第34話 明かされるユイドラのあれこれ

 ゼファーたち一行が領主邸ホワイトパレスを後にしたのは、陽が昇り切った早朝であった。


 前日の午後八時から、寝ずに一夜を明かしたせいで皆、疲労困憊の様子。

 それは決闘をしていたユイドラは当然として、妖精郷【イルドラジア】から急ぎ駆けつけたララノアも同様である。


 つまり、誰もが睡眠を欲していた。


 寝床を求めて、ゼファーたち一行が向かった先はロゼル邸だった。

 赤火しゃっかの勇者の家はもちろん、豪邸。沢山ある客室を一人一部屋ずつ貸し与えてもらい、別々に睡眠を貪った。

 その際、ララノアが母としてゼファーに添い寝する責任がどうこうと駄々をこねるひと悶着も。一応、ブロッソニアの機転によって何とか回避されたが。


 そんなこんなで現在は夕方過ぎ。

 続々と起きてきた者たちが食事のため一階にある食堂に集められていた。


 食卓には魚や貝を中心とした川の幸をふんだんに使った料理の数々。


 テーブルについているのはロゼルにメルアリア。ユイドラ、ゼファー、イルヴィ、ガルカ、ララノアの七名。ブロッソニアだけ、ララノアの背後に控えて起立していた。

 ちなみに、ライザとセラフィールは下宿先があるらしく、そちらに帰ったのでここにはいない。


 メルアリアが食前の祈りを捧げるため、両手を合わせる。

 指を開いた両手で挟むのは、首から下げた太陽を象った宗教的シンボル。手をパーの状態にして、十本の指が重ならないように合わせ、太陽を模した祈りのポーズを取った。


「太陽の女神ソルテナよ、あなたの恩寵に感謝を捧げてこの恵みをいただきます。願わくば、我らに与えられた尊き命を祝福し、どうか我らの罪をお許しください」


 祈りを終えたロゼルが自慢げに言う。


「メルアリアが頑張って作った手料理だ。味は俺が保証する、さあいっぱい食べてくれ! おかわりもあるからな!」


 そうロゼルに促され、皆一斉に一口目を口に運ぶが、


(((((甘ッ!??)))))


 と口にした料理がゲロ甘すぎて、五人ともが皆一様にしかめっ面をしていた。


 早速、料理の味をロゼルが尋ねる。


「どうだ、ゼファー? 旨いだろ?」

「う、うん……めっちゃ、う、旨い」


 意外にもゼファーに気遣いの精神はあったらしい。

 もしくは、綺麗なお姉さんが頑張って作った手料理を、まずいなんて言ってしまえば男が廃ると考えたのかもしれない。


 どちらにしろ、ゼファーはメルアリアのゲロ甘料理を旨いと言ってしまった。


「そうかそうか! 良かったな、メルアリア」

「えぇ、頑張った甲斐がありました。さあさあ、おわかりも――」


 とっさにそれはまずい、と思ったのかゼファーが声を被せていく。


「――そう言えばさあ!? 俺の仲間はもう決定でいいのか?」


 その問いに答えたのはララノアであった。


「うふふっ……良くぞ聞いてくれました。母としては、ゼファーちゃんの意思が何よりも最優先ですもの。もちろん、そのつもりですわ」

「じゃあ……!」

「とは言え、本国を納得させるため、最低限、体裁は整える必要があります」


 それについて、金等級冒険者であるユイドラが当たりをつける。


「スポンサー契約だな?」

「その通りですわ。私と契約している冒険者を勇者の仲間にしました、という形にしたいのです」


 ララノアはブロッソニアにアイコンタクトを取りながら続ける。


「つきましては一旦、皆様のギルドカードをお預かりさせていただきますわ。あぁ、冒険者ギルドで契約手続きを行うためですのでご安心を。ではブロッソニア、お願いしますね」

「はい、マスター」

「あ、そうそう。私はまだゼファーちゃんのお仲間の方々を詳しく存じ上げませんので、名前と年齢だけ、読み上げてくださいね」


 ブロッソニアはまずガルカが座る席に移動する。


「ギルドカードをお預かりします」

「えっと、はい、お願いします」

「……ガルカ・コルベリク。十三歳」


 ブロッソニアの読み上げを聞いて、ララノアがガルカに声をかける。


「ガルカ君、は初めましてですわね。私は真祖十血族がツリーオブセブン、ララノア・ネツァク・ニトクルスス。あなたたちの母みたいなものですから、気軽にママと呼んでいただいて結構ですからね~」

「はい……え? ……え?」


 ガルカはあの場にいなかったため、母なるものとしてのララノアを目撃していなかった。そのため、これが冗談なのか本気なのかの区別ができずに、激しく混乱していしまっていた。


 そんなガルカに、悪そうな顔をしたゼファーとイルヴィが小声で言う。


「とりあえず、はいママって返事しとけ!」

「そーそー! はいママって言えばダイジョウブ、ダイジョウブ!」


 そう促されて言わないわけにはいかず、ガルカは言う通りにするしかなかった。


「はいママ……」


 ゼファーとイルヴィ的には些細なイタズラのつもりだった。

 二人ともまさか本当に言うとは思っておらず、唐突に面白い光景を見せつけられてしまったためか、顔をうつむかせて必死に笑いをこらえていた。お互いに足でバシバシと蹴り合い、責任を押し付け合うようにじゃれ合う二人。

 真面目そうなガルカがママと言ったのが、相当にツボに入ったらしい。


 そうこうしている内に、ブロッソニアがイルヴィに近づく。


「ギルドカードをお預かりします」

「ヒ~ッヒッヒッ……オホン、ゴホン。は~い!」

「……イルヴィ・オルステラ。十三歳」


 ララノアがイルヴィに声をかける。


「イルヴィちゃんは、変なドレスを着せられていた子ですわね。リーデガルト嬢にはきつくおしおきしておきましたので、ご安心を」

「マジー? 助かるー!」


 そして、最後はユイドラの番である。


「ギルドカードをお預かりします」

「ん……」

「あの、手を離していただけますか……?」


 何故かユイドラはギルドカードを指で挟んだまま、カードの表をブロッソニアに向けていた。


「先に読み上げてくれ」

「はあ……ユイドラ・ディジーヴル。十……三歳、ですか?」


 十三歳という年齢に誰もがポカンとしていた。

 それもそのはず。金等級冒険者な上、大精霊と契約する凄腕の精霊魔法使いエレメンタルソーサラーにしてはあまりに若すぎたのだ。

 誰もが不審に思って疑うのも無理はない。


 だが、バカなゼファーに限って、彼だけは嘘だとは思わず信じ込み、ただただ驚いていた。何せ、お姉さんだと思っていたのに、まさか同い年だったのだから。


「え? ユイドラって、俺と同い年……だった? じゃあ、お姉さんじゃ……」


 愕然と顔面を蒼白にするゼファーの問いに、ユイドラは沈黙を貫く。

 ギルドカードをくるりとひっくり返し、裏面を向けてブロッソニアに渡す。


「さあ、もう持って行っていいぞ」


 十三歳という年齢に疑いを抱いているのか、ブロッソニアが申し訳なさそうに言う。


「無礼を承知で失礼いたします」


 そう言って、ユイドラの頬をペロリと舐め上げた。


「ひゃっ……きゅ、急に何をするんだッ」


 心底呆れた顔で、ブロッソニアが尋ねる。


「……ユイドラ様。どうしてこんなしょうもない嘘をつかれたのですか?」

「ん……私は、嘘などついていない。指で隠した数字を、そちらがそのまま読み上げてしまったせいで、こうなったんだ。私は悪くない」


 確かに、厳密には嘘はついていないのであろうが、その責任の押し付け方は非常に苦しいものだった。


「ブロッソニア、本当の年齢はいくつでしたの?」


 ユイドラを除いたこの場の全員が、ごくりとつばを飲んで今か今かと身構えていた。


「――百十三歳……でありました」

「「「ひゃくじゅうさんさいっ!???」」」


 ゼファー、ガルカ、イルヴィの三人の声が綺麗にハーモニーを奏でていた。


 次の瞬間、呼ばれてもいないフリーゼが大笑いしながら登場する。


「ぴゃ~ひゃっひゃっひゃっ! もう笑うしかないよね~、百歳年下の子供に色仕掛けし始めてなんだコイツって思ってたら、その子供に精神年齢同じだと思われてたんだもん。もう笑い死ぬかと――」


 ユイドラによる無言の首絞めがフリーゼを襲う。


「――おぐぅえ゛ッ」


 そう汚い悲鳴を上げて、フリーゼは消えていった。


「ヘッ、ヘー……実はチョー年上だったんだ、ユイドラ、さんって……」

「いやでも、全然そんなに歳が離れてるって感じしないけどね、ユイドラ、さんは」


 ユイドラの実年齢を聞いて、イルヴィとガルカの二人は非常に恐縮した様子であった。


「二人とも、遠慮がちにさんをつけるのを止めろ。不愉快だ」

「「はい!」」

「敬語も止めろ」


 ユイドラに対して、イルヴィとガルカの二人は無言でこくこくと頷いていた。

 人生百年の人種にとって、百歳差というギャップをすぐに受け入れろというのは到底無理な話であった。

 もしも、そんな精神性を持ち合わせている人間がいるなら、かなりの変人であろう。


 そうして二人が態度をころころと変える中、ゼファーだけはいつもと同じ態度でユイドラと接する。


「態度をコロコロ変えやがって、年齢がどうしたあ? 俺ァ、ユイドラがお姉さんだって確定して、むしろ安心したぜ」


 筋金入りのお姉さん好きの変人がここにいた。


 ちなみに言うと、ダークエルフもエルフ同様、十八歳まで一気に成長し、百歳辺りで成長期が終わる性質である。

 つまり、ユイドラ特有の無垢な少女から成熟した大人の女性へ移り変わる直前の様な雰囲気は、このまま永遠に失われないということ。

 これは長命種ゆえのメリットと言えるだろう。


 ではデメリットとは何か。

 そもそも、デメリット自体があまり存在しないが、上げるとしたら精神面での成長が極めて遅いことだろう。

 百十三歳なのに、ゼファーと精神年齢がほぼ変わらないというのがその最もたる例である。


 また長生きすることで思想が偏るというのも、考えようによってはデメリットである。

 ララノアなどはまさにそうで、年を取った長命種は皆一様に変人になってしまうのは避けられない宿命なのだ。


「つーかよお? お姉さんは何歳だって美しいもんだろうが!?」


 謎の名言を残すほど、ゼファーは熱く語っていた。


「ん……ゼファーはいつも通りで安心したぞ」


 ここでブロッソニアがギルドカードから得た情報から、あることを尋ねる。


「ユイドラ様、金等級冒険者なのに金枠のギルドカードではないということは、もしかして貴族と揉めましたか?」

「あぁ、随分と苦労させられたよ」


 そう言った後、ユイドラはゼファーに向き直る。


「仲間になったら、全て話すと約束したからな。その件について話そう」


 貴族とのトラブルについて何があったのか、ユイドラが静かに語り始める。


「事の発端は今からひと月前。私が所属していた金等級パーティー、白面ハクメンのスポンサー権が貴族化したとある商家に売却されたことが始まりだった」


 その売られた先は脱がし屋として悪名高い――ダルフィーネ家であった。

 ダルフィーネ家とは芸術の都【ユルティア】に本拠を構え、六商同盟【ユリステリア】の六大商家の一角を担う大商家である。


 前提として、冒険者のスポンサーになれるのは貴族のみなため、商家が冒険者のスポンサー権を得るには貴族化しなければならない。


 そもそも、どうやって貴族化するのか。


 まず商売によって得た巨万の富で土地を買い上げ、土地貴族となる。

 それから豪勢な城を建て、貴族がうごめく社交界に顔を出し、娘を貴族に嫁がせ、貴族の血を継承。そこまでしてやっと、貴族としての称号や爵位が手に入るのだ。


 そのようにして台頭し、国を興すまでになったのが以下、六大商家である。

 高度技術集積都市【テリシア】に本拠を構える、アルサメリー家。

 地竜の原産地【ディーザ】に本拠を構える、ロン・ラウザー家。

 ファッションの都【リスタ】に本拠を構える、エフィランシア家。

 奴隷商人の商都【リーズ】に本拠を構える、ファイグ家。

 ギルド発祥の地【ユリストゥ】に本拠を構える、ヴェラッキントン家。

 芸術の都【ユルティア】に本拠を構える、ダルフィーネ家。


 少し話が逸れてしまったがとにかく、ユイドラは下衆貴族として有名な大商家の所有する冒険者になってしまった。


 では何故、ダルフィーネ家が下衆貴族と言われるようになったのか。

 その理由は綺麗どころが集まった名のある女性冒険者パーティーを中心にスポンサー権を買い漁り、彼女らのヌード姿をあらゆる商品に収めて売っていたからである。

 絵画から始まり、彫刻、銅像、演劇とその種類は幅広いが、一番有名なのは安く大量生産されるカードであろう。


 そのカードとは52枚で一組のトランプのこと。

 光を用いた魔道具で撮影されたヌード姿を、52通りのトランプの絵柄にするのだ。

 これがまた貴族を筆頭に冒険者や商人に大うけ。その人気は一般市民にまで浸透し、沢山の愛好家を生んだ。


 その結果、今ではそこら辺の酒場で男を中心に、このトランプを用いて遊ぶ光景が頻繁に見られるようにまでなってしまった。


 当然、その下衆貴族には男の支持者が多いが、意外なことに女性の支持者も少なくないらしい。

 自分よりも遥かに美しい女性が落ちぶれる様を見ることで、抑圧されて歪んだ欲求を満たしているのか。もしくは他人の不幸は蜜の味とも言うし、ざまぁみろとでもほくそ笑んでるのかもしれない。


 良い意味でも悪い意味でも目立つ冒険者が、嫉妬や妬みの対象になるのはもはや宿命なのだろう。


「ユイドラは……大丈夫だったんだよな?」

「安心しろ。私の体はトップシークレットのままだし、未だピカピカの新品だぞ?」


 心配そうなゼファーに、そう言うユイドラは余計な情報まで口走っていた。


 このように不平等すぎる貴族とのスポンサー契約ではあるが、冒険者にも最低限の救済策は存在する。

 それが違約金制度。冒険者に与えられた唯一の正当な権利である。


 その額、一人当たり――十五億ゴールド。

 金等級冒険者の一年の稼ぎが約三億ゴールドなので、ざっくり五年分ほどになる。


 つまり早い話、大半のトラブルは金さえ払えば解決するということであった。


「全財産では足りなかったからな。私は違約金を払うために装備品を全て売っぱらった。あの時、丸腰だったのはそういう訳だ。まあ、そのおかげで下衆貴族の魔の手から無事逃れることが出来たんだが」

「他の仲間はどうなったんだ?」

「さあな、知らん」


 その薄情な答えに、イルヴィが呆れた様子で言う。


「エー? ユイドラってば、冷たーい! この薄情者ォ~っ」

「仕方ないだろう。白面ハクメンという名の通り、白い仮面を被って顔を隠していたのだからな。お互いに知っているのは名前だけ。それ以外は何も知らんからどうしようもない」

「なにソレ、ヤバー! め~ちょっクールじゃん!? きゃーカッコよすぎィ~っ!!」


 そう言って、あっという間に手のひら返しでほめたたえていた。


「そんな訳で、下衆貴族に懲り懲りした私は真っ当な貴族が付くであろう、勇者ゼファーのパーティーに入りたかったんだ。色仕掛けをしてでもな?」


 母なるものという二つ名を持つララノアが真っ当か?

 と誰もが疑問を浮かべたが、例の下衆貴族よりは百倍マシだろうと結論付ける。


 ブロッソニアから三枚のギルドカードを受け取ったララノアが、母のような慈悲深い笑みを浮かべて言う。


「うふふっ……でしたら、もう一生安泰ですわね。だって、母であるこの私が愛する子供を売り物にするなんてありえないもの」


 その後、話を聞いている間に食事を平らげた者から食堂を後にしていく。


「ごちそうさまっした!」


 そう言って、ゼファーがぞろぞろと出て行く皆を追いかけ、席を立とうとした――その時だった。


 メルアリアの手によって、ゼファーの目の前にドンと料理のおかわりが置かれる。


「はぁい、どうぞ。一杯食べてくださいね。あ、そうそう……まだまだおかわりは一杯ありますから、遠慮なく召し上がって下さい」

「そうそう、遠慮すんなって、ゼファー! メルアリアの手料理を食べれば、俺みたいに強くなれるぞ?」


 そうして、メルアリアとロゼルにむんずと肩を鷲掴みにされたゼファーは、皆に助けを求めようとする。


「みんなあ――」


 しかし、無情にも食堂の扉はバンと閉まってしまう。


 その後数時間、閉じた食堂の扉の中から、


「美味しいなあ、美味しいなあ……」


 というどこか悲しげであり、嬉しそうにも聞こえる嗚咽交じりの声が漏れ続けていたという……。

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