第33話 母なるもの

 真祖十血族がツリーオブセブン、ララノア・ネツァク・ニトクルススは神にも等しい美を誇るエルフである。


 まず目に飛び込んでくるのはその長身。なんと242cm。

 成長しきったエルフの身長は大体180~300cmほど。それと比べるとちょうど真ん中ではあるものの、ゼファーからすれば十分にデカい。

 またエルフという種族は十八歳までに180cmほどに成長し、その後百歳辺りで頭打ちになる。なので、ララノアがこれ以上デカくなることはない。


 次に目に付くのは個性的すぎる髪型。スーパーロングな三つ編みである。

 それはまるで蛇のようにグルグルと巻き付き体を束縛。首で一周、胸の上から左腋の下を通って二周、胸の下の胴体で三周すると、最後は二周目の下を通して谷間の間から垂らすという一風変わったヘアスタイルであった。

 髪色はというとほんのりと輝く淡い薄緑。艶と光沢に溢れ、深緑の香りが漂っていそうな、そんな色をしていた。


 残る相貌と肢体は母らしい熟女の雰囲気がそこはかとなく漂っていた。

 おっとりとした垂れ目に柔和な顔つき。たわわな爆乳はその長身に見合ったもので、ユイドラを軽々と超える代物。さらにウエストとヒップもそれ相応に豊満で、まさに母なる大樹そのものであった。

 これ以上の母らしい母はララノア以外にはいないだろうと思ってしまうほどに、溢れんばかりの母性をこれでもかと体現していた。


「ララノア・ネツァク・ニトクルスス……だと? まさかあの?」

「何か知ってるんですか、ライザ?」


 ララノアのフルネームを口にするライザに、セラフィールが尋ねた。


「有名な人物には大抵、二つ名や通称がつくことがある。私の様な……ヤツとかな」

「美少女イーターですね」

「……あぁ、ふざけた二つ名をつけやがってと何度思ったことか」

「自業自得ですけどね」


 余計なことを言うなといった感じでセラフィールを睨みながら、ライザは話を続ける。


「私はこう考えた。私以外にもふざけた二つ名をつけられたヤツがいないのかと」

「何やってるんですか……」

「その時に、得体の知れない恐怖を抱く二つ名を見つけた――母なるもの、というヤツをな」


 インパクトとしては美少女イーターには劣るため、セラフィールはその由来について訊く。


「そこまでふざけてる印象はないですけど、どういった経緯でその二つ名がついたんです?」

「……見てればわかる」


 ライザが言う通り、ララノアは母なるものという二つ名に相応しい行動を取り始めていた。


「あらあら、うふふっ♡ ゼファーちゃんったら、女の子なのにカッコいいタキシードなんて着ちゃってまあ~」


 またかといった面倒臭そうな顔で、ゼファーは否定する。


「いや、男だって俺」

「……え? 待って、そんな匂い全然ッ……」


 そう言って、愕然とするララノアだったが、その背後に控える従者の方がよほど面白い驚き顔をしていた。


「――ッ!? お待ちくださいマスター。ここは我、ブロッソニアにお任せを」


 ブロッソニアと名乗ったクラシックメイド服姿の従者がララノアを制止する。


「ちょっと、離しなさい!? 私自らの手で確かめないと気が済みませんの!」

「認められません! こんな人目の多い場所で暴挙に出られると、我が妖精郷の品位を疑われてしまいますので」

「もぉ、ブロッソニアの分からず屋~!」


 ララノアの従者――ブロッソニアは一目見て人間ではないとわかる外見だった。

 肌の色はピンク。悪魔の様な灰色の角。漆黒に塗りつぶされた白目とその中心で怪しく光るピンクの瞳。


 また鋼っぽい灰色の髪はオシャレなツインテール。

 髪束で小さな輪っかを三つ作り、綺麗に縦列配置。左右合わせて、合計六つの輪っかは壮観であった。


「では、勇者ゼファー殿。ベロを出して頂きますか?」


 チラリとララノアを横目で見たゼファーは、得も言われぬ恐怖を感じていた。

 その理由は瞳をキラキラと輝かせ、頬を桜色に染める異様な悦び具合を見てしまったからだ。


「……ん」


 ゼファーは黙って舌を出した。

 従った方が無難そうだと判断したらしい。


「ありがとうございます。では……」


 ブロッソニアはゼファーの舌を指でなぞって唾液を採取すると、そのまま自分の口へパクリ――なんとテイスティングしていた。


 ギョッとするゼファーを置いて、ブロッソニアはララノアに、


「遺伝子情報の精査結果でました。女の子です」


 と嘘の情報を伝えていた。


「いやだから、女じゃなくて男だって何度言や……」

「本人はまだ男の子だと、おっしゃてますけれど?」


 暗に「やはり私自らの手で確かめるべきなのでは?」と、顔で訴えていた。


「あぁもう、面倒くさい……」


 苛立った様子のブロッソニアはあろうことか、ゼファーのまたぐらに手を突っ込んで男の子の本体をお触りしていた。


「キャアーーーッ」


 何故か乙女っぽい悲鳴を上げるゼファー。


 ブロッソニアはすぐに手を離し、再判定結果を伝える。


「やはり女の子です。男性器の存在は確認できませんでした――あまりに小さすぎたので」


 誰に対しての配慮なのか、最後の暴言はボソボソッと聞き取れない音量で発せられていた。


「そうですか。一時は一体どうしましょうと混乱してしまいましたが……少しホッとしましたわ」


 そう言って、ララノアは深く安堵していた。


「おッ、おい――」


 抗議しようとしたゼファーの耳元でブロッソニアが囁く。


「――あなたのためです。女の子ということにしておきなさい」

「…………わかった、わかったよ。はいはい、俺は女の子!」


 忠告を受けたゼファーは素直に言う事を聞いていた。

 色々と整理がつかないことが起きすぎて、もうどうでもいいやとなったのかもしれない。


 だが、ただ一つ。

 アレだけは確かめておかなければならない。


 そう思って、ララノアに尋ねる。


「ったく……それより、俺の、その……お母さんって、ホントなの?」

「えぇ、そうですわ~。今まで寂しい思いをさせてごめんなさい。でも、もう大丈夫。これからはママがずっと一緒にいてあげますからね~」

「……そっかあ、俺にこんな綺麗なお母さんがいたとはなあ」


 しみじみとそう言うゼファーに対して、イルヴィが辻褄が合わない部分について指摘する。


「エー、どう考えても、ゼファーにエルフの血なんて入ってなくな~い?」

「いやいや、こう見えてこっそり入ってんだよ。多分、どっかに」

「悲しいことですが……ゼファーちゃんと私に血の繋がりはありません」


 嘘で誤魔化さず正直にそう答えるララノアに、ゼファーとイルヴィが言葉が出ないほど驚いていた。


「でも、そんなもの関係ありませんわ。ゼファーちゃんは確かに私の子です。だって私は――母ですもの」


 この時、ゼファーは悟った。


(あ、この人ヤベー)


 ライザがセラフィールに母なるものについてのヤバさを語る。


「あぁして、気に入った子供を見つけては母を騙り誘拐。頭がまともな従者が慰謝料と共に親元へ送り返すことを繰り返し続けた結果、母なるものという二つ名がついた……らしい」

「あの、ゼファー君は孤児だから親いませんけど?」

「……知るか。私は所詮、他人にすぎんからな」

「え~……」


 ヤバい人を目の前にしたことで、ゼファーの本能が活性化されたのか、ゼファーは本来の目的を思い出す。


「そ、そうだ! 俺、仲間にしたい奴がいるんだけど……」

「あらあら、そうなの? ママに紹介してくれるかしら~」


 そう言って、ララノアはキョロキョロと周囲を見回す。


 決闘はユイドラが参ったと宣言したことにより、リーデガルトの勝利で終わった。となると当然、ゼファーが紹介する仲間はロイヤルガーデンの女三人ということになる。


 しかし、ゼファーが向かったのはユイドラの方だった。


「おッ、お待ちなさい!!」


 そう声を荒げながら、制止したのはリーデガルトであった。


「決闘に勝ったのはわたくしたちなのですよ! あなたが紹介するべきはこちらじゃなくって!!」


 リーデガルトは精魂尽き果て倒れ伏すロイヤルガーデンの女三人を指さしていた。


「くっそ~、どさくさに紛れてごまかそうと思ったのになあ……」

「ずるはいけませんわよ? ずるは。それでは、紹介していただきましょうか。さあ!」


 ゼファーは元気のない小声で渋々と紹介する。


「オレ、コイツラ、ナカマニシタイ」


 相当嫌だったのか、謎にカタコトになっていた。


 スッと目を細めるララノアは女三人に近づくと、何やら匂いを確かめていた。


「駄目ですわね」


 ララノアの一言にこの場の全員が驚いていた。


「ど、どういうこと……でしょうか?」


 どうしても諦めきれないのか、顔面を蒼白にしたリーデガルトがその言葉の意味を問いかけていた。


「彼女たちはゼファーちゃんの仲間には相応しくない、ということですわ」

「ど、どうして!? 六ツ星シックススターズの冒険者ですのよ!」

「能力の問題ではございませんわ」

「でしたら――」


 自らの鼻と口を押さえたララノアが、吐き捨てるように言う。


「――だって、精液臭いもの。この子たち」


 リーデガルトがパクパクと口を動かすが、何の言葉も出ていなかった。


 実はロイヤルガーデンの女三人はバニングス辺境伯の愛人だったのだ。

 一応、それに関してはリーデガルトは全くの無関係である。むしろ、真っ当な冒険者として丹精を込めて育成していたほどだ。


 だが、バニングス辺境伯に目を付けられたのが運の尽き。

 こうして見事、失敗が許されない大一番で領主の無能っぷりは発揮され、酷い裏目を引いてしまっていた。


「責任ある母として……ゼファーちゃんの近くに、男遊びが激しすぎる者を置くなど言語道断。私のゼファーちゃんが穢れてしまいますわ」


 こうして、ロイヤルガーデンの女三人は仲間として不適格の烙印を押されてしまった。

 仲間を選ぶ権利のある妖精郷の貴族、真祖十血族がツリーオブセブン――ララノア・ネツァク・ニトクルススによって。


 これこそ、ユイドラが待ち望んでいた勝ち筋の結末であった。


「くっくっく……」


 こらえきれずに笑い声を漏らしているのは、ユイドラであった。


「あなたッ……何がおかしいんですの!??」

「いや、なんだ。まさか、こういうオチになるとは思わなくて……な?」

「ま、まさか、これを狙って長期戦を……! くぅ、わたくしをハメましたわね!??」

「フンッ……それはお互い様だろ?」

「ちくしょうッちくしょうッちくしょうーーーッ!」


 そう言って、リーデガルトは悔しさをにじませていた。


「冒険者風情がこのわたくしをハメるどころか、コケにするなんて……許せません。えぇ、許せませんとも。これは……きついおしおきが必要ですわよねぇ

?」


 そう言って、リーデガルトが手に持つ鞭に何らかの操作を加えた途端、バチバチと雷を帯び始る。


 リーデガルトは自称諦めの悪い女。

 その名の通り、勝負が決した後にもかかわらず悪あがきをしようとしていた。


「こうなったら道連れですわッ……教育上よろしくないのはそこの半裸女も同じこと! ですが念には念を。全裸女にして差し上げますわぁ!!!」


 雷をほとばしらせるサンダーウィップを上から下に振り下ろす。


 その動きはゼファーにも見えていた。

 しかし、フリーゼの反応を見て任せることにしたようだ。


「させないよー!」


 フリーゼが張った氷の障壁にサンダーウィップは阻まれる。

 だが、前と違って雷をまとっていることでイレギュラーが発生。氷の障壁を滑って、サンダーウィップはユイドラの足元に広がる――溶けてぐずぐずになったムニムニ♥スライムドレスに直撃した。


「ぐぁあああアアアーーーッ!??」


 ムニムニ♥スライムドレスは大量の水分を含んでいたため、雷の通り道となってしまったのだ。


 ユイドラは何とも不運な形で痛恨の一撃を食らってしまい、ガクリと膝をついてしまう。

 ブスブスと煙を吹くその全身は力が抜け、筋肉が弛緩しかけていた。


 それはつまり、お尻で挟む金髪スリングショットが解けてしまうということ。


「どりゃあーーー!」


 しかし間一髪、フリーゼが背後から金髪スリングショットを引っ張るファインプレーにより、全裸は回避された。


「ギリギリセーフ! ふぅ、危ない危ない……」

「ならば、もう一発食らわせるまで!」


 再びリーデガルトがサンダーウィップを炸裂させようとした――が、それはゼファーによって阻止される。


「俺のお姉さんに何してんだよ?」


 静かに怒るゼファーは背後にいるユイドラを庇うように前に立ち、サンダーウィップを右手で掴んでいた。

 電撃などものともせず、そのまま鞭を後ろにグイっと引っ張ることでリーデガルトを引き寄せる。


「きゃッ!?」

「女だから顔は勘弁してやるぜッ」


 ゼファーは鞭を掴んだ右手でもって、リーデガルトに腹パンを食らわせた。


「ふぐぅおッ!?」


 当然、雷はまとったままなため、


「ひぎゃぎゃぎゃぎゃあーーーッ!??」


 と電撃による苦しみにあえいでいた。


 ゼファーはゴミを捨てるようにリーデガルトを地面に投げ捨てる。

 それから、未だ半裸であるユイドラにタキシードのジャケットを着せようとするが、電撃によってボロボロになってしまっていた。ただ、そもそもサイズ的に布地は全然足りていなかったが。


「ゼファー! これを使え!」


 そう言って、ライザが投げたのは白いテーブルクロス。

 ここはパーティー会場であるため、食事を提供するテーブルがあったのだ。きっとそこら辺のヤツを拝借したのだろう。


「助かるぜ!」


 ゼファーはテーブルクロスを受け取り、しゃがみ込むユイドラにかける。


「ありがとう、ゼファー」

「わりぃ、随分と恥ずかしい思いさせちまった……」

「気に病むな。最後の一線はこうして、守ってくれたじゃないか」


 それでも納得がいかないゼファーは、ユイドラに決意を表明する。


「決めたぜ。今後一生、俺ァ、ユイドラの盾になる!」

「……では、私はゼファーの剣となろうか」


 そう言った後、ユイドラはこっそりゼファーに耳打ちする。


「ん……ゼファーはいい男になりそうだな」


 それはユイドラがゼファーを信頼するに値する男と認めたゆえの言葉であった。


「うぉおおお!! めっちゃやる気でてきたあーーー!!!」


 ゼファーはユイドラが言った期待の言葉に舞い上がっていた。


 これにて、ゼファーたち一行がここホワイトパレスに留まる理由はなくなったので、ララノアが音頭を取って撤収の宣言をする。


「さて、私たちはここでおいとまとさせていただきますわ。さあ、皆さん。外に竜車を待たせていますので行きましょうか」


 ぞろぞろと中庭を後にするゼファーたち一行に、諦めの悪い女リーデガルトが待ったをかける。


「まッ……ま、待ちなさいッ。こ、このまま逃げたらッ……どうなるかお分かり?」


 それは明らかな脅迫であった。


 電撃で焦げた体でフラフラと立つリーデガルトに対して、ララノアが対応する。

 何の心配もありませんといった感じで、ゼファーたちに先に行きなさいとジェスチャーしていた。


「リーデガルト嬢。あなたのやんちゃっぷりは私も色々と、聞き及んでいますの」

「で、でしたらッ……」

「ちょっとばかり、おいたし過ぎましたわね? これはおしおき、ですわ~」


 そう言って、ララノアはフッと息を吹きかける。


 それはリーデガルトに近づくにつれて強風になり、突風になり、やがて烈風となった。

 鋭利な刃と化した風は器用にリーデガルトの服だけを切り裂き、着衣を全て吹き飛ばしてしまう。


 なんとリーデガルトは一糸まとわぬ全裸姿にされてしまっていた。


「キャァアアアーーーッ!??」


 去り際にララノアが言う。


「これに懲りたら、やんちゃはもう控えなさい――これは母の小言、ですわ」

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