第47話 上級荷物持ち-エリートポーター-

 上級荷物持ちエリートポーターは犬であった。

 いや、正確には犬人族シアンスロープなので人型の犬ではあるのだが、どこからどうみても人懐っこそうな犬であった。


「お初にお目にかかります勇者様。あたしの名はクゥ・シー。金等級パーティーでのポーター経験もある上級荷物持ちエリートポーターでございます」


 しかも、何気に礼儀正しさと常識を兼ね備えた――犬であった。


「あ、俺のことはゼファーでいいよ。あと、様もいらねーから」

「では今後、ゼファーと呼ばせてもらいます」

「あぁ、そうしてくれ」


 そう言って、ゼファーはクゥ・シーのことを上から下に観察する。


 クゥ・シーと名乗った犬人族の体格はゼファーとほぼ同じくらい。

 恐らくは若い犬人族のようで、子犬と形容して差し支えない外見をしていた。


 ショートな黒髪は程よい長さでおでこを出すスタイル。若葉のようなアホ毛がいいアクセントになっていた。

 顔つきはいうとほぼ犬。丸っこい輪郭に、くりくりとした薄茶のお目目とツンと尖った鼻はまさに犬。どこからどうみても犬であった。

 またオーバーオールをまとう、人型な胴体はとてもスレンダー。この華奢な体で、なぜ自分の二、三倍はあろうかというバックパックを軽々と背負えているのか不思議で仕方なかった。


「キレーなお姉さんじゃなかったか……」


 不純な期待を裏切られたゼファーは、少しだけガッカリとしていた。


 むすっとしたクゥ・シーが、ゼファーの勘違いを早口で訂正する。


「確かゼファーは十三歳でしたよね? あたしはこう見えても二十歳。つまり、ゼファーから見たらお姉さんということに間違いはないと思うのですが? それに見て下さい、この綺麗な毛並みを。つまり、綺麗な毛並みのお姉さん……キレーなお姉さんと言っても過言ではないと思いませんか?」


 それを聞いて、イルヴィとガルカがひっそりと驚いていた。

 まさかクゥ・シーが自分たちより七つも年上とは思ってもみなかったようだ。


「いやいや、キレーなお姉さんと言えばやっぱボインじゃねーと」

「はぁ~どいつもこいつもおっぱいおっぱいって……全く、これだからオスは――」


 とっさに、ララノアが間違いを指摘する。


「――ゼファーちゃんは娘ですけれど? なぜ、男と判断したのか聞いてもよろしくて?」


 この場にいるララノアを除く人間――ゼファー、ユイドラ、イルヴィ、ガルカ、ブロッソニア、メルアリアたちに緊張が走る。

 それは初対面のクゥ・シーにも感じ取れるほどの緊張感であった。


 周囲を伺うクゥ・シーに、ゼファーが小さく首を横に振って、どうにか誤魔化してくれと意思表示をする。

 必死な様子のゼファーから色々と察して、スッと目を細めるクゥ・シー。やれやれといった雰囲気ではあったものの、何とかゼファーの意思は伝わったようだ。


「……すみません。そこの頭にバンダナをつけた男の子――」

「――ガルカ君のことかしら?」

「はい、ガルカさんの匂いがゼファーからしたもので……つい勘違いしてしまいました」

「そうですか……単なる勘違いでしたのね」

「ララノア様の大切なご息女を男と間違えてしまい、本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って、クゥ・シーが深々と頭を下げた。


「あぁ、ごめんなさい。謝らせるつもりはなかったんですの。頭を上げてくださいな」


 頭を上げたクゥ・シーに、母の様な優し気な顔でララノアが言う。


「クゥ・シーちゃんは信頼に値する人だと判断しました。私のゼファーちゃんをよろしく頼みましたわ」

「はい、お任せください」


 それから一転して、冷ややかな視線をガルカに向ける。


「穢れた匂いがしませんから、私のゼファーちゃんに手を出したわけではないのでしょうが……もし手を出したらわかっていますわね?」

「出しません! 出しません! 僕は、その、お……大人な女性が好みなので、手は出すことなんて絶対にありえません!」


 思わぬ形で矛先を向けられ、ガルカが身振り手振りを使って、必死で無実をアピールをしていた。


「口では何とでも誤魔化せますからね……あぁ、この際――ガルカちゃんになってもらうのもありですわね~」


 ガルカの股間付近を見ながら、ララノアが恐ろしいアイディアを言っていた。


「キャァアアアーーーッッ!??」


 ガルカが乙女の様な悲鳴を上げながら、両手で股間の相棒を守る。


 その姿を見てイタズラ心が湧いたのか、頬を染めたゼファーがガルカの腕を組みながら色目を使う。


「絶対だぞ? 絶対に手を出すんじゃねーぞ?」

「オッ、オマエェエエエーーーッ!?? コンナトキニ、マジデヤメテヨォオオオーーーッ!??」


 片言の裏声で悪ふざけは止めろと、ガルカが切実に訴えていた。


 ふざけ合う二人を見て、イルヴィが大笑いし、ユイドラがあきれ果てる。

 とまあ、こんな感じでひと悶着ありながらも、上級荷物持ちエリートポーターのクゥ・シーが仲間になったのであった。


 各々軽く自己紹介を済ませた後、ゼファーたちはクエストボードの前に足を運ぶ。

 肩慣らし程度とは言え、氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】に潜るとあれば、多少なりともクエストを受けていたほうが目標が立てやすいためである。


 沈痛な面持ちで、ユイドラが言葉を漏らす。


「そうか、悪夢の黄金災禍ゴールドラッシュからまだ一週間か……」


 目の前のクエストボードはとある依頼の山で埋め尽くされていた。

 それは行方不明者の捜索依頼。なんとその数、ざっと五百である。


 銅等級冒険者――ダン・グワーナー、メアリー・モリス、ダグラス・マティアス、リッチー・ホッファ。

 銀等級冒険者――ラウル・バサースト、ハロルド・ボルン、フランク・バルカ、ペルール・ミントン。

 金等級冒険者――マリー・シェス、カロナ・キャリコ、ブリアンナ・ブザンソン。

 パッと目につくだけでこれほどの捜索依頼が張り出されていた。

 しかも、どうやら捜索依頼の紙の上にさらに別の紙を張り付けているようで、クエストボードの依頼書はこんもりと立体的に隆起。何とも酷い有り様であった。


 そしてその中には――銀等級冒険者ガドラック・ディサイドの捜索依頼もあった。


 ほとんどが冒険者で、その階級は上から下まで様々。もちろん、銅等級や銀等級が多いが、ちらほらと数名の金等級冒険者の捜索依頼が出ているようであった。


「それの影響でしょうね。どうやら、冒険者の皆さんは第三層以下に潜りたくないからか……第二層のクエストを取り合っているようです」

「見事に……空だな」


 第二層のクエストボードを見て、メルアリアとユイドラが不景気な会話をしていた。


 その隣にある第三層のクエストボードにはクゥ・シーがいた。


「……ダンジョン攻略の依頼がゼロ? まさかとは思いますが、誰もダンジョンの発掘をしていない? なるほどなるほど、これは大儲けの匂いがしますねぇ……」


 そう言って、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。


「何か、いいの見つかったか?」

「クエストボード上には、稼げそうなクエストはありませんでした」


 後ろからやってきたゼファーが投げかけた質問に、クゥ・シーが首を横に振って、幸先の悪い返事を返す。


「じゃー、今回の冒険はしょっぱいカンジィ~?」

「いいえ。むしろ、がっぽり稼げる可能性大です」

「どゆことォ~?」

「それは第三階層についてからのお楽しみということで……」


 そう言って、イルヴィの疑問をはぐらかしていた。


 結局、冒険者ギルドでクエストは受けずに、魔界への大穴のある二対の摩天楼【ドルジャ・ザラハ】へと移動する。

 その中のエントランスホールにて、ララノアがゼファーたちと向かい合っていた。


「ついにこの日が来てしまいました。新生パーティー、アウレリラが初めて冒険する日が」


 初めての冒険に赴くメンバーは新生パーティー【アウレリラ】と他三人。

 ゼファー、ユイドラ、イルヴィ、ガルカに上級荷物持ちのクゥ・シー、白神官メルアリア、メギロト族のブロッソニアが同行する。


「冒険に危険は付き物ですけれど、何の心配もいりません。優秀な上級荷物持ちさんをつけましたし、白神官メルアリアとブロッソニアも同行しますので、万が一など起こりえないでしょう」


 ララノアがユイドラに向けて言う。


「ユイドラがこのパーティーを支える大黒柱です。戦闘時の連携や変化する状況に対する判断は、金等級冒険者であるあなたが最適でしょう。任せましたわよ?」

「あぁ、任せろ」


 続いて、イルヴィに助言する。


「イルヴィちゃん、あなたの役目は前線を構築し維持すること。攻撃は仲間に任せて、防御に専念しなさい。仲間のために自陣を広く確保する意識が肝要ですわ」

「はーい、りょーかい!」


 一方で、ガルカには忠告する。


「ガルカ君は……とにもかくにも、ゼファーちゃんに手を出さないこと。それだけを肝に銘じなさい」

「は、はい! 肝に銘じます!」


 そして、ゼファーを母のように抱擁しながら、その身を案じる。


「ママはゼファーちゃんが無事に帰ってくるだけで大満足ですわ。無理して大きな成果を出そうとか、お土産を持って帰ろうだなんて思いやりは必要ありませんからね?」

「わかった。適度に冒険を楽しんでくるぜ」

「えぇ、その意気です」


 最後はブロッソニアに命令を告げる。


「ゼファーちゃんの勇姿をしっかりと納めなさい。一切余すことなく、ですわよ?」

「もちろん、心得ておりますとも。我にお任せください」


 自信満々にそう宣言するブロッソニアは、謎の機材を背負っていた。

 それは珍妙な模様が刻まれた箱型のバックパック。一番特徴的なのは、それから伸びる流線的な金属アーム。先の方に透明の水晶が装着され、周囲三百六十度を俯瞰していた。


「それでは皆さん……気を付けて、いってらっしゃい」


 ゼファーを先頭にして、大穴を下る巨大螺旋階段へと歩き出す。


 ふと何かを思い出したのか、ゼファーがゴソゴソとポケットを漁り始める。


「あれ? どこにしまったっけ? えっとお……」


 そうして、腰に巻いたスカートの様なマントから黒い球体を取り出した。


「あったあった」

「何です、それ?」


 クゥ・シーがゼファーに聞く。


「コイツは試作品のマモタン。何でも、小型化と高精度を実現したらしいぜ?」

「大分、小さくなりましたね。それ、ちゃんと動くんですか?」

「そういや、どうやって使うんだコレ?」

「通常のマモタンには起動スイッチがありますから、どこかにありませんか?」

「ん~これかな? ポチっとな」


 ゼファーがマモタンのスイッチを押して数秒後、激しい警告音が鳴り響く。


「うわッ、うっせ!?」

「その音、魔物が近くにいる時の音ですよ!」


 ゼファーたちが周囲を見回すが、どこにも魔物の姿などなかった。


「あぁ!? どこいも魔物何かいねーじゃんか!!」

「ええと、確かマモタンは魔物の魔石に反応する仕組みですから……あぁ、あれのせいですよ!」


 クゥ・シーが指さす先には魔界から回収したものを換金する、交換取引所であった。

 当然、そこには魔界の魔物を倒して回収した――魔石が大量に存在していた。


「ん……これは道具ではなく、己の感覚を信じろという女神さまの啓示だな」


 そう言って、ユイドラがゼファーが持つマモタンを取り上げスイッチをオフにしていた。


 いきなりトラブルが発生した場面を目撃して、ララノアが不安を口にする。


「あらあら、大丈夫なのかしらねぇ……ゼファーちゃんたち」


 こうして、心配そうなララノアに見送られながら、新生パーティー【アウレリラ】は初めての冒険へと出発したのだった。

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