第42話 ブロッソニアの秘策

「いや待って、そもそもさあ……俺が女だって偽る意味ってあんの? もう男だってバレてもよくない?」


 やる気がなさそうなゼファーは、フカフカの椅子に沈み込みながらそう言った。


「それを説明するには、我がマスターの話をしなければいけませんね」

「その話、長い?」

「……まあ、それなりに? ですので、外の美しい夜景でも眺めながら聞いていてください」


 真祖十血族がツリーオブセブン、ララノア・ネツァク・ニトクルススは不老不死である。


 これは真祖十血族の当主が特殊な儀式によって、当主の証を継承するのが関係している。

 詳しくは話せないと言うブロッソニアだったが、ララノアが三代目の当主であり、現在の年齢がおよそ四千ということだけは言及していた。


 そして、不老不死になるということは生殖能力を失うということでもあった。


 不運なことに、ララノアは母になるまえに当主を継承しなければならなかった。

 そのため、血のつながる実子はいない。


 最初の千年間はそれでもよかった。

 しかし年月を経るにつれて、次第に行き場のない母性が発散されずに蓄積されていった。


 そうして、母性を抑えられなくなった結果が――母なるもの。


 母性に狂ったララノアは本能の赴くままに子供を誘拐した。

 しかし当然、その子供らには寿命があるため、別れが訪れる。

 何度も繰り返す出会いと別れ。その内、子供を誘拐しても成人したら、外の世界へと送り出すようになった。


 きっと死に別れの悲しみが耐えがたかったのだろう。


 それからというもの、頻繁に誘拐しては成長を見守り送り出す日々が続いた。

 そんなある時だった。

 自分と同じ不老不死のような存在を聞きつける。


 そう、メギロト族である。


 ララノアは魔導帝国ゼノア――当時は勇王国【ゼノア】で今ほど鎖国は酷くなかった――にある遺跡群へと赴いた。

 その時に、初めて出会ったメギロト族がブロッソニアであった。

 それからというもの、遺跡群に潜りメギロト族を集めに集めた。


 その数、ざっと三百体。

 現在は真祖十血族だけが所有できるという、空中に浮かぶ城――浮遊城ふゆうじょうの管理、修繕、維持を任されている。


 約百年かけて、メギロト族を集めに集めたララノアはある時気づく。

 人とは違う金属生命体では己の母性を満足させられないと。


 ララノアは再び子供の誘拐に奔走する。

 が、今度はブロッソニアやその他の従者が慰謝料と共に送り返すようになった。

 とは言え、親がいない孤児はどうしようもない。その場合は、成人まで成長を見守り送り出すということを続けた。


 ララノアのよわいが二千を超えた頃。

 ブロッソニアなどの従者を大量に得たことで、ララノアは研究に没頭するようになる。

 研究の内容は母にまつわるもの。恐らくは血のつながった己の子を成し、育てて見守り、本当の母になりたかったのだろう。


 その後、およそ二千年に及ぶ研究によって、あらゆる知識と研鑽が積まれた。

 しかし結局、悲願が叶うことはなかった。


 ただ、その研究の副産物で生まれた薬によって、沢山の女性に恵みがもたらされた。

 生理短縮薬や生理痛を無くす薬、避妊薬や妊娠促進剤、母乳誘発剤に母乳増幅薬、万能栄養剤に疲労回復薬といくつもの偉大な薬を生み出した。

 それらの薬品はどれもが大ヒット。ニトクルスス・ファーマシーというブランドが誕生し、世界に轟く一助となった。


 そうして、時は流れ現在。


 数年ぶりに、ゼファーが母なるものの毒牙にかかってしまったという訳であった。


「けどさあ? 今聞いた母なるものの話だけじゃ、俺が女だって偽んなきゃいけねー理由にはならないよな?」

「実は、我がマスターが誘拐する子供は決まって――女子おなごなのです」

「ち、ちなみに誘拐した子供の数は……?」

「251人です」


 その全てが女子ということは、とても偶然の一致とは言えないであろう。


「い、いやでもさあ? これだけじゃ根拠としては――」

「――キノコ嫌いなのです」

「………………はぁ?」


 よくわからない根拠を提示されて、ゼファーは酷く困惑していた。


「我がマスターは、大のキノコ嫌いなんです」


 同じことを二度言われて、ようやく理解するゼファー。

 だが、キノコ嫌いと女児だけ誘拐することがどうつながるのかまではわからなかった。


「つまり、どういうことなん?」

「恐らくはキノコ嫌いがゆえに、それと形が似た男性器に苦手意識を持ち、無意識のうちに女子だけを誘拐するようになった。これが我の推測であります」

「でもさあ、苦手程度なんだろ? だったら、仮にばれたとしてもさあ……あっ!」


 ゼファーが過去の記憶から、重大な事実を思い出す。


「そういやあ、ガルカにママと呼べって言ってたから、きっと男でも大丈夫だぜ!」

「それはマスターの社交辞令にすぎません! その証拠に、ガルカ様には母らしく添い寝を申し出たり、ハグやキスはしていないでしょう?」

「あ、あれ? 確かに……? いやでも、やっぱそこまで気にする事じゃねーんじゃ?」


 ブロッソニアがグググッと顔を近づけ、忠告する。


「いけません、ゼファー。その楽観的思考はいずれ、己を滅ぼすことになりかねない」


 そう言って、ゼファーの手を握り言い聞かせる。


「思い出して下さい。我がマスターが言っていた言葉を」


 それはララノアがロイヤルガーデンの女たちに不適格の烙印を押したシーン。


『責任ある母として……ゼファーちゃんの近くに、男遊びが激しすぎる者を置くなど言語道断。私のゼファーちゃんが穢れてしまいますわ』


 この時、ララノアは男を嫌悪し、強い言葉で避難していた。

 はっきり言って、男が苦手くらいではこうはならない。これは心の底から、男を強く拒絶しているからこそ出てきた言葉ではないだろうか。


 そこから、ブロッソニアがある推測を立てる。


「穢れとは祓い清めるもの。塵すら残さず、この世から消し去ろうとするのが世の常です。つまり……」

「し、深刻に考えすぎだって! 意外とあっさり受け入れられたりすることもあんじゃねーの?」

「いいですか? 運命を左右するような重大な選択肢を選ぶ際、最悪を想定して選ばねばなりません。そして、この場合の最悪とは――」


 左手の人差し指を男性器に見立て、ハサミを作った右手でチョキンとジェスチャーする。


「――去勢を意味します」

「イッ、イヤァアアアーーーッ!??」


 己の大事な息子がさよならする場面を想像して、ゼファーが乙女のように絶叫していた。


「これでもうおわかりですね? あなたがいかに危うい状況に置かれているのか、ということが……」

「……(コクコクコクコクッ」


 激しく頷くゼファーを見て、ブロッソニアが本題に入る。


「ゼファーは魔交感の儀を経験し、晴れて男になりました。それ自体は非常にめでたいことです。しかし、そのせいで……そこはかとなく、男の匂いが漂ってしまっています」


 そう言って、ゼファーの股間の一部を指さしていた。


「ど、どどどうすりゃいいんだよお!?」

「安心しなさい。こうなることは予測済みでしたので、既にそのための秘策を、我が用意しております」

「マッ、マジィ!? 助かるぜえ……」


 果たして、ブロッソニアが用意した秘策とは一体なにか。


 ブロッソニアはおもむろに椅子から立ち上がると前傾姿勢になる。

 躊躇なくロングスカートの中に手を差し入れ、もぞもぞと何かを脱いでいた。


 そして、ゼファーにどうぞと差し出したのは――脱ぎたてパンティーであった。


「これを履きなさい。そうすれば匂いはごまかせるでしょう」


 今にも泣きそうな顔をしたゼファーは己の拳を握りながら、


「バカがよおォッ……!??」


 と言って差し出されたパンティーをバシッと地面に叩きつけていた。


「期待した俺がバカだったッ……くそぉ、こんなんどうすりゃいいんだよお」


 頭を抱えてうずくまるゼファーに、ブロッソニアが無慈悲なニ択を迫る。


「選びなさい――去勢か、パンティーを履くか」

「なんだよ、そのニ択ゥ……こんな現実受け入れらんねーよお、頼むから夢であってくれよお……」

「残念ながら、これは現実です。大人しく我のパンティーを履きなさい。それがあなたのためです」


 ゼファーは窓の外の美しい夜景を眺めながら、一筋の涙を流す。


「ははっ、全く今日は人生最悪の厄日だぜ。ことごとく俺の尊厳を踏みにじってきやがる……」

「踏みにじれる尊厳があるだけいいじゃないですか。尊厳自体が無くなってしまう前に……どうか、ご決断を」


 それから数分間、二人きりの空間に沈黙が訪れる。


 重苦しい沈黙を破ったのはゼファーだった。


「俺ァ、恥を忍んで――パンティーを履くぜッ……」

「よくぞご決断されましたね。その勇気、我は決して忘れないと誓いましょう」


 そう言って、ブロッソニアがパチパチと拍手をして褒め称えていた。


 ゼファーは床に落ちたパンティーを拾い、チラリとブロッソニアを見る。


「なあ、これパンツの上から――」

「――ダメです。直接、素肌の上から履かないとバレてしまいます」


 威勢よく履くとは言ったものの行動に移せず固まるゼファーに、ブロッソニアが言う。


「我が履かせて差し上げましょうか?」

「じッ、自分で履けらぁーッ!??」


 こういう場合は勢いが大事である。


 ゼファーは目の前にいるブロッソニアに構うことなく、一思いにパンツ毎ズボンを下ろす。

 紫色の無駄にセクシーなパンティーにさっと足を通し、即座に着用。見事に女物のパンティーを履きこなしていた。


 念のためにといった様子で、ブロッソニアが匂いチェックをする。


「スンスンッ……大丈夫です。男の匂いはしません」

「じゃあッ……」

「えぇ、安心しなさい。匂いで男だとバレることはないでしょう」


 椅子にドカッと腰掛けたゼファーは、疲れ切った顔で遠くの景色を眺める。


「俺ァ今日、色んなものを得て、色んなものを失った。けど、これが――大人になるっていうこと、なんだろうな」


 そう語るゼファーの顔は物悲しく、哀愁が漂っていた。


「ご立派ですよ、ゼファー。あとは今夜の添い寝を乗り越えるのみです」

「あぁ、すっかり忘れてたぜ……」


 一難去ってまた一難。

 ゼファーの厄日にはまだちょっとだけ続きがあったのだった。

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