第22話 強行正面突破
「おいイルヴィ! 極力、丁寧に優しく運びながら、全速力で俺たちに付いて来いよ!!」
「ちょッ――ムチャ言わないでよ、もォ!」
ゼファーからの無理難題に、イルヴィが泣き言を漏らしていた。
樹海の中を全速力で駆け抜けるゼファー一行。
その隊列はゼファーとライザのツートップを先頭に、セラフィール、ダークエルフを抱きかかえたイルヴィ、
彼らは一心不乱に階段へと向けて直進する。ただひとえにダークエルフのために。
しかし、ここは魔界第二層。進路を阻む複数体の魔物が通せんぼのように立ちふさがってくる。
その数、ざっと十体。
全てアンデッド系の魔物でスケルトンやゾンビで構成されていた。
「セラ! 魔法で一掃しろ!」
ライザの指示を受けたセラフィールが魔法の詠唱を始める。
「穿て冷酷なる
水系統の魔法が発動され、アンデッドたちの頭上に向けて水色の光が流星のように駆けのぼる。
次の瞬間、それがパンと弾けて高速の雫が降り注ぎ、アンデッドたちを一網打尽にする。
しかし更なる敵、五体のオークゾンビと十体のゴブリンゾンビが前方より襲い掛かってくる。
「私がゴブリンをやる。ゼファーはオークをやれ!」
「任せろ!」
ライザがむんっと全身に力を込めた瞬間、筋肉が隆起。フッと姿が消えたと思ったら、十体のゴブリンゾンビの中心に瞬間移動。からの炎をまとった片手剣と長槍による都合二回の薙ぎ払いによって敵は灰燼と化した。
一方ゼファーはというと黄金の武器を体の重心の位置、腰のあたりで固定しコマのような回転斬りでオークゾンビの首をはねていた。
その間わずか数秒。
二人があっという間に敵を処理し終えたことで、一切速度を落とすことなく駆け抜け続けることを可能にした。
「見ろ! 樹海を抜けるぞ!」
ライザの言葉通りに、ゼファーたちは樹海を抜け――緑豊かな草原へと飛び出す。
そのまま草原を駆け抜けること数分。所々に息絶えた冒険者らしき死体が点在していた。
「下を向くな! 前だけを見て、進み続けるんだ!」
ライザが檄を飛ばして、ゼファーたちを鼓舞する。
恐らく地面に横たわる死者たちは皆、階段を目指していたものの道半ばで命を散らしてしまった冒険者なのだろう。
それは瀕死のダークエルフを抱えるゼファーたちにとって、死を連想してしまう負の暗示でもあったが、第一層に上がるための階段が近いことの証でもあった。
しかし、同時に――
「とうとう、お出ましみてーだな……金仮面さんよお!」
ゼファーたちの進行方向ではないものの、姿を現した状態の金仮面がやや離れた小高い丘から、ゼファーたちをジッと観察していた。
その金仮面の特徴は、二つの大きくつぶらな瞳が刻まれた仮面といやらしい笑みを浮かべる大口。また不気味にひょろ長い全身と手足が、気味悪さを一段押し上げていた。
「ネーネー! アイツ、全然襲ってくる気配なさそーだけど、このまま突っ切っちゃうカンジ?」
「あぁ、いたずらに攻撃してヘイトを買いたくないからな!」
「わかった!」
心配そうなイルヴィにライザが冷静に答えた。
続けざまに、ゼファーやガルカに的確な指示を出す。
「私とゼファーは変わらず前だけを見て直進だ」
「もちろんだぜ」
「一応、ヤツの動向は最後尾のガルカに任せる。何か異変があれば報告してくれ!」
「了解です」
そして、ついに階段へと繋がる大きな横穴が遠くに見えてきた――が、そこには四組ほどの冒険者パーティーが金仮面と戦闘中であった。
少なくとも目に見える範囲に二体。ゼファーたちの進行方向で戦っていた。
一体はガドラックが応戦していた剣の金仮面。その体の片面には熱で焼けただれた傷があった。
もう一体は下半身が竜で上半身が人間の姿をした
その他にも、草原の左右に広がる遠く離れた樹海の中でも戦闘による土煙や爆炎が立ち昇っていた。
それらの情報を冷静に精査したライザは、ゼファーたちに即席の作戦を告げる。
「私とゼファーで二体の金仮面を抑えてる間に、他の三人は階段まで一直線に突っ走れ。決して立ち止まらず、後ろを振り返らず……ただ前だけを見て進め。いいな?」
ずっとライザの相棒を務めてきたセラフィールだけはこくりと無言で頷き、落ち着いた様子で指示を受け止めていた。
しかし、駆け出しの新人であるガルカとイルヴィにとって、その指示を黙って受け止めるほどの精神力はまだなかったらしい。
とても不安げな顔で、イルヴィがライザに聞き返す。
「ネーネー! ホントに二人だけでダイジョウブそー? なんなら、あーしも残っ――」
ライザは言葉少なく、冷たくあしらう。
「――いらん。邪魔だ」
「えーヒドーい」
「酷くない。私はお前にしかできないことをしろと言ってるだけだ」
「どゆことォ~?」
ライザはイルヴィが抱きかかえる瀕死のダークエルフを見ながら言う。
「白神官の元まで、瀕死のダークエルフを安静に運べるのはお前だけだ。つまり、私はイルヴィを信頼して、一番大事な役目を任せているんだぞ?」
「エー、マジー!? 責任重大じゃん……けどォ、怖がってもしょーがないもんねェー。まあ、なんとかなるっしょー!」
「あぁ、その意気だ。じゃあ、頼んだぞ」
「はーい!」
イルヴィが元気になった一方、真剣な顔をしたガルカがゼファーに手短に言う。
「ゼファー、上で待ってるから」
「おう、ダークエルフのお姉さんは頼んだぜ、ガルカ」
「うん、任せて」
男同士のやり取りはあっという間に終わっていた。
今日初めて出会った間柄だというのに、既に十分な信頼関係を構築していることから、二人の相性は結構いいのかもしれない。
最後に、ライザがゼファーに確認する。
「私が剣の方をやる。ゼファーは重騎士の方をやれ」
「おう、ギタギタのメタメタにしてやんぜ」
「いや、今回はイルヴィたちが離脱するまで、注意を引ければ十分だ」
「倒さなくていいのかよ?」
「最低限、足を潰して動けなくするだけでいい。それで、他の冒険者たちも逃げ切れるはずだ」
「ふ~ん? 最低限ねえ……んじゃ、俺は最大限目指してブッ倒しちまうとするかあ!」
ゼファーの傲慢な発言に対して、ライザは簡潔に忠告する。
「油断大敵だぞ?」
「心配すんな。こりゃあ、余裕だからよお」
「とにかく、死ぬなよ? カワユイ子に死なれると夢見が悪くなるからな」
「うっせー! 俺ァ、ちゃんとチンチンついてんだ! 女の子扱いすんじゃねー!!」
ゼファーはそう激高しながら、重騎士の金仮面と戦闘中の冒険者たちの間を駆け抜ける。
「邪魔だ邪魔だあぁあああ! どけどけどけぇェエエエ!!」
突如、乱入してきた小柄な少年に対して、冒険者たちが困惑の声を上げる。
「バカ野郎! 死ぬ気かあ!?」
「見て、黄金の武器持ってるわよ!」
「どうせ、レプリカに決まってますよ!」
ゼファーのすぐ後を追って、ライザは剣の金仮面と戦闘中の冒険者たちに突入していく。
「あれは本物だぞ?」
通り過ぎる際、そう真実を伝えたライザ。
しかし、冒険者たちはライザがもたらした情報よりも、ライザ自身の方に注目していた。
「あれはッ……金等級冒険者の――美少女イーターじゃないですか!?」
「ギャァアアーーー! 俺の娘は絶対にやらんからなあ! 隠せ、隠すんだあぁあああ!」
「あぁついに、金仮面が美少女に見えるようになってしまったのね……」
あまりにもな言われようであったが、それはライザの日頃の行いのせい。自業自得である。
ゼファーが重騎士の金仮面を、ライザが剣の金仮面を相手取る。
重騎士の金仮面による槍の一撃を、ゼファーが前の刀身で受け流しながら半回転。後ろの刀身で前脚を片方斬り落としたことで、重騎士の金仮面は後ずさり。
それとほぼ同時に、ライザの炎をまとった長槍が横一閃。紙一重で剣の金仮面にはバックステップで回避されたものの、両前脚は炎に焼かれていた。
こうして二体の金仮面が後退したことで――イルヴィたちの逃げ道が開けた。
「今だ! 行け行け行けェエエエ!!」
ライザの合図に呼応したイルヴィたちが、全速力で駆け抜ける。
当然、その光景は他の冒険者たちも見ていた。
「今の内だ! 奴らに続けぇ!」
「このチャンスを逃すなあ!」
「まッ、待ってくれ! 置いてかないでくれえ!!」
イルヴィたちの後を追うように逃げ出す冒険者たちは皆、銀等級以下。
誰一人ライザたちに加勢することなく、一目散に階段へと退散していく。
結局、大多数の平凡な人間にとって、一番大事なのは自分の命なのだ。
他人の命を救うような英雄的行動が許されているのは所詮、力と勇気を兼ね備えた選ばれし者だけ。人はそれを英雄や勇者と呼ぶが、この場においてはライザとゼファーのみであった。
とはいえ、ここで一番間抜けで滑稽なのは無力な人間が見せる蛮勇だろう。
それと比べたら、逃げ出す冒険者たちの行動は随分とマシな部類なように思えてくる。
しかし、未熟な子供に過ぎないゼファーにはそうは見えなかった。
ゼファーからすれば逃げた冒険者たちは皆、戦える力を持っているとの認識だった。事実、ゼファーたちが来る前までは戦っていたのだから、その認識は間違っていない。
その認識のずれからくる怒りが、徐々にゼファーの心を支配していく。
「はあ? おい、逃げんのかよ!? お前らは戦えるだろうがッ」
退散する一部の冒険者がゼファーに情けない反論をしながら、逃走していく。
「うるせー! 俺には息子がいるんだ。こんなとこで死んでたまるかあ!」
「ここは死にたがりバカ野郎のおめえに任せたぜ! 頑張れよ!」
「ごめんなさいごめんなさい。病気の弟のために死ねないんです。ごめんなさい!」
自分勝手な理由で戦いから逃げ出す人間たちを見て、とうとうゼファーの怒りが頂点に達する。
「うがあああああああ! 根性なしで腰抜けのアホ共のせいでイライラする! なあ、ライザ! この怒りはどうしたらいいと思う!??」
「知るか! 金仮面にでも八つ当たりすればいいだろ!!」
そう叫んで、ライザは適当に返事をしたつもりだった。
しかし、当のゼファーはライザのアドバイスに閃きを得ていた。
「いいなあ、それ! んじゃ、今からギタギタのメタメタにしてやるぜえ!!」
ゼファーは
「オラオラオラオラァ! ハッハァ、遅い遅いぜえ!」
重騎士の金仮面は兜を通して、金属っぽいこもった悲鳴を上げていた。
必死で防御に徹するがゼファーの手数に対応できず、竜の下半身はどんどんと傷が増えていく。脚部に与えられた裂傷は痛々しく血が噴き出るほどの大ダメージ。これではもう満足に動けはしないだろうといった感じで、ライザが言った最低限は十分に満たせていた。
しかし、怒りで思考が鈍ったゼファーは止まらない。
ついには宙に飛び上がり、
「テメーら大人の無責任を、子供に押し付けてんじゃ――ねぇェエエエーーーッ!!!」
溜まりに溜まった鬱憤をこれでもかと双刃刀に込めて全力投擲。目にも止まらぬ速さで重騎士の仮面――獅子の眉間を刺し貫いた。
それが止めとなり、重騎士は黄金の砂となって崩れ去っていく。
「はぁ~~~スッキリしたぜえ」
ゼファーは満足そうな笑みを浮かべながら、シュタっと地面に着地。武器を回収しようと黄金の砂の山に向かうが、そこに双刃刀はなかった。
「ん? あれ? ここら辺にあるはずだよな……? えぇ??」
必死で砂の山をかき分けるもどこにも見当たらない。
なんと双刃刀は跡形もなく消え去っていた。
ただゼファーの右腕に刻まれた黄金の痣はそのままのため、完全消失というわけではなさそうではあった。
「ライザー、良いニュースと悪いニュース。どっちから聞きたい?」
剣の金仮面と戦闘中のライザに、ゼファーは呑気な様子で話しかけていた。
「はあ!? こっちは命懸けの戦闘中なんだぞ! その気の抜けた様子からして、そっちは終わったんだろ!? なら、さっさと私の加勢に来ないか!!」
「いや、それが……そのぉ――黄金の武器、なくなっちまった」
あっけらかんとした顔で言うゼファーに、ライザがブチ切れる。
「なくなったあ!? いやいや、そんな訳ないだろう!!」
「だけどよお、どこ探してもねーんだもん。ホントに跡形もなく――」
「――そうじゃない! 私が言いたいのは、黄金の武器は所有者の体に宿るものだからなくならんということだ! きっと物質化が解けただけだろうから、消えたのならもう一回出せ!」
「いや、出せって言われても……どうやってだしゃいいんだよ?」
「私が知ってるワケないだろうがッ!? とにかく、死ぬ気で出せ!!」
「そう言われてもさあ……」
「悠長にくっちゃべってないでどうにかしろお!? 一人で金仮面を相手取るのは限界があるんだあ!!」
ゼファーはライザの言う通り、必死で黄金の武器を出そうとする。
それらしいポーズをとったり、掛け声を出したり、お願いをしたりなど。
しかし、黄金の武器は一向に出る気配はなかった。
「まだか! まだなのか!? これ以上は本当にヤバいんだッ……頼むッ、頼むからなんとかしてくれえ!! 私は至高のハーレムを築くまで死にたくなーーーいッ!!!」
ライザの欲望丸出しのお願いのせいなのか、剣の金仮面の動きが止まる。
ライザから視線を外して、ゼファーたちがきた方角。草原を見下ろす小高い丘を注視していた。
「一体なんだ? 何を見て――」
剣の金仮面が視線を送る先をライザとゼファーも見やる。
そこには、ゼファーたちをジッと観察していた気味の悪い金仮面の姿。さっきと様子が違い、大きくつぶらな瞳が描かれた仮面の前に、真っ黒な球体が浮かんでいた。
「嫌な予感がするぜ」
「あぁ、私も同感だ」
遠くの金仮面がニヤっといやらしい笑みを浮かべた瞬間、真っ黒な球体がドンっと高速で放たれる。
しかし、それはゼファーたちじゃない方向けて飛んで行っていた。
「狙いは俺たちじゃねーのか?」
「あの方向は……階段――狙いはセラたちか!?」
「マジかよお!?」
自分たちの頭上高くを通り過ぎる球体をただ見送るしかないゼファーたち。
二人はそれが引き起こすであろう惨事を想像して、顔面を蒼白にして絶望していた。
「赤赤なる我が乙女よ、炉を
その声の主はピンク色の髪をした背の高い好青年だった。
両手で握った身の丈よりも大きい黄金の大剣を横一閃。剣先から放たれた炎の塊が真っ黒な球体を消し飛ばす。
突然現れた謎の青年によって、セラフィールたちが犠牲になる最悪の事態は回避された。
「
「あんた誰――」
「――うわっ! 何するんだよ、ライザ!」
「助太刀感謝する、後は任せたあ!」
ライザが手短にお礼を述べて、一目散に階段へと駆け出す。
「おいライザ! ありゃ誰なんだ?」
「黄金の武器でわかるだろ? あれがこのシャリオンを守護する
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