第35話 フェローズ工房
一夜明けて翌日、パンパンに張ったゼファーのお腹が大量の内容物を消化し終わったのは、翌朝のソルテナの鐘の音が鳴る頃であった。
現在は小鳥がさえずる気持ちの良い早朝。
時刻はおよそ八時くらいといったところである。
「さて、今日は皆さんの装備を注文しに行きましょうか~」
ロゼル邸での朝食後に、ニッコリとほほ笑むララノアが両手をパンと合わせて、そう提案した。
とまあ、そういう訳で現在、ゼファーたち一行――ゼファー、ユイドラ、イルヴィ、ガルカ、ララノア、ブロッソニアの六名はとある工房の前にやって来ていた。
ちなみに、ゼファーの髪型は何故か可愛らしいツインテール。
これはオシャレを愛する男、ロゼルの手によってこうなったのだ。
『聞いた話によると、お前……今、女の子らしいな? ぷぷ、じゃあ可愛くしてやるよ』
と言われた上に、ララノアからもお願いしますわと送り出されれば断れるわけがない。
ロゼルのイタズラ心とララノアの母なる愛が奇跡的にかみ合った産物が、この可愛らしいツインテールという訳であった。
「ふぅ……やっと着いたみてーだな」
そう言うゼファーのセリフはぶっきらぼうで、可愛らしいツインテールにはとても見合わない。
しかし、ララノアが言葉遣いを注意する素振りは見せなかった。もしかすると、背伸びして男らしく振舞うのが可愛いと思っているのかもしれない。
ここは第一メインストリートの中でも冒険者をメインターゲットに絞った店が建ち並ぶ区画――通称、冒険者通りである。
この通りには冒険者の装備を扱う様々な工房がずらりと立ち並んでいた。
剣や斧、槍などの武器や軽装のアーマーや全身甲冑などの防具が飾られた鍛冶公房。指輪やネックレスなどと扱う彫金工房。色とりどりの液体ポーションが入った瓶が並ぶ錬金工房などなど。
そして、ゼファーたちが用のある工房は太い円柱のような三階建ての建物。
外観はオシャレでカラフルなレンガの外壁、店頭前面がガラス張り、グルグルとらせん状に渦を巻く二本の煙突などとても個性的であった。
またガラス張りの店頭には、数々のカッコいい武器や防具が見栄えよく並び立つ。それらの値段はどれも目玉が飛び出しそうなほど超高額だった。
その
つまり、この工房は一流の冒険者御用達の一流の店ということである。
そんな工房から生えた金属製の煙突からは、ほぼ無色透明の煙がもくもくと排出されていた。
普通に考えたら、こんな場所――第一メインストリートという街のほぼ中心に位置する立地に恵まれた場所――で汚染された臭い煙を撒き散らすのはご法度だろう。
しかしながら、特に空気が汚染されているような感じはしない。
その理由は排気管や排気設備に浄化の魔術が組み込まれ、環境面に配慮された工夫がされているからであった。
「な、なあなあ……この店、スゲー高そうだぜ?」
借りてきた猫のように恐縮したゼファーが、小さく縮こまるガルカにそう言った。
「僕みたいな
「モォー、二人ともビビリすぎィ~! もっと堂々としなー? 笑われるよォ~?」
あっけらかんとした様子のイルヴィに、ユイドラが同意する。
「イルヴィの言う通りだ。今からその調子だと、これから先持たんぞ?」
「それもそっか。まっ、俺が金出す訳じゃねーしなあ?」
「僕は無神経なゼファーと違って、繊細だからね。徐々に慣れていくとするよ」
そんな風にワイワイと騒がしいゼファーたちに、ララノアがおっとりとした様子で言う。
「では行きますわよ~」
ブロッソニアが店の扉を開けて、ララノアを先頭にぞろぞろと入店していく。
広々とした円形のエントランスは真正面がカウンター。右に防具、左に武器といった配置で陳列されていた。
「予約していた者ですが……」
そう言って、ブロッソニアと受付嬢が何やら会話をしていた。
受付嬢がエントランス奥にある階段に消えていってしばらく後、女ドワーフが遅れてやってくる。
「待ってましたッス! いや、待ちわびていましたッスよ!」
はつらつとした彼女の服装は、職人らしい厚手の革でできた作業用エプロン姿であった。
腰には複数の工具を納めたツールポーチ、頭には熱や光から顔を保護するかぶり面が装着されていた。
「初めまして、ウチはここフェローズ工房のオーナー、ラムリザ・フェローズでッス!」
そう言って、パカッと開かれたかぶり面から出てきた顔は、イケメン寄りの美人さんだった。
また片側だけが長いアシンメトリーなショートヘアで、髪色と瞳は明るい薄茶。活発そうな印象にピッタリの色をしていた。
「さあさ、どうぞこちらにっ。準備は万端でッスから!」
ラムリザによって、ゼファーら六人は二組に分けて、三階の部屋に別々に通される。
組み合わせはララノア、ゼファー、ユイドラとブロッソニア、ガルカ、イルヴィの二組である。
オーナーであるラムリザが対応するのはもちろん、勇者ゼファーの組だ。
ゼファーたちが案内された部屋は、ラムリザの執務室兼アトリエであった。
ドアから入ってすぐ正面が執務室で、その右側にアトリエが配置されている。
執務室は中々に広く、左側の本棚には難しそうな本や最新の流行を調査するための雑誌や新聞。その脇に、人の胴体を模したトルソーなど仕事に関連するものが雑然と並ぶ。
また隣のアトリエには準備万端の宣言通りに、武器や防具などの装備がずらり。近接戦闘用の剣や鎧はゼファー向けで、魔法職用の精霊球や杖、魔法衣はユイドラ向けであろう。
「一応、こうして既製品を並べてまッスけど……予算無制限であるからには当然、一点物のテーラーメイドッスよねぇ?」
この部屋の主であるラムリザが低姿勢でもみてをしながら、念を押すようにそう言った。
彼女の背後には製図机。その上には、書きなぐられた大量のデザイン用紙が散らばっていた。
それらはラムリザがここ数年で閃き、熟成した至極のアイディアたち。
お金の面で泣く泣くお蔵入りにした己の夢を、この機会に実現しようと企んでいたのだ。
それなのに、ここで既製品をと言われたら、またお蔵入りになってしまう。
ララノアの返事を待つ間、祈るような思いでラムリザは快い返事を待ち望んでいた。
「ゼファーちゃんとユイドラちゃんはどうしたい? 既製品? セミオーダー? それともやっぱり、テーラーメイドかしら~?」
「そもそも、どう違うのかが全然わかんねーんだけど……」
ここで、ラムリザの目がキラリと怪しく光る。
事前の情報として、顧客が母なるものララノアなのは分かっていた。ならば、落とすべきはララノアに愛された勇者ゼファーであろう。
テーラーメイドへの近道はゼファーにありと信じて、ゼファーの疑問にラムリザが長々と、本当に長々と答える。
「ここはウチが説明するッス。まず既製品はありふれた大規模工房で作られた装備を丸々取り寄せ、ウチみたいな街工房でサイズの調整を行うだけッス。次に、セミオーダーはそれなりの大規模工房で作られたパーツやユニットを取り寄せ、加工、組み上げを行うことでそれなりにお客様の要望を叶える奴ッス。
そ・し・て! ウチがオススメするテーラーメイドは、一流の大規模工房で作られた最高水準の素材を使って一から造り上げ、この世界にたった一つしか存在しない最高でかつ至高の一品を生み出す超すごい奴ッス! ズバリ、少しでも迷ったらテーラーメイド! お金が足りなくてもテーラーメイド! 勇者様がまとう装備はテーラーメイド! さあさあ、早くテーラーメイドがいいって言うッスよ!!」
ラムリザの長くて分かりづらい説明はゼファーの右耳から入り、そのまま左耳から出て行く。
「つまり……どゆこと?」
理解力のないゼファーのため、ユイドラがラムリザの長ったらしい説明をバッサリと端折る。
「既製品はすぐ、フルオーダーは少し待つ、テーラーメイドはかなり待つ、だ」
「ふぅ~ん? なるほどなあ……俺ァ、待つのは嫌だから、んじゃ既製ひんぐッ――」
その瞬間、ラムリザがゼファーの口を押さえて、発言を阻止する。
「――あぎゃぁあああーーーッ!?? 待った待った、待つッス待つッスゥーーー!!!」
はあはあと荒い息を吐いて焦った様子で、ゼファーを説得しにかかる。
「わかったッス! なるはやで完成させるッス! このラムリザ・フェローズ、勇者ゼファー殿を待たせないと誓うッスから! ここはなにとぞ、テーラーメイドで……テーラーメイドで頼むッスゥーーー!!!」
そう必死のお願いをした後、恐る恐るゼファーの口から手を除ける。
「ん~、なるはやとか待たせないっつーけどさ? 具体的にどのくらいで出来んの?」
「そ、それは……できればい、一か月くらいは欲しいッスね」
「んじゃ、やっぱ既製――」
「――だぁあああーーーッ!?? 三週間! 三週間でやるッス!!」
「いやいや、なげーって。そんなに待たされたら忘れちまうぜ」
ここでユイドラが尋ねる。
「ゼファー、忘れない程度に待てる期間とはどのくらいだ?」
「そう、だなあ……一週間ってとこだな」
「いッ、いいい一週間ッスかぁあああーーー!!!」
「まー無理か。無理だよなあ……ならやっぱ既製――」
「――でッ、でででできらあぁあああーーーッッ!??」
ラムリザのヤケクソ気味の返事に、ララノアとユイドラは大層驚いていた。
それは過去にテーラーメイドの経験があったからであろう。
だからこそ、二人はラムリザの発言を信じ切れずに確かめずにいられなかった。
「注文したい装備はゼファーちゃんだけじゃなくって、四人分ですのよ? 流石に一週間は無理があるんじゃないのかしら?」
「できらあぁあああーーー!!!」
「私は武器と防具一式全てを揃えたいのだが?」
「できらあぁあああーーー!!!」
こうしてフェローズ工房のオーナー、ラムリザ・フェローズの独断専行によってテーラーメイドを勝ち取った。
しかしその代償は、納期が一週間。どう考えても無理があるスケジュールになってしまった。
恐らくは、いや必ずや地獄を見るハメになるだろう。一人残らず――フェローズ工房の全ての従業員たちが……。
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