第41話 世界三大希少種族-メギロト族-

「勇者ゼファー様、ユイドラ様、おかえりなさいませ」


 ロゼル邸に戻った二人を、ブロッソニアが出迎えていた。


「………………はぁ」


 げっそりとしょぼしょぼシワシワの顔をしたゼファーは、酷く落ち込んだ様子で大きなため息をついていた。


「一体、いつまで落ち込んでいるつもりだ」

「だってさあ、はぁ……」

「何度も言っているだろう? 私は微塵も気にしないと」

「でもさあ、はぁ……」

「あぁもう、うっとおしいッ……私はうじうじした男は嫌いだ」

「うッ……あ、明日までにはどうにかすっから、どうか今夜までは……」

「仕方ない、今夜までだぞ? 明日からはいつものゼファーで頼むからな」

「う、うん……はぁ」


 そんな感じでがっくりと肩を落とすゼファーを、ブロッソニアが気遣う。


「我が察するに、勇者ゼファー様には気晴らしが必要なご様子。ここは是非、我と共に買い出しに付き合ってもらうのがよろしいかと存じます」

「…………はぁ?」

「こういう時は思い切りが肝要なのです。さあ、考えるより先に行動しようではありませんか」


 そう言って、やや強引にゼファーを連れ出そうとする。


 しかし、ゼファーとしてはとても乗り気ではないようであった。


「いや、なんで俺が? ダリーし、シンドイし、今すぐ寝て嫌な事全部忘れてーんだけど……はぁ」

「つべこべ言ってないで、ついてきなさい」


 ブロッソニアはゼファーの手を掴んで、有無を言わさず強制連行してしまう。


「うわぁ、何すんだよお!?」

「ではユイドラ様。少しの間、勇者ゼファー様をお預かりしますね?」


 こうして、ポカンとするユイドラを置いてけぼりにして、ゼファーはブロッソニアに引きずられていってしまった。


 ロゼル邸を離れて人ごみの中を歩く最中、ブロッソニアがため息をつきながら言う。


「ついに男になってしまわれたのですね……」

「…………はぁ? 俺ァ、元々男だが?」

「我は――女を孕ます能力を得た、という意味で申し上げたのです」


 あまりに歯に衣着せぬ物言いなため、ゼファーは顔を赤らめながらプイっとそっぽを向いていた。

 この反応は、少なくともどのようにして人間が子供を作るのか。その仕組みを知っているということ。


 そもそも、ゼファーはまともな教育を受ける機会などなかった。

 なのに知っているということは、少々不自然である。もちろん、性だけを独学で学んでいるという事もない。

 実のところ、魔交感の儀は性教育も兼ねているのだ。


 当たり前だが当然――座学で、である。

 流石に実技でなどというふざけた文化は存在しなかった。


 何故、ゼファーが子供を作る仕組みを知っていたのか?

 そのわけは、白神官メルアリアによってそういう教育を施されたから、というのが答えであった。

 大人への通過儀礼を果たした男子に正しい知識を。もちろん、女子の場合もほぼ同じように性教育を受ける。


 このようにして神殿が、宗教が関わる形で教育水準というのは一定に保たれているのが、この世界の在り方である。


「……んで? それがどうかしたのかよ?」


 そう言うと同時に、ゼファーのお腹がぐぅと鳴る。

 魔交感の儀で体力を酷く消耗したせいで、体がエネルギーを求めて空腹を訴えていた。


「どうやら空腹のようですね。では、我が近くのお店で何か軽食を買ってくるとしましょう」


 すぐそばの屋台に向かおうとしたブロッソニアの背中に、ゼファーが慌てて声をかける。


「いや、それよりも買い出しは!?」

「あれは勇者ゼファー様を連れ出すための口実です」

「……はぁ、ナニソレ? ってか、その仰々しい呼び方止めない? 背中がムズムズすんだよな」

「では、ゼファー様で」

「様もいらねーよ」

「そうですか。わかりました、ゼファー。では、軽食を買いに行ってまいります」


 それからすぐに、ブロッソニアは軽食を買って戻って来る。

 買ったのは歩きながら食べられるハンバーガー。どういう訳か、一人分だけしか買っていないようであった。


「あんがと。でも、ブロッソニアは食べなくていいのか?」

「我に食事は必要ありません。とは言え、あくまで必要がないというだけで、食べること自体は可能ですが……」

「え? どういうこと?」


 ゼファーの前を歩くブロッソニアが振り返りながら言う。


「いい機会です。我の種族について、そしてマスター、ララノア・ネツァク・ニトクルスス様について。我と二人きりで話をしましょう」




   §    §    §




 あれから、ゼファーたちは新市街の東端に移動していた。

 そこにあるのは50m級の堅牢な円形巨壁。魔物襲撃を阻む用途で建てられたそれの上に走る壁上魔導列車が、ブロッソニアの目的地であった。


「なッ、なんじゃあこりゃあ!?」


 目の前の魔導列車に度肝を抜かれるゼファーに、ブロッソニアが告げる。


「こちらは壁上魔導列車と言いまして、二対の摩天楼ドルジャ・ザラハに次ぐ観光名所であり、日常生活を支える移動手段でもあり、有名なデートスポットでもあるのです」

「デッ、デートスポット!? なるほどなるほど、いつかユイドラとのデートに使えるかもしれねーな……」


 そう言って、ブツブツと一人であるかもわからないデートプランを考えるゼファー。


 そんな恋愛バカをよそに、ブロッソニアが係員に告げる。


「カップルシートでお願いします」

「はい、どうぞこちらへ」

「カッ、カップルシート!?」


 ブロッソニアと係員のやり取りを見て、ゼファーがさらに驚かされていた。

 カップルシートと聞いて、ニヤニヤデレデレしながら、係員に案内される。


「ふっふっふ、ついにモテ期がきちまったかあ~?」


 カップルシートに着いた途端、調子に乗るゼファーにブロッソニアが暴言を吐く。


「キショイです。ゼファーの勘違い童貞っぷりは目に余ります」

「急に悪口きたな。呼び捨てを許したからか?」

「我がカップルシートをお願いしたのは、密談に向いているからです。他意はありませんので勘違いしないように」


 ブロッソニアにギロリと睨まれ、ゼファーはへこへこ謝る。


「あ、はい。すいませんでした」

「軟派な真似は慎みなさい。見るに堪えない」

「き、気を付けるっす……」


 そう反省の弁を述べつつ、「なぜ俺は説教されているんだ?」といった顔で、納得がいかない様子であった。


「まずは我の種族について、教えて差し上げましょう」

「あぁ、頼む」

「我は世界三大希少種族である竜人族ドラゴンメイド、カエル族と肩を並べる特別な種族なのです。その名は――メギロト族」

「メギロト族……」


 そう呟きながらも、心の中でゼファーは、


(カエルってなんだ?)


 と疑問を浮かべつつさっき説教された手前、話を遮ることができずに黙って話を聞く。


「メギロト族とは金属生命体。もっとかみ砕いて言えば、すごく精巧に作られた魔導人形ゴーレム。といったところですか。厳密には違うのですがこのほうがイメージしやすいでしょう」

「金属!? え、じゃあ、ブロッソニアって実はすっげぇカッチカチに硬ェのか?」

「ふふっ……どうぞ、手を触って確かめてみてください」


 恐る恐るといった感じで、ゼファーが差し出されたブロッソニアの手を握る。


「おぉ、お……あれ? めっちゃ……柔らけぇし、温けぇ」

「どうでしょうか?」

「かなり人に近い感じだけどさ、人とはどう違うんだ?」

「それを語るには、メギロト族の出身地についてから話した方がいいでしょうね」


 そう言いながら、ブロッソニアは懐から世界地図を取り出す。


「メギロト族の出身地はここ、魔導帝国ゼノアにある超高度な古代文明の痕跡が残る遺跡群です」

「三つあるけど、ブロッソニアの出身地はどこなんだ?」

「我はフーリュン遺跡から発掘されました」

「……発掘?」

「えぇ……我々、メギロト族を含む数多くの遺物――アーティファクトと呼ばれている人工物が、これら遺跡群から発掘されているのです。つまり、我々は人間のように生殖活動を経て生まれる訳ではありません」

「…………はぁ、なるほど?」


 ブロッソニアの話が全く想像がつかないのか、酷く間抜けな顔で、


(わけわからん、いやでも待てよ? カエルの方がわけわからんくないか?)


 と解消されない疑問が再び浮上し、頭の中をぐるぐると巡っていた。


 そんなゼファーをあえて無視するように、ブロッソニアは話を進める。


「我々、メギロト族の肉体は遺跡内の奥深くにあるファクトリーという場所で生産されているのですが、魂となる核は未だ遺跡を掘り返す際の発掘でしか見つかっていません」

「核?」

「少々、失礼いたしますね」


 そう言って、ブロッソニアはクラシックメイド服を脱ぎだした。

 一応、ゼファーに配慮して背を向けながらの脱衣ではあったものの、美しいピンク色の背中が露になっていた。もちろん、露出は上半身だけと必要最低限でとどまってはいたが、とても煽情的な姿なのは間違いない。

 

「え? 何してって……うわっ、何だコレ!? 金色に光ってる……」


 なんと背中の中心、ちょうど心臓がある位置が黄金に光り輝いていた。

 その形は綺麗な正六角形。手のひらと同じサイズの大きさ。中央に何かしらの模様ととても不思議な光景であった。

 なお、浮かんでいる模様は不鮮明なせいで判別はつかない。


「ここにあるのは黄金のメダル。これさえ無事ならば、我々はいくら肉体が損傷し傷つこうとも、肉体を取り換えるだけで済むのです」

「へぇ~、メギロト族って人と違って、随分と便利な体してんなあ~」

「違いはまだあります。例えば、生きる目的もそうです。人は子孫を残すという生存本能を持っていますが……」


 ここでブロッソニアはゼファーを優し気な顔で見つめながら言う。


「我々、メギロト族は奉仕精神を持ち、生涯をかけて人に尽くし、人を導き、人を守ることに至上の喜びを得る――奉仕種族なのです」

「ふぅ~ん? つまりは変わり者ってこったな!」


 ゼファーのその言葉が嬉しかったのか、ブロッソニアは幸せそうな笑みを浮かべて笑っていた。


「ふふっ……そうですね。また至上の奉仕を達成するため、我々は自らの行動に制限を課しました」

「制限? ポリシーみたいなもんか」

「そう捉えていただいて構いません。メギロト三原則といって――

 ――第一条、わざと人間を傷つけてはならない。

 ――第二条、人間に危険が降りかかるのを見過ごしてはならない。

 ――第三条、第一条と第二条を破らない範囲で自分の身を守ること」


 ブロッソニアは服を着ながら話を続ける。


「以上の理由により、我々は家名を持ちません。まあ、持つ気などさらさらないのですけれどね」

「はあ~そこまでして信念貫くってよお、カッケーなあ……憧れるなあ……」

「恐縮です」

「俺なんて、キレーなお姉さんとほかほかなうまい飯食って、キレーなお姉さんとフカフカのベッドで寝て。んで、キレーなお姉さんと手ェ繋いでデートっつー……しょぼい夢見るしか能がねーってのに」


 ブロッソニアが母の様な笑みを浮かべて、優しく導く。


「ゼファー、夢に貴賤などありません。どんな夢であれ、何かに憧れることはいいものですよ? 人としての成長に繋がりますからね」

「そっか、じゃあブロッソニアの言う通り、俺ァ、キレーなお姉さんにあこがれ続けるとするか」

「えぇ、是非そうしてください。それに……キレーなお姉さんとフカフカのベッドで寝る、という夢は今夜叶うのですから」


 それを聞いて、ゼファーはハッと思い出す。

 ララノアと添い寝する約束を半強制的にさせられたということを。どちらかと言えば、ララノアはキレーなお姉さんに入る部類である。

 がしかし、母なるもの的な振る舞いや女の子らしい恰好を求めてくるのが苦手なせいで、夢が叶うと手放しに喜べずにいた。


 その気配を察したブロッソニアがゼファーを気遣う。


「どうしました? あまり嬉しそうではありませんが……」

「う~ん……俺を女の子扱いしてくんのが、ちょっと苦手でさあ」

「女の子……あ、そうでした。我としたことがうっかり、本題を忘れていました」

「本題?」


 先ほどまでと打って変わって、真剣な顔でブロッソニアが言う。


「このままではゼファーが男だとバレて大変なことになってしまいます」

「えぇ、どゆことお!?」


 驚くゼファーは心の中でこう思う。


(くそぉ、結局聞きそびれちまった! カエルって……なんなん?)

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