第20話 金髪碧眼のダークエルフ
ゼファーたちが階段に向けて一直線に進み始めてから早一時間。
今のところはまだ
隊列は金等級冒険者であるライザを先頭に銅等級冒険者のイルヴィ、銀等級冒険者のセラフィール、銅等級冒険者のガルカ、
またそれぞれが扱う武器は
すると突然、セラフィールが皆に待ったをかける。
「皆、止まって!? これはッ……」
それを周囲の皆が無言で見守る。
「やった、生存者だよ! 女の子が一人、耳が長いから
朗報を聞いたライザが真剣な顔で尋ねる。
「セラ、言っておくが今から聞くことはすごく大事で真面目な話だからな? いいな? わかったな?」
「え? う、うん……」
「その女の子は――美少女か?」
この場にいる全員がライザを白けた目で見つめていた。
それから、ライザの発言がなかったこととして皆で話し合う。
「俺は助けてやりてー。こんな状況でたった一人ってこたぁ……きっと心細い思いをしてるだろーからな」
どこか遠くを見るような顔で、ゼファーがそう言った。
その後にイルヴィ、ガルカと続く。
「あーしもゼファーにサンセイ! レッツ人助け!」
「僕も同意見だよ。こんな時だから、助け合わないとね」
「なら、救出に向かうのは決定だね」
セラフィールがそう言いながら、ジッとライザを見つめていた。
一応、無視されたとはいえこんなライザでも金等級冒険者。
この集団に相応しいリーダーは彼女以外にありえないので、助けるか否かの最終判断をあおいだのだろう。
「よーし、一人で泣いているだろうカワユイ女の子を助けに行くぞー!!」
そう言って、気を取り直したライザは意気揚々と救出することを決断した。
早速、エルフであろう女の子がいる場所に向けて、ゼファーたちは足早に歩を進める。
そこは階段からやや逸れた方向であったものの、ここからそう遠くはなく、すぐにでも向かえる距離であった。
「助けてーッ……助けてーーッ……助けてーーーッ……」
助けを求める女の子の声が周囲にこだましていた。
ゼファーたちから視認できるくらいの位置に女の子はいた。
その距離おおよそ200m。三方を岩肌に囲まれた行き止まりのその奥。木々が途切れて薄ら広く開けた空間に――ダークエルフの女の子がいた。
彼女はポツンと一人で女の子座りしていた。
両手を地面につけたまま、一切微動だにしていないものの、どこにも怪我はなく命に別状はなさそうであった。
そんな孤独で薄幸の少女然とした彼女に、天より眩い銀の月明りが降り注ぐ。
それが淡い金色のストレートロングヘアに反射し、キラキラと銀色の美しい輝きが祝福するかのように包み込んでいた。
また彼女が座っている場所は一面にピンクのバラが群生した美しい花園の中心。
その美しい光景を眺めながら、ゼファーが心の中で、
(まるで花園に囚われたお姫様みてーだな……)
なんて考えていると、再びその女の子が発したであろう叫び声が聞こえてくる。
「助けてーッ……助けてーーッ……助けてーーーッ……」
その声は死が迫る危機的状況の中にいる人間にしては、恐怖心で声が震えておらず、遠くまで十分に通るほど非常に力強かった。
どこか違和感と不自然さを感じるほどに。
そこから何かを感じ取ったのか、ライザの顔が苦渋に歪む。
しかし、それに気づかないゼファーは一歩足を踏み出し、張り切った声で言う。
「んじゃ、助けにい――」
ライザがスッとゼファーの前に手を出して通せんぼして言う。
「――罠だ。クソッ……恐らく、あそこには
驚いた顔でゼファーが聞き返す。
「はあ? セラの探知魔法じゃ、いなかったはずだよなあ? どういうことだよ?」
「どうやって探知魔法をかいくぐっているのかは皆目見当もつかんが……あの女の子はあまりに不自然だ」
「どこがだよ?」
「こちらから姿が視認できるということは、向こうからもこちらが見えているはずだ。なのに、こちらを見ずにややうつむきながら助けを呼ぶのは変じゃないか?」
ゼファーは遠くにいるダークエルフの女の子を見ながら、ライザに確認する。
「……きっと目が悪いだけなんじゃねーのか?」
「いや、ダークエルフは種族的に視力が優れていたはずだ。それに聴覚も人間以上だから、私たちに気づいていないとは考え難い」
「だけどよお……あの子が特に鈍感なタイプって可能性もあんじゃねーの?」
「それは……あまりにも楽観すぎるぞ」
「きっと、考え過ぎだって。つーかんなもん、こっちから手を振りゃあ――」
驚いた顔をしたライザがゼファーを羽交い絞めにしながら、うかつな口を両手で覆う。
「――もがががッ」
小柄なゼファーが身長が高いライザに抱え上げられたことで、ジタバタと足をばたつかせていた。
「アホ! 敵にこちらの位置をばらす気か!?」
そう怒りながらも、ぼそぼそとした小声で慎重に注意するライザ。
その鬼気迫った様子から、金等級冒険者としての勘的には、ほぼ確実にいると判断しているようだった。
「今から手を離すが、大きな声は出すんじゃないぞ?」
ゼファーがこくこくと頷いたのを合図に、ライザが手を離す。
「随分、ビビってんじゃねーか?」
「いいか、私の話をよぉく聞け。あそこに潜んでいるのは探知魔法をかいくぐるほどの優れた頭脳を持ち、人間を欺こうとする卑怯なヤツだ。きっと厄介な能力……こちらの動きを制限したり、混乱に陥れたり、分断したりする能力を持っている可能性が高い。もし、それを不意に食らって窮地に追い込まれてしまった場合……最悪、全滅もありえるんだぞ?」
ライザの話に耳を傾けながら、ゼファーはチラリとガルカたちの顔色を伺う。
その表情はついさっきと打って変わって、皆一様に暗く重苦しい曇り顔。今にでも、やっぱり救出するのを止めようと言い出しそうな雰囲気を漂わせていた。
ニヤっと不敵な笑みを浮かべたゼファーが捨て身の提案をする。
「……チッ、なるほどなあ。だったら、俺が一人で先行して敵の位置を暴いてよお、あんたが先制攻撃を食らわせりゃあ……うまい具合にいけんじゃねーの?」
そう提案したのは、もしかするとガルカたちのカッコ悪いところを見たくなかったからなのかもしれない。
ゼファーの提案に対し、険しい顔をしたライザがその言葉の意味を問う。
「自分が何を言っているのかわかっているんだろうな? それは万が一失敗した場合は……」
「あぁ、俺は多分……死ぬだろうな。だが逆に言えば、一人の犠牲だけで済むとも言える」
「……正気か?」
「俺ァ、至って正気だぜ。きっとこれが……無力な俺に出来る、唯一の戦いだろうからな」
ライザは静かに目を閉じて覚悟を決めると、ゼファーを羽交い絞めから解放するため地面に降ろす。
「ふっ……小さいなりをしている割に、精神は一人前の男だったとはな。その勇気と覚悟、私は決して無駄にしないと誓おう!」
ゼファーは背後に控えるイルヴィやガルカ、セラフィールと無言のまま目線を交わす。お前ら、後は任せたぜと。
しかしながら、随分と勇ましい姿ではあるものの、恐怖心が一切ないというわけではなかった。
死の気配を濃厚に感じているせいか、ゼファーの手と足は武者震いかのようにブルブルと震えていた。
それを抑えるために、数回深呼吸をして精神統一。拳をぎゅっと握りしめ、多少は震えが治まった足を、ついに一歩踏み出す。
そんなゼファーにライザが声をかける。
「ゼファー、君を一人前の男とは言ったが――その洗ってない犬みたいな匂いは一人前とは言い難いな」
「……はあ?」
振り返ったゼファーはこいつ急に何言ってんだという顔で、ライザを見返していた。
「だから、無事生きて地上に戻れたら……一緒にお風呂に入ろうじゃないか!」
「…………はあ?」
「ボンキュッボンな超絶美少女との混浴だぞ? タオルなど無しの正真正銘、裸のお付き合いだ! ふふっ……極上の報酬が待っているとなれば、死に物狂いで頑張れるだろう?」
それはライザなりの気遣いであった。
きっとゼファーの緊張をほぐそうとしたかったのだろう。
「………………はあ?」
しかし、ゼファーにその意図は一切伝わらなかった。
それもそのはず。ゼファーにとってライザとはド変態の美少女マニアであり、美少女イーターのヤベーお姉さんという認識だったのだから。
ライザの良く分からない励ましに調子を崩されてしまったゼファーであったが、一旦気を取り直して、ダークエルフの方に向き直る。
ライザの謎の気遣いが功を奏したのか、もはや恐怖心からの緊張はもうどこにもなかった。
180、160、140mと近づいたところで、ダークエルフの容姿が少しづつ見えてくる。
彼女はオフショルダーの純白ワンピースを身にまとっていた。
膝下丈のスカートからスラっと細長い褐色の生足がチラ見え。全体的に、生地が肌に密着する感じなため、ボディラインが浮き出るタイトなシルエットとなっていた。
外見だけで冒険者かどうかはわからないが、戦闘に必要な装備品らしきものは一切身につけていなかった。
(こんなとこで丸腰? 俺と同じ
ゼファーはそんなことを考えつつ、更に120、100mと接近していく。
天よりの月明りを反射し輝くストレートロングの美しい髪。淡い金髪なそれが、まるで絨毯のように広がっていた。
その毛先はパツンと切られた横一直線。ゆるく内巻きに跳ねた前髪も同様にパッツンとしていて、右目を覆い隠すほどの長さであった。
いわゆる、片目隠れというやつである。
ゼファーが今いる位置からではその相貌はまだ確認できないが、非常に整っている美少女であるのはほぼ間違いない。
それくらいの気品と風雅をまとっていた。
(こりゃあ、またライザがパーティー勧誘始めちまうなあ……)
そう思いながら、ゼファーは90、80、70mと更に近づいていく。
ほっそりとした肩から見える肌はダークエルフ特有の美しい褐色肌。
しかし茶色系の褐色肌じゃなく、灰色系のローズグレイ。体格は華奢というわけではなく、意外と筋肉がしっかりした感じ。身長はライザよりやや低いくらいで、十分高身長の部類であった。
また人の頭部くらいのたわわな爆乳も兼ね備えており、その豊満な肢体は大人びた美淑女といった具合だった。
さらに60、50mと接近したところで、不審な目をしたゼファーが周囲をキョロキョロと見回す。
何かしらの違和感を覚えている様子だった。
(よくわかんねーけど、すげー変な気配がする……俺はこいつを知ってる? 怖さを感じない、むしろ安心? つーか、懐かしい? あぁ、もうマジで意味わかんねー!?)
ゼファーは頭をぼりぼりとかきむしりながら、困惑と格闘していた。
本来であれば、
少しずつ焦りを感じ始めるゼファーは、ドクンドクンと跳ねる心臓を抑えながら歩みを進める。45、40、35、30mと慎重にじわじわと。確実に死との距離は縮まっていた。
ぼんやりと見えてきたダークエルフの相貌は小顔でやや幼げ。シュッと鋭いあごのラインからして、童顔ながらも凛々しい美人系の顔立ちをしていた。
特徴的なエルフ耳はほどよく長く、力なくやや斜め下に傾斜。左耳の耳先に蒼銀のカバーのような装飾品が付き、右耳に薄い水色の粒が沢山垂れ下がったイヤリングを付けていることから、育ちの良さがうかがえる身なりではあった。
普通と違った灰色系の褐色肌、異様に長い金髪に片目隠れな前髪、やや幼げだが美人な相貌とそれに反して大人びた肢体。
それらの外見情報から察するに、ダークエルフは蠱惑的なミステリアスさに溢れた――魔性の女。
彼女からは秘め事の香りがにわかに漂っていた。
(ここまで来てんのにッ……クソッ! 全然、居場所がわかんねー! こりゃあ、マジでやべーぜ)
そう危機感を抱くものの、今のゼファーに女の子を見捨てて逃げるなどという、消極的で臆病な選択肢はない。
ゼファーは申し訳程度のナイフを握りしめ、更に更にと接近していく。
(濃密な気配はビンビン感じるっつーのにッ……)
25、20、15、10mまで近づいたことで、ついにダークエルフの顔が全て明らかになる。
どこか気だるそうで憂いを帯びた儚げな双眸。トロンと半分閉じたまぶたから見えるのは、澄んだ大空を思わせる空色の瞳。
それは明らかにゼファーの姿を捉えていた。
(――あっ)
思わずダークエルフに見惚れてしまうゼファー。
カッと体温が高まり、心臓の鼓動がドッドッと加速する。
これは恐怖からの興奮ではなく、一目惚れによる恋心が起こした純愛の躍動。
この瞬間――ゼファーに初恋が芽生えていた。
ダークエルフの年の頃は丁度、十七歳くらいといったところか。
成熟した美淑女の肢体と相反した幼げで凛々しい小顔が、彼女の正確な年齢を掴ませない。無垢な少女から成熟した大人の女性へ移り変わる直前のような雰囲気は儚げ。
これはきっと今だけのものに違いない。
いずれ失われていくであろう処女性、乙女特有の神秘的な幼さは言葉では言い表せない美の極致に到達していた。
その時、プルンと小ぶりな唇が動く。
(く・る・な? 来るなだって?)
瞳と同じ色鮮やかな空色のリップが引かれた口が、ゼファーを遠ざけようとしていた。
「助けてーッ……助けてーーッ……助けてーーーッ……」
助けてという叫び声は明らかに口の動きとは違う発音だった。
それを至近距離で聞いたことで、ゼファーは強い違和感を覚えた。
(声が下から……はッ!?)
ずっと助けを求める声を発していたのはダークエルフの女の子ではなかった。
(まさか地面の下に隠れてやがったのかよおぉおおおッ!??)
ゼファーの体は考えるより先に動いていた。
「俺の手を掴めェエエエーーーッ!??」
約10mの距離から必死に駆け出し、ダークエルフに向かってとっさに伸ばしたゼファーの手は――あと一歩届かなかった。
バゴンと爆発するかのように弾けた地面。
宙に舞うダークエルフの体。
舞い散るピンク色の花びら。
頭上より降りそそぐ大量の土砂。
次の瞬間、ダークエルフの体が不自然に空中でピタリと静止した。
「いたぞぉォオオオーーーッッ!??」
ゼファーの叫び声と共に、いつの間にか100mほどの距離に近づいていたライザたちが駆け寄る。
がしかし、ゼファーとライザたちの間に突如発生した、虹色に光を反射する半透明の壁――まるで虹色のカーテンのような次元を隔てた障壁――によって分断されてしまう。
「しまったッ!? クソッ……」
片手剣と長槍を振るうライザであったが虹色の障壁は全くの無傷であった。
「逃げろゼファー! どうにかそこから逃げてくれ!!」
ライザの悲痛な叫びに、ゼファーは首を横に振って周囲を指さす。
ダークエルフの女の子がいた場所は三方を岩肌に囲まれた行き止まりのその奥。
つまり、逃げ道などどこにもありはしなかった。
絶望に支配されるライザたちの前方。虹色のカーテンを挟んでその先にいるゼファーの目の前に、ぬぅと
縦長楕円形の金色の仮面は巨大な一つ目のみが存在。たてがみの様な緑の結晶がそれをぐるっと囲み、仮面下には他の個体同様、大きな口が広がっていた。
ゼファーが今まで見てきた中で一番の巨体を誇り、その全身は黄金に輝く鱗が覆う。さらに背中にはドラゴンの様な小ぶりな翼。
また太く短い後ろ足が二本、細長い手が二本とやや人に近い形態をしていた。
ダークエルフを掴んでいるのは左手で、今のところはまだ無事の様であった。
恐らくは地面に穴を掘って地下道を作っていたことで、地面の下にいたにもかかわらず、バラの花園に地面を掘り返した跡がなかったのだ。
絶体絶命の絶望的な状況だと言うのに、何故かゼファーは笑みを浮かべていた。
「あぁ~あ、退路が無くなっちまったなあ……だけどよお、俺ァ決めたぜ。目の前の
そう言うと、背中に背負ったバックパックをドサッと脱ぎ捨てる。
それから、粗末なナイフを握りしめて、反対の手で自分の頬を叩き気合を入れる。
「ガドラックっつーじじいが一人で戦ったんだぜえ? つーことは、俺ならもっと戦えるはずだよなあ? だって……俺ァ、ピチピチの若者なんだからよお! クハハッ、若者代表として……当たって打ち砕いてやるッ」
ゆっくりと勇気の一歩を踏み出すゼファー。
「ギィヤァアーーハッハァーーーッ!! キレーなお姉さんとの手繋ぎデートは俺のもんだぜえぇエエエーーーッッ!!!」
半ばヤケクソじみた馬鹿笑いで自らを鼓舞しながら、ゼファーは孤立無援な戦いに身を投じた。
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