第26話 オシャレ好きな赤火の勇者

「ちょぉ~っと、お邪魔するぜ~」


 おちゃめなお兄さんといった感じの青年――赤火しゃっかの勇者ロゼル・ブローシュがドスドスと大股歩きで入室してきた。


 一番最初に目に入るのはショッキングピンクな長髪。オールバックのウルフヘアで、ヘアトップがフワフワと膨らんでボリュームはマシマシ。その一方、サラサラストレートヘアを二束に分けておさげにしているので、サイドから襟足にかけてシュッとしたシルエットになっていた。

 色合いを含めて、緩急のあるシルエットに仕上がったとてもオシャレなヘアスタイルであった。

 またそれに合わせるためか、やや迫力に欠ける童顔には薄っすらとメイクらしき痕跡もあった。


 服装は襟が立った黄色のロングコートに、ミスリルが編み込まれた漆黒の腹巻。動きやすさと防御性能の両方に優れた実用的な装備を着用していた。

 金属製の防具に関しては手足だけで、ややくすみのある金色が鈍く光る。


 それら全てがうまい具合に調和し、独特の世界観を持ったオシャレなイケメンといった風貌に仕上がっていた。


「何故、ここにロゼルがいるでありんすか!?」


 ここにいるはずのない人物を見て、驚くクレハ。


 そんな彼女に対して、ロゼルがお手上げといったジェスチャーをしながら答える。


「……領主様に魔界よりも地上を守れって言われちゃ……ねぇ?」

「はぁ~あの愚か者めっ……こんな時までわっちらと政治ごっこしとる場合か!?」

「まっ、十匹くらい金仮面デウラトゥスをぶっ飛ばしたし、出現してた五つの黄金の扉も消えたから、とりあえずは大丈夫だと思うけど……」


 ロゼルの言葉に、鋼鉄製の目隠しをした白神官が付け加える。


「悪い報せはもう一つ。領主様は魔界への立ち入り制限まで解除されてしまいました。冒険者は平常通り、資源回収に勤めよとのことです」


 苦い表情を浮かべるクレハが、苛立ちながらポツリと言葉を漏らす。


「貴族からすれば……所詮、冒険者は使い捨ての道具にすぎんか」

「恐らくは……この妨害で新市街に多少の被害でも出れば、それを理由に冒険者ギルドへ責任を追及。街への被害補償に恩着せがましく金を出して、何かしらの要求を通そうという魂胆でしょうね」


 そう言って、ロアナが領主派貴族の思惑について推測を立てていた。


「ん~とりあえずさ……辛気臭い話題は一旦置いといて、明るい話をしようぜ? 新しい勇者が現れたんだろ? どいつだ?」

「くふふ……どいつだと思うでありんすか?」


 ロゼルの問いに、いたずらな笑みを浮かべたクレハがそう返した。


「そ~だな~……」


 ロゼルはゼファーたち四人を一人ずつ順番に見ていく。

 ガルカ、イルヴィと見ていきユイドラを視界に入れた瞬間、酷く驚いた様子でギョッとしていた。


「ふむ、答えはダークエルフかの?」

「いッ、いや違う……ただ知り合いに凄く似てて……ビックリして、なあ?」


 ロゼルにそう振られた白神官は至って普通の様子で答える。


「確かに瓜二つですが、よく見て下さい。銀じゃなくて金ですよ?」

「あ、あれ~? 確かに……」


 ロゼルのまるで幽霊を見たみたいな視線が不快なのか、ユイドラが不満を露にする。


「おい……人の顔を見てビクビクするのは止めろ、不快だ」

「ごめん! ホンットごめん!」


 気まずい雰囲気を切り替えるためか、ロゼルが張り切った声で答えを出す。


「えっと、そう……話は勇者が誰かだったな!? そこの、銀髪の子! たぶん、あの少年が勇者……なんじゃねーかな~って」

「その根拠は?」


 クレハにそう聞かれたロゼルは、クレハの耳元でこそこそと話す。


「消去法っ……ちっこくていかにも弱そうなのを選んでみた」


 それはユイドラへの対応を反省しての行動であった。


「そうかそうか、秘めた力を感じたでありんすか……お見事、正解じゃ!」


 わざわざクレハが気を利かせてそう言ったのに、


「うッ、嘘だろッ!? マジで言ってんのぉ!??」


 と明らかに不自然なリアクションをしてしまっていた。


「おい、そのリアクションなんか変じゃねーか? 秘めた力感じてた――」


 己のミスをごまかすため、ロゼルが素早くゼファーの背後を取る。


「――ヘーキレーな銀髪してんね? 伸ばしてんの、コレ……って、ギャーッ!! お手入れ全っ然してないだろー、このボサボサ具合!」

「仕方ねーじゃん……俺、髪の手入れとかよくわかんねーんだもん」

「あのなー? 勇者ってのは人の注目を浴びる宿命なの。きったない身なりしてたり、ダッサい恰好してたりしたら、帰属する国に迷惑がかかるんだよ」

「そうなの? 大人の世界って大変そうなんだなあ……」

「そっ大変なの。とりあえず、この荒れ具合は見過ごせないから、俺が代わりにお手入れしてやる」

「うわっ!? ちょッ勝手に触んなって!」

「こら、ジッとしてろって」


 ロゼルは暴れるゼファーの肩を抑えながら、かんざしが刺さるお団子のような銀の長髪をほどいていく。


「任せとけって! こう見えて、美容師の資格持ってんだぜ~?」

「ふぅ~ん? まぁ、別にいっか。減るもんじゃねーし。じゃ任せた」


 ちょうど、かんざしを引き抜いて長い髪を手で軽くとかしていたその時だった。

 ゼファーの汚れた銀髪の中からロゼルの腕を伝って、一匹の黒い虫が勢いよく這い出てくる。


「ひぃやぁーーーッ!??」


 乙女の様な悲鳴を上げるロゼルがブンブンと腕を振り回して、黒い虫を追い払う。

 しっかりと両腕に虫がいないかを確認してから、ゼファーを問い詰める。


「おいおいおいッ!? 何、今のキモイ虫!? 勘弁してくれって……俺、虫嫌いなんだよ。というか、あのさ? コレ、どのくらい洗ってない?」

「……さあ?」


 虫なんてどこにでもいるだろ、と呆れ顔なゼファーは適当すぎる返事を返した。


 あまりにも無責任な答えに対し、ロゼルは苦虫を嚙み潰したように苦悶する。


「あぁ~もう! ったく、こりゃあ……浄化の杖の出番か? 結構高いんだよなぁ、回数制限あるくせして」

「何それ?」

「黒神官が使う浄化の神聖魔法を誰でも使えるようにってな、簡易的に再現したものだ。本物には全然敵わねーけど、コレ使えば体の汚れ程度なら祓われて綺麗になるんだよ」

「ふぅ~ん?」

「まあ、すぐにわかる。……っと、この汚れ具合なら呪文の詠唱も必要か……」


 ロゼルが深呼吸して集中力を高めると、呪文を唱え始める。


「其は忌むべき穢れにして不浄なる災い、あまねく滅べ、死者の安息を妨げし者よ――ムーンライト・ピュリファイ!」


 ゼファーの体全体を柔らかな月光の輝きが包む。

 パチパチと泡がはじけるようにして体の汚れが浄化され、くすんでいたゼファーの銀髪に艶が生まれていた。


 ロゼルはくしを取り出して、ゼファーの髪をすいていく。


「これから、大人の世界の一員になるんだ。ちゃんと毎日髪と体を洗って、身だしなみに気を付けるんだぞ、わかったな?」

「え~毎日ぃ? 正直、めんどい……」

「お、お前なあ……」


 ゼファーがロゼルに振り返って言う。


「お前じゃなくて、ゼファー」

「おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はロゼル・ブローシュ。そして……」


 続けるようにして、白神官に手のひらを差し向ける。


「彼女は俺の一番大切な人――メルアリアだ」

「……メルアリア・セルフェルトと申します」


 白神官こと、メルアリアは一番大切な人という紹介が恥ずかしかったのか、両手で口元を覆い隠していた。


 ゼファーはその仕草を見て、思い出す。


「あッ、ユイドラを治してくれた人じゃん!?」


 ゼファーが思い出したのは、メルアリアが半裸を見られて恥ずかしがっていた時のこと。

 あの時も今と同様の仕草をしていたのだ。


「そういや、あの時はドタバタしてお礼を言いそびれてたな。ユイドラの命を救ってくれてありがとう」

「それが私の仕事ですので。でも、お役に立てたのなら光栄ですわ」

「私からも言わせてくれ、感謝している。あなたのおかげで、私はこうしてここにいることができる」


 ゼファーに続いて、ユイドラも感謝を述べていた。


「私は女神ソルテナの奇跡を代行したに過ぎません。ユイドラさんが生きてここにいるのは運命の導き。きっと生きて果たさなくてはならない使命があるのでしょう」

「私が果たすべき使命か……その言葉、肝に銘じておこう」


 さらにガルカ、イルヴィ、ユイドラの順に自己紹介が続く。


 その間、ロゼルは一心不乱にゼファーの銀髪を整えていた。

 時おり、どこからか出したヘアカット用のハサミで微調整。それが終わるとかんざしを使ってヘアアレンジしていく。


 髪を一つに束ね、時計回りに数回ねじる。その際、後ろ髪の二割くらいを髪束の外に。一本の毛束となったそれの真ん中に上からかんざしを挿し、くるりと半回転。かんざしの先が右下を向くようにしてひっくり返すと、そのまままとめた髪束にぶすり。

 後頭部下で渦を巻いたお団子から、ポニテの様なおさげが垂れ下がるオシャレなヘアスタイルが完成した。


「よーし、これでバッチリだ! うん、我ながらオシャレに仕上がったと思うぜ?」


 ここに鏡がないからか、ゼファーはすぐ横にいるユイドラに仕上がり具合を尋ねる。


「……どう?」

「ん……カッコよくなった」

「へへっ……そう?」


 そう言って、照れくさそうにするゼファーを見たロゼルは、名案を思い付いたみたいに言う。


「どうだゼファー? 身だしなみを整える意味がわかったろ?」

「まあ……」


 こうして場が一旦落ち着いたタイミングで、クレハが話の主導権を取り戻す。


「さて……ロゼル乱入前に、ゼファーが黄金の武器が出せないと言っていたが……ロゼル、どういうことかわかるでありんすか?」

「……マジ?」

「マジじゃ」


 神妙な顔つきで思い悩むロゼルが右腕を巻くって黄金の痣を見せる。


「黄金の痣はちゃんとあるんだよな?」


 ロゼルと同様に、ゼファーが右腕を捲る。


「あるぜ、ほら」

「ある……なあ。う~ん、俺の場合は右腕に黄金の痣が刻まれた時に、頭の中で武器の名前と解呪の言葉が浮かんだんだけど……」

「何も浮かばなかったけど?」

「あれ~? ごめん……俺にもよくわかんね」


 そう言って、諦めたロゼルがお手上げを表明していた。


「そもそも、どういう状況で黄金の痣が刻まれたでありんすか?」

「はいはーい! ゼファーと金仮面デウラトゥスがガッチンコした瞬間に、稲妻がバチバチ―って走ってェ、二人の間に黄金の武器が物質化してたよォ~?」


 クレハの問いに対して、イルヴィが元気よく答えていた。


「接触した時……? 倒した時じゃないのか?」


 怪訝そうなロゼルがイルヴィに尋ねていた。


「うん。だって、物質化した黄金の武器を使って倒してたもん」

「ってなると、俺の時とは状況が違うな……所有権の継承が不完全だったか?」

「何それ?」


 初めて聞く言葉に、ゼファーが疑問を口にしていた。


 ここで、ロゼルが黄金の武器に関するある仮説について話す。


「とある学者によると、黄金の痣は黄金の武器の所有権を表したものらしいんだけど……金仮面を倒す際に何かしらの条件を満たすことで、黄金の武器に関する所有権の継承が行われた結果、黄金の痣が刻まれるっていうのが有力な仮説としてあるんだ」

「ふぅ~ん? じゃあ、もう一回一つ目キュクロプスをぶっ飛ばしゃあいいのか?」

「そんな単純な話じゃ――」


 その時、大部屋の扉がバンと勢いよく開かれる。


「――お取込み中、申し訳ありません! 領主様より、今夜開かれるパーティーに新たに現れた勇者様とその仲間をゲストとして招待したいとのことです!」


 冒険者ギルド職員による報せを聞いて、クレハが苛立った様子で聞き返す。


「……どうにかして、断るわけにはいかんか?」


 非常に困った様子のギルド職員に助け舟を出すために、冒険者ギルドのサブマスターとしてロアナが代わりに答える。


「まず間違いなく、冒険者ギルドは勇者を私物化していると吹聴するでしょうね。我々としても、事実無根と主張しずらいので万が一を考えると……断らない方がいいかと思います」

「で、ありんすか」


 状況がよく分かっていないゼファーが二人に尋ねる。


「なあ、貴族のパーティーにゲスト招待されるのって何かまずいのか?」

「十中八九、領主の娘に求婚されるであろうな」

「ゼファーさんに分かりやすく説明申し上げますと、領主様の目的は勇者の専有化と血筋の拍付け。勇者の威光にあやかろうというこすい魂胆見え見えの政略結婚を狙っているんです」


 心底疲れた顔をしたロゼルが話に割り込む。


「ちなみに、俺も求婚された。んで、断ったらメルアリアが暗殺されかけた」

「はあぁあああッ!? んだよそれっ! ったく、貴族ってやつはどいつもこいつも碌なもんじゃねーな」


 貴族が関わるトラブルに巻き込まれた経験を思い出したのか、ゼファーは声に怒りをにじませていた。


「同感。そんで……今は招待を受けるのか、断るのか。どうすんだゼファー?」

「冒険者ギルドからじゃなくて、俺の方から断ったらどうなんの?」

「あまり変わらないでしょうね。冒険者ギルドが断るように良からぬことを吹き込んだとか、仕向けたとか吹聴する内容が多少変わるだけです」


 既に経験済みですと言った様子で、ロアナが気だるそうに答えていた。


「じゃあ、行くしかねーじゃん。はあ……招待受けるぜって言っといて~」

「わ、わかりました!」


 報せを届けたギルド職員はゼファーからそう伝えられたので大部屋を後にしようとするが、その前にクレハが重要なことを尋ねる。


「今夜と言っていたが、ザルティアッハの鐘の音が鳴る頃でよいな?」


 ザルティアッハの鐘の音とは午後八時になったことを知らせる鐘のこと。

 午前六時がソルテナの鐘の音、正午がユリステリアの鐘の音、午後四時がノルトゥーンの鐘の音と呼ばれている。


「はい! そのように聞いております」

「わかった。もう行ってもよい」

「はっ」


 ギルド職員を見送ったクレハはロゼルやロアナ辺りに話しかける。


「これよりわっちは、急ぎ妖精郷へ赴くとする」

「なるほど。貴族にはより上位の貴族を……ですね」

「うむ。だがこれはあくまで保険に過ぎん。もし間に合わなかった場合はロゼル、ゼファーたちを頼んだでありんす」

「はぁ……貴族は苦手なんだけどなー」

「恐らく貴族たちが支配する場において、主だけが頼りじゃ」


 ロゼルはガクッと肩を落としながら言う。


「あーあ、興味本位で新しい勇者見に来ただけなのに、まさか面倒事を押し付けられることになるとは……」


 こうして、ゼファーは面倒な貴族たちと相まみえることになってしまったのだった。

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