第50話 カエル行商人とは?

「カエル行商人って?」


 ゼファーが歓喜に震えるクゥ・シーに向けてそう言った。


「世界三大希少種族はご存じですか?」

「あぁ、確か……竜人族ドラゴンメイド、メギロト族、それと……カエル族って、あ」

「えぇ、その通り。カエル行商人とは世界三大希少種族なのもあって、滅多にお目にかかれない神出鬼没の行商人なのです」

「そんなに珍しい存在なのか?」


 その疑問に、ユイドラが答える。


「この私ですら、一度も出会ったことがない存在……と言えばわかりやすいんじゃないのか」


 ユイドラの年齢は百十三歳。冒険者になった年齢を仮に十三としても百年だ。

 つまりは百年でゼロということ。それだけの間、一度も見たことがないとなれば十分に珍しい存在と言えるだろう。


 ユイドラに続いてメルアリア、イルヴィ、ガルカも答える。


「私もありませんね。ここ氷の魔界で十階層まで潜りましたがこの割引券? すら初めて拝見しました」

「あーしもなーい。ってか、カエル族って存在すら初耳ィー」

「僕もないよ。まあ、そもそも冒険者になったのもつい最近だしね」


 しかし、ブロッソニアだけは違った。


「一度だけですが、我は出会ったことありますよ?」

「マジ?」

「えぇ、四百年ほど前に一度、ここ氷の魔界の下層で出会いました」

「よッ、四百年前に……たった一度って」


 四百年の長い月日で一度だけという事実に、ゼファーたちは驚愕していた。

 誰もが沈黙する中、クゥ・シーが説明を続ける。


「あと、カエル行商人は魔界固有の人型種族でもあるんです。魔界をあてもなく彷徨さまよい、価値のありそうなものを拾い集めては冒険者に売る。そのため、冒険者の間では魔界でしか手に入らない貴重で珍しい品を扱う行商人、として大変有名な存在なんです」

「ふぅ~ん? 魔界固有の人型種族なんているんだなあ……そいつらって魔物なのか?」


 ゼファーの問いに、クゥ・シーは答えづらそうに黙っていた。


 そんなクゥ・シーの代わりに、ユイドラが答える。


「わかっていない、というのが現状だな。そもそも、魔物の定義とは体内に魔石という核をもった生物をさすんだが、カエル族がそうなのかは不明だ。なにせ、調べようにも少しでも危害を加えたり、不当に搾取してしまえば――カエル化現象が待っているからな」

「……カエル化現象?」


 まず第一に、カエル行商人との取引は聖女神金貨限定である。

 その種類は四つ。ソルテナ、ザルティアッハ、ユリスティア、ノルトゥーン。

 一番価値が高いのはソルテナの一枚四千万ゴールド。以下ザルティアッハが三千万ゴールド。ユリスティアが二千万ゴールド。ノルトゥーンが一千万ゴールドといった感じである。


 そういった事情もあり、取り扱う品はどれもが超高額。どうしても、購入できる商品は少数に限られてしまう。

 ちなみに、売っている品は武器や防具、特殊な能力を備えたお面に奇々怪々な薬品。その他、アクセサリー、人形、本、絵、バッグなど小物類を含めて様々な種類がある。


 それだけの魅力的な商品がずらりと並んでいるのに、買えるのは片手で数える程度。

 しかも、カエル行商人と出会える自体とても珍しいことなので、次に会った時まで同じ商品があるとは限らない。というか生きている間に再び会うことは厳しいだろう。


 だからこそ、欲深い人間はこう考えた――殺して奪ってしまえばいいじゃないか、と。


 そして、とある冒険者パーティーが本当にカエル行商人を殺してしまったらしい。

 地上に帰還した後、奪った戦利品を酒場などでたいそう自慢していたという。

 また数日の間に、それら戦利品をその場にいる街の人間たちに高額で売ったり、貴族への献上品にしたりして、巨万の富と地位を手中に収めた。

 しかし、彼らは殺害後から数えて六日後に、報いを受けることになる。


 なんと、全員が醜いカエルの姿へと変貌してしまっていたのだ。

 しかも、カエル行商人のような人型種族ではなく、小さい普通のカエルの方である。


 それは冒険者パーティーだけにとどまらず、戦利品を買った街の人間や品物を献上された貴族やその家族も同様に醜いカエルの姿になっていたという。一説には冒険者の家族や街の大半の人間までもがカエルになったという話も。

 もしかすると殺害に直接かかわらずとも、カエル行商人から不当に搾取したと判断されたのかもしれない。


 物言わぬカエルの姿になった元人間たちはそのまま元に戻ることなく、カエルの姿のまま生涯の幕を閉じたと言い伝えられている。

 これは吟遊詩人の歌や絵本などの形で残されるほど、有名な逸話である。


「え、ナニソレ怖い……」


 カエル化現象という名の呪いに、ガルカがブルブルと震えるほど怯えていた。


 ユイドラが語った話をブロッソニアが補足する。


「カエル化現象の逸話はあくまで伝説上のお話。真実なのかどうかまではわかりません。ですが仮に真実だった場合、直接の加害者だけでなく関係者までもがカエルになってしまいますからね。流石にこれだけの重いリスクを負ってまで、調べようとする人間など現れるはずがありません」

「そんな訳で、体内に魔石があるかどうかは今もわからずじまい。カエル族とは未だ多くの謎を秘めている摩訶不思議な種族なんだ」


 そう言って、ユイドラが結論を述べた。


 これらの情報を聞いて、ブロッソニアを除き全員が緊張した顔をしていた。

 ただ唯一、クゥ・シーだけはどちらかというと興奮しているようで、鼻息荒くブロッソニアに尋ねる。


「あ、あのッ……カッ、カエル魔法というものは本当に存在するのでしょうか!?」

「カエル魔法は……あります。我がこの目で確かめましたので」

「ワッ、ワォーーーンッ!??」


 嬉しさのあまり遠吠えしてしまうほど、クゥ・シーは大喜びしていた。

 フリフリと激しく揺れる尻尾がどこか愛らしさを感じさせる。そんな喜びようであった。


「何だ、カエル魔法って?」


 ゼファーの問いに、キラキラと瞳を輝かせたクゥ・シーが解説する。


「カエル魔法とは、魔石を不規則変化させて、万物に変えることができるというとんでも魔法のことです。これは冒険者の間でまことしやかに噂される与太話だったのですが、まさか本当に存在するとは……今まで聖女神金貨をたっぷりと貯めた甲斐があるというものですっ」

「カエル魔法の詳細については我、ブロッソニアから説明いたしましょう」


 そう言って、カエル魔法について語り始める。


 カエル魔法とはカエル族のみが扱うことのできる固有魔法である。

 魔法の行使には万物変化を可能とするカエルの壺を使用し、それに魔石やマナ触媒を入れ、カエル語の詠唱により魔法が完了する。


 魔石が変化する対象は万物という噂通り、何にでも変化するという。

 ただカエル行商人によれば、その大半はどこにでもある普遍的なものらしい。石ころから鉱石、結晶、水、土、薬草など自然にある素材。剣や盾、鎧などの人工物。魔物や生き物由来の素材など様々。

 非常に稀ではあるが大当たりもあるとのこと。とんでもない能力を秘めたお面やドラゴン由来の装備、魔導帝国にある遺跡群から発掘される各種アーティファクトなど。メギロト族や黄金の武器に変化したという例もあるらしい。

 もちろん、カエル行商人が真実を語っているという前提ではあるため、その真偽は定かではない。

 しかし、万物と言えども変化不可能なものも存在する。


 それは人や生き物、魔物など生きた生命である。


 もしも、それが可能なら死者蘇生すら出来てしまうことになる。

 生命の生き死にを操るなど、そのような奇跡の御業は神にだけ許された領域であろう。

 いかに世界三大希少種族とはいえ、カエル族も人型種族。死からは誰も逃れられない。


 そんな死の運命から逃れられず、死を克服できない矮小な存在が死者蘇生の奇跡など起こせるわけがなく。神の領域に片足を踏み入れたララノアでさえ無理なのだから、これに限っては紛れもない真実であろう。 


「ねぇ、聞けば聞くほどカエル行商人ってヤバくない? なんか、少しでも機嫌を損ねちゃったら僕たち皆、そのカエル魔法とやらでカエルにされちゃうんじゃないの?」

「エー、ガルカってば、チョーっとビビリすぎなんじゃな~い? あーしは魔界産のアクセとか気になるけどなァ~」

「そもそも、なんとかっていう金貨持ってるの? ないと買えないらしいけど?」

「持ってない……けどォ、物々交換でどうにかなんないかなァ~?」

「あーあ、これはカエル化決定かも……でもたとえ、カエルになったとしても僕は――」


 イルヴィがガルカの頭をはたきながら言う。


「――縁起でもないこと言うなァ~!!!」


 なんとも仲睦まじいやり取りを、イルヴィとガルカの二人が繰り広げていた。


「んで、ここにそのカエル行商人がいたことは確かだけどさあ? 今から、どう探して追いかけるんだ?」


 ゼファーの問いに、クゥ・シーが答える。


「このあたし、犬人族シアンスロープの嗅覚を使えば追跡など余裕ですとも! 任せて下さい!」


 自信満々にそう言いながら、緑色をした謎の割引券をクンクンと嗅ぐ。


「スンスンッ……匂いを覚えました! では、今からカエル行商人の追跡を始めましょう!!」

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