第25話 黄金の痣がもたらす影響

 ユイドラが仲間になった後、ゼファーたち一行――ゼファー、ガルカ、イルヴィ、ユイドラ、ライザ、セラフィールの六人は無事に魔界から脱出した。

 魔界第一層から出口までの道中、ライザがユイドラをしつこくナンパしたり、ギリギリアウトなセクハラをかましたり、同性だからとお触りしようとしたりと随分と賑やかで騒がしい帰路となった。


 しかし、二対の摩天楼【ドルジャ・ザラハ】のエントランスホールにたどり着いた途端、皆一様に沈痛な面持ちで沈黙する。

 そこは野戦病院と化しており、医務室や宿、仮眠室などのベッドから溢れたであろう負傷者があちこちに雑魚寝。彼らと少し離れた場所には、不幸にも命を落としてしまった者の遺体なども並べられ、黒神官によって浄化の神聖魔法がかけられていた。


 呆然と立ち尽くすゼファーに、深緑が映える癖っ毛セミロングの女エルフが話しかけてくる。


「お疲れのところすみません……わたくし、冒険者ギルドのサブマスターを務めさせて頂いております、ロアナ・ラナークと申す者なのですが……」


 そう話しかけてきた彼女を、ゼファーがギョッとした顔で見上げていた。


 それもそのはず。彼女はユイドラやライザよりも遥かに高い2m超えの長身だったのだ。非常にほっそりとしたスレンダー体型ではあるものの、規則に厳しいお堅い女ですと主張するメガネ。それと鷹のように鋭い眼光が溢れんばかりに威圧感を放っていた。


 そんな年季の入った人物に見下ろされている哀れな獲物、もといゼファーは何も非がないのに後ろめたさを感じて逃げ出したくなっていた。


「あなたが黄金の武器を手に戦っていた……銀髪の小人族ピースリングスで間違いありませんか?」

「おッ……おぅ、そ、そうだけど?」

「では、今からあなたの右腕を拝見してもよろしいですか?」

「え? 何で?」

「ええと……実は多数の冒険者様から勇者ではない者、長い銀髪をした小人族ピースリングスの子供が黄金の武器を手に金仮面デウラトゥスと戦っていた。という目撃情報が入ってきていまして、我々冒険者ギルドとしてはそれが事実かどうか確認しなければならないのです」


 突然の話に困惑するゼファーに、ライザが腕をまくれと促す。


「腕を見せるんだゼファー。どの道、お前に拒否権などはない」

「強制かよ……チッ、仕方ねーな」


 渋々といった様子で、ゼファーは腕をまくって黄金の痣を晒す。

 その途端、周囲がざわざわと騒がしくなり、人々の注目がゼファーの右腕に集中。それが本物か偽物かで熱い議論が交わされていた。


 ごくりとつばを飲み込んだ冒険者ギルドサブマスター、ロアナが黄金の痣に手を伸ばす。


「ご無礼を承知で申し上げます。直接、私の手で触って確認させていただきますね」


 有無を言わさず、黄金の痣の上に指を這わせたり、強く引っ張ったり押し込んだり、爪でカリカリとひっかいてみたりと入念に本物かどうか確かめていた。


 その隣に複数の冒険者がぞろぞろとやってくる。


「そいつは本物だぜ。俺たちはそのガキが、黄金の武器で金仮面デウラトゥスをぶち殺すとこを確かに見た」

「僕も見ました。確か黄金の武器は一つの柄に二つの刀身がついたものでした」

「私たちは、彼が逃げ道を切り開いてくれたから助かったんです」


 彼らは皆、戦うゼファーに加勢せず逃げ出した者たちであった。


 そして、ついにロアナが結論を出す。


「これは……本物です」


 その瞬間、エントランスホールがドッと歓声で埋め尽くされる。


「おいおい、ホントかぁ? どう見てもガキにしか見えねーが……」

「もし、仮に事実であれば……十七歳で勇者になった赤火しゃっかの勇者の最年少記録が破られることになりますね」

「って考えると、流石に信じがたいよねぇ~」


 ゼファーが勇者かどうか疑う者たち。


「マジかよ!? 五人目の勇者が現れやがったぞお!??」

「ってことは、このシャリオンにわんさかと貴族様が……いや、それだけじゃねえ。王族や権力者の使いが押し寄せんのか!?」

「そりゃ、絶好のスポンサー獲得チャンスじゃねえかよ!? アピールのためにかっけぇ防具と武器を新調しねーと!??」


 もたらされた情報を好意的に受け止め、迅速に行動を始める賢い者たち。


「何で小人族のクソガキなんかが選ばれてるんだよっ……俺の方が百倍頑張ってるだろうがッ」

「クソォ、羨ましいなあ……妬ましいなあ……。黄金の武器だけじゃなくてキレーな姉ちゃんまで侍らせやがってよお……」

「ふんっ……どうせヤバイ貴族に目をつけられてお終いさ、あんな奴。そんで貴族散々こき使われて、とことん酷い目に合わされて、不幸になるに決まってる」


 ゼファーの不幸を願い、嫉妬する愚かな者たち。


 人々の反応は三者三様であった。もちろん、少人数ではあるが五人目の勇者出現の報を誰かに知らせようとうごめく者の姿もあった。


「んじゃ確認もできたっつーことで、もう行ってもいいか?」


 居心地の悪さを感じているゼファーは一刻も早くこの場を離れたがっていた。

 しかしそれは当然、ロアナによって却下される。


「駄目です。このまま私と共に、冒険者ギルドまでご同行願います」

「え~俺に自由はないのかよお……」

「もしどうしてもと断るのであれば、私は引き下がるしかありませんが……」

「じゃあ――」

「――その代わり、貴族様に身柄を拘束されるでしょうね」

「俺、お姉さんについていくッス」


 ビシッと直立したゼファーがお行儀よくそう返事をした。


「ありがとうございます! おかげで面倒な手間が省けました。では、こちらに……」


 そう言って、背を向けかけたロアナはゼファーの背後に向けて伝える。


「あぁ、お仲間の方々もご一緒に、よろしいですか?」


 その言葉は、一番身長が高く目立っていたライザに向けて投げかけられていた。


「あぁ、すまん。ゼファーの仲間なのはこいつ等三人だけだ。私とセラは仲間じゃなくって、たまたま一緒になって共闘することになっただけの同業者なんだが……どうすればいい?」

「そうですか……ちなみに、どのくらい一緒に行動をされたので?」

「んー……半日くらいか?」


 ここで、セラフィールが申し訳なさそうに手を挙げる。


「あの、そもそも……ゼファー君が黄金の武器を入手した場面を目撃してる時点で、同行しない選択肢は存在しないのではないでしょうか」

「あなた方……十分、重要参考人じゃないですか!? ここにいる全員、来てもらいます。いいですね?」


 こうして、結局はゼファー一行の全員が冒険者ギルドへと連行されることになった。




   §    §    §




 朝の到来を告げる鳥たちの鳴き声がこだまする。

 現在は爽やかでのどかな早朝。既にあの修羅場から丸一日が経過していた。


 地下深くの魔界では大勢の冒険者が傷つき死んだというのに、地上はいつもと変わらない日常が戻りつつあった。


 今、ゼファーたちがいる場所はというと、冒険者ギルド内の作戦会議室らしき大部屋。そこは扇状に席が広がり階段状に積み重なる、ステージを模した造りになっていた。


 ゼファーたちは最前列の席にガルカ、イルヴィ、ユイドラ、ゼファーの順に着席していた。

 この場にライザとセラフィールの姿はない。その理由は重要参考人として事情聴取を受けているからで、ゼファーの黄金の武器入手に関する経緯を聞くため、こことは違う別室に連れていかれてしまったのだ。


「なあ、俺って一体どうなっちまうんだ? まさかどこかに監禁されて、閉じ込められるとかねーよなあ?」


 不安そうなゼファーに答えたのはユイドラだった。


「心配するな。いきなり、拘束されて不自由を強いられることにはならないだろう」


 そう語るユイドラの服装は、何故か冒険者ギルド受付嬢が着用する制服であった。


 その紺を基調にした制服は所々に金色のラインが入り、ストッキングなどのアンダーウェア関連が黒で引き締められ、フォーマルな雰囲気に仕上がっていた。

 どこかドレスを模したようなデザインは長袖ロングスカートに大胆なスリットが入っていて、太ももがチラ見えするセクシーなもの。

 また胸を強調するためか、上着の胸部分の布が取り払われ、下に隠れた黒のブラウスが丸見えに。しかも、その上に二本のスカーフが垂れていて、胸元にもチラリズムが演出されていた。


 この制服をデザインした人間は随分とムッツリスケベだったに違いない。

 

 そして、そんな制服にわざわざ着替えた理由は二つ。

 一つは純白のワンピースが汚れていたから。

 もう一つは万が一貴族の使いが来たときに、冒険者ギルド職員の身分を使って追い返すためである。


 今のところ、この大部屋に訪問者は誰も来ていないものの、面倒毎が増えるのは間違いないので、どうか貴族の使いは来るなと心の中でひっそりと祈るユイドラであった。


 ユイドラの答えに対して、イルヴィが疑問を口にする。


「エー? でもさー、既にこうして不自由そうにしてますけどォ? ホントにダイジョウブなの~?」

「それは勇者は国に帰属するもの、というルールのせいだ。早急に所属を決めるため、冒険者ギルドがその身柄を保護する決まりなんだ。これには貴族の余計な横やりや介入を防ぐ意味もある」


 イルヴィに続き、今度はガルカが尋ねる。


「ゼファーが所属するとしたら、どこの国だと思いますか?」


 現在、勇者を擁する国は聖王国【ソル・ティース】、部族国連合【ザッハ】、六商同盟【ユリステリア】、魔導帝国【ゼノア】の四ヶ国。

 それ以外と考えれば妖精郷【イルドラジア】、岩窟国【ドルド】、竜巫国【アマツハラ】のどこかになる。


「……恐らく、妖精郷【イルドラジア】だろうな。あと、敬語でかしこまって話さなくていいぞ?」

「え? ですが……」

「私たちはこれからパーティーを組むんだ。コミュニケーションの邪魔になる壁は少なければ少ないほどいい。だから、さんづけもいらない。ユイドラと気軽に呼べ」


 ガルカとイルヴィの反応は正反対だった。


「はいッ……じゃなくて、わかった」

「ホントー! あーし、敬語苦手だから助かるゥ~。イェエ~イ、ユイドラサイコォ~!!」


 緊張した様子のガルカ。テンション高くユイドラとハイタッチするイルヴィ。

 一方のゼファーはというと、


(嘘だろお!? 呼び捨てを許されたの、特別に俺だけだったんじゃなかったのかよお……)


 といった具合にショックを受け、しょんぼりとした顔をしていた。


「とりま~、今のあーしらってゼファーの所属決め待ちってカンジ~?」

「そうだ。時期に、冒険者ギルドのお偉方が来るだろう」


 その時だった。


 大部屋の扉がバンと音を立てて開く。

 入室してきたのは名誉ギルドマスターであり、竜人族ドラゴンメイドの始祖テンソ・クレハとサブマスターのロアナ・ラナークであった。


「む? 主は……わっちがかんざしをあげんした少年じゃありんせんか」


 そう話すクレハのポニテにはかんざしの代わりに、キセルが刺さっていた。


「やはりあのかんざしはクレハ様のでしたか。流石の慧眼です」


 深く感激した様子のロアナがそう言って、しきりに頷いていた。


 クレハがゼファーに向けて朗報を告げる。


「主が帰属する国は妖精郷に決まりんした。喜びなんし、一先ずこのシャリオンから移動する必要はなくなったでありんす」

「そっか。んで、俺はこれからどうすりゃいいんだ?」


 クレハに対して軽口をたたくゼファーを、ロアナがキッと鋭い眼光で睨みながら注意する。


「その言葉遣い、クレハ様に対して不敬ですよ!」

「よいよい。あの少年は、わっちがかんざしを授けるに値すると判断した人間でありんす」


 クレハはロアナを制止しながら、ゼファーに言う。


「主、名前は?」

「ゼファー」

「ではゼファー。わっちのことはクレハと呼びなんし。今後も敬語は必要ないでありんす」


 まさかの特別待遇に、ロアナがあんぐりと口を開けて放心していた。


「そっそんな、わたくしでさえ許されないというのに……ずるいずるいずるい」


 思わずぽつんと本音を漏れてしまうほど、ロアナにとってはショックだったらしい。


「とは言え、わっち以外の貴族には敬語で話しておくんなんし。無用なトラブルの元じゃからの」

「わかったッス!」


 ゼファーの雑な言葉遣いに、手で目を覆ってあからさまに難色を示すクレハ。


「……可能な限り、主は黙っとれ。その方が無難でありんす。もし、話さんといかん状況になったとしたら……その時は、間に誰か代弁者を挟むしかなかろうの」


 そう言った後、パンと手を叩き話の流れを切り替える。


「さて、ゼファーの今後について、どこから話そうかの……」


 挙手をしたゼファーがクレハに尋ねる。


「はいはーい! 質問、質問! 俺ってまだ冒険者じゃねーけどなれんの?」

「無論じゃ。妖精郷の貴族……恐らくは真祖十血族の誰かがスポンサーになるでありんしょう」

「パーティーって無理やり組まされたりすんのか? 俺はこいつらと一緒がいいんだが……」

「ふむ……それは妖精郷からやってくる貴族次第じゃの」


 その言葉に、イルヴィが悲しそうな声を上げる。


「エー、そんなぁ~……」

「安心しろ。俺がごねまくって、何としてでもお前らをパーティーメンバーにすっからよお?」

「ホントー!? ガチ頼んだよ~? もし、あーしだけハブられたら一生恨むかんね~!??」


 そして、ゼファーが一番気がかりな質問をぶつける。


「実は一番気になってることがあってさあ……俺、黄金の武器出せねーんだよ。これってヤベーかな?」

「ふむ、黄金の武器に関連したことについてじゃが――」


 その瞬間、クレハの言葉をかき消すように、大部屋の扉がバンと開かれる。


 入室してきた人物は鋼鉄製の目隠しをした白神官と――赤火しゃっかの勇者、ロゼル・ブローシュであった。

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