第28話 貴族はスライムを好まれる

 ここは領主の居城――通称、ホワイトパレス。

 城壁を真っ白に塗りつぶし、所々を黄金で装飾するという贅の限りが尽くされた宮殿である。


 貴族以外の人間からは虚飾に塗れたハリボテ宮殿と名高く、わざわざ虚飾と表現したのは黄金の約半分が金メッキで誤魔化されているせいである。

 また元々は城だったものを強引に宮殿へと改装して、現在の形になったという経緯があったりする。


 領主邸に到着早々、ゼファーたちはメイドたちの案内により、別々の更衣室へと押し込められた。

 遅刻している関係で、有無を言わさず用意された衣装に早着替え。着替え終わった順に、パーティー会場である広い中庭に通じる扉の前に移動させられていた。


 そしてついに、ゼファーたち男三人とユイドラたち女四人が対面する。


「これは……ダメだろ」


 最初に口を開いたのはゼファーであった。


 ゼファーが着る衣装は黒い地味なタキシード。もちろん、ガルカも同じ。

 これは男なんぞ全く興味はない、といった貴族の思惑がありありと出ていた。


「ん……同感だ」


 漆黒のドレスに身を包むユイドラの額には、ビキビキと青筋が浮かんでいた。


 ユイドラが着ているドレスは確かに露出が激しかった。

 たわわな爆乳をセクシーに見せるためのスリットは、谷間どころがヘソまでパックリ。しかも、体側面を覆う布がないため、横乳が丸見え。背中に至っては布が一切なく、お尻も谷間どころか、お尻の肉が半分も見えてしまうほど極端に布が少なかった。


 しかしながら、ユイドラは超ロングのストレートヘア。


 淡い金髪がカーテンのように背中を覆い、邪な視線から乙女の柔肌を守る役割を果たしてくれるはず――だったのだが、なんとポニーテールにされたことで、ローズグレイの美しい褐色肌が大胆に露出してしまっていた。


 一方でスカート部分は、まるで絨毯のように地面に広がっていた。

 ロングスカートなため、肌の露出はゼロ。すらっと長い脚線美のシルエットが浮かぶのみであった。

 しかし、ゼファーがダメだろと言ったのはそこじゃない。


 そのドレスはなんと――スライムを素材にして作られていた。


 このドレスは現在、貴族の世界で大流行中の最先端トレンドであった。

 もちろん、自分じゃなく他人に着せる衣装としてだが。その主な被害者は当然、冒険者の女。


 そもそもの話、スライムという素材は日常生活のあらゆる場面で活躍している。歯磨きや洗体、お尻を拭いたり、掃除洗濯と汚れを落とすことに特化した面では他の追随を許さない万能性を誇っていた。

 となれば当然、スライムで服を作ったら面白いんじゃないかと考える人間が出てくる。ただ最初に作った人間は洗濯いらずか、衛生面が必要とされる場面での使用を目的として想定していた。


 だが、そうはならなかった。


 己の欲望に忠実な上級貴族に目を付けられてしまったのだ。

 より煽情的に、より羞恥的に。理想とするスケベを体現した衣装を完成させるため、莫大な資金と時間が投資されることとなった。ただ邪な願望を叶えるためだけに、豪邸が一個立つほどの資金と、十年もの月日がだ。


 その結果出来上がったのが、このドレス――ムニムニ♥スライムドレスである。


 液体状のスライムが素材なので当然、肌にピッタリと密着。それは体のラインが浮かぶどころの話じゃなく、秘めたる局部の形がくっきりとわかるレベルの密着具合であった。

 ただスライムらしく半透明ではなく、不透明。流石に透け透けにするのは下品すぎるため、控えたのかもしれない。もちろん、半透明になるギミックが隠されてる可能性も捨てきれないが……。


 とにかく、ユイドラは自身の体を両手で隠さなければならなくなってしまった。

 右手で胸の二つの頂点を、左手で股間を。せめてもの抵抗として、恥ずかしい部分を必死に隠すというポーズではなく、指先をピンと伸ばした優雅さ溢れるオシャレポーズでモデル立ち。


 しかしそれでも、羞恥心は抑えきれないらしく、ユイドラの頬はほんのりと赤く色づいていた。


「ふざけるのも大概にしろ大馬鹿者……と、貴族どもを罵ってやりたくなるな」

「あーしは顔面にグーパンしないと気がすまないって、カンジだよー」


 スッとユイドラの背後から現れたイルヴィも、同じくムニムニ♥スライムドレスを身にまとっていた。

 その露出はユイドラと比べるとかなりマシな部類。煽情的なのはハートのスリットが谷間にあるくらいで、セクシーさよりも可愛らしさが重視されたドレスなのかもしれない。


「え、え、え、えぇえええ!? 何でオープンなの! むッ胸隠そうよ、イルヴィ!??」

「フフーン! あーしのチクビは引きこもりちゃんだから、隠さなくてもセーフっしょー?」


 慌てふためくガルカに対して、何故か自信満々なイルヴィがピースをしながら、大丈夫アピールしていた。

 確かにイルヴィの胸部の頂点には突起らしきものはなく、何の問題もなさそうではあった。だからといって、オープンすぎるのもどうかと思うが。


 ただ羞恥さの欠片もないケロっとした顔で明るく元気に、そう言われてしまえば確かに納得せざる、


「ブフゥ~~~ッ!??」


 を得なくはなかったようだ。


 ガルカは鼻から大量の鼻血を噴き出して、地面に崩れ落ちていた。


「だッ、大丈夫かガルカ!? しっかりしろッ……って、何て安らかな顔してるんだコイツ」


 ガルカを抱きとめるゼファーに、ロゼルとメルアリアが声をかける。


「おいおい、戦場を目前にして早速、一人離脱とは……不穏だな」

「神聖魔法をかけてあげた方がいいのでしょうか?」

「いえ、恐らくは精神面でしょうから、徒労に終わるかと」


 無念そうにそう言ったロアナは、近くに控えるメイドにガルカの介抱を頼む。


「すみません。この子を医務室に運んでいただけますか?」


 こうして、人数が一人減ってしまったとはいえ、予定は変わらない。


「では、これより入場となりますので、勇者様が先頭に――」


 そう言ったメイドはゼファーに対して指示したつもりだった。


「――おっし! 先頭も~らいっ」


 意気揚々と返事をしたのはロゼル。そう、この場には勇者が二人いた。


 すかさずメルアリアがロゼルの隣をすっと陣取り、事前の作戦通りに、一番槍はロゼルとメルアリアが担当することになった。

 二人の背後にゼファーが立つことで、逆三角形のフォーメーションが完成。その真後ろにユイドラを配置し、イルヴィとロアナがユイドラの露出した背中とお尻を守る。


 それを見てメイドがしどろもどろで慌てるが、時すでに遅し。


「新たな勇者様のご入場です!」


 その声を合図に、中庭に通じる扉がゆっくりと開いていく。


 真っすぐに伸びるレッドカーペットの両脇には、華美な衣装に身を包んだ老齢の男女がずらっと勢ぞろい。その終点の先には円形に整えられた大理石の石畳。それをぐるりと囲む様に、美しい純白の花畑が咲き誇っていた。


 中庭中央に控えるのは領主ヒース・エル・マグ・バニングス辺境伯とその妻ミランダ、娘リーデガルト。さらには大勢の貴族たち――それら全ての視線を赤火しゃっかの勇者ロゼルと白神官メルアリアが独り占めしていた。


 領主バニングス辺境伯は明らかに苦い顔で不満を露にしていた。

 それもそのはず。政敵である冒険者ギルドのエースが、貴族の本拠地に乗り込んで来たのだ。新たな勇者が政治的に宙ぶらりんなこの隙にとほくそ笑んでいたのに、既に対策が成されていたと知ってしまえば、やられたという表情が顔に出てしまうのも無理はない。

 だが一流の貴族であれば、そんなこと一切顔に出さないだろう。なにせ、貴族の世界は舐められたら終わりの世界なのだから。


 このことから分かるように、領主バニングス辺境伯は貴族家としての格は高いが、貴族としては三流以下の凡人に過ぎない。とは言え、相手が貴族なのであるから厄介な事には変わりないのだが。


 ゼファーたち六人はロゼルを先頭にして、長い長いレッドカーペットの上をゆっくりと歩く。


「忌々しい赤火の勇者ロゼルめ……新たな勇者を我々に渡さんつもりだな」

「よく見たまえっ……新たな勇者は悪名高い小人族ピースリングスだぞ。きっと勇者を騙る不届き者に違いない」

「おっほ! 勇者なぞ見とる場合じゃないぞ!? 見ろ、あのダークエルフを……くそっ、女が邪魔だのう」

「ナニナニ……むひょひょっ! 今宵の哀れなメインディッシュは甘露そうじゃ。頼んだぞ、リーデガルト嬢よ」


 いやらしい貴族の老人どもは我慢が効かない性分なのか、口々に邪な欲望を漏らしていた。


 それらの声は、聴覚に優れるダークエルフであるユイドラにはハッキリと聞こえていた。


「下衆どもめ……」


 しかし次の瞬間、誰の耳にも入る音量で声が響く。


「むっほほぉ~!! 乙女の清らかな柔肌が見放題じゃないかッ……やはり美女のドレス姿はたまらんなぁ~、ちょっとくらいお触りさせてくれないかなー」


 あまりにも下品な欲望丸出しなため、この場の視線がそこに一点集中。

 貴族の老人たちが困惑を口にしていた。


「む? 普段見ない顔だな?」

「タキシードを着た女……だと?」

「わしらより下品とは何者だこの女!?」


 気になるその下品な人物とはなんと――ライザ・エル・レ・リーズロール本人であった。


 高貴さの欠片などどこにもないが、これでも彼女は伯爵家の長女。つまり、貴族の身分を利用してこの場に参加してるようであった。

 もちろん、タキシード姿のライザの横には華やかなドレス姿のセラフィールもいた。


 敵地でまさかの顔見知りを目にしてゼファー、ユイドラ、イルヴィの三人はカッと目を見開いて驚愕していた。

 果たしてライザたちは敵なのか味方なのか。もしくはただの傍観者なのか。


 その判断をする暇もなく、領主バニングス辺境伯と赤火の勇者ロゼルが対峙する。

 領主の背後では、娘のリーデガルトがロゼルを憎しみのこもった目で睨んでいた。その様子からして、政略結婚という複雑な事情はあれど、ロゼルへの愛は確からしい。


「はて……ワシが招待したのは新たな勇者とその仲間のみ、であったはずだが? 何故、赤火の勇者がここにおるのだろうな?」


 ロゼルが貴族の手前、礼儀作法通りに片膝をつきこうべを垂れる。

 それにメルアリアが続き、真後ろのゼファーも空気を読んでロゼルの体勢を模倣。ユイドラたちも続々と頭を垂れていた。


 ロゼルが発言の許可をもらうために口を開く。


僭越せんえつながら、申し開きの機会を頂いてもよろしいでしょうか?」

「ふむ……許可する」

「恐悦至極に存じます。ではまず初めに彼、新たな勇者ゼファーについて申し上げます。彼は家名を持たない孤児出身の子供であります。また見ての通り、小人族であるため育ちも悪く……礼儀作法を一切知りません」


 バニングス辺境伯に見下ろされながら、ロゼルは話を続ける。


「そこでわたくしは愚考致しました。まさか高貴なる身分の方々の心をわずらわせるわけにはいかないと。ここに白神官と冒険者ギルドサブマスターを連れてきましたのは、勇者ゼファーが一切の粗相を犯さないようにと配慮してのことであります。誓って、我々は政治的な干渉は望んでおりません」

「……そうであるか。貴公の弁、一切の嘘はあるまいな?」

「ございません」


 尊大に頷いたバニングス辺境伯は自らの娘リーデガルトに話しかける。


「我が娘リーデガルトよ。勇者ゼファーを――」

「――お父様! 彼にはわたくしよりもずっと相応しい伴侶がきっといますわ」


 バニングス辺境伯は侮蔑交じりの視線でゼファーを見ながら言う。


「む? そうか……うむ、それもそうだな。小人族には小人族が相応しかろうて、ホッホッホ……」


 それは差別意識が現れた言葉。

 暗に悪名高い上に下賤な小人族の血を、高貴な貴族家に入れる訳にはいかないという拒絶の表明であった。


 そうとは知らず、ゼファーは求婚を断る必要がなくなったのでひっそりとホッとしていた。


「それよりもお父様、わたくしは今でも勇者ロゼル様を心よりお慕いしておりますの」

「なに……まことか?」

「はい、わたくしに相応しいのは……赤火の勇者ロゼル様以外にはおりません!」


 ゼファーが求婚されるという予定は狂ったものの、図らずも貴族たちの矛先をロゼルたちに向けることは成功していた。


「……赤火の勇者よ。今一度問う。我が娘と婚姻を結ぶのだ。これは貴公にとっても、このシャリオンにとっても……福音となるだろう」


 ロゼルは一呼吸置いてから、バニングス辺境伯に答える。


「身に余る光栄、恐縮であります。ですが卑しい身のわたくしには、同じく卑しい身の者を娶るのが身の程というものでありましょう。ご息女リーデガルト嬢には、わたくしめより相応しい男性が現れると信じております」


 やんわりと求婚を断れてしまったリーデガルトは不機嫌さをありありと態度に表しながら、ロゼルに言い放つ。


「わたくしはこんなに愛しているというのに、また断るなんてっ……あなたなんて大嫌いですわ!? 今すぐ、わたくしの視界から消え去りなさい!!」

「また、我が娘を悲しませるとは……心底、愛想が尽きた。愚か者は即刻退場せよ!」


 深々と一礼したロゼルは立ち上がると、退出のためレッドカーペットを逆走していく。

 しかし、メルアリアは未だその場にとどまったままであった。


「あなたもよ!? 早く出て行きなさいな!!」


 そう言って、メルアリアをビシッと指さすリーデガルト。


 一方、指を指されたメルアリアは自分の背後を見て、わざとらしくすっとぼけていた。


「あ・な・た・よ!?? すっとぼけてる、そこの白神官! 今すぐ、視界から消えてちょうだいなっ……」

「失礼いたしました」


 うやうやしく一礼したメルアリアが、とぼとぼとロゼルを追って退出していった。


「さて、こうして招かれざる客にはお帰りいただいたのだ。有意義な話をしようじゃないか――勇者ゼファーよ?」

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