第37話 ゼファーの装備を注文しよう
「フリフリのスカートばっかじゃねーかッ!?」
顔を真っ赤にしたゼファーが、分厚い革張りの本を地面に叩きつけていた。
なんと初っ端から、ゼファーの装備選びは躓いてしまった。
「あ、あれ? 事前のご要望では女の子らしく可愛いデザインをと……聞いていたはずッスけど?」
ラムリザの言葉を聞いて、ゼファーはハッとして思い出す。
そう言えばララノアの手前、俺は女の子ということになっているんだったと。
幸先の悪いスタートを切った上に、不穏なご要望とやらを知ってしまい、今更ながら自分が危うい状況に置かれていることを自覚する。
(まずいッ……このままだとマジで可愛い女の子みてーにされちまうぞ!?)
そう心の中で危機感を抱くゼファーに、ララノアが悲しそうに尋ねる。
「あらそう……やっぱり、ゼファーちゃんはカッコイイ方が好みなのかしら?」
「う、うん。俺としては……ロゼルみてーな装備がいい」
ロゼルの装備は襟が立った黄色のロングコートに、
ファッションは引き算という基本に忠実なスタイルを踏襲したデザインであった。
「ママとしては、女の子らしく可愛いお洋服みたいなデザインにしたいのですけれど……」
ゼファーは自分がフリフリのスカートを着ているイメージを脳内で思い浮かべる。
「む、ムリムリムリ!」
そう言って全力で拒否するゼファーに対し、ララノアがぽつりと弱音を漏らす。
「もう、ゼファーちゃんったら……あれも嫌、これも嫌って拒否ばっかり。ついこの間だって、添い寝は恥ずかしいから嫌ーって断られてしまいましたし、ゼファーちゃんは私をママとは認めてくれませんのね……」
「べ、別にッ! そういう訳じゃ……」
瞳をうるうるさせて泣きそうなララノアに見つめられて、ゼファーは罪悪感が芽生えてしまったらしい。
消極的にではあるが、ララノアを母だと認めてしまうような発言をしてしまっていた。
うっかりララノアに言質をとられてしまえば、
「うふふっ……ママ、安心しましたわ~♡ 嫌だ嫌だと言いつつ、ちゃんと私のことをママだと認めてくれていたのですね……ただの反抗期だったようでホッとしましたわ~」
といった具合に、既成事実を作られてしまうのは当然の帰結であった。
しまったと思っても今更手遅れ。
ポカンと口を開けるゼファーを逃がさないよう、ララノアはゼファーの両手を握りしめると、じわりじわりと追い詰めていく。
「ねぇ、ゼファーちゃん? ここはママのために、是非フリフリのスカートを――」
それだけは嫌だと、ゼファーが首をブンブンと横に振る。
「――ダメ、ですのね。どうしても、嫌なのかしら?」
ゼファーはこくりと頷く。
「わかりましたわ。ママ、もう無理は言いません。だって、ゼファーちゃんに嫌われたくないもの」
ついにララノアが諦めてくれたため、ゼファーの表情がぱあっと明るくなる。
しかし、それは長くは続かなかった。
「けれど、その代わり……今夜、ママと添い寝くらいしてくれますわよね~?」
一難去ってまた一難。
明るかったゼファーの顔は、あっという間に曇ってしまった。
うつむくゼファーに対して、ララノアはぐぐぐっと顔を近づけて、耳元で囁く。
「ママ――悪い子には厳しくってよ?」
「するするする! 添い寝くらいするっす!」
暗にお仕置きを匂わされ、ゼファーは添い寝を受け入れるしかなくなってしまった。
「うふふっ……愛してるわ、ゼファーちゃん♡」
そう言って、ララノアは愛おしそうにゼファーの頭を撫でていた。
もはやグルーミングとほぼ変わらないのでは、と思ってしまうかもしれないが、これがララノアの愛の形なのだ。
さらにいえば、あくまでもララノアは母なるものであって、母ではない。通常の親子と違う愛情表現になるのは仕方のないことなのである。
そんなわけで、なんとかフリフリのスカートは回避したものの、まだ予断を許さない状況なのは変わらない。
「とりあえず、フリフリのスカートはなしっと。そうなると……パンツスタイルッスかね?」
「えぇ……けれど、多少の可愛らしさは残してもらえると嬉しいですわ」
「でっしたら、ショートパンツとかどうッスか?」
そう言って、ラムリザが製図机の上からいくつかのデザイン絵を持ってくる。
「これとかいいと思うんスけど……ほら、ウエスト高めで丈がミニなの可愛くないッスか?」
「あらあら、まあまあ♡ 可愛らしいピタパンで、いいじゃないですの」
「それにこっちの、ノースリーブを合わせると……チョー激カワッス!」
「まあまあ、ゼファーちゃんに似合う事間違いなしですわ~!」
もはやゼファーは置いてけぼりにされ、ララノアとラムリザの二人だけで盛り上がっていた。
このままでは結局、可愛く仕上がってしまうのは不可避。
それだけはどうしても避けたいゼファーは、無言のアイコンタクトでユイドラに助けを求める。
「ん……仕方ないな」
ユイドラはゼファーの意思をくみ取って、製図机のデザイン用紙を一枚拝借する。
「それだけだと可愛すぎるだろう? これで少しくらいカッコよくしてやったらどうだ?」
そう言って二人に手渡したデザイン用紙は、長くてスリムな前垂れがカッコイイ貫頭衣風の衣装だった。
体側面の部分に布がないものの、先ほどのノースリーブとショートパンツの上から着れば問題はない。
デザイン的にも上がシュッと絞られて、下がゆったりしているのは緩急があっていいはずだ。
「俺ァ、これがいい!」
ユイドラが出した助け舟に、ゼファーも速攻で乗っていた。
ララノアとラムリザの二人にバレないよう、こっそりとサムズアップ。それにどういたしましてと、ウィンクするユイドラであった。
「いいんじゃないッスか?」
「そうですわね~、私ばかり喜んでいても仕方ありませんものね。ゼファーちゃんがいいと言うなら、異論ありませんわ」
ララノアの言葉を聞いて、ホッと一息をつくゼファー。
何とか大きな山場を乗り越えたぞ。と安堵し、これでもう大丈夫と思っていることだろう。
確かに一つの山場はしのいだ。がしかし、所詮は一山にすぎない。
恐らくは今夜辺りにも、添い寝という名の山場がまた来てしまうというのに……。
ただ山場は今夜だけじゃない。これから先もずっと、次々とカワイイ攻めが襲い掛かってくるだろう。そんなことなど露知らず、のほほんとするゼファーのなんと滑稽なことか。
長期的思考ができないという欠点が、ここにきてゼファーの男の尊厳に致命傷を与えようとしていた。
「じゃあ、次は防具ッスけど……
「あぁ、防具は最低限で動きやすい方がいい」
ラムリザの問いに、ゼファーが簡潔に答える。
「なるほど、小柄なゼファー殿なら軽さを優先して機動力重視の方が良さそうッスね。防具は手足に限定的にっと……」
そんな感じで、服や防具の配色、素材、仕様など詳細が決まっていき、最終的には近接軽装スタイルといった具合にまとまった。
多少、腋や太ももが露出しているものの、カワカッコイイ程度には落ち着ていた。
また胴体をカバーする布には
これで防御面においての不安も解消されたことだろう。
そして、ようやく武器に関する話に突入していく。
「それで、ゼファ―殿の武器なんスけど……黄金の武器とは別のが欲しいんスよね?」
「あぁ、柄の上下に刀身を二個くっつけたみたいなのを作って欲しい」
「ん~、見たことも聞いたこともない武器だから、どうも想像しづらいんスよね~」
「確かに……アレを言葉だけじで説明すんのはきついか」
ゼファーがうんうんと頭を悩ませていると、再びユイドラが助け舟を出してくる。
「ラムリザ、私に羽ペンと紙をくれ」
「あ、そっか! ユイドラは俺の武器、目の前で見てるもんな!」
「あぁ、バッチリ覚えているぞ」
「もしかして、ユイドラ殿は絵を描けるんスか?」
そう言いながら、ラムリザが製図机の上にある羽ペンと紙をユイドラに渡す。
「あぁ、魔法の訓練で沢山の絵を描かされたからな」
「へぇ~
ユイドラはゼファーが使っていた武器――
「ちゃんと理にかなった訓練なんだぞ?」
「そうなんスか? あんまりピンとこないッスけど……」
「頭の中のイメージを魔法として出力するのと、手で描いた絵として出力するのは、どちらも頭の中のイメージを外に出すという意味において……そう違いはないと思わないか?」
「あぁ、なるほどッスね! 頭の中のイメージは抽象的なもんッスから、それを絵として具体的に出力できれば、イメージの形を捉えることに繋がるんスね!」
ラムリザのかみ砕いた解釈を聞いて、
どうも、その訓練方法はララノアには初耳だったらしい。
「理解が早くて助かるよ……っと、描けたぞ」
そう言って、ユイドラが
双刃刀は刀身が幅広で、柄の鍔の部分が太陽をイメージした形をしていた。
ただ刀身が二つな上にそんな形状をしていては、かなりの重量があるはずだ。
「なるほど、小柄な体でデカい武器を扱うのはロマンッスけど……」
果たしてその武器は、小柄なゼファーに扱えるものなのか。
そう疑問に思ったラムリザが、アトリエにある大剣を指さして言う。
「ゼファー殿、あの大剣を持ってみてくれるッスか?」
「もしかして、俺には重すぎて扱えねーだろって疑ってるのか?」
「はいッス。疑ってるッス」
「フンッ……しょうもねー疑惑なんてパッと晴らしてやんよお!」
そう張り切って、大剣の柄を握るゼファーは持ち上げることには成功する。
だが、腕と足がプルプルと震えてしまっており、到底振り回すなどできそうもなかった。
「……む?」
ゼファーの姿を見て、ユイドラが何かに気づく素振りをしていた。
ただそれを口には出していないため、何のことかはわからずじまいであったが。
「ダメそうッスねぇ……」
ガッカリした顔でそう言うラムリザ。
しかし、客の希望を叶えるのがプロである。
「この槍を持ってみてくれるッスか? あぁ、ちょうど真ん中あたりをッス」
「ん? これでいいか?」
先ほどの大剣と違って、軽々とした様子であった。
「なるほど……刀身を細めにして、軽い素材で作ればいけるッスよ。ただ強度は下がるッスけどね」
「マジか! じゃあ、それで頼むぜ」
「わかったッス。じゃあ、芯を黄金にして軽い
こうして無事、いや多少の犠牲を払いつつではあったが、ユイドラとゼファーの装備は注文が完了した。
§ § §
それから、注文をし終わった面々が、一階のエントランスで合流する。
ガルカは落ち着いた様子であったが、イルヴィの方は頬を赤らめうっとりとどこか遠くを見つめていた。
「ハァ~、あーしの夢がこんなに早く叶うなんてェ……」
ゼファー、ユイドラ、ガルカ、イルヴィの四人で談笑し、それをララノアが満足そうに見守る中、ブロッソニアがカウンターで支払いをしていた。
「支払いは全て、エルフ紙幣でも問題ありませんか?」
そう言って、人が一人入りそうなほど大きい鞄をパカッと開く。
その中には、緑色の紙束がぎっしりと隙間なく押し込められていた。
エルフ紙幣とは世界樹の葉を原料に作られる特殊な通貨である。
それは妖精郷【イルドラジア】の最奥にある絶対聖域【ユルズミール】にしか存在しない世界樹ユルズの葉を原料にしなければ作れない。そのため、極めて偽造が困難とされ、信用的価値がとても高い通貨でもある。
また希少性と特殊な効果――お茶にして飲むと、一枚で一日分若返る――の影響もあり、通貨としてはたった一枚で高い価値を持ち、金属硬貨と違って軽いため、こうした高額の取引ではたまに使用されることもある。
たまにと言ったのは、通常は各種聖女神金貨が使用されることが多いからである。
フェローズ工房の受付嬢がエルフ紙幣を見て、飛び上がるほど驚愕していた。
「エ、エルフ紙幣ですか!? あのお茶にして飲むと、一枚で一日分若返るっていうッ……」
「ここには十万枚ありますので、ざっと274年若返ることになりますね」
「じゅッ、十万枚!? 274年若返る!?? 赤ちゃんどころか存在が消えちゃうじゃないですか!??」
「時価にすると一枚約百万ゴールド。合わせて一千億ゴールド、ご用意しています。足りますでしょうか?」
「たッ、足ります足ります! 余裕で足ります! 半分で足ります!」
にわかに慌ただしくなるカウンター。
その前を横切るようにして、やや焦った様子のラムリザがゼファーの下に駆け付ける。
「ゼファー殿は……あぁ、いたッスいたッス!」
「何だ? どうした?」
「実はゼファー殿に手渡して欲しいと、知人の開発者から頼まれた預かり物がありまっして……これッス」
そう言って、手渡したのは手のひらサイズの黒い球体であった。
「何だコレ?」
「数か月後に発売予定の試作品マモタンッス。何でも、本人によると小型化と高精度を実現したらしいッス」
「ふぅ~ん? ちゃんと動くの?」
「さあ……でも、数か月後に発売するって言うくらいッスから、例え試作品でも大丈夫なんじゃないッスか? 知らんスけど」
「なんか、不安だな……」
「まあ、目的は勇者も使ってるっていう宣伝文句ッスから、持っておくだけでも十分ッスよ!」
「大人の事情ってヤツか。とりあえず、貰っておくわ」
そう言って、ゼファーはマモタンをポケットに閉まった。
ちょうどそのタイミングで、支払いを終えたブロッソニアがやって来る。
「ラムリザ様、エルフ紙幣にて五百億ゴールド納めておきましたので、装備の方……よろしく頼みましたよ?」
「ごッ、五百億ゴールドッスかあぁあああ!? あッあざッス、任されたッス!!」
それから、工房を後にするララノアたちをフェローズ工房の従業員一同が見送った直後、ラムリザが皆に言う。
「さあさあ、納期は一週間後ッス! 皆、寝ずに頑張るッスよお!!!」
フェローズ工房の扉が閉まったその直後、従業員の怒号と大勢が争う騒音が店内から漏れ聞こえていたのであった。
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