ドラゴンズ・エルドラード（第二稿）

第21話 黄金の武器

「うぉォオオオーーーッ！！！」

　ゼファーは粗末なナイフを握りしめながら、捨て身の特攻を仕掛けた。

　恐らくは、短期決戦でしか勝ち目がないからであろう。

　それに対し、一つ目（キュクロプス）の仮面をつけた金仮面（デウラトゥス）は空いた右手を上段から、地面に向けて振り下ろす。

「やべェッ！？」

　寸でのところで急制動をかけて止まったゼファー。

　何とか直撃は避けたものの、金仮面の右手が地面を穿った余波で飛ばした土つぶてをもろに食らってしまう。

「ぐふッ――」

　さらに、金仮面の攻撃は続く。

　なんと地面を穿った際に掴んだ土の塊を投擲してきたのである。

「まッ、マジかよぉおおおッ！？」

　ゼファーは必死の思いで体を縮めて、被弾面積を減らす。

　ドゴンドゴンとゼファーの周囲に着弾した重い土の塊が、バラの花園を穴ぼこに変えてしまう。

　恐る恐る頭を上げるゼファーが自分の体を確かめると、奇跡的にギリギリかすった程度で済んでいた。体を縮めたのが功を奏したのか、はたまたただ運が良かったのか。

「あッぶねェ！？　俺ァチビだから、被弾面積だけは小せえんだ……って、自分で言っててちょっとつれえなあッ」

　ただでさえ小柄で武器がナイフとリーチが無いのに、こうしてこのままずっと遠距離攻撃を続けられれば勝ち目はない。

　バカながらもそれを理解しているゼファーは、すぐさま足を動かして突撃していく。

「土くればかすか投げやがって、ずりぃだろーがッこんの卑怯もんがぁあああッ！　正々堂々戦いやがれぇェエエエーーーッ！？？」

　次の瞬間、金仮面は姿勢を低くして地面に伏せると、ダークエルフを掴んだ左手をゼファーの前に突き出す。

　突然のことに驚いた顔をしたゼファーは心の中で、

（なァッ！？　このヤローッ……女の子を盾にしやがって！！！）

　と憤怒を爆発させながらも、突撃を躊躇し立ち止まってしまう。

　その反応を見た金仮面がニヤッと弧を描くように大口を歪ませ、悪意に満ちた嘲笑を浮かべる。

「う゛あぁッ！？？」

　金仮面がダークエルフの胴体を掴んだ左手をググッと強く握りこんだのだ。

　万力の様な力で締め上げられる苦痛と虫のように押し潰される恐怖がダークエルフを追い込む。

「ァアアア゛ア゛ア゛ーーーッ！！！」

　ゼファーの目の前で、ダークエルフの端正な顔が苦悶に歪んでいた。

　酷い金切り声は断末魔そのもの。死を感じてしまうほどの苦痛に、手足をばたつかせてもがき苦しむ。

　死の恐怖に犯されるダークエルフの肉体と精神。

　目から大粒の涙を流し、鼻と口から大量の血が噴き出す。

　純白のワンピースの胸元が赤く汚れ、その直後――純白のスカートが黄色く、黄金に染まる。

　チョロチョロという水音と共に、彼女は失禁してしまっていた。

　限りなく間近に迫った死の恐怖が、うら若き乙女に無様な醜態を晒させる。

　しかしそれでもなお、ダークエルフは自らの意識を手放さなかった。

　それはひとえに、彼女が鋼の精神力を持っていたからであろう。

「ブチ殺してやらあァアアアーーーッッ！！！」

　ダークエルフの命だけでなく尊厳すら弄んだその蛮行に、ゼファーは激高しながらナイフを振り下ろす。

　だがそれは、明らかな失策。若さ由来の経験の少なさが、あからさまな挑発を見逃してしまうことに繋がった。

　そして、その若さゆえの過ちがゼファーを窮地に追い込む。

　ダークエルフを掴んで盾にした左手と空いた右手が前後を入れ替える。

　それはまさに剣と盾の交換であった。

　ゆっくりとスローモーションで迫る金仮面の右手。

　今更、ゼファーがその右手を回避することなど不可能であったが、天性の反射神経と直感を頼りに決死の防御を試みる。

　自らの右腕を盾にしながら、左足を一歩後ろに引くことで、右半身を前に差し出す。

　瞬きよりも短い刹那、金仮面の右手がゼファーの右腕にインパクトしたその瞬間にバックジャンプ。少しでも衝撃を逃がそうとするも、

「ガハッ！？」

　その精一杯の防御は何の意味もなかった。

　一時的に、金仮面の右手にゼファーの全身が乗った状態になり、次の瞬間には虹色のカーテンまで吹き飛ばされるであろう未来予測は誰の目にも明らか。

　それは戦いを見守るライザたちから見ても同様で、誰もがゼファーが死んだと思ったその時――ビシャーンという空気を引き裂く衝撃音が響き渡る。

　なんとゼファーと金仮面の間を縫うように、黄金の稲妻が走っていた。

「グォオオオオオオ！！！」

　先に苦痛にあえぐ声を上げたのは金仮面の方だった。

　黄金の稲妻に打たれた右手が内側から爆ぜたかのように捲れ上がり、バチバチと音を立てて黒い煙を噴き上げていた。

　しかし同時に、ゼファーからもブスブスと黒い煙が噴出。虹色のカーテンに向かって、ふわっと放物線を描きながら宙を飛ばされていた。

　その煙の発生源はゼファーの右腕。

　つまり、あの黄金の稲妻は金仮面の右手とゼファーが防御した右腕との間に走っていたのだ。

「ぐふぅッ――」

　地面に体を激しく打ち付けたゼファーはゴロゴロとライザたちの前まで転がる。

「う゛ぁァア゛ア゛ア゛ーーー熱い熱い熱い！？　右腕が焼けるみてーにスゲー熱ぃィイイイッ！！！」

　すぐさま起き上がったゼファーが、右腕を抑えながらそう叫ぶ。

　なんとゼファーの右腕には、いつの間にか黄金の痣が刻まれていた。

　それは濃淡二色のまだら模様。手首の辺りから肘にかけて、蛇が巻き付いたかのような痣が走っていた。

　不思議なことに、金仮面の攻撃をもろに食らったはずだというのに、骨折どころかほぼ無傷の状態。あるのは謎の痣からの熱傷のみ。ただ幸運だったとか、神の奇跡が起きたなどというありきたりな話では説明がつかない現象が起きていた。

「ゼファー！　おいゼファー、前見ろ前！！」

　ガルカの興奮した声に従って、前を向いたゼファーの瞳に映ったのは――地面に突き立つ黄金の武器。

　それは柄の両端に刀身が付いた双刃刀（ダブルブレード）。

　かなり特殊な形状をした美しい二対の刃が黄金に輝いていた。

　驚嘆しすぎて声すら出せないゼファーは無言でナイフを投げ捨てると、その黄金の武器に駆け寄る。

　それから、両手で武器を掴んで一息で引き抜いた。

「どうか生きててくれよ……化け物ぶち殺して、今すぐ解放してやっからよお」

　そう言って、ゼファーが睨むのは一つ目の仮面。仮面の奥にあるだろう隠された真の顔を見据えながら、武器を構える。

　右足を一歩前に踏み出し、グッと腰を落として低重心姿勢を取る。その際、右手に掴んだ双刃刀（ダブルブレード）は弓のように地面と平行に横たえる。

　ゼファーの立ち姿は双刃刀（ダブルブレード）を使い慣れた達人そのもの。明らかに剣を極めた者の所作であり、剣神の如き覇気をまとっていた。

　それは目に見える形として現れ、ゼファーの体から黄金の波動がほとばしっていた。

　そんなゼファーの覇気に圧倒されたのか、金仮面はとっさに左手を前に出し、再びダークエルフを盾にする。

「それはもう通用しねえぜッ！！」

　フッとゼファーの姿が消えたかと思ったら、金仮面の左腕が肘から斬り落とされていた。

「グギャァァアアアアアア！！！」

「まだまだまだあああ！！！」

　風の化身となったゼファーが目にも止まらぬ速さで、金仮面の周りを右へ左へと飛び跳ねる。

　風のように舞う度に金仮面の体が斬り刻まれ、その破片が細切れになって飛び散っていく。

「グォオオオオオオン！！！」

「ヒィヤァーーーアッハッハッハァーッ！　悪ぃヤツをギタギタのメタメタにすんのは最ッ高の気分だぜぇえええーーーッッ！！」

　力を得て完全に調子に乗った様子のゼファー。

　なんとまあ、わかりやすい溺れ具合であろうか。とはいえ、無力な子供が大きな力を突然授かればこうなるのも仕方ない。

　暴力に酔いしれる愚かなゼファーに対して、虹色のカーテンの外にいるライザが怒鳴り散らす。

「バカ野郎！！　そいつをさっさと殺してこの障壁をどうにかしろッ――ダークエルフは瀕死なんだぞ！！！」

　ライザの怒号でハッなったゼファーが瀕死のダークエルフを一瞥。

　その時、ゼファーとダークエルフの視線が一瞬だけ交わる。

　まだ意識はあり生きているものの、押し潰された傷の具合からして一刻を争うのは確実。すぐにでも治療の必要があった。

　現状をすぐさま把握したゼファーは金仮面に止めを刺すため宙に飛び上がると、

「テメーとはこれでおさらばだぜ、あばよお！！」

　そう叫びながら、黄金の武器をまるで槍のように投擲。金仮面の一つ目の仮面の中心を貫き、頭を地面に縫い付けた。

　その直後、虹色のカーテンが消失。

　すぐさまライザとセラフィールがダークエルフの元へと駆け寄っていた。

「私が上級ポーションを飲ませるから、セラフィールは急速回復による異常熱発の対処を頼む」

「わかりました、任せて下さい」

　ゼファーはダークエルフが治療されている光景を横目で見ながら、黄金の武器を回収しに行く。

「その仮面の下にあるツラァ……どんなもんか、俺が拝んでやるぜえ」

　双刃刀（ダブルブレード）の柄を握って武器を引き抜き、割れた黄金の仮面を除ける。

「ッ！？　嘘だろ――」

　ゼファーの目が驚愕に見開かれたその瞬間、金仮面は黄金の砂となって崩れゆく。

「――スゴイスゴーイ！　たった一人で金仮面倒しちゃうなんて、ガチ英雄じゃん！」

　ゼファーの健闘を称えるイルヴィにガルカが続く。

「一時はもうダメかと生きた心地がしなかったけど……無事でよかった。にしても、金仮面を倒すどころか黄金の武器を手に入れるなんて……歴史に名を残す大偉業だよ」

「ネー、マジヤバなんだけどォ！　あーし、楽しみダナー。英雄と一緒に冒険できるなんてさァ……」

　ニコニコするイルヴィと安堵するガルカに向き直ったゼファーが、あることを尋ねる。

「なあ、お前ら。こいつの顔……見た？」

「いや、見てないよ」

「あーしも見てなーい。ねーねー、イケメンだったァ？」

「……そっか、見てねーなら別にいい」

　そう言って、どことなく神妙な顔つきをしたゼファーはさっさと話を切り上げ、ダークエルフの元へと向かう。

　そこではライザとセラフィールがまだ治療に奮闘している真っ最中であった。

「汝（なんじ）、青の泉から祝福賜らば、蒼穹たる癒しがもたらされるだろう――クール・リフレッシュメント！」

　セラフィールが詠唱した魔法によって、ダークエルフの体全体が青い光で包み込まれる。

　これはさっきライザが言っていた、上級ポーションの急速回復による異常熱発を解消するための魔法であった。

「ごふッ――」

　ダークエルフの口から咳と共にまた血が滴り落ちる。

　その吐血が指し示す意味は――治療の効果がなかったということ。

　つまり、このままだとダークエルフの命はいつ失われてもおかしくないという、一刻を争う危機的な状況であった。

「ダメだ。上級ポーションで回復しないということは恐らく、内臓はもう……」

　暗い表情をしたライザにゼファーが詰め寄る。

「単刀直入に聞くぜ。まだ希望はあんのか？」

「……ある。第一層には緊急時に備えて冒険者が控えていたが、癒しの神聖魔法が使える白神官もいたはずだ」

「ってことは、急いで階段に向かえばいいんだな？」

「あぁ、だがダークエルフが生きている内に、彼女らの元にたどり着く必要がある。これは極めてか細く、脆い道だぞ――」

　ライザの発言に被せるように、ゼファーが言う。

「――希望さえありゃ、俺ァなんだって出来る！　おいライザ！　俺とあんたで道を切り開きゃ、きっとすぐだ！！」

「わかった。私としても、貴重な美少女がこの世を去ることは絶対に避けたいからな。よしッ……皆、全速力で階段へと向かうぞ――正面突破だ！！！」

　こうして、金仮面との戦いを乗り越え、今度は時間との勝負が始まった。