第38話 マナとは何か?

 装備の注文が終わったゼファーたちはフェローズ工房を出た後、それぞれ別行動をすることになった。


 ララノアとブロッソニアは活動拠点となる物件探しのため第三メインストリートへ。

 身長が242cmと巨体を誇るララノアにとって、ヒューマンが住む用のロゼル邸は窮屈だったらしい。ドアをくぐる時に頭をぶつけたり、ベッドから体がはみ出たり、お風呂の湯舟に浸かったらお湯が半減したりと中々に苦労していた。

 またララノアたちが向かった第三メインストリートにあるのは高級住宅街なので、探す物件はもちろん豪邸。ただエルフが住みやすい家となると数も少ないため、きっとすぐに決まることであろう。


 ガルカとイルヴィは宿泊する宿屋に荷物を取りに第五メインストリートへ。

 二人きりということでギクシャクする童貞ガルカと、イケイケギャルなイルヴィの凸凹でこぼこコンビは途中で食事や買い物などの野暮用も済ませるとのことだった。


 そして、ゼファーとユイドラは太陽の女神ソルテナを祀る白神殿へ。

 場所は第一メインストリートの二対の摩天楼【ドルジャ・ザラハ】寄りにあり、向かう目的はゼファーの魔交感の儀を済ませるためである。


 魔交感の儀とはいわゆる、大人になるための通過儀礼みたいなもの。

 これを十三歳になってから一年以内に行い、大人への仲間入りを果たす。精神的にも、身体的にも。

 ちなみに、ガルカとイルヴィは既に魔交感の儀は済ませてある。


「さあ、着いたぞ」


 二人の目の前には白神殿――白亜の大神殿がドンと待ち構えていた。

 神殿正面にある四本の巨大な柱が二人を出迎えるようにそびえ立つ。


「おぉ……すっげ」

「ほら、行ってこい。私はここで待っている」


 そう言って、ユイドラはゼファーの背中を押した。


「え? こっからは俺一人なの?」

「そうだ」

「あぁ、そっか。ユイドラはひゃッ――じゃなくて、大人だもんな」


 危うく百十三歳と言いかけたゼファーを、ユイドラがギロリと睨んだその時だった。


「お二人とも、お待ちしておりました」


 鋼鉄製の目隠しをつけた白神官、メルアリアが出迎えに現れていた。


「ん……ん? お二人とは私も含まれているのか?」


 お二人という言葉に反応して、ユイドラが尋ねる。


「はい、ご一緒していただきたく存じます」

「すまない、私はこう見えても大人なんだ」


 何故か得意げにそう答えるユイドラ。

 腕を組んで謎の大人アピールをしていた。


 それを見て、困り顔のメルアリアが申し訳なさそうに言う。


「あ、いえ違います。ゼファーさんのお相手役をお願いしたくて、ご一緒にと申し上げたのですが……」


 ユイドラが百十三歳だと明かされた場にメルアリアもいたのだから、当然大人であることは百も承知である。


「それは、白神官の役目なんじゃないのか?」

「えぇ、本来であればそうなのですが、ゼファーさんは勇者様ですから出来る限り信頼できるお方にお任せしたいのです」

「……だったら、メルアリアでもいいじゃないか」


 ここから、メルアリアとユイドラはゼファーに聞こえないよう背を向けて、ひそひそと密談をし始める。


「あの、知っていますでしょう? トラブル回避のため、可能な限りお相手役は独身が相応しいと。私にはロゼルがいますから……」

「だが、いや……しかし」

「ゼファーさんがお嫌いですか?」

「そ、そんなことはない。むしろ、人嫌いな私にしては……随分と気を許している方だと思う」

「でしたら、何の問題もないと思いますが?」

「しかし、年齢的な問題が――」


 押しても駄目だと判断したメルアリアは、ここで思い切って引く作戦に出る。


「――わかりました! ゼファーさんのお相手役は私の方で適当に探すとします。ユイドラさんは魔交感の儀が終わるまで、ここでお待ちになっていて下さいね」


 そう言って、ここに残ることを指示した。

 あえて突き放すことで焦燥感を煽り、引っ込んだ気持ちを引き出すことを狙ったのだ。


 実際のところ、それは見事にハマっており、ユイドラはビクッと体を震わせあからさまに動揺していた。


 チラリと横目で上手くいったことを確認しつつ、メルアリアがダメ押しをする。


「ではゼファーさん、行きましょうか」

「……ユイドラはついてこねーの?」

「えぇ、大人だから待っているそうです」

「……ふぅ~ん?」


 ゼファーは振り返ってユイドラを見る。


「ゼファーさん、振り返ってないで私についてきて下さい。神殿内は広いですから迷子になってしまいますよ?」

「あ、あぁ、うん」


 メルアリアを追いかけるようにして、ゼファーが白神殿の階段を登っていく。


「まッ、待てッ」


 そう切羽詰まった声を発したのは――ユイドラであった。


 「釣れましたわ!」と心の中でほくそ笑むメルアリアは、白々しくすっとぼけながら振り返る。


「何でしょうか?」

「え、えっと……その、だな」


 歯切れの悪いユイドラを見かねて、メルアリアがとどめの一撃をお見舞いする。


「ゼファーさんが心配ですか? 安心してください。お相手役は綺麗なお姉さんに務めてもらいますから――」


 声を荒げることのないユイドラが、珍しく大声を出して叫ぶ。


「――私がやる!」

「やる……とは何を、でしょうか?」

「ん……お相手役を、だ」


 散々焦らされた意趣返しなのか、メルアリアはささやかないたずらをする。


「まあ、なんとも急な方針転換ですこと。ぐずぐず、うじうじと言い訳していたくせに……」

「うッ、うるさいッ……わざわざ蒸し返すな」

「どういった心境の変化があったか、お聞きしても?」

「……別に? どこぞの知らん女よりも、私の方がいいだろうと思っただけだ」

「はぁ、そんな調子ではうっかり先を越されてしまいますよ?」

「フンッ……余計なお世話だ」


 そんな二人のやり取りを、ゼファーはよくわからずに見つめていた。

 しかしよくわからないなりに、ユイドラが大事な役を務めることだけは理解しており、密かに喜んでいた。


 一方で、メルアリアはユイドラに対して、


(ユイドラさんは意外とムッツリなのですね……)


 と割と失礼なことを心の中で思っていた。

 とは言え、そんなこと顔には一切出さずに二人に告げる。


「では、改めまして。お二人を案内いたしますね――天岩屋戸あまのいわやとへ」




   §    §    §




「なあ、魔交感の儀って何すんの?」


 白神殿の中を奥へ奥へと歩く中、ゼファーが何気なくそう尋ねた。


 答えずらそうに黙るメルアリアはチラリとユイドラを見る。

 暗に、あなたの方から説明してくださいと訴えていた。


「ん……その時になればわかる」

「え~? ノーヒントかよお……」

「マナをり、マナを感じ、マナを扱えてこそ人は一人前となる。ヒントはここまでだ」


 ポカンとするゼファーは明らかにユイドラのセリフを理解できていなかった。


「えっと……マナって何?」


 ユイドラはやれやれそこからかといった顔をしつつも、面倒くさがらずにマナとは何かについて語り始める。


「マナとは、万物に宿る神秘的な力の源のことだ。人に限った場合は、マナを生み出す器官が主に生殖器や女性の乳房なこともあって、生命力と表現されることもあるな」

「ふぅ~ん? 何となくだけど、女の方がマナ多そうだな」

「実際その通りだ。ただ、男はマナを放出する扉が大きいからな。瞬間的に強大な力を引き出すことができる。つまり、男の方が一撃必殺の短期戦が得意で、女の方が手数多めの長期戦に優れているということだ。まあ、あくまでそういう傾向にあるという話だがな」


 奥へ奥へと進むうちに、地下に降りる長い階段へ。


「なあ、マナって目に見えねーの?」

「基本的には見えない。だが……ある部分を通して、間接的に見ることはできる」

「ある部分?」


 ユイドラは自分の顔を指さして言う。


「目だ」

「目?」

「あぁ、私の瞳は薄い水色をしているだろう? これは水属性のマナが体内に流れている証なんだ」

「水属性? マナって属性があんのか?」

「四つと数は少ないがな。火、風、水、土の四属性だ。ゼファーは苔色の瞳だから、風属性のマナが体内に流れているということになる」


 他二つは、火属性のマナが赤系統の色、土属性のマナが茶系統の色である。

 ちなみに、マナの属性は母親からの遺伝を受け継ぐことが多く、基本的に一生変わることはない。一部、例外もあるにはあるのだが。


 また瞳に映るマナの色は死んだ場合、色を失って白く濁ってしまう。

 この知識を用いて、生きてる人間と死んだ人間を見分けることもできる。あまり気は進まないが、緊急時には役に立つため、知っておいて損はないだろう。


「人って目が二つあるじゃんか? 一人につき二つの属性があったりとかすんの?」

「非常に稀だがある。確か右目が青、左目が赤といった具合にオッドアイを持つ者がいたはずだ」


 地下へと下っていた階段が終わり、今度は登りの階段が現れる。


「質問ばっかで悪いんだけどさ、属性毎に違いってあったりすんのか?」

「違いか……色々とあるぞ。研究好きなエルフがマナについて盛んに研究して、解明しているからな。ただ、どれも雑学的な豆知識程度のものが多いが……」


 そうして、ユイドラが語った属性に関する雑学は以下の通りである。


 一つ、宿ったマナの属性と身体的特徴には因果関係があるというもの。

 火属性だと筋肉質なマッチョ体型が多い。

 風属性だと背が高くなる傾向がある。

 水属性だと太りやすい体質なため、ぽっちゃり体型になりやすい。

 土属性だと低めの身長で骨太になりやすい。


 二つ、マナには四属性それぞれに特性がある。

 火属性は熱を生み、水属性は熱を奪い、風属性は軽く、土属性は重いといったもの。

 これにより、一つ目の因果関係に説明がつく。


 火属性は熱を生む影響で、体の代謝が高まり脂肪が燃焼しやすい体質になるため、筋肉が際立ちやすくなる。

 風属性は軽さにより、地面に押さえつける力が弱まるため、背が伸びやすい。

 水属性は熱を奪われる影響で、体の代謝が悪化し脂肪が燃焼しずらくなるため、太りやすくなる。

 土属性は重さにより、地面に押さえつける力が強まるため、背が伸びにくくなる。


 上記から、火属性は瞬発力に優れるため短期戦向き、水属性はエネルギー効率がいいため長期戦向きという傾向もわかる。


 三つ、好んで食べる食物の傾向に違いがあるというもの。

 火属性だと赤系の食べ物や辛い物、熱い飲食物を好む。

 風属性だと緑系の野菜や薬味や薬草類、緑の飲み物を好む。

 水属性だと青系の青魚やブルーアップル、アイスなど冷たいものを好む。

 土属性だと茶系の根野菜やキノコやナッツ類、豆を挽いたコーヒーなどを好む。


 四つ、宿ったマナの属性と性格には因果関係があるというもの。

 火属性だと熱血で短気、血気盛んで猪突猛進。

 風属性だと自由で気まぐれ、お調子者で優柔不断。

 水属性だと清楚で純粋、臆病者で冷静沈着。

 土属性だと頑固で寡黙、思慮深く謹厳実直きんげんじっちょく


 五つ、種族によって宿るマナの属性が偏っているというもの。

 四属性にまんべんなく分かれるのはヒューマン、小人族ピースリングス、獣人族、ダークエルフ、アマゾネス。

 ちなみに、部族国連合【ザッハ】固有の種族三種は、混血化が盛んに行われたことによりそうなった。


 獣に近い容姿のもふもふ半獣人族は水、風、土の三属性が多い。

 エルフは風と水の二属性が多く、ドワーフは火と土の二属性が多い。

 竜人族ドラゴンメイドは九割がた火の一属性。これは竜人族の始祖、テンソ・クレハの影響である。


 とは言え、これらは絶対ではない。

 あくまでそういった傾向があるということを示すものでしかなく、何事にも例外はつきものであるということを忘れてはならない。

 例えば風属性のゼファーが緑色の野菜が特に好きじゃなかったり、水属性のユイドラが見た目だけ清楚で中身ムッツリスケベだったり、土属性のイルヴィが寡黙で思慮深いわけではなく自由奔放なギャルだったり、火属性のガルカが熱血じゃなく真面目だったり、とそれなりに例外はある。


「マナの違いについては以上だ」


 ユイドラの雑学披露が終わったタイミングで、魔交感の儀が行われる場所に到着する。


「さあ、ここが天岩屋戸あまのいわやとです」


 岩肌に穿たれた洞窟が大きな口を開いて、来訪者を待ちわびていた。

 床には白大理石が敷かれ、等間隔に突き立つ白い円柱が洞窟内を明るく照らす。


「うわぁ、神秘的でキレーだなあ……」

「ん……これほど美しいものを見れるとは、ついてきて正解だったか」


 心の底から目の前の光景に見惚れるゼファーとユイドラに、メルアリアが中に入るよう促す。


「魔交感の儀を行う場所はこの中です。私についてきて下さい」


 メルアリアを先頭に真っすぐ進む三人は突き当りにぶち当たる。

 そこを起点に道は左右に分かれ、奥に向かって弧を描いて湾曲していた。

 それは正面の壁の裏側に円形の空洞があるからである。


 また右の壁面には女性の壁画。左の壁面には男性の壁画。それら謎の壁画は男女の性や神聖な儀式について描かれているようであった。


「ではここから、ユイドラさんは右へ。ゼファーさんは私と共に左へ進みます」


 ユイドラがメルアリアに尋ねる。


「進んだ先で私は何をすれば?」

「基本は壁画に描かれてある通りですが……専用の着衣が用意されておりますので、それに着替えておいて下さい」

「ん……わかった。ではまたな、ゼファー」

「……? うん」


 こうして、ユイドラが右へ進み、ゼファーとメルアリアは左へ進む。


 ついにゼファーの魔交感の儀が始まろうとしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る