第23話 白神官

 瀕死のダークエルフを抱えたイルヴィが階段を登った先は、開けた草原だった。


 そこは見通しがよく地形が平らなため、臨時の拠点が設けられていた。

 拠点内は溢れんばかりの大勢の人。拠点を守る冒険者、物資を積み上げた簡易的な野営陣地内を行き来する商人や荷物持ちポーター、救助されたかもしくは逃げてきた負傷者などの姿で埋め尽くされていた。


 そして、イルヴィたちの目的である白神官――純白の布地と黄金の刺繍が美しい神官服に身を包んだ女性たちの姿もあった。


 そもそも、白神官とは太陽の女神ソルテナを祀る白神殿に所属する信徒が修行を経て、女神ソルテナの奇跡、癒しの神聖魔法を行使できるようになった者たちのことである。全て女性だけで構成されており、極端に露出が少ない神官服を着用することが義務付けられている。


 ちなみに、神官服がどんなものかというと足首まで覆うロングスカートの法衣という感じ。袈裟懸けに切れ込みが入ったやや特殊なデザインで、逆三角形の胸掛けの先っぽにある黄金の輪っかに、四本の平行したベルトが連結。体のシルエットがくっきりとわかるほど、全身を締め付けていた。

 また頭部にはネックカバー付きの神官帽とその正面中央に太陽をモチーフにした黄金の紋章。総合して、極めて慎み深い聖女を思わせるデザインであった。


 彼女ら白神官は癒しの神聖魔法による怪我の治療、限定的な病気の快癒と社会を支える上で必要不可欠な存在である。しかも、驚くべきことに癒しの神聖魔法は人間以外の生き物――なんと農地にも効果があったことから、農業の生産性向上にも大きく貢献。食を充実させ、人々の豊かな生活を維持する大きな柱でもあった。


 そんな白衣の天使たる白神官たちが癒しの神聖魔法による治療を行うため、あちこちに横たわった負傷者の周囲を行き交っていた。

 その忙しなさは、さながら野戦病院かのような有り様であった。


「負傷者ですね? どうぞこちらへ」


 イルヴィたちに話しかけてきたのは鋼鉄製の目隠しを着用した白神官だった。

 露出しているのはシュッとした輪郭に綺麗な鼻筋、ぷっくりと色っぽい唇。それだけで詳しい年齢は断定できないが、二十代前半くらいの女性なのは間違いないだろう。


 運よく白神官と出会えたものの、まだ瀕死のダークエルフが助かるとは確定していないため、イルヴィたちは緊張した面持ちで白神官の後を追いかける。


 その道中、白神官が手短に説明する。


「彼女は瀕死の重体のようですから、女神ソルテナの最上級の御業……第三位階の神聖魔法で治療を行います」

「たッ助かる……よね?」


 イルヴィが恐る恐るといった感じで、不安を押し殺しながら聞く。


「ご安心を、助かります」


 その瞬間、一気に肩の荷が下りたのか、三人は安堵していた。


 案内されたのは真っ白い布地で四角に間仕切りされた治療区画らしき場所。屋根らしきものは無く、白い布は視線を遮るためだけに存在しているようであった。

 またその中にあるのは負傷者を寝かせる用のベッドと祈りを捧げるための祭壇、太陽を象った黄金の錫杖と、至って簡素なもののみ。

 本来治療に必要な清潔な水や布、包帯の類いは一切ないため、ここが治療のための場所にはとても見えない。


 そのため、イルヴィたちはやや不安な顔で白神官を見ていた。

 しかし、至って冷静な様子で白神官が言う。


「彼女をベッドに寝かせてください」


 とりあえず、イルヴィが指示通りにダークエルフを寝かせると、


「では皆さん、一旦外でお待ちになっててください。あぁ、ご安心を。すぐに再会できますので」


 と三人に退出を促していた。


 とにかく、素人があれこれ質問をしたところで邪魔にしかならないので、イルヴィたちはお願いしますと言って軽く一礼。その白い空間から退出した。


 瀕死のダークエルフと二人っきりになった白神官は、腰からみぞおちにかけて斜めに走る四本のベルトをバチンバチンと次々に外していく。するすると神官服が脱げてしまったことで、白神官はほぼ半裸になってしまった。


 残っているのは神官帽と純白の胸掛けに、際どいパンティとヒールだけ。


 なんと白神官は貞淑な淑女から、卑猥な娼婦へと早変わり。スレンダーな美ボディと血の気の薄い真っ白な素肌が露になっていた。


 つまり、治療区画が白い布で間仕切りされていたのは、白神官の露出に配慮してのことであった。

 それから、白神官は祭壇前に置いてある黄金の錫杖を手に取ると、静かに詠唱を開始する。


「汝は喜びの園に咲く一輪の徒花あだばな燦々さんさんと降り注ぐ日輪の下で返り咲くだろう、永久とわに儚く――ソーラレイ・ベネディクション!」


 白神官を中心に、眩いほどの黄金の輝きが円形に広がると、ベッドに横たわるダークエルフを包み込んだ。


 その輝きは視界を奪うほど強く、その空間は白一色になっていた。


「くそ、イルヴィたちはどこに……」

「おい、あの光の柱を見ろゼファー!」

「あそこ……か?」

「行くぞ!」


 その強い光が目印にとなり、ゼファーとライザが遅れて合流する。


「セラ! 私のダークエルフちゃんはどうなった! 間に合ったのか!?」

「おい! 勝手に自分のにしてんじゃねー!? 俺のお姉さんだぞ!! そんで、間に合ったのか!?」


 そう叫びながら、ライザとゼファーがセラフィールに状況を確認していた。


「えぇ、何とか間に合ったみたいです。今、治療してもらってますよ。この光がそうなのかな?」

「そっかあ……よかったぜえ」

「そうか……私たちが命を懸けた甲斐があったな」


 すると、白い間仕切り内の光が急速に収束。あれだけの強い光は完全に沈黙する。


「コレ、治療が終わったんじゃねーか?」


 ゼファーがライザ向かってそう聞いていた。


「もう入ってもいいのだろうか? あぁ、中が気になってしょうがないッ……ええい、いっそ入ってしまえ! 怒られたらその時はその時だ!」

「エェー!? 待って待ってェ! 外で待つようにって、言われてるんだってあーしらは!! あぁあああ!?」


 制止するイルヴィを押しのけて、いの一番にライザが突入。やや遅れてゼファーが続き、取り残された三人が後を追うように入る。


「きゃぁあああッ!? まだダメですって……誰ですかあなたたちは!」


 白神官が突如乱入してきたライザとゼファーに対して怒っていた。

 とっさに地面に落ちていた神官服を拾い上げ体を隠す。また淑女らしく、両手で口元を覆って恥じらう仕草も。


「おぉ! これは眼福、眼福……うむ、ナイスエッチ!」

「うわッ、えぇ!? 何で半裸なんだよ!??」


 鼻の下を伸ばして興奮するライザ。

 一方で、ただ純粋に驚くゼファー。


「こッこれはッ……夜間に十分な効果のある神聖魔法を行使するには、肌を露出してわずかでも光に晒す必要があるのです! 別に私が露出好きだからとか、そんなわけじゃありませんからね! ね!!」

「え? どういうこと?」

「やッ夜間だと太陽の神聖魔法は、効果が半減してしまうのですわっ」

「は? はぁ……なんで半減すんの?」

「知りませんッ!! 私に聞かないでくださいましッ」

「いやだってさあ、気になるじゃん……」

「……もし知りたければ、女神ソルテナに聞いてみればいいんじゃないでしょうか? まあ、無意味だと思いますけどねッ……」


 そう言いながら、今度はイルヴィをキッと睨む。


「あぁ! そこのツインテのあなた!」

「エッ、あーし?」

「そうです。私、外で待つ様にと言いましたわよね? 約束は守ってもらわないと困りますわッ……!」

「エッ、エッ……あーしが、悪いの?」


 イルヴィが自分を指差しながら、私じゃないよねというフォローを期待して周囲を見回す。がしかし、誰からのフォローもなく、ただただ沈黙だけが漂っていた。


「す、すみませんでした……」


 何故かライザとゼファーの代わりに、イルヴィが謝らされていた。

 だがすぐに、明らかに悪いのはライザとゼファーだと気づき、責任を追及する。


「って……ちょっとォ! あーし、ゼンゼン納得いかないんですけどォ!? ホントなら、ライザとゼファーが謝るべきだよねェ、コレエーッ!!」

「す、少し落ち着こうじゃないかイルヴィ?」

「そ、そうだぜ? ストレスはお肌に悪いぜ?」

「はぁァアアア~~~!?? 何その態度、ムッカァ~? もうマ~ジ、オコなんですけど? や、とにかく謝って。二人ともあーしに謝れーッ!!」


 その時だった。


「ん……ここは? 随分と騒がしいが……」


 ベッドの方から気だるそうな声が聞こえてきた。

 なんと、ついに瀕死のダークエルフが意識を取り戻したのだ。


 これ幸いにとライザとゼファーがベッドに駆け寄り、ダークエルフに声をかける。


「ここは魔界第一層、もう大丈夫だ。キミは助かったんだ」


 続いて、出遅れたゼファーが声をかける。


「体の調子はどうだ? もう痛むところはねーか?」


 体を起こしたダークエルフが自分の体を手で確かめながら言う。


「ん……あぁ、大丈夫そうだ」

「質問ばっかで悪ぃんだが、覚えてる最後の記憶は?」


 そう言われて、ダークエルフはジッとゼファーの顔を見つめる。


「私のせいで、巻き込んでしまって済まない――」


 申し訳なさそうな顔は、すぐにフッと柔らかな優しい笑顔に変わる。


「――だが、ありがとう。私を助けてくれたのはちゃんと覚えている。キミは命の恩人だ」


 ゼファーはシュボっと頬を赤らめる。

 美人に面と面で向かって、微笑まれた経験がなかったからだ。


「へッ、へへっ……な、なんか照れるな。お、俺も……お姉さんが元気そうで嬉しいぜ。あ、ありがとう?」


 いつの間にか、ゼファーの背後に来ていたガルカが白けた顔でボソッと囁く。


「ゼファーも童貞感丸出しじゃん」

「うッ……うるせえ!」

「お姉さーん、こいつ童貞ですよお!! ピカッピカの新品ピュア童貞ですからあ!!」

「おい止めろ! 無理やり第一印象を童貞にしようとしてんじゃねー!?」


 どうやら、ガルカはイルヴィと初対面の際、童貞イメージをつけられたのを相当に根に持っていたらしい。その時の腹いせなのか、くだらない意趣返しをしていた。


 そんなゼファーとガルカの奇妙なやり取りを見て、ダークエルフがきょとんとしていた。


「ん……童貞? あぁ、なるほど。だからあの時……」


 今、ダークエルフが思い浮かべている記憶はゼファーが金仮面に突撃した時の事。


『ギィヤァアーーハッハァーーーッ!! キレーなお姉さんとの手繋ぎデートは俺のもんだぜえぇエエエーーーッッ!!!』


 それはゼファー本人からしたら、至って純粋な気持ちから発生した大真面目な叫びであった。


 ダークエルフがいたずらな笑みを浮かべながら言う。


「手繋ぎデート、してもいいぞ――キミが望むなら……」


 その言葉にゼファーが世界滅亡レベルのテンションで驚愕し、ガルカが口をポカンと開けながら放心し、ライザが悔しそうに嫉妬し、セラフィールが女子のようにはしゃぎ、イルヴィが不貞腐れる。


 そして、完全に蚊帳の外な半裸の白神官が、


「いちゃつく余裕があるのなら――早く出て行ってくださいまし!」


 とカンカンに怒っていた。

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