第32話 ユイドラVSロイヤルガーデン3

 決闘は更に一時間が経過。

 これで決闘開始から五時間半、現在の時刻は深夜四時である。


 この一時間で、ユイドラがまとうムニムニ♥スライムドレスは更に崩壊が進み、申し訳程度の布が残るのみ。手で押さえていないと布が落ちてしまうほど、切羽詰まった状態まで追い込まれていた。


 もはや生まれたままの姿になってしまうのは、時間の問題であった。


「オーッホッホッホ! あと一歩、といったところですわねぇ……さあさあ、その邪魔なお手手をどけて――すっぽんぽんになっておしまいなさい!!!」


 ついにリーデガルトが動いた。

 ヒュンヒュンと鞭をしならせてユイドラを攻撃する。

 時おりフェイントも交えながら打ち付けるも、フリーゼの氷の障壁によって難なく阻まれてしまう。


「少しは面白くなってきたじゃぁ~ん? そうそう、その調子その調子!」

「チッ……その余裕がいつまで続くか見ものですわねぇ?」


 ここで生き埋めにされたライザが復活。地面からズボっと頭を出し、ユイドラのあられもない姿を目視する。


「大ッピンチじゃないかッ!?? こッ、このままだとユイドラは……すっぽんぽんに。待てよ、ということは……むっほほぉ♥」


 ドゴオという鈍い音と共にゼファーら三人の拳がライザの脳天に直撃。

 ライザのスケベ心は鉄拳制裁によって、再びしばかれる。


「んおごごッ――」

 

 だが、その強い衝撃が起死回生の閃きを生む。


「――閃いたあ!!!」


 しかし、今更ライザに信用など皆無なため、その声は無視され問答無用で袋叩きにされてしまう。


「待てッ、待ってくれ! 本当に名案を思い付いたんだって! い、一瞬だけ私を信じてくれー!!」


 そう言われ、一度手と足を止めて顔を見合わせる三人。ゼファーが代表して話を聞く。


「……一応、聞いてやる。手短に話せ」

「あ、ありがとう。私の名案とは……ユイドラのスーパーロングな金髪で体を隠すというものだ」


 話を聞いてピンと来ていない三人に対して、地面からよいしょと這い出たライザが実演する。


「こうしてだな……まず、二つの髪束に分ける」


 そう言って、両手に髪束を掴むと胸の前に持ってくる。


「ほらっ、これで乳首は隠れるだろう?」

「髪ブラってヤツぅ? ドヘンタイらしいエッチな発想だけど……ワンチャンあるかもォ?」


 白けた目をしたイルヴィが納得はいかないようだが、一定の理解は示していた。


「ここから二つの髪束を股間で合流させ一本にまとめる、どうだ? これで上も下も隠せるぞ!」

「なるほど。スリングショットと呼ばれる水着の形状を真似たのですか……」

「ふっふっふ……なんとここで終わりじゃないんだなぁ? 続きはこうだ!」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるライザを見て、ゼファーたちの顔に不安がにじむ。


「一本にまとめた髪束を股間の下を通して背中側に持っていき、尻の谷間に食い込ませ――ギュッと尻肉に力を入れて挟む!」


 それから、スッと両手を離すも髪製スリングショットが解けることはなかった。


「どうだ! これでポロリの心配がなくなった上に、両手も自由。魔法の操作も段違いに良くなり、まさに一石二鳥の名案だとは思わないか?」


 確かにライザの名案は素晴らしい。

 だが、結局卑猥な姿なままであることは変わりはない。


 そのため、ゼファーたちは手放しに賛同できずにいた。


「なあ、どうするよコレ?」


 ゼファーがイルヴィとセラフィールに尋ねる。


「う~ん……すっぽんぽんよりはマシってカンジ?」

「ボクとしては、裸よりも恥ずかしい恰好のような気がしますけど……」


 ゼファーの決断を待つ前に、ライザがユイドラに提案してしまう。


「おーい、ユイドラ―! 私の恰好を見てくれー!!」


 そう言って、まず体の正面を見せ、続いてお尻を見せる。


「ぷふっ……バカと天才は紙一重ってよく言うけど、変態が役に立つことなんてあるんだね」

「どうやら、髪の毛を使って体を隠せってことらしいが、しかし……」


 ライザの名案にフリーゼは肯定的な反応を見せるが、やはりユイドラは難色を示していた。


「でもぉ、このままだとすっぽんぽん、まっしぐらだよ?」

「もちろん、理解しているっ……私はただ、覚悟を決めるための時間が欲しいだけだ」


 やれやれといった様子のフリーゼが、とんでもない爆弾発言を盛大に言い放つ。


「ねーねーゼファー君、お願ーい! この人、片手じゃたわわなアレのアレがハミ出ちゃうってのにまだ――」

「――わかったッわかったッわかったあーッ、ホワイトアウトぉ!」


 魔法が発動された瞬間、ボフンとユイドラが白い霧に包まれてしまう。

 白い霧によって邪な視線が遮られている内に、フリーゼの助けを得ながら早着替え。


「急げ急げ、ユイドラ急いで」

「バカ、急かすな。手元が狂うだろうっ」

「いいよいいよ、その感じ!」

「ひゃんっ、そこを通すなら一言えっ」

「はいっ、最後はお尻ギュッー!!」

「くッ……何という屈辱だ」


 一瞬、ポカンとするリーデガルトであったが、すぐに気を取り直して指示を出す。


「はッ、いけません!? あの霧を払いなさい!!」


 二人の上級魔術師アークメイジが魔法を発動する。


「「ウインドブラスト!」」


 ウインドブラストとは局所的に強風を発生させて、敵を吹き飛ばすという風魔法。


 白い霧が払われて出てきたのは――金髪スリングショット姿のユイドラであった。


 ユイドラの金髪は毛量が多い上にスーパーストレートロングである。

 そのため一切のポロリを許すことなく、隠すべき秘所を完璧にカバーしていた。ただ正面はそれで上手くいっているが、背面はどうなのか。

 もちろん、背中は丸出し。しかし意外なことに、お尻でキュッと挟んだ髪束が馬の尻尾のように垂れ下がることで、お尻の割れ目を上手く隠せていた。


 これでユイドラの両手は自由になった。


 とは言え、まだ少しだけ心配なのか、左手は胸の前。優しく抱きしめるように胸を押さえていた。もしくはロイヤルガーデンなど右手一本で十分という意思表明なのかもしれない。


 そして今この瞬間、ユイドラがすっぽんぽんになる可能性は消え失せた。

 それはつまり、リーデガルトが思い描く逆転劇も消え失せたということ。


 だが、無能なリーデガルトはそれに気づかない。


「上手くしのがれてしまいましたか……ですが、そんなもの一時しのぎに過ぎません。あの女の体力を、マナを枯渇させればいいのですから」


 リーデガルトは二人の上級魔術師に向けて言う。


「ここからは手数を増やしてまいりますわよ!」


 指示通りに、上級魔術師が杖にマナを注入しようとした時だった。


「ぎゃあ」

「ひぎぃ」


 高速を超えた音速で、氷の蜂が腕を刺し貫いていた。


「そんなッ……わたくしの鞭を避けるなんて!」


 もはやリーデガルトの鞭が対応できる速さではなかった。


 なぜ急激に氷の蜂の速度が増したのか。

 それは手で操ることができるようになったからである。

 実のところ、リーデガルト本人は気づいていないが、ムニムニ♥スライムドレスで両手を封じるのはファインプレーではあったのだ。


「まだやるか?」


 リーデガルトに向けて、ユイドラが放ったその言葉は勝利宣言そのものであった。


 当然、そのくらいの理解力はリーデガルトにもある。

 しかし、頭でわかっていたとしても、どうしても認めたくない現実を受け入れるというのは難しい。


「きぃィイイイーーーッッ!!!」


 そう叫びながら、ブンブンと鞭を振り回してユイドラを攻撃する。

 必死の悪あがきも虚しく、フリーゼの氷の障壁によって全て阻まれてしまった。


「わたくしは決して諦めません。最後の最後まで、勝利を掴むその時まで……足搔いて足掻いて、足掻き続けますわ。だって、わたくしは――諦めの悪い女ですもの!!!」


 ユイドラの予想通り、リーデガルトは参ったを宣言することなく、意固地に戦いを選択した。


 それからどんどんと時間は過ぎていき、ついに朝日が空に登り始める。

 ついにはソルテナの鐘の音――午前六時を報せる鐘の音がシャリオンに響き渡っていた。


 その時だった。


「ごめんあそばせ~……十時間も大遅刻して、大変申し訳ありませ~ん」


 まるで傘のように花が開いた杖を右手に、空から美しい女エルフがふわふわとゆっくり舞い降りてくる。


「真祖十血族がツリーオブセブン――ララノア・ネツァク・ニトクルスス。遅ればせながら、ただいま到着致しましたわ~」


 音もなく着地した女エルフの左手には、クラシックタイプのメイド服を着た従者らしき女性が小脇に抱えられていた。


 結局、ユイドラの勝ち筋とは、クレハの保険が間に合うように長期戦で時間を稼ぐことであったのだ。

 そしてそれは、今ここに見事成就した。


 であれば、ユイドラがやるべきことはあと一つだけ。


「参った!」


 降参してこの決闘を終わらせることである。


「「えぇえええエエエエ!??」」


 そう驚愕の声を上げるのはゼファーとライザの二人。どうもバカにはこの勝ち筋が見えていなかったらしい。


 その叫び声を目印に、ララノアがゼファーに歩み寄る。


「あなたが……勇者ゼファーちゃん、でよろしくって?」

「え、あ……うん」


 ゼファーは体がひっくり返りそうなほど、上を見上げていた。

 それもそのはず。話しかけてきたララノアの身長は242cm。ロアナよりも大きい女性だったからである。


 ララノアは心底嬉しそうに満面の笑みでほほ笑むと、目線をゼファーに合わせるためしゃがみ込む。


「会えてとても嬉しいですわ~」


 次の瞬間、ゼファーの両手を握りしめながら、衝撃的なことを口にする。


「初めまして、私は――あなたの母です」

「えぇええええエエエエーーーッッ!!!!」


 ホワイトパレスの中庭に、ゼファーの叫び声が木霊していた。

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