切不明。さらに言うと、これを扱えるのはメギロト族だけ。全てにおいて超高度過ぎて、現代の技術力では再現不可能なびっくりアイテムなのですよ」

「ヤッバァ~ってことは……めっ~ちょ、お高いの、それェ?」

「いいえ。意外とお手頃な価格だったりします。確か相場は、一台三億ゴールド程度でしたか。遺跡群からそれなりに発掘されるのと、我々メギロト族にしか扱えませんからね」

「そ、そういや聞いてなかったけど、ブロッソニアって価格にするといくらぐらいなんだ?」

「我ですか? 我は……恐らく値が付かないでしょう。そもそも、我がマスターは我を手放すつもりはないと明言されてますので」


 ゼファーとイルヴィが言葉を失う中、静かに鼻息を荒くするユイドラが興味津々な様子で尋ねる。


「少しいいか?」

「えぇ、何なりと」

「取引されているメギロト族の相場はいくらぐらいなんだ? 参考程度で構わない」

「そうですね……まず前提として、メギロト族の価値は稼働時間で決まります。銅等級が十年以下、銀等級が百年以上千年未満、金等級が千年以上と定義されておりまして、銅等級が百億ゴールドから、銀等級が八百ゴールドから、金等級に至ってはそもそも裏で秘密裏に取引されておりますので不明であります」

「なるほど、いつかメギロト族の従者を手に入れ、自堕落なスローライフをと思っていたんだがな……道のりは長そうだ」

「我がマスターに頼めば、レンタルは可能ですよ?」

「ほう……そこら辺詳しく頼むっ」


 ユイドラとブロッソニアが密談する側で、メルアリアがある疑問を投げかける。


「あの~……確認したいのですが、ここ第三階層で何を目標に活動する予定なのでしょうか?」


 その疑問に反応したのは、上級荷物持ちエリートポーターのクゥ・シーであった。


「よくぞ……よくぞ、聞いてくれましたッ!!!」


 そう言って、力強く拳を握るほど、クゥ・シーは歓喜していた。


「実は話すタイミングを失っていたのです……とんちんかんなゼファーがアーティファクトなぞに興味を持ってしまいましたからね!」

「え? 今、誰か俺の悪口言った?」


 オホンと咳払いして、クゥ・シーが初冒険の目標について語り始める。


「あたしは今回の冒険で――ダンジョンを発掘し、攻略することを提案いたします!」


 バッと両手を大きく広げて、力強く宣誓していた。


 何故、その結論に至ったのか。

 クゥ・シーが言うには、ここ第三階層だと、毎日一つ以上のダンジョンが発掘されるのが当たり前とのこと。なのにここ数日、ダンジョン攻略のクエストが一切出ていない。

 それが指し示すのは、そもそもダンジョンが発掘すらされてないということ。


 つまり、今は未発見のダンジョンがわんさか埋まっている美味しい状況なのであった。


「あくまでも、あたしは提案をするだけです。最終的な決定権はリーダーである、ゼファーにありますので、どう決断するのかはお任せします」


 全員の視線がゼファーに集まり、どう決断するのかを見守っていた。


「ダンジョン発掘に攻略だと? ……なんだよそれ――」


 ニヤっと不敵に笑むゼファーが高らかに宣言する。


「――やるに決まってんだろ!!! んで、俺たちは何すりゃいい?」

「……洞穴か洞窟、地面がくぼんだ場所でも構いません。とにかく、土肌が露出した地面を探しましょう!」


 それから、ゼファーたちは雪が積もる雪原をザックザックと移動する。

 道中の道案内はメルアリアが担当し、皆を先導。過去、十階層まで潜った際の経験から、洞窟がありそうな場所を目指して歩き続けていた。


「そういや、何でこんな格好なのに全然寒くねーんだ?」

「それはフリーゼのおかげでーす! 氷の加護で寒さを緩和してあげてるんだから、感謝してよねー?」


 ゼファーの疑問に、氷の大精霊フリーゼが精霊球の中から答えた。


「ふぅ~ん? ちなみに、その加護って気軽にオンオフできんの?」

「できるよ~! ほいっ」


 フリーゼが選んだ哀れな実験台は、ガルカであった。


「ふぅぇえ~ッくしょんッ!? ちょッ急に寒いんだけど、何で僕なんだよー! ふぇっ……ふぇっ……ふぁ~ッくしょんッッ!??」


 盛大なくしゃみを放ちながら、凍えるガルカが自分の体を摩擦して暖を求めていた。


「ほいっ」

「あぁ~暖か~い……」

「へぇ~フリーゼって便利なんだなあ……」


 フリーゼのありがたみに感心しているゼファーは、新たな疑問が思い浮かんでいた。


「ってことは、他の冒険者はこの寒さをどうしのいでんだ?」

「冷気を遮断するマントがあるので、それを着てますね。戦闘時だけ、マントを脱ぐ感じです」


 優秀な上級荷物持ちエリートポーターらしく、クゥ・シーが物知りアピールをしていた。

 ゼファーたちの信頼を得るため、命を預けるに値する信用を置いてもらうため、些細な配慮と貢献を怠らない。

 ひとえに、クゥ・シーの頑張りやな一面が表れていた。


 そんなこんなで、ちょうど手ごろな洞窟が見つかる。

 比較的浅い洞窟で一本道なため、すぐに行き止まりに突き当たった。


 クゥ・シーが背負うバックパックを地面に降ろし、中から魔道具を取り出す。


「今から、このストーン・ドリルカノンの魔法陣が刻まれた短杖を使って地面を掘ります。少し離れていてください」


 そう言ってから、短杖を斜めの角度で地面に突き立てる。


「ストーン・ドリルカノン!」


 地面の土が鋭利ならせん状の石に変化。生成されたドリルが地面を穿つ。

 大量の土砂を掘り返しながら、ゴリゴリと音を立てて通路が形成されていく。たった一発の魔法で、数mほどの大穴が出来上がっていた。

 それを繰り返し、ドカンドカンと撃ち続けること数分。まだ浅いものの、斜め下に進む通路が完成した。


 一見、攻撃魔法に見えるストーン・ドリルカノンだが、実は違う。

 なんと工事用に開発された掘削魔法なのである。もちろん、殺傷能力はあるため攻撃に使えないこともないが、その場合は上位互換の魔法が採用されるので、攻撃魔法としては使うことは非常に稀である。


「掘削により生じた土砂の処理はこちらの短杖、アースピラーの魔法で土柱に変えて、外に運び出します」


 クゥ・シーが土砂に短杖を突き刺し、魔法発動のための起動キーワードを唱える。


「アースピラー!」


 すると、土砂がみるみるうちに土柱へと変化した。

 もちろん、この魔法も工事用に開発された魔法の一つである。


「土砂を土柱に変えて、外へ運ぶ力仕事は男性陣にお願いします」


 そう言って、ゼファーとガルカに指示を出し、メルアリアに別の指示を伝える。


「メルアリア様には洞窟入り口で見張りと、酸欠防止のためにこのハイ・ウィンドの短杖で空気を送ってもらいます」

「わかりました。任せて下さい」


 クゥ・シーは残りの二人、ユイドラとイルヴィにストーン・ドリルカノンの短杖を手渡すと、斜め下に掘った通路の行き止まりで指示を出す。


「ここから、三方向に穴を掘り進めます。あたしは正面を、お二人は左右をお願いします」

「ん……任せろ」

「りょーかーい!」


 こうして、各々の役割が決まりダンジョン発掘が始まった。

 ちなみに、ブロッソニアが役割を与えられなかったのは、冒険の書を製作する作業があるからである。


 それからというもの、様々なトラブルが襲い掛かってきた。

 うっかり水脈をぶち当ててしまい水が噴き出したり、偶然にスケルトンを掘り当ててしまい戦闘になったり。しまいには熱々のマグマが湧き出したりと、てんやわんやの大騒ぎ。

 気が付けば、作業開始から四時間ほどの時間が経っていた。


 誰もが疲労困憊で、一度休息を取ろうという雰囲気が漂っていたその時だった。


「うッそぉ……これって、お城? ネェ~、みんなァ~! あーし、デッカイお城見つけちゃったんだけどォ~ッ!」


 イルヴィの呼び声に反応して、皆が駆けつける。


「あーこの先、崖でチョー危険だから要注意だよォー!」


 イルヴィが掘り進めた穴は超巨大な空間に繋がっていた。

 その中は毒々しい紫の湖が広がり、中央に浮かぶ小島には大きな城。ちょうど城の側面が見える角度で穴が通じており、城の正門は見えない。

 恐らくは正門辺りから伸びているであろう橋の先には、石やレンガ造りの朽ちた城下町が広がっていた。


 また城から遠く離れた反対の壁近くには、立派な時計塔らしき建造物もあった。


「そ、そんなまさか? この規模のダンジョンは本来であれば、下層で見つかるものですよ? とてもじゃないですが……あたしたちには大物過ぎます」


 愕然とするクゥ・シーが、即座に自分たちの手に負えないと判断していた。


 そんなクゥ・シーに、ゼファーが尋ねる。


「下層ってなんだ? あの城って、そんなにヤベーのか?」

「ここ氷の魔界は1~4階層が上層、5~7階層が中層、8~10階層が下層、それより下が深層と区分けされているのですが、下層は金等級冒険者しか到達できない過酷な領域なんです。ですから、あの城……ヤバイどころじゃないですよ!」

「まさか、ここまで来て撤退……とか言わねーよなあ?」

「確かに大チャンスではありますよ? でも、死傷者を出すリスクの方が大きいと、あたしは判断します」


 しかし、それを聞いてなお、ゼファーは笑みを浮かべて余裕を崩さない。

 恐らくは楽観主義たる性格ゆえの反応であろう。だが、大きな力を手に入れたからこその余裕とも言える。


「勇者が一人、金等級冒険者が一人。他にも白神官と金等級クラスのメギロト族がいるんだぜ? いけるだろ?」

「……僭越ながら申し上げますと、あたしは皆さんの実力を知りません。なのでここは、金等級冒険者のユイドラ様にお聞きします。いけると思いますか?」


 一呼吸の間を置いて、ユイドラが答える。


「……わからない、というのが正直なところだな」

「それはつまり、上手くいく確証がないのと同じですよね?」

「まあ、その通りだ」

「だったら、やはりここは一度撤退して――」


 クゥ・シーの発言を、ゼファーが遮って言う。


「――リーダーは俺だろ?」


 複雑な顔をしたクゥ・シーは、喉から溢れ出そうになる様々な感情をグッと飲み込む。


「……わかりました」

「頼りにしてるぜ、クゥ・シー?」

「えぇ、存分に期待していて下さい。上級荷物持ちエリートポーターの優秀な働きぶりを見せて差し上げますとも!」


 思わぬ大物ダンジョンを相手に、ゼファーたちの初ダンジョン攻略が始まろうとしていた。

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