第31話 ユイドラVSロイヤルガーデン2
決闘が始まってから早一時間半。
未だユイドラへの被弾はゼロな一方、ロイヤルガーデン側は氷の蜂で腕が凍結する度にリーデガルトが強制回復させるため、二人の
フレイムランスを撃つための固定砲台と化した二人の目からは徐々に光が失われつつあった。
また
「「フレイムランス!」」
懲りずに上級魔術師が炎槍を放つものの、フリーゼによってあっけなく防がれてしまう。
「ワンパターンすぎて、つまんなーい!」
「だが、こうして熱風に煽られ続けるのは勘弁願いたいな」
そう言う、ユイドラの額には複数の汗粒が浮かんでいた。
それがある程度の大きさに育つと、重力によって一筋の線を描きながら滴り落ちていく。
一粒の汗の雫はまずたわわな爆乳に着地すると、するすると谷間を経由してへそを通り越し、やがて漆黒のドレスへと――吸い込まれていった。
「おい、おいゼファー!? ユイドラのドレスって……あんなにスリットえぐかったか?」
真っ先にドレスの異変に気づいたのはライザであった。
「はあ? ん~……そっかあ? つーかそもそも、直視できなかったから、俺にはわかんねーや」
「ふん、つまらん男だな。私なぞ、ずっとガン見し続けているというのに……」
やれやれといった様子で、何故かライザがあきれ果てていた。
しかし本来ならば、あきれ果てるのはゼファーの方である。
ゼファーは明け透けなライザの変態具合に怒りを露にする。
「なッ、なんだとぉ!? この変態がぁッ……今すぐその目ェ、ぶっ潰しやる!」
「やめろぉ!? 私は今、神聖な作業を行っている最中なんだぞ!」
「……一応聞くけどさあ、その神聖な作業って何だよ?」
「そんなもの……心のアルバムにエッチな柔肌を焼き付けることに決まっているだろうが!!!」
「聞いた俺がバカだったぜ! おらぁ、目ん玉ぶちゅってしてやんよお~!!」
取っ組み合いの喧嘩にまで発展してしまうバカ二人。
「すみませんっすみませんっ。こんな立て込んでる時に、ウチの変態が迷惑かけてすみません。とりあえず、二人とも一旦、冷静になりましょう!」
二人を仲裁したのは、爽やかな青いドレスに身を包んだセラフィールであった。
ちなみにイルヴィはというと、決闘そっちのけで
恐らくは決闘に興味がないとかではなく、ユイドラを信頼してのこと、だと思いたいが真実はわからない。
「とにかくだ、ゼファー。ユイドラのへそをよぉ~く見てみろ!」
そう言って、ライザがゼファーをヘッドロックしながら、ユイドラに視線を向けさせた。
「……き、綺麗なお腹してんな」
「いいか? 胸からヘソまで縦に入るスリットは最初、へそが見える程度だった。しかし、今では下腹の際どい部分までガバガバに広がっているんだ!」
「えっ……まさか、ドレスが崩れていってる?」
「その通りだ! いずれあのドレスは――服の形を失ってしまうだろう!!!」
「ヤ、ヤベーじゃん、それ!? ど、どうすりゃいいんだよお!??」
頭を抱えるゼファーたちの会話を盗み聞きしていたのか、フリーゼがユイドラのドレスに目を向ける。
「うわっ!? ちょッ、ドレスがエッチー!」
「こんな時になんだ、フリーゼ。そんなもの最初からわかっていただろう?」
「えぇ!? 知ってたのォ!??」
「知ってたも何も見れば……ん?」
ハッキリとした異変はユイドラが自分の胸に目を落とした時に起こった。
たわわな爆乳を覆う二枚の布。それを支える紐部分がプツリと千切れ、漆黒の布が胸を押さえる右腕にプラーンと垂れ下がった。
「なッ……ななな、なんだこれはッ」
あわやポロリ寸前のハプニングに、頬を桜色に染めるユイドラは慌てふためき混乱に陥っていた。
それは明らかに隙だらけ。あろうことか敵から目を離すという失態まで犯す有り様だった。
そんな大チャンスを銀等級、
「今ですわ!」
その声に素早く反応した重騎士が動きの鈍った白騎士を吹き飛ばし、とうとうユイドラに肉薄する。
「はあ!!」
上段より振り下ろした剣はフリーゼが出す氷の障壁に阻まれるも、そこに追撃が襲う。
「「リヴァイアサン!」」
二人の上級魔術師が互いの杖をクロスさせ、カツン打ち付けた。
その瞬間、二人の間から出現した大量の水の塊が大蛇のようにうねる海竜と化し、ユイドラに向けて襲い掛かる。
魔法が発動してから対応したため、ユイドラの反応は一呼吸程度遅れてしまったが、
「色褪せよ――ホワイトマジック」
と慌てることなく速攻魔法を発動する。
ユイドラの目前まで迫っていた水の海竜は頭から順に、どんどんと白い雪に変換されていく。質量のある液体から軽い雪片と化した巨体は崩れゆき、勢いそのままにユイドラの体を避けていく。
まるで白い花吹雪のように粉雪が舞い散るその光景は圧巻。
ユイドラの周囲は一瞬にして冬景色となってしまった。
「ふぅ……これで、涼しくなったな」
ユイドラはたった一手で、状況を再び自分有利にひっくり返した。
あれだけフレイムランスを撃ち続けて、この空間を熱風で埋め尽くしたというのに、今はまるで冬のよう。手先がかじかむほどの寒さが中庭を満たしていた。
「また初見の魔法ですって……」
「こちらの魔法を上書きなんて、そんな、あ、あり得ない……」
あんぐりと口を開けて呆ける二人の上級魔術師。
一方、リーデガルトは呑気な様子で分析していた。
「なるほど、水魔法は逆に利用されてしまうようですわね。まったく、水で濡らしてしまえば一発だというのに……こうなれば仕方ありません。またやり直しですわ」
リーデガルトがこれほど余裕を保っていられるのは、一度も攻撃を受けていないからである。
そもそもユイドラは宣言通り、リーデガルトを攻撃対象にすらしていなかった。万が一傷をつけて難癖をつけられることを避けるためそうしたのだ。
この場で一番消耗が激しいのは二人の上級魔術師であろう。
氷の蜂に腕を刺される度、リーデガルトによって戦闘不能にされポーションによって強制回復。すぐに魔法を撃ち続ける道具として酷使される。
一番心が試されているのは、彼女ら二人なのかもしれない。
しかし、途中離脱など到底許されるわけがなく、人形のように杖へとマナを注入し魔法を発動し続ける。
「「フレイムランス!」」
当然、炎槍はフリーゼによっていとも容易く阻止されてしまう。
「ま~たこのパターン来た! バカなの? 頭使ってる? あ、バカだから使うわけないか、クスクス……」
ノンデリ大精霊フリーゼの悪口がリーデガルトに炸裂する。
「フ、フンッ……安い挑発には乗りませんことよ。時間はわたくしたちの味方。じっくりと炙り焼きにして差し上げますわぁ」
ビキビキっと額に青筋を浮かべたリーデガルトは、暴れたい衝動を抑えながら冷静さを保っていた。
そして、決闘はここから更に三時間が経過する。
前回は一時間半でユイドラに汗をかかせることに成功したが、今回は周囲が大量の雪で冷やされたことと、氷の蜂によるフレイムランス発動阻止の回数が増えたからである。
ちなみに、現在の時刻は深夜三時。
ホワイトパレス到着が九時。そこからゼファーたちの着替え、中庭でのやり取り、リーデガルト率いるロイヤルガーデンの着替え諸々含めて十時半。ユイドラのドレスに異変が訪れた時が深夜零時。といった具合だ。
なんと決闘を開始してから、もう四時間半も経っていることになる。
この三時間でユイドラがまとう漆黒のドレス、ムニムニ♥スライムドレスがどうなったかというと――ロングスカートが崩れ去り、膝上のミニスカートと化していた。
さらにたわわな爆乳を覆う布とスカートが上下に分離。もはやドレスではなくビキニである。また全身はぐっしょりと濡れ汗まみれ。その汗の雫に月明りが反射して、ローズグレイの褐色肌が神秘的に輝いていた。
汗で褐色肌をテカらせる煽情的なユイドラを、リーデガルトがあざ笑う。
「オーッホッホッホ! 無駄に足掻くのはお止めになって、素直に曝け出してしまえば楽になりますわよぉ? さあ、生まれたままのお姿になってしまいなさいな!」
挑発的に煽るリーデガルトに対し、ユイドラは見た目上は落ち着いている様子に見える。
だが、貴族による邪な視線は確実にユイドラの精神力を削っていた。
「おっほ、胸もいいが……ほぼ丸出しな尻もいいのう」
「うむ、濡れた髪が貼りついて、なんとスケベなことか。ふほっ……」
「いやいや、やはり必死に隠したがっている胸が一番じゃろうて」
「同感じゃ。あれほどたわわであれば、必然的にアレもたわわに決まっとる、むひょひょ」
邪な視線を送る貴族は更にもう一人いた。
「むっほほぉ~っ♥ もうポロリ寸前じゃないか♥ ここからは瞬き厳禁だぞぉ~!!!」
そう、ド変態の美少女イーター――ライザ・エル・レ・リーズロールである。
あろうことか両の拳をグッと握りしめて、ユイドラをガン見。待ち遠しそうに目を輝かせながらポロリを待ちわびていた。
そんなライザにセラフィール、ゼファー、イルヴィら三人が鉄拳制裁を加える。
「この期に及んでスケベ丸出しって、どういう神経してるんですか!? いい加減にして下さい!!」
「テメェは一体どっちの味方なんだ! このバカ! アホ! ド変態があ!」
「マジ、キッショ! サイテー! 女の敵ィー!」
欲望丸出しのライザは殴る蹴るのボコボコの袋叩きにされていた。
「うわぁあああ!? 仕方ないじゃないか! 私のスケベ心が見逃してはならんと――」
次の瞬間、三人分の拳がライザの脳天に炸裂する。
「――おぼぶッ!??」
ライザの顔面は地面に埋もれてしまった。
ややこの状況に飽き気味のフリーゼが退屈そうに言う。
「うっわぁ~見て見てー。あのきっしょい爺たち、血眼になってユイドラガン見してるよ~?」
「……だから何だ? こんなもの、水着と大して変わらん」
「えぇ~でもでもぉ、ポロリ寸前だよ~?」
こんな時に余計な気を遣わせるなといった顔で、ユイドラがあきれ果てていた。
「忘れていたよ。お前に人の心がないことを……」
「フリーゼは心配してあげてるだけなのにな~……このままじゃ、百年の恋が冷めちゃうよ~ってね?」
「いい加減に黙――」
「――いいの? ガッカリ乳首ポロったらゼファー君の憧れが終わりを迎えちゃうよ、ユイドラ?」
ユイドラの顔が羞恥に歪むより先に、ライザが反射的に反応する。
「ガッ、ガガガッカリ乳首だとぉ~!? あの美人でクールな顔したユイドラが、ガッカリ乳首!?? 一体どんなガッカリ乳首なのか、気になるじゃないかぁ~ッ是非見たいッ決して見逃してなるものかぁ~ッ」
そう言って、ガバッと土塗れの顔を上げ、カッと目を見開いていた。
当然、そんな行為が許されるはずもなく、ゼファーら三人によって再び袋叩きにされる。
「この野郎! まだ生きてやがったのか!」
「生き埋めにしてやりましょう! こんなやつ視界にも入れたくないですよ!!」
「ガチでヤダァー! ホントムリ! 人類の敵ィー!」
そうして、ライザをしっかり生き埋めにしてやった後、ゼファーはユイドラに謎の声援を送る。
「ユイドラ―! ガッカリ乳首なんかで俺の憧れ、終わったりしねーからあ!! 安心しろおーーーッ!!!」
ニヤニヤするフリーゼが言う。
「だってさ? よかったね、ユイドラ」
「……何が良かったね、だッ。謂れ無い誤解を与えただけじゃないかッ」
毅然とした顔でユイドラがゼファーに叫び返す。
「ガッカリ乳首など事実無根だーッ、アホの戯言を真に受けるなー!」
決闘中にもかかわらず、謎にいちゃつき始めるユイドラたち。
そんな余裕な様をまざまざと見せつけられれば当然、リーデガルトたちロイヤルガーデンとしては屈辱以外の何物でもない。
「あなたたち、舐められっぱなしじゃ悔しいでしょう? 惨めでしょう? このままじゃ終われないでしょう? その気持ちはわたくしも同じです。この屈辱を、この怒りを怨嗟の炎に変えるのです。さすれば、必ずやあの女の化けの皮は剥がれることでしょう。もうわたくしたちの勝利は目前。ここが正念場です。最後の気力を振り絞りなさい!」
リーデガルトの喝により、折れかけていた二人の上級魔術師の心に灯がともった。
まだまだ、この決闘に終わりは見えそうにない。
きっと長い長い夜になることだろう。いや、もしかすると日の出を迎えてしまうかもしれない。
リーデガルトによる辱めが現実になりそうな中、ユイドラが選んだ長期戦が確実に勝利の実を結ぼうとしていた。
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