第27話 領主派貴族と冒険者ギルドの対立

 ガラガラガラと石畳の路面と車輪が摩擦する音が響いていた。


 ここは地竜がけん引する豪勢な荷車の車内。時おり生じる地面からの突き上げによって、乗客の体が上下に揺さぶられる。


「あ゛、あ゛、あ゛、あ゛……あ゛のっ、お尻が痛いんですけど、どうにかなりません、コレ?」


 しんどそうに尻を撫でるガルカがメルアリアに尋ねる。


「諦めて我慢してください。あと少しの辛抱ですので」


 車内は座席が六つと結構広めの空間が広がっていた。

 前方三つの座席に、引率役でもある赤火しゃっかの勇者ロゼル、白神官メルアリア、冒険者ギルドサブマスターのロアナが三人。

 後方三つの座席に、ガルカ、イルヴィ、ユイドラの三人が乗っていた。

 そして、ゲストとして招待されたゼファーを合わせると合計七人。当然、六の座席に対して七人は座れない。


 それを解決するため――ロアナの太ももの上にゼファーが座っていた。


「ガルカの尻は軟弱だなあ……俺はちっとも痛くねーぜ?」


 そう言うゼファーは、ロアナの太ももの上で偉そうに足を組んでふんぞり返っていた。


「あ゛、あ゛のさあっ……柔らかい太ももの上に乗ってれば、そりゃ痛くないのは当然じゃん! 一人だけずるいって!?」

「そーだそーだ! あーしは席のコウカンを要求するゥー!」

「やだね! 俺の尻はデリケートなんだ。お姉さんの太ももの上じゃねーと尻が泣いちまう」


 幸せそうなホクホク顔で深くロアナの太ももに腰掛けるゼファー。


 その正面に座るユイドラがボソッと言う。


「ん……ゼファーは私以外の女に乗り換えてしまったみたいだな」


 ゼファーはその一言に迫真の顔でハッとしていた。


 更にユイドラの追撃は続く。

 憂いを帯びた儚げな瞳で窓の外の遠くを眺めながら、止めの一言。


「そうか、私はもう過去の女になってしまったのか……」


 ユイドラとしてはゼファーをちょっとからかってやるか、ぐらいの可愛い意地悪のつもりだった。


 しかし、ユイドラに一途を貫いてたつもりだったゼファーには深くぶっ刺さってしまったらしい。無言でスッと立ち上がると、イルヴィに身振り手振りで席をどけと合図する。


「ヤッター! お姉さんの太ももゲットー! わぁ~ふっかふかじゃ~ん、あー生き返るゥ~♪」


 ゼファーはイルヴィが座っていた座席にドカッと腰掛け、ユイドラをチラ見しながら小声で言う。


「ごめん、ちょっと浮かれてた」


 その一言で何かが満たされたのか、ユイドラは優し気な微笑みを返していた。


 それから数分後。

 窓の外に見える景色は一面全てが雄大な川になっていた。


 ここは川幅約1kmの巨大河川【ヴィアン川】に架かる巨大な橋の上。東の新市街と西の旧市街を結ぶ唯一の橋である。


「ぐぉおおお、この揺れヤバすぎんだろお。尻がぁ、あ゛……ちょーいってぇ~」


 ゼファーが荷車の乗り心地の悪さに苦しんでいた。


 それを見たロアナがこの乗り心地の悪さの元凶について語り始める。


「本当に酷い乗り心地ですよね。ですが、貴族専用の荷車は一切揺れないんですよ? 知ってましたか、ゼファーさん?」

「はあ? じゃあなんでこんなに揺れるんだよ?」

「これは貴族による嫌がらせの一種なんです。話すと少々長くなりますが、これから貴族が支配する旧市街に赴くのですから、しっかり聞いてくださいね?」


 ロアナが領主派貴族と冒険者ギルドの対立について語り始める。


 ここ水の都【シャリオン】では大昔から、領主を筆頭にした貴族たちと冒険者ギルドの勢力争いが絶えず繰り返されてきた。

 まだ領主たち貴族の権力が強かった過去の時代では、冒険者ギルドや冒険者の稼ぎの内、八割が税として徴収されていたこともあったという。


 その貴族優位の時代に変化の兆しが現れ始めたのは、今から約百年前。

 きっかけは、その当時の勇者が冒険者ギルド側についたこと。


 それによって氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】からの資源回収が加速し、新市街が急発展。これ以降、冒険者ギルドは勇者を中心に据えた運営に切り替え、貴族たちに対抗し始めた。


 新市街に活気が溢れれば当然、都市の外から訪れる人の数も激増。それに比例して冒険者の数も激増し、その恩恵にあずかる領主派貴族たちとしても冒険者の意見を無下には出来なくなっていった。

 その結果、徐々に重税は改善されていき、今から三十年前時点で五割までに減税された。


 ちなみに、今現在の税負担はなんと三割。


 これは現在の領主が無能であることと、名誉ギルドマスターであるクレハと赤火しゃっかの勇者ロゼルという二大スターによる影響が大きい。


「実は俺とメルアリアは幼馴染でさ? 今から四年前だったっけ? 十七の時に俺が勇者になって、この水の都シャリオンの守護を任されたんだ」


 オシャレにこだわるロゼルは整った顔立ちな上、気さくで話しやすく人格者である。


 速い話、彼には類い稀なカリスマ性があったのだ。


 その魅力が大勢の人間を惹きつけることになり、大量の若者が後追うように冒険者になった。あっという間に冒険者ギルドの勢力は拡大し、冒険者の地位向上まで果たされた。

 一部ではあるがそれの副作用として、若い冒険者の死亡率が上昇。これが原因で後に、若者を対象に新規の冒険者登録を禁止する法律が爆誕してしまうことに繋がってしまうのだが。


 一方、旧市街の貴族たちはというと、信用と実績がない若者たちを拒み、資金力やコネ、権力を持つ上位貴族たちとの繋がりを強化した。ただ、そのほとんどが生い先短い老人であるため、どうしても数の上での不利は否めないが。きっと少数精鋭で対抗しようとしたかったのだろう。


 その結果、現在では旧市街の人口一万人に対し、新市街は人口百万と百倍の差が開く有り様となってしまった。


 数は力。シンプルな理論である。


 領主を筆頭に貴族が中心となって、富と権力を手中に収めているものの老人ばかりで成長せず、衰退の一途を辿る旧市街。

 夢やロマン、一獲千金を追い求める若い冒険者を中心に、希望と可能性、活気に溢れ成長著しい新市街。


 こうしてたった百年の間に、二つの街の力関係は大逆転してしまうことになった。


 ここに至って、ようやく危機感を覚えた領主はようやく重い腰を上げる。


「追い詰められた領主派貴族たちは起死回生の奇策に打って出ました」


 それは赤火の勇者ロゼルと領主の娘リーデガルトを結婚させるというもの。ロゼルを強引に貴族側に取り込もうとしたのだ。


 簡単な話――政略結婚である。


 ちなみにそれが実行されたのは今から約三年前。当時の年の頃はロゼルが十八歳、リーデガルトが二十六歳である。

 リーデガルトの容姿は美人ではあるものの、とびぬけた美貌を誇るというわけではない。ただ性格には大きな難があり、人一倍プライドが高くわがままで傍若無人という短所があった。

 またそれに付随した悪い噂も巷で囁かれているくらいには有名で、総評して悪い話題に事欠かないお騒がせ系お嬢様と言っても過言ではない。


 恐らくは、冒険者ギルド側の象徴である勇者ロゼルを自分の言いなりとして操り人形化し、間接的に冒険者ギルドに対する影響力を確保したかったのだろう。


「もちろん、速攻で断った。俺には将来を約束した幼馴染の女性がいます。あなたとは結婚できませんってな」


 ロゼルはメルアリアを見ながらそう言った。


 これをきっかけに赤火の勇者ロゼルと領主ヒース・エル・マグ・バニングス辺境伯の間に深い因縁と確執を生むことになってしまう。


「ロゼルったらもう正直者すぎるんだから。少しくらい言い方に気を付けてれば、結果は違って……はないでしょうね」

「俺もそう思う。んで、領主様はこう言ってきた。結婚を諦める代わりに、せめて自分が投資する冒険者をパーティーに入れてくれと」

「それがまさか……暗殺者だったなんて。うふふ、あの時は本当にビックリしましたわよね?」

「メッ、メルアリア!? 俺がどんだけッ……」


 激しく感情を露にするロゼルの口を、メルアリアが人差し指で塞ぐ。


「ごめんなさい。少し言葉が過ぎましたわ」


 きっと邪魔なメルアリアさえ亡き者にしてしまえば、赤火の勇者ロゼルと自分の娘を結婚させられると、領主が浅はかな知恵を巡らせたのだろう。


 現場となったのは氷の魔界【ディオ・ラ・レヴナ】の最高到達地点、第十層。

 そこでロゼルとメルアリア以外の二人の冒険者が突然裏切った。ポーターは無関係だったようだが。


 無能な領主が人選をミスったおかげかはわからないが、ロゼルは見事裏切者を生け捕りにし、最悪の事態は回避された。

 しかし、メルアリアも無傷で済んだわけではない。


「私の目隠しは、その時の傷を隠す目的で着用しているんです。事情を知らない方が見てしまうと、ビックリしてしまうでしょうから……」


 ロゼルに手を握られながら、メルアリアは続けて話す。


「当時の私はまだ白神官として未熟でした。それに、夜闇が支配する地下深くの魔界という悪条件でしたから……完全には治せなかったんです」


 その後、ロゼルは捉えた冒険者たちから誰の差し金が聞き出した。

 金で雇われた冒険者に貴族への忠誠などあるわけがなく、スラスラと領主からの指示だとあっさり自白した。


「犯人を捕まえて証拠もあるんだろ? だったら何というか、こう……う~ん、うまく言えねーけど……やり返す。みてーなことはできなかったのか?」


 貴族について無知なゼファーが尋ねていた。


 それに答えたのはロアナだった。


「それは暴力を用いての復讐という意味ですか? それとも、この事実を公表して、何かしらの社会的な裁きを与えるという意味ですか?」

「後者の方だ」

「そうですか。ハッキリと申し上げますが……貴族を裁く法や制度、組織など存在しません。まあ仮にあったとしても、権力と金で簡単に揉み消してしまうでしょうね」

「滅茶苦茶じゃねーか……」

「あなたがゲストとして招待されたパーティーは――その滅茶苦茶な権力者たちの巣窟なんですよ?」

「………………行きたくねー」


 そして、ついにロアナは本題に入る。


 それはこれから向かうパーティーで起こるであろう領主の娘による求婚と、それを断った場合に起こる嫌がらせについてであった。


「本題はここからです、ゼファーさん。招待されたパーティーでは、確実に領主の娘リーデガルトから求婚されますが――」

「――無理!!」

「と無礼を働かれると非常に困った事態になってしまいますので、断る時は小声でわたくしか、近くにいる仲間を介して伝えるよう心掛けて下さい。いいですね?」

「わ、わかったッス!」

「あと、ゼファーさんの想い人がバレてしまうと矛先がそちらに向いてしまうので……絶っ対っに!! バレないようにして下さいね? 絶っ対っですよ??」

「はッ、はッ、はいぃ~~~肝に銘じるッスぅ……」


 それから、ロアナはゼファー以外に向けて言う。


「恐らくは、冒険者ギルド関係者であるわたくしは途中で追い出されてしまうと思いますので……ゼファーさんの仲間の内、誰か一人は必ず近くに控えていて下さい。万が一の時の代弁者になって頂きます」


 ユイドラがこくりと頷く中、ガルカとイルヴィはうつむきながら、戦々恐々として震えていた。


「そして、求婚を断った後に何が起こるかですが……恐らくは領主様お抱えの冒険者をパーティーに入れろと要求してくるでしょうね」

「それも無理……なんだけど、それまで断ったらヤバくねーか?」

「いえ、この場合はパーティーメンバーの決定権は妖精郷にあるから、ゼファーさんの一存では決められないと言ってしまえばいいでしょう」

「確かに……!」


 作戦会議はまだ終わらない。


 少し言いづらそうにしているロアナが、ユイドラとイルヴィに向けて頭を下げる。


「先に謝罪させていただきます。申し訳ありません、わたくしはお二人方の力にはなれないでしょう」


 何かしらの事情を察して、静かに目を閉じて覚悟を決めるユイドラ。

 一方で何の事情も察せずに、口をパクパクさせて慌てふためくイルヴィ。


 ゼファーがロアナの言葉の意味を問う。


「ど、どういうことだよ!?」

「領主様、ひいては貴族が自分の要求を何も通せなかった場合……貴族による嫌がらせはユイドラさんとイルヴィさんに集中するでしょう」

「……何で、この二人なんだ?」

「貴族が催すパーティーにはそれに相応しい恰好、つまりはドレスを着て参加しなければなりません」


 そう言われて、ゼファーは女性陣に目を向けるが、誰一人としてドレスなど着用していなかった。


「公式な組織に所属している者。つまり、冒険者ギルドに所属するわたくしはギルドの制服、白神殿に所属するメルアリアさんは神官服での参加が限定的にですが認められているんです。しかし、冒険者に制服はありませんから……」

「いや冒険者にだって、カッコいい装備とかさあっ」

「武器や防具の類いは持ち込み禁止と定められています。冒険者に関しては一律、男は地味なタキシード。女は煽情的なドレスです。きっと武装解除の意味があるんでしょうね」

「つーことはもしかして、冒険者が着る服は貴族が用意する……とかか?」

「その通りです」


 荷車内が沈黙で支配される中、ユイドラが口を開く。


「過去に一度だけ、参加させられたことがある……もちろん、嫌々だったぞ?」

「わ、分かってるって」


 ジロリとユイドラに睨まれたゼファーがおっかなそうに頷いていた。


「私が着せられたドレスは……谷間と背中が大胆に露出するものだった。チラ見してくるムッツリスケベどもが、心底不快だったよ。とは言え、直接手を出してくるような下品な真似は流石にしてこなかったがな」

「貴族の世界は男社会ですからね……ですが、最近は貴族のご婦人や娘がその……やんちゃしてしまうケースが非常に増えていまして。特にここシャリオンだと……いえ、止めておきましょう。無駄に不安を煽るだけでしょうから」


 そこまで言って、口をつぐんで黙ってしまうロアナ。恐らくは言いずらい内容だったのだろう。


 これまで散々、貴族の嫌な話ばかり聞かされて、皆うんざりしていた。

 そんな周囲を見かねて、ゼファーが対策について尋ねる。


「俺ァ、やられっぱなしは嫌だぜ。対抗策とかねーの?」

「もちろんある。クレハが妖精郷に保険をかけに行くと、出て行ったのは覚えてるか?」


 答えたのはロゼルだった。


「あぁ、そういやそんなこと言ってたな」

「貴族はな……より格上の貴族に弱いんだよ。つまり、クレハは妖精郷の最上位貴族――真祖十血族の誰かをパーティー会場に連れてくるつもりなんだ」

「……間に合うんだよな?」


 一番気になるのは当然そこだ。果たして、間に合うのかどうか。


 妖精郷【イルドラジア】はここシャリオンの真下にある国だが、真祖十血族の多くがいるのはその最奥、絶対聖域【ユルズミール】である。

 さらに気がかりな情報として、長命種であるエルフの多くは妖精郷の外に出たがらない。特に真祖十血族に限れば、ごく一部の酔狂者が数百年に一度外に出るというレベル。


 つまり、真祖十血族は――真性のひきこもり集団なのであった。


 それこそ死ぬほど興味のある釣り餌でも垂らさない限り、すんなりと釣られてはくれないだろう。新たな勇者誕生がそれに見合えばいいのだが。

 ただ仮に釣り出すことに成功したとしても、更なる壁が立ちふさがる。


 そう、往復にかかる移動時間の問題だ。


 早朝に出て行ったクレハがたった半日足らずで、真祖十血族を誘い出し、シャリオンまで連れて帰る。どう考えても無理のある策にしか思えない。


 しかし、ロゼルは自信ありげにこう答えた。


「クレハなら必ず間に合わせる。ついでに言うと、パーティーに呼ばれてない俺やメルアリア、ロアナがここにいるのは……わずかでも時間を稼ぐためなんだ」


 ここでロアナが再び会話に参加する。


「ロゼルさんとメルアリアさんは一番槍です」

「婚姻を断った件で、領主様とその娘にスゲー嫌われてるからな! まずは俺らに注目を集めて矛先がこっちに向いたら、可能な限り時間稼ぎだ」

「彼らが追い出された後は、冒険者ギルドのサブマスターであるこのわたくしがゼファーさんの代弁者として、求婚をやんわりと断り続けます。まず間違いなく冒険者ギルドの介入を嫌って、退出処分を受けるでしょうから……その後は、皆さん頑張って下さい」

「不安しかねーんだけど……大丈夫なのか、コレ?」


 結局はほぼ出たとこ勝負なため、一抹の不安をゼファーが口にしていた。


 子供に言いつけるように、ロアナがゼファーに念押しをする。


「とにかくですね? 最悪なのは貴族に不利益な要求を飲まされてしまうことです。なのでゼファーさんは下手な言質を取られないよう、できるだけ会話を慎んでください」

「……そう言われてもさあ」

「我慢です。何があっても我慢するんですよ? いいですね?」

「先に言っとくぜ? たぶん、無理!」

「……そうですか。では……クレハ様が間に合うと信じましょう」


 もはや諦めの境地に達したロアナは、両手を合わせて女神に祈るしかなかった。


 そしてついに、パーティーの開始時刻を報せるザルティアッハの鐘の音が響き渡る。


「おいおい……鐘鳴っちまってるけど、まだ着いてねーぞ?」


 ニヤっと不敵な笑みを浮かべるロゼルが、カッコつけながら言う。


「へーきへーき、だって――主役は遅れて登場するもんだろ?」

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