第39話 魔交感の儀1
「すっげぇ、ひっろぉ……」
俺は目の前の神秘的な光景を目の当たりにして、語彙力を失っていた。
まあ、元々ないけども。
長い洞窟を抜けた先は円形に開けた空洞だった。
天井に開いた穴から太陽光が降り注ぎ、まるで光の柱かのようにそそり立つ。
その光が照らすのは緑が生い茂る小さな島。島と表現したのは、空洞内に透き通った水が湖のように広がっていたからだ。
今、俺がいる場所はちょうど膝くらいの高さだけど、ところどころに深い場所も点在していた。
「では、ゼファーさん。一度、お召し物を全て脱いでください。あぁ、衣類はこちらでお預かりします」
メルアリアが俺に全裸になれと言っていた。
「え? 全部? 恥ずいんだけど……」
「身を清めるためです。それに、終わったらこちらの白い履物をお渡ししますので、ご安心を」
下着の様な短パンを両手の指でちょんと摘まんで、俺に見せていた。
なんか布が薄っぺらいし、面積は少ないしで随分と頼りない履物であった。
「と、とりあえずさ? あっち向いててよ。メルアリアには見えちゃうじゃん」
「いえ、私はこの通り目隠しをしていますので、ゼファーさんの裸はおろか何も見えてませんよ?」
「え? それって何も見えてないの!?」
メルアリアの目隠しは鋼鉄製だから、目が透けて見えることはない。
とはいっても、小さい穴くらいはあって視界は確保されてるはず。とずっと思っていたけど、どうも視界ゼロだったらしい。
「えぇ、視界は真っ暗です」
「で、でもそんな風には……」
「マナを識り、マナを感じ、マナを扱えれば容易いことです」
「すッ、すっげぇ~! 魔交感の儀を経験すれば皆、そんなことができんのか!?」
「いえ、流石にそれは厳しいかと」
どうやら、魔交感の儀とやらを経験しても、メルアリアみたいなことは出来ないらしかった。目をつぶってても全てが見えるなんて、仙人や達人みたいな芸当やってみたかったなあ……。
「ですが、私のように視界を塞いだ状態で、三年くらい厳しい鍛錬を積めば……不可能ではありませんよ」
「う~ん、ダルそうだからいいや」
そう言ってから、俺はテキパキと服を脱ぎ始める。
メルアリアには見えてないとのことだから、恥ずかしい思いをしなくてすんで本当によかった。本当に。
「じゃ、これ」
「はい、お預かりいたしますね」
メルアリアは受け取った俺の服を畳んで、水に浮く木の板の上に置いていた。
「では、こちらの滝で身を清めましょうか」
メルアリアに案内されたのは、入り口すぐの壁から注ぐ滝だった。
それほど水量はなく、俺の頭より少し高いくらいの位置から湧き出ていた。
「頭から思いっきりいっちゃってください」
「わかった……うわッ、冷てえ~!?」
メルアリアの指示通りに、俺は目をつぶって頭から滝に打たれる。
「なあ、どれくらいこうしてればいいの?」
「身を清め終わるまでです」
「ふぅ~ん?」
「では、失礼します……」
次の瞬間、俺の体に柔らかな手が触れる。
「なッ、なになに!?」
「身を清めるのは白神官の務めですから、じっとしていてくださいね?」
「え? え? え?」
俺が困惑している内に手、肩、首、胸、お腹、背中と次々と清められていく。
メルアリアの手は徐々に下へと降りていき、男のデリケートな部分まで清められてしまう。
「きゃぁあああッ」
「暴れないで、じっとしていて下さいね~」
「いやぁあああーーーッ!??」
俺が乙女の様な悲鳴を上げている間に、身を清める工程はサッと終了。
水で濡れた体をメルアリアがテキパキと拭き上げていく。
「はい、これで身は清め終わりましたので、履物をお渡しします」
俺はメルアリアから手渡された、真っ白な短パンを履く。
足元が湖みたいになっている関係で、どうしても少し濡れてしまうがそれは仕方ない。
「履いたけど、こっからどうするんだ?」
「今から中央の小島に向かいます」
メルアリアからそう聞いて、俺はすぐに向かおうとする。
「あッ、待って!」
しかし、メルアリアに手を掴まれ制止させられてしまう。
「そこは深いから危ないんです」
俺はメルアリアに手を引かれて、入ってきた入り口へと戻された。
そこから真正面にある小島を見る。足元に広がる湖をよくよく見れば、確かに道がある部分は薄い水色で、それ以外は深さがあるのか濃い青色が広がっていた。
「ここから小島まで、真っすぐに歩いてください。左右は深いので真っすぐですよ?」
「う、うん。わかった」
そう言って、バシャバシャと水音を響かせながら真っすぐ歩く。
水音が一人分だったので、後ろを振り返るとメルアリアは入り口に立ったままだった。どうも、ここから先は俺一人で行かないといけないらしい。
呑気に手を振るメルアリアに、手を振り返して歩みを進める。
「ん? 何だ?」
視界の端で動くものが見えたため、ふと左右に目をやる。
すると、小魚がすいすいと泳ぐ姿が目に入った。もしかすると、地下を通って外の【ヴィアン川】と繋がっているのかもしれない。
「お、着いたな……よいしょっ」
俺は緑が生い茂る小さな小島に上陸する。
天より降り注ぐ太陽光が温かく、とても気持ちよかった。
「ユイドラは……まだ、来てねーみたいだな」
特にやることもないため、小島の中央でごろんと仰向けに寝っ転がった。
当たり前だけど、天井からの光が眩しいため目を閉じる。するとちゃぷちゃぷとした水のせせらぎ、爽やかな深緑の匂い、温かい土の感触が五感を通して伝わってくる。
ここは最高のロケーションだな、と思った。
できるならば、自分だけのお気に入りの場所にできならいいな、とも思った。
その時、バシャバシャと水の中を歩く音が聞こえてくる。
それは俺が来た方と反対の方から発生していた。
「……ユイドラ?」
俺は寝っ転がったまま、音の方へと声をかける。
しかし、天より降り注ぐ太陽光がカーテンのように視界を遮っているため、ユイドラの姿は見えなかった。
「あぁ、私だ」
声と共にザバァっと水から上がる音が聞こえ、トストスと足音が近づいてくる。
「ん……待たせてしまったか?」
光のカーテンの中から現れたのは、頭からすっぽりと真っ白な布を被った――ユイドラらしき人だった。
太陽光のおかげでその布の中に人のシルエットが透けているものの、これだけでは顔の判別まではつかないため、確実にユイドラだとはわからない。
ただ声はユイドラのものだし、背格好もユイドラっぽいので、多分ユイドラだ。
「なに……その恰好?」
そう言って、俺が上半身を起こしたら、
「そのまま寝ていろ」
とユイドラに言われたので、再びごろんと寝っ転がった。
俺の真横まで来たユイドラが言う。
「目を閉じろ」
言われた通りに目を閉じると、まぶた越しに感じる光がフッと暗くなる。
きっとユイドラが俺の近くに立ったから、太陽光が遮られたんだろう。
次の瞬間、ふわっと俺の全身が柔らかい布に包まれると同時に、隣に人が座る気配がした。
「目を閉じたまま上半身を起こせ」
俺が起き上がると、頭が布に擦れてシューッと摩擦音が響く。
すると突然、俺の両頬がユイドラの手でガシッと挟まれ固定されてしまう。
「よし、もう目を開けていいぞ」
ゆっくりと目を開けると、目の前に澄んだ空色の瞳があった。
なんと吐息がかかるほどの至近距離で、俺はユイドラと見つめ合っていた。
「えッ……近ッ!?」
見えるのはユイドラの顔と露出した肩。ローズグレイの美しい褐色肌を隠すものはなにも見えなかった。
「もしかして……何も着てない?」
「ん……だから、目線を下げることは禁止だ」
「うっかり、下見ちゃったら?」
一応、仮定の話だけど聞いてみる。
「お前の目が潰れる」
とても恐ろしい返事が返ってきてしまった。
「うん、絶対に下は見ないって誓う」
「いい心がけだ」
ユイドラはそっと手を離し、左手でたわわな爆乳を抑えながら、右手で髪をかき上げる。
その動作によって、真っ白い布の天幕内に甘く芳醇な香りがふわっと充満。さらに、三つのホクロが――右肩の鎖骨に一つ、右腋に一つ、右胸の上部に一つ――見事なトライアングルを作っているのがチラリと一瞬だけ見えた。
ドクンと俺の心臓が跳ねて、体温が上昇。急激に恥ずかしさが込み上げてきた。
よくよく考えれば俺はパンツ一枚だし、もしかして今からエッチなことをするのでは。という邪な妄想がムクムクと膨らんでいく。
「な、なあ……今から俺らって何すんの?」
「それについては……言葉で説明するよりも、実際にやる方が早い」
「――ッ!?」
やるという単語が別の意味に聞こえてしまうほど、今の俺に心の余裕は残されていなかった。
「とりあえず、そのパンツを脱げ」
だというのに、ユイドラはさらに俺を追い込む様な爆弾発言をぶち込んできた。
「…………はあッ!?」
「どうした? 脱がないのなら、私が脱がすぞ?」
「いッ、いやいや待って! ぬッ、脱ぐ必要あんの!? 今からやることってさあ!!」
「どちらかと言えば、脱ぐ必要はない」
「じゃ、じゃあ脱がなくていいじゃん!?」
「おい、私は全裸なんだぞ? お前だけパンツ履いてるのはズルイだろうが」
「なッ、何その理屈ぅーーーッ!??」
ユイドラは俺の返事を待たずに、容赦なくパンツに手をかけてくる。
「無駄な抵抗は止めろッ……おい、暴れるな、脱がしにくいだろう、が」
「うッ、うわぁあああッ!?」
「くそッ……何か引っ掛かって、んっ……おぉ? よし、脱げたな」
「いやぁァアアアーーーッ!??」
必死の抵抗は虚しく、パンツはスポーンと脱がされてしまった。
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